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天皇はGHQ憲法の枠外におられる。





平成28年10月18日(火)

 残念無念だが、この度の有識者会議は、GHQ憲法の枠内にある。
 では、その「憲法」とは何か。それは第一章第一条
 「天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、
 この地位は主権の存する国民の総意に基づく」
 従って、
 昨日の首相官邸での有識者会議の初会合の後、
 座長の今井敬氏曰く、
 「憲法上、天皇の地位は国民の総意に基づくとされていることを踏まえると、
 この問題のとりまとめには国民の理解が不可欠だ」
 これで、いいのか。

 そこで、尋ねる。
 その第一条は、
 ウソであり虚構ではないのか、と。
 昭和二十二年のGHQ憲法施行前に、天皇の地位に関して、何か国民投票でもしたのか。
 本年の伊勢志摩サミットで、
 主催国の安倍総理はG7首脳を何処に誘(いざな)った。
 それは、天照大神を祀る伊勢神宮ではなかったか。
 彼は、我が国の独善的な妄想・虚構の地にG7首脳を誘ったのであろうか。
 
 伊勢神宮に祀られる天照大神は、天皇の祖である。
 即ち、天皇の地位は、
 遙か太古に発せられた天照大神の「天壌無窮の神勅」に基づき、
 以後、百二十五代にわたって祖霊を継承され今上陛下に至っている。
 このような天皇を戴く国家は、サミット参加国はおろか、世界にない。
 つまり、日本は万邦無比である(山鹿素行)。
 よって、安倍総理は、
 日本が日本となったこの天皇の祖霊の地に各国首脳を案内したのだった。
 ところで、
 憲法第一条は、何時、誰が書いたのであろうか。
 昭和二十一年二月の九日間の内のある日、
 我が国の歴史と伝統に無知なGHQのアメリカ人スタッフが書いたのである。
 これだけで、分かろうというものだ。
 悠久の彼方から伝わる天皇の地位を、
 外国人が昭和二十一年二月に書いた文書の枠内に嵌め込もうとするなど、
 無礼千万、滑稽千万である。
 屋久島の縄文杉を、狭い庭の盆栽の鉢に入れようとするよりも滑稽である。
 しかし、次の有識者会議のメンバーと安倍内閣は、
 本質から外れた鉢に入れようとするのではないか。
 今井 敬(経団連名誉会長)、御厨 貴(政治学)、木幡純子(行政法)、
 清家 篤(労働経済学)、宮崎 緑(国際政治学)、山内昌之(歴史学)
 これは一体、何というメンバーなのか。
 山内氏だけが歴史の専門で、あとは鉄業界の企業家と
 学校で政治学、行政法、労働経済を教えている人らだけで、
 宗教家、なにより神道家が皆無とは。
 そして、京大名誉教授の中西輝政氏を敬遠してメンバーに入れなかったことが、
 なにより雄弁に安倍内閣の意図と有識者会議のレベルを示している。
 安倍総理が有識者会議の初会合の挨拶で、
 「国家の基本に関わる極めて重要な事柄」
 と発言した割には極めてお粗末である。
 羊頭を掲げて狗肉を売る類だ。
 つまり、このメンバーは、天皇の主要なお仕事が、
 憲法六条と七条の、大臣の認証とかの「国事行為」であるという前提での「有識者」に過ぎない。
 しかし、天皇の最大の任務はこのような政務ではなく
 祭祀をみずから執り行うこと、
 即ち神事、祈り、である。
 このこと、
 次の「お言葉」を拝しても分からないのであろうか。
 「私はこれまで天皇の務めとして、
 何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えてきましたが、
 同時に事にあたりては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、
 思いに寄り添うことも大切なことと考えてきました。」
 順徳天皇(八十四代)、「禁秘抄」
 「およそ禁中の作法は、神事を先にし、他事を後にす。朝夕敬神の叡慮、懈怠なし」
 昭和天皇御製
 「わが庭の宮居にまつる神々に世の平らぎを祈る朝々」
 そして、天皇陛下は、「お言葉」で、
 「国事行為を行うと共に」、
 「伝統の継承者として、これを守り続ける責任に深く思いを致し、
 更に日々新たになる日本と世界の中にあって、
 日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社会に内在し、
 人々の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています。」
 と言われている。
 その上で、天皇陛下は、
 「次第に進む身体の衰えを考慮する時、
 これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、
 難しくなるのではないかと案じています」
 との懸念を表明された。
 ここにおいて、陛下が言われる、
 「これまでのように全身全霊をもって果たしていく象徴の務め」
 が明らかになる。
 それは、「天皇として国民の安寧と幸せを祈ること」、である。

 以上の通り、この度の事態は、
 GHQのアメリカ人が書いた「日本国憲法」の想定していない射程外のことである。
 従って、今為すべきことは、「GHQの憲法条文」をひねくり回すことではなく、
 歴史家と国学者と神道界が総力を挙げて、
 謹んで天照大神の「天壌無窮の神勅」に基づく我が国の皇位継承の歴史を探究し、
 そのなかに皇室の在り方を見いだすことではないだろうか。



西村眞悟の時事通信より。




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