真理の探求  ― 究極の真理を目指すあなたへ

神としての真理を探究しています。
(哲学・宗教)

第三回 フィロソフィー(その一)

2017-05-17 14:12:26 | 哲学
真理を求める心をあらわす言葉として、「宗教」という言葉があります。
それについては第一回で書きました。

また、哲学(Philosophy)という言葉があります。

これも色々な場面で使われていて、例えばビジネスの世界では、その会社の信念というか、根本的な方針という意味で用いられています。

「メルセデス・ベンツの哲学」といった風にです。要は、うちの会社は丈夫で長持ちする車を真面目に造っていて、それは時代が変わってもブレませんよということが言いたいのだと思います。

そういう使い方が間違っているというわけではありませんが、本来の語源的に言うと、哲学とは「知る」ことに対する痛烈な「愛」のことです。

Philosophy(哲学)は、phile(フィル)とsophy(知)から成り立っているもので、要は「知ること」を「愛する」という意味です。

phile(フィル)とsophy(知)は、あまり馴染みのない言葉かもしれませんが、世の中では広く使われております。

フィルハーモニー・オーケストラという言葉の、フィルハーモニーは、フィルとハーモニーから出来ています。つまり、ハーモニー(調和)をフィル(愛する)ということです。オーケストラは、各楽器の調子がバラバラでは成り立ちません。各人の演奏がハーモニーを愛する演奏である必要があります。

あるいは、アレキサンドロス大王のお父さんにフィリッポス2世という人がいますが、これはヒッポス(馬)をフィル(愛する)という意味です。英語やフランス語のフィリップや、スペイン語のフェリペの語源は、フィリッポスです。だから、フィリップさんというのは、愛馬さんという意味ですね。

Sophy(知)は、例えば上智大学の英語名 で使われています。上智大学は英語名がSophia University です。あるいは、ソフィア・ローレンやソフィア・コッポラなど、女性の名前としてソフィアはよく用いられていますが、日本語で言えば知子さんや智子さんといった感じでしょうか。

さて、文明開化を迎えた日本で、このフィロソフィー(Philosoph)は日本語訳される必要性に迫られました。その際、西周(にしあまね)はそれを「希哲学」と訳したそうですが、頭の「希」は時とともに略され、「哲学」という言葉が日本に定着したそうです。

ここから、哲学というのは何やら難しい理屈を扱った学問というイメージが定着していきます。しかし、本来の意味はそうではないですし、目指すところもそうではありません。

詳しくは次回以降に書いていこうと思います。
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