真理の探求  ― 究極の真理を目指すあなたへ by ぜんぜんおきなわ

本が出ます。
タイトル:「神の子への手紙」
2017年8月1日 刊行

第六十回 心は物を触知している(その二)

2017-07-13 11:14:09 | 思索
ベートーヴェンはまだ十代のころ、ウィーンでモーツァルトに会ったことがあるかもしれない。そんな話をどこかで読んだ記憶があります。

私は歴史学者ではないので、それが厳密な史実として本当にあったか否かは知りませんし、特に調べてみようとも思わないのですが、そういうことがあったとしても不思議ではないと思います。

ベートーヴェンの音楽が、モーツァルトから多大な影響を受けていることは、音楽史家の誰もが認めるところです。そして、ベートーヴェンという孤独な男、その巨大な音楽の源泉に、モーツァルトという狂狷に触れたことの驚きが混じっているとしても、私は特に違和感を感じないのです。

モーツァルトは口を開けばくだらない冗談ばかり言っていたそうなので、仮にベートーヴェンに会ったとしても、特に内容のない会話しか、しなかったかもしれません。

しかし、小林秀雄(1902-1983)が書いた「モーツァルト」(新潮文庫)によると、モーツァルトの義妹ゾフィーは、モーツァルトのことを「刺す様な眼付き」と言ったようですが、その眼を見たベートーヴェン少年が、その眼からモーツァルトの音楽の根幹を見たとしても、私は特に不自然だと感じないのです。

大人になっても幼児のような振る舞いをする、その白痴のような小男は、口を開けば愚劣な冗談を言って、とても大芸術家には見えなかったことでしょう。しかし、私はモーツァルトの音楽を聴いて、いつも感じるのはその「刺す様な眼付き」と孤独な横顔です。

私は、彼が作曲の天才だから驚くというよりも、そのあまりにも偉大な人の姿を見て、いつも驚くのです。小林秀雄はモーツァルトについてこう書いております。

以下引用

誰でも自分の眼を通してしか人生を見やしない。自分を一っぺんも疑ったり侮蔑したりした事のない人に、どうして人生を疑ったり侮蔑したりする事が出来ただろうか。

彼には、利己心の持ち合わせが、まるで無かったから、父親の冷い利己心は見えなかった。彼は父親を心から敬愛した。だが、したい事がしたい時には、父親の意見なぞ存在しなかった。

彼の妻は、死後再婚し、はじめて前の夫が天才だったと聞かされ、驚いた。それほど彼女は幸福であった。彼の妻への愚劣な冗談が誠意と愛情とに充ちていたからである。

引用おわり
(モオツァルト・無常という事 新潮文庫 43-44頁)

「愚劣な冗談」は、外見から見れば、正に愚劣な冗談にしか過ぎません。しかし、その表面の奥にあって見えない実体が、誠意と愛情に充ちた無限なるものであったとしたらどうでしょうか。

私がモーツァルトの音楽を聴いて感じる「物」は、人から天才と呼ばれて優越感に浸って喜ぶ幼稚な心性ではありません。

天才と呼ばれる人を、人が見る時、そこには「人」という姿(すがた)よりも、天才というレッテルの方が先にあるかもしれません。モーツァルトは人からそういうフィルターを通して見られることを、幼少の頃から繰り返し体験してきたことでしょう。

確かに、彼は技術的にも天才的なものを持っていた。しかし、その「刺す様な眼付き」で見た「物」は、ゴッホが数ドル程度の古椅子の色彩を見抜き、クロード・モネが海の中に生命を見抜いたのと同じように、何らかの特別な神秘ではありませんでした。

それは人間の声や楽器の声、つまり当たり前のように存在する「音」という「物」でした。モーツァルトという無辺際の心は、「音」という「物」を触知し、それを描きました。

その天才たる所以は、彼が音の魔術師として天才的なテクニックを持っていたというよりも、八百万(やおよろず)の音を並べて一つの沈黙を表現したその姿にあるのでしょう。

ピアニストのアルフレッド・ブレンデルは、モーツァルトのピアノ曲についてこう言っております。

「子どもが演奏するには簡単すぎるが、大人が演奏するには難しすぎる。」

モーツァルトのピアノ曲は、技術的には簡単でも、演奏家の方にも、モーツァルトが触知した「音」と同じものを触知することが要求される。

心が音に触れ、音が心に変ずるまでに、自らの心を純化できるか。妻に天才だと気づかれないほどに、妻に誠意と愛情で接することができるか。

モーツァルトの曲を演奏する難しさは、そうしたところにあるのだと思われます。
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