50代脱出♀、ただいまノンビリとダイエット中

健康のために、自分のために、ダイエット、ダイエット

昨晩、暗かったけど

2016年08月27日 22時06分56秒 | 徒然なるままに。。あ~だこ~だ
眠れない、などとここに書いたけど、復活~

原因は、眠れなくて、居間でテレビをつけたら、ちょうど去年2015年の有吉ハワイ密着100時間の再放送をやっていた!
楽しそう~、今度の9月3日に2016年のハワイ密着をやるそうです。

いいなぁ、やっぱりハワイ!

もう10年以上行っていないなぁ。
20代~30代前半にかけてはほぼ毎年行っていたのに、すっかりと行けなくなった。

父が亡くなって遺産がちょっこと入ったから、再来年には行けそうだ!

来年は、ダンナの希望で北海道なもんで、再来年っつうことで、はい。

ハワイの楽しそうな、でもって懐かしい映像を見ていたら、すっかり回復!
全部は見られないので、録画ボタンを押して、寝ました。
気力回復です。

絶対に、ハワイへ行くぞ!と部屋で一人、声に出した私です。
だから、それまでに英会話、なんとかしましょか。
大してできないけれども、30代はほぼ外資系企業でOLをしていたもので、英語にそれほど拒否反応はないので、頑張ればなんとか・・・

あのCMの聞き流すだけ、っていうのよりも、エブリデイイングリッシュっていう方が安いので、ちょっとトライしてみましょうかね。
あの2つはすごい類似性があるらしい。

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眠くない

2016年08月27日 01時45分01秒 | 徒然なるままに。。あ~だこ~だ
金曜日は眠くない、眠れないことが多い。
定期通院日前日の土曜日はだいたいそうだ。
でも通院日は先々週で、次回は約2か月近くも先。

今日は昼間ジムのプールでアクアウォーキングを1時間ほどやってしまった上に、ダンナが残業で帰宅が10時近かったので、ちょっと座椅子で眠ってしまったことも理由のひとつ
でもでも一番は、ちょっと気分の悪くなる小説を読んでしまったからだ。
書店で本の後ろのあらすじを読んで買った。
語弊があるので、タイトルも作家名も伏せるが、人気の作家さんのものだ。
面白かった、確かに面白かったのだが。。。。。。
物語の中の重要な部分というのが、性的な描写だったり、殺人だったりしたので、それで読んでいて辛くなった。
私はミステリー好きだから、殺人事件というのは私の読む小説には当然登場するのだが、ちょっと違うのです、今回は。

読み始めてまもなく「このまま読むのは無理かも」と投げ出しそうになったが、とにかく翌日に持ち込ませたくなかった。
明日も暗い気持ちになるのは避けたかった。
かと言って、それなりにひきこまれているので、矛盾しているけれども、読むこと自体を止めてしまうのも躊躇した。

ということで、文章を飛ばし、飛ばしして、最後まで読んだ。
文庫本で、薄いということが幸いした。

こういう気分になってしまったら、さて、どうしようか・・・・・

思案中。

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十勝花子さんの死について思う

2016年08月26日 23時19分29秒 | ちょっと病について
十勝花子さんと言えば、私の年齢だと岡崎友紀さんのドラマシリーズなどでよく拝見していた。
その印象がとっても強い。
ちょっと意地悪な先輩、、思わず笑っちゃうそんな女優さん

その十勝さんがガンで亡くなったとの報道
それも先月末期がんだと判明して、医師から「何もしなければ余命半年」と宣告を受けたとあったが、、、、
戦うことを決心して抗がん剤をして、そして1カ月で他界

すごく微妙ですよね。
抗がん剤をしなければ、半年は少なくとも生きていられたのに、と思うのは当然のこと。
それは本人でも、ご家族でも同様だと思うのです。

抗がん剤とは、ガンを治すのではなく、延命のものだと読んだことがある。
つくづく難しい選択だと思う。
私の母も2度目の抗がん剤さえやらず、本人の希望通り緩和ケアのみでいたら、たとえわずかでも自由に歩いて、過ごせていたのにと思うと未だに後悔ばかりです。
本人は家族が強く勧めているので、自分の希望を殺して抗がん剤を受けたが、結局一度も退院することなく(日帰りはあったけど)他界。

抗がん剤に対する認識の違いが、医者と社会とにあるような気がする。
抗がん剤をやって、ガンが小さくなる人もいるから、一概に否定はできないから、さらに難し・・・・

まあ、これは本当に本人の意思なのだと実感。
私は以後、ガンになったとしても(まあ、絶対にならないと自信がある)、抗がん剤はしないと決めている。

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アトピーからの解放

2016年08月24日 23時59分01秒 | ちょっと病について
私は幼いころからアトピー性皮膚炎だ。
これは兄も同様で、母は苦労したことだろう。
私の子供のころは「アトピー」という言葉自体がなかったのか、一般的ではなかったのか、「皮膚病」で済まされていた。
家の近くから当時あったトロリーバスに乗って、定期的に鶯谷(子供心の記憶でしかない)の病院へ連れて行かれ、そのたびに、お尻に注射をされていた記憶がある。

小学生、中学生になるころには、半そでになるのが好きではなかった(でも着ていたけど)
年を重ねるごとに、症状は小さくなっていったが、完全に無くなったのは、ここ数年だ。
20代のころにでさえ、顔のおでこがひどく荒れて、困ったことがあった。
40代までは首の皮膚が常に荒れていたり、色素沈着状態で、首を出すファッションがずっとずっと嫌だった。

53でガンになった時でさえ、採血などの度に腕を出すのが嫌だった。
アトピーの典型的な症状である肘や膝の裏の皮膚があれるということの名残。
その頃でさえ、皮膚が明らかに違うのである。
肘の裏が黒ずんでいる状態なので、採血でも「どんな風に思われるのだろう」といつも気後れしていた。

それが、ここ3年ほど、やっと解放された。
首筋の皮膚もあれなくなり、適度なうるおいもある。
肘や膝の裏の皮膚も、もうほとんど変化はなくなった。
だから採決で腕を出すこともまったく躊躇しなくなった。

50代も終盤になり、思うようにダイエットもできなくなったり、衰えることも多くなったけど、このアトピー性皮膚炎だけは別。
本当に皮膚に関しては今が一番安心していられるのだ。
10代の頃よりも、20代の頃よりも、皮膚は一番今がいい!
ずっとずっとカサカサして、腕を出すのも嫌で、首筋は荒れると、首を回すのも痛い位に辛かった10代20代30代。
その頃よりも、今の方がずっときれい!

年を重ねることも意外と悪いことばかりじゃないと夏になると思うここ数年だ。

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歩くしかないのは、大変です

2016年08月18日 12時51分07秒 | 徒然なるままに。。あ~だこ~だ
何度も書いたけど、私は運転免許はもちろん、自転車にさえ乗れない。
育った文京区は坂が多いことでは23区でも1,2位を争う。
私が育ったころは電動自転車なんて存在しなかったし、歩くことしかなかった。
それでも坂上と呼ばれる地域に住んでいた人たちは自転車には乗れるのだが、坂下の私は乗れない。
家の前を都電が走り、廃止されると都バスが走り、小学生のころには千代田線が開通し、駅の入口は我が家の5件先にできた。
隣の台東区の上野までは歩いて5分ほどだし、まったく自転車の必然性がなかったことも一因だ。

それに、田舎育ちの母は自転車に乗れたのだが、その頃から交通量、人通りが多かったからか、母は兄も私も自転車に乗せて、出かけたことがなかった。
兄は男だから、普通に自転車に乗れるようになり、やがて原付に乗れる年齢になると原付免許をとり、それ以上のバイクの免許を取れる年齢になるとそれもとった。
もちろん、高校3年生の夏休みには車の免許もとった。

それに比べて、私は自転車に乗れず、運転免許にもまったく興味もなく(だって不便ではなかったので)、この東京23区の外れの区に引っ越してきて、初めてその不便さ、免許や自転車の必然性を思い知らされた。
時は遅しである。
40代になっていて、今からという気にはなれず。
さいわいダンナは運転することが大好きなので、土日は困らない。
しかし、平日は、辛い。
特にこの酷暑、今日のように蒸し暑い日となるとなおさらのこと。
日中の蒸し暑い、もしくは太陽ギラギラの中をひたすら重い買い物袋を持って歩く・・・・歩く・・・・

正直、いやになる。引っ越したいと願う。
ダンナは夏が好きだというけれども、この炎天下を歩くしかないということの経験がないから言うセリフ。
現に、つい先日、日中に近所のコンビニまで歩いて行ったダンナは、わずかの時間にも関わらず、「この天気で歩くのは辛いなぁ」とのたまう。
そんなことを毎日やっているんだ!と私は速攻返事をした。

これから先のことを考える。
もしもダンナが先に逝った場合、私は今のこの場所に住み続けるつもりはない。
思い切り、都心部か、高齢者専用住宅を考えている。
知り合いがまったくいないのは考えものだが、できれば札幌か・・・・もしくは熱海・・・・・
東京都区部以外暮らしたことがないし、大好きな東京だけれども、60代後半にはどちらかに終の棲家を得たいと臨む。

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