50代脱出♀、ただいまノンビリとダイエット中

健康のために、自分のために、ダイエット、ダイエット

当選した!

2016年01月31日 16時49分46秒 | 美味なるもの
お米を購入した時に、よく貼ってある何かが当たるキャンペーン。

去年応募したら、当選!!

 きりたんぽ鍋セットだわ!

翌日と、その翌日さっそくいただきました。

うん、美味しいわぁ!

鶏肉から、きりたんぽから、お野菜から、勿論出汁も全部入っています。
便利です。

ダンナと二人で美味しい、美味しいを連発して完食いたしました。
通販もやっているみたいなので、次回は利用してみようと思ってます。

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サチャインチナッツ

2016年01月31日 16時36分27秒 | こんなダイエット中
QVCで城咲仁さんが紹介していた「サチャインチナッツ」を購入した。
 中身はこんな感じ→

購入手続きをした翌日に、QVCや楽天市場の各種サチャインチナッツの口コミを読んだら、けっこう評判が悪い。
「青臭い」というのが大多数の意見。
商品自体のページにも「青臭いですが」という文章が掲載されているくらい
中には、あまりにも青臭いので、返品しましたという方もいらっしゃるほど。

う~ん、早まったかなぁ・・・・
後悔しきり。ただ、もう1日過ぎているのでキャンセルは遅い。
仕方がない、サプリメント代わりに摂ることにしようと決めた。

仁さんの紹介しているサチャインチナッツは1日分として個包装になっているので、1袋恐る恐る食べてみた。

あれれ?
普通の、無塩のナッツじゃないの!
青臭い?
私には感じられないなぁ

これがまず最初の感想
毎日摂っていますが、食べにくいとか、青臭いとか、感じたことはなし!
今回の商品が良かったのか、それとも私が青臭いことに抵抗がないからなのか・・・・・

いずれにしても、美味しく毎日摂っています。
無くなったころ、また放送があったら買おうと決めています。

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私の胃痛と父の死

2016年01月30日 14時38分28秒 | 徒然なるままに。。あ~だこ~だ
今週の木曜日の夜中、私は胃の激しい痛みに苦しんだ。
夕食後、胃がちょっと変だったのが、時間を追うごとに痛みに変わった。
私は胃が痛むという経験はまったくと言っていいほどない。
ムカムカするということは人生で何回かあるくらいで、痛くて仕方がないなんてことはなかった

胃を掴まれているような痛みで、寝ていられなくて夜中起きだして1階の茶の間にいた。
そのうち、午前2時過ぎくらいから、吐き気も伴うようになった。
午前5時まで4回ほど戻した。
その4回目はもう胃液しか出ない。
それが終わると、不思議なことに胃痛も嘘のように急激になくなった。

念のため、午前中に医者に行ったが、医者もなんでしょうねぇ、と疑問
今はもう何でもないし、下痢をしていることもないなら、大丈夫でしょうというので、そのまま帰宅。
確かにその後、本当になんてもない。
下痢もまったくしていない。

ダンナがこの前の胃痛はお義父さんのお知らせだったんじゃないのか?と言う。
そうかもしれない。
いえ、きっとそうです。

父がまったく栄養を受け付けなくなっていたその頃だった。
私の体が父と同期していたのかも知れない。
父に痛みはなかった代わりに、きっと私がそれを受け取ったのだ。

そう言えば、母の死の時は、私は激しい腰痛に悩まされていたっけ。
痛くて、痛くて、座るのも立ち上がるのも大変だった。
どうやら私は家族の死を自分の体と同期することによって知るらしい・・・

不思議な話だ。

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父のこと

2016年01月30日 14時24分50秒 | 徒然なるままに。。あ~だこ~だ
遺体の安置されているところに今朝行ってきた。

納棺は終わっていないので、お布団の中に父は眠っていた。
今にも起きだしてきそうな、安らかな寝顔

兄によると急変したのは昨日の午後だったらしい。
老人ホームの方が付き添って病院へ行き、ちょっとの差で兄は臨終には立ち会えなかったが、ホームの方に看取られて、安らかな静かに逝ったとのこと。
死因は結局「栄養失調」
昨年の12月からほぼ固形物の食事は取れなくなっていた。
取ると、肺に炎症を起こし肺炎で高熱が出てしまうようになったので、点滴でずっと栄養を補っていた。
しかしこの2日はその点滴さえ入らなくなっていたらしい

昨日の午前にも兄は見舞っていて、その時は、義姉も連れていってといって同行していた。
会話はほとんどできないけれども、父はその時、ようやくの会話で「今日、来てくれてよかった」と兄に言ったらしい。
だから兄は「変なこと言うなよ」と返した。。。。
父はお別れしたかったのだろう。

兄は生花を色々なところに収める会社をしている。
その主な取引先は葬儀社のことが多いので、葬儀の進み具合などはなれたものだ。

葬儀は身内だけで執り行うことになった。
しかも最近はやりの通夜なし、告別式のみという。
生まれ育った湯島のご近所さんにも今の段階では知らせないとの兄の判断。
家族と父の親戚だけで送りたいとのこと。

さて、両親を2人とも送り、私にはもう親はいない。
頼るのはもう兄だけだ。。。。。

寂しくて仕方がない。

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父が逝きました

2016年01月30日 00時40分57秒 | 徒然なるままに。。あ~だこ~だ
夕方兄から電話連絡。

突然のことで、兄の言葉をはっきりと思い出せません。

転ぶようになって、安全のために介護ヘルパーを付けたのが、すべての始まりだった気がします。

9月ですから、たったの5カ月もたたないうちに逝ってしまいました。

突然認知機能が衰え初めてから、3カ月弱です。

はっきりとは言いませんが、すべてはあの段階からです・・・

せめて3月15日までは生きさせてあげたかった。90歳の誕生日だから

父は母と違ってきっと泣かないわ、と思っていたし、宣言していたけれども、

実際には違った。

兄からの電話の後で、ひとりお風呂で号泣しました。

明日、やっと自分の足で歩けるように、以前のように歩けるようになったであろう、父に逢いに行きます。

やはり辛いです。

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