50代脱出♀、ただいまノンビリとダイエット中

健康のために、自分のために、ダイエット、ダイエット

自撮りビデオで驚く

2016年03月27日 13時32分53秒 | PC、iPhone、iPadなど
スマホの「かみあぷ」というアプリで紹介されていたホラー動画

「Selfie from Hell(地獄かからの自撮り)」という短編のホラー動画があったので、2分ほどだし、ってな具合で見てみた。

昨日はダンナは留守だったので、わんこを膝に乗せながらの鑑賞。

うん、うん、怖い!

で、最後にビックリで、思わず「ひゃ~!!!」と予想外に声を上げてしまった。

私、あまり恐怖やびっくりで声を上げたりしないのに・・・・・

思わず「電車の中じゃなくて、良かったぁ」と思った(笑)

興味のある方はある方は御覧あれ

YouTubeですよ。(リンクはしませんので、探してみてください)

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ハッピーバースデー~亡父に捧げる~

2016年03月16日 21時31分52秒 | 父や母のこと
お父さん、お誕生日おめでとう!

1月7日最後に逢った時、顔色は悪くないし、まだ大丈夫かなと思った。
お父さんの誕生日3月15日までは生きていてほしい、生きさせてあげたい、そう願った。
だって3月15日はお父さんの誕生日だもね。
記念すべき「90才」だから。

でもあっという間に逝っちゃった・・・・・

昨日はお父さんの写真に向かって「お誕生日おめでとう90才だね」って話しかけたのは聞こえていたかしら。
きっとお母さんと一緒に聞いていたことでしょう。
これからはあっちの世界で、久々に会ったお母さんや親友、幼馴染と遊んでください。
そうそう最後に、来週になったら、お父さんとお母さんが住んでいたマンションを引き払うそうです。
賃貸だったけど、住み心地の良いところだったよね。
お父さんとお母さんの匂いがする部屋もなくなります。

お父さんに、

親不孝な娘より


追伸
兄に比べて私は大してしてあげられなかったことが心残りです。
悲しいけれども、親の方が先に逝くのが、自然なのです。
いつか楽しい思い出とともに私の心の引き出しの「思い出」というところに収まるはず。
それまで時々思い出しては泣くことを許してください。
それからお父さんの誕生日に同期するように、私は今シーズン初めての風邪をひきました。

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もう一度、会いたいです

2016年03月12日 21時26分14秒 | 父や母のこと
今月中に、実家の賃貸マンションを引き払うことになった。

仏壇も兄のところに引っ越した。

もう一度、父と母に会いたい。

二人とも最後に自分で身の回りの片づけをしたかっただろうに、家に帰りたかっただろうに、それも叶わぬまま逝った。

会いたいです、とにかく会いたいです。

生き返れないならば、せめて夢ででも会いたいです。

父はうちのダンナの夢には出てきて、私の夢にはまだ出てきてくれません。

会いたいです、会いたいです。

もう一度、ちゃんと名前を呼ばれたいです。

もう一度、ゆっくり話したいです。

会いたいです、会いたいです、会いたいです、会いたいです。。。。。。

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父の3・11~父の手帳より~

2016年03月12日 20時52分42秒 | 父や母のこと
先日、遺品としてもらった父の手帳

2011年分もあった。

3月11日の記載

はれ 病院(病院名があるが省く)へ行く
(息子の名前)さんの車で。
(私の名前)さん電話あり
湯島へ行きませんでした

大地震ありおどろいたPM2:46分(この部分は赤で囲ってあった)

以上が父のその日の記載

ちなみにその時の病名はヘルニアだったので、とても軽く1週間で退院。

手帳の後ろのメモ欄に次の記載

23年2011年3月11日 (病院名)へ。

(息子の名前)さんに送ってもらい検査に行きました。
午后2時46分東日本大地震がありました。
おどろきました 忘れません(85才)

(別ページ)

3月11日の地震の際の(つなみ)
海軍にいた時の基地でした
(千葉県)(宮城県)
香取基地 松島基地
不思議なものです

千葉県旭町 宮城県石巻市(←あれ、これは父の間違い)
木更津基地
海軍志願兵にて勤務

以上、父の手帳

父は私たちに戦争に志願兵で行ったこと、海軍だったことは、まったく話しませんでした。
戦争のことについては、本当にまったく話さない、話したがらない父だった。
ですから、私は父が戦争には行ったということしか、知らないままだった。

どんなに大変だったのか、どういう風に戦争に参加したのか、一切はもう知るすべがない。

あの大地震の中で、父はどんなにか不安だったことか・・・・
さびしかったことか・・・・・

今、叶うならば4年前、いえせめて2年前に時間を戻してほしい。
そうしたら、私はもっと父と一緒にいる時間を作った。
嫌がらずに毎週、父に顔を見せるから。
電話をするから・・・・

ただ・・・・・
その4年前以降は、私自身のとってはガンの再発の恐怖との闘いの日々だったので、複雑な心境。


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ダメだ、ダメ!ダイエット。。。

2016年03月10日 00時14分46秒 | こんなダイエット中
現在、増加傾向。67キロに戻ってしまった。

父の死のせいにするのは、ズルイけど、どうもダイエットの歯止めが利かなくなっている。
悲しみに耐えるのに、食欲で補おうとしている自分。
トマトや納豆を見ると「毎日、お父さんは食べるのを常としていたっけ」と思うし、
夫が実家から頼んでもらって帰ってくる卵を見ると、「もう二度とお父さんのところには届けないんだ」と。
泣きそうになってしまう。

父は母が亡くなって以後、毎日一人で寂しさに耐えながら、どうやって暮らしていたのかと、父の暮らしを想像すると、もうダメ。
耐えられない、涙があふれる。

今週土曜日は定期通院日だし、CTの日だから少しでも痩せないとならないのに、歯がゆい。
仕方がない。
自然体で、食欲は致し方ない。
食欲でその悲しみがなくなる訳ではないけれども、少し他に視線を、興味を向かせられるのなら、いいか。

タイムマシンがあるのならば、父が一人になってしまった頃に戻りたい。
そうしたら、もっと父に寄り添っていたい。

体重、なんとかしたいなぁ。

体重さえ減れば、もっと通院もドキドキしないで済むのに・・・・・

ヨシ!

あした、ジム頑張ろう!

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