「志」の英語教育

英語教育実践について日々の雑感を語ります。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

全英蓮大分大会2(パラダイムシフト)

2015-11-24 21:09:42 | 授業
全英蓮大分大会はこれまでに参加した研修会とは意味合いが全く違っていました。学びとれたものは決して多いとは言えないのに、はっきりと感じ取れたことのインパクトが非常に大きいです。

自分の中の軸になるものが破壊され、もう一度スクラッチビルドが必要であることを悟りつつも、自分にはそれは達成できないかもしれないという恐怖感が強いです。

二つ目のキーワードは「ラーナーオートノミー」、学習者の自律を促すこと、そして、メタ認知力を上げること。これらのことばは今までにも使ってきましたが、スケールが全然違います。

問題はこれまで授業でやっていたことのうち、どれだけ多くを生徒の責任で学ばせることができるかです。自分達が教えていたことを生徒が自分で学べるような仕組を創造していかなければなりません。

その仕組の鍵となるのが「間接学習」、この業界の人なら覚えている人も多いと思いますが、故 R.Pausch先生が head fakeと呼んだあれです。

例えば、生徒が授業でなすべきことは、コンピュータの作曲ソフトを使ってどれだけ素晴らしい音楽を作れるかを競うこと。授業はその発表の場です。しかし、それをなすためには自分で作曲ソフトを理解し操作できなくてはならない。それは自分の責任でやらなければならないということだと思います。

もちろん、ピアサポートが受けやすい環境を作っておくなど、ソフトの使い方を習得するための「足場」は用意しておかなくてはなりません。

うまくいけばものすごい化学反応が起きるでしょうが、触媒の役目が不発だとなんともしょぼいものになってしまいます。

単に「英語の授業は英語で」などといった安っぽいものではないのです。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

全英連大分大会1(最後の学びに向かって)

2015-11-24 19:17:07 | 研修
長らく放っていましたが、可能なレベルで復活します。完全に肩の荷が降りたわけではないので、どれだけ記事が書けるかは不明です。来年はトンネルからの脱出を狙っていますが、さてどうなることやら。

先週末は、初めて全英連大会に参加。場所は大分です。家族でも時々温泉に泊まりに行くので、そこそこ土地勘はあります。別府駅前の安ホテルに2泊し、そこから大分へJRで2往復しました。

噂には聞いていたものの、この大会の規模には正直びっくりしました。参加者は1300人を越えたとのことです。九州は県の間のネットワークが密接なのが大きなアドバンテージなのだろうと思います。

最近は研究大会やワークショップに出ることが激減していて調子が出ない感じです。以前は自分の課題を意識し、その答えを見つけるヒントを求めていたように思います。それが難しくなりました。

このところ、自分がどの方向に進んでいいのか分からなくなっていたのです。音読やリプロなどはすでに時代遅れで、授業で時間をかけて行うことではなくなっているように感じます。グラフィック・オーガナイザーを使って生徒に本文の内容を説明させる活動すら不十分なように思われます。いったい英語教育に何がどこまで求められているのかと。

しかし、大会での色々な方々の発言を聞き、授業を見学し分科会に出るうちに、なんとなく進むべき道が見えてきたように感じました。いくつか心に響いたことばがあります。

一つは英語の力は授業で伸びるのではないということです。授業に意味がないということではなく、本物の力は授業時間外の個々の生徒の努力によって獲得されるということ(のよう)です。

授業とは生徒が地道に重ねた個人的な努力を披露することを通して切磋琢磨する場であり、その枠組をいかに上手く提供するかにかが我々の手腕であるということです。つまり、授業外の学びを促すのが授業の存在意義であり、パフォーマンス評価はそのためのものであるということです。

「よい授業」をすれば生徒は授業に甘えます。また、「よくない授業」に対する抵抗力も下がります。これでは、確かな学力は育ちようがありません。学び方を教えるという意味での授業のあり方を否定するつもりはありませんが、音読やリプロにかける時間を徐々に減らしていくことは生徒の動機付けを高める上でも効果的である可能性があります。

そのかわりに、英語で「生徒の思いを聞く」活動を増やせば生徒は自ら学んでいくのではと考えています。
今回はここまでで、この話は次回に続けます。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

Going Underground

2015-05-09 21:13:26 | 研修
今日は中学生の娘の参観日ということで、そちらへお邪魔して授業参観。娘のクラスは数学の授業。計算練習が中心だったので、そちらの方はそこそこに、他のクラスの授業の様子を覗いてみました。

その中でよかったのが国語の授業。ある詩を教材に、イメージ化と論理的な推測により、その詩の題名を考えさせるというもの。グループワークで話し合わせたのち全体でアイディアをシェアし論理性を検討するところなど、自分の授業の日本語版を見ているようでした。教材自体かなり気に入ったので、英訳し自分の授業でも使おうかなと考えています。

教員の立場で行ったのなら、授業者の先生にいくつか質問したかったところですが、今回は一保護者ですのでぐっと我慢。その代わり娘に「父がすごくいい授業だったと感動していました」と伝えておいてくれと頼みました。いい授業を見せていただいたときに、授業者の先生にポジティブ・フィードバックを返すのは同業者の義務だと思っていますから。

ネットで検索したら、阪本越郎という詩人さんの作で、国語の教材としてはある程度有名なもののようです。英語の先生方でもアンテナの高い方はご存知かもしれません。授業研究の材料として非常に有益だと思いますので引用させていただきます。

私は毎日棺に入る
見知らぬ人といっしょに
私はあわただしく釘を打つ
自分の棺に
そうして都会の方へ
生き埋めにされに行く

この詩の指導を通して得られるリーディング授業のヒントもネットで見つかりますのでご興味のある方は検索してみてください。
コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

公開授業

2015-03-05 22:43:18 | 授業
久しぶりに、外部向け公開授業をしました。
今回は、指導主事先生に加え他校校長先生、副校長先生にお越しいただき、
この上なく有難いことでした。

昨今、報われない思いの残る仕事の多い中、
身に余る励ましのお言葉を参加された先生方からいただき、
本当にありがたいことでした。

授業者が元気をいただく公開授業では本当はだめなのですが
少なくとも、明日からまたエネルギー満タンで授業に迎えます。

お越しいただいた先生方、同僚の先生方、どうもありがとうございました。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

地元大学英語教育研究会

2013-12-08 19:14:23 | 研修
昨日は地元大学の研究会に参加。20周年記念大会ということで、通常の研究発表に加え、広大の山田先生、学芸大附属の小菅先生のご講演・ワークショップなど盛りだくさん。お二方ともお話を拝聴するのは初めてで貴重な経験となった。特に、山田先生のお話は耳にしたことのないことばかりで非常に興味深かった。中身についてはもう少し寝かせてから触れることにします。

と言いつつ、今回の大きな目的は、ある中学校の校長先生にお会いすること。来年度以降の高英研理事長引き受けに関連して大きな動きがあり、その件でお世話になることになるので、ご挨拶に上がったのだ。普通は、管理職になると学校経営のほうばかりで教科教育から一歩ひいた立場をとられる方が多い中、発表者として参加されるということで本当に頭が下がります。

実は、今回のご発表に関する調査を現役教員へのアンケートという形で先に実施されており、それに私も参加していたのです。テクストの結束性・一貫性に対する学習者の気付きがどうであるかというもので、正直なところ中学生レベルにはきついかなと思っていたが、予想以上に面白い意見が多数集められ非常に有意義だった。

ディスコース・アナリシスは以前と変わらぬ注目を保ち続けてきたわけではないかもしれないが、内容・論理性が求められる時代の到来とともに、特に表現の指導において体系的な指導を構築する上でのカギとなるはずだ。

紋切り型の主張文をただフォーマットに当て嵌めて書かせるだけでなく、様々なパターンの流れ、つながり、まとまりのある文を提示し、それに倣ってコンパクトなパッセージを書かせ、作品を内容の面から相互評価させるという学習活動をシリーズで行うことが一つのゴールになりそうである。

にほんブログ村 教育ブログ 英語科教育へ


コメント
この記事をはてなブックマークに追加