キサラギ・ジュンの税務小説

『黄金武将』翻訳『天皇財産と課税』『SCOOPED』ニュージーランド活劇『大統領になれなかった男』『NORADテープ』

アナザ・ストーリィ ラムズフェルド国防長官の雲隠れ キサラギジュン

2017-07-31 19:12:33 | アナザ・ストーリィ
□FBI、フィルムを没収
 Jose Velasquez:ベラスケスさんは言います。「ガステーションのセキュリィテイカメラが全容を映していたと思うけど、すぐFBIが(そのフィルムを)持っていってしまった」と。
 Telephone interview:フォートマイヤー(AA77が運び込まれた空軍基地)に第1エンジンだけが運び込まれた。「他の部分は?」「一緒になっちまったのさ」「(飛行機の部品は)どこだ?」「ビルの中さ」「飛行機はどこだ?」「その上に立ってるよ、お前の足の下」「飛行機はどこだ?」それが飛行機事故だと思う。ビルの外にはエンジンもタイヤもなかったし、それが本当のことだった。
□911報告書―ペンタゴンにおける緊急事態対応
 ペンタゴンにおける緊急事態対応は、地元、州、そして政府の権限が相互作用して、概して効果的であった。その事件の性質が「飛行機の衝突」、「火事」、そして部分的な「ビル崩壊」からなるのでアーリントン郡消防局が災害指揮本部となった。
9時37分、ペンタゴンの西の壁にハイジャックされたアメリカン航空77便(ボーイング757)が衝突。その衝突は即座に壊滅的な被害をもたらした。飛行機に乗っていた64人の人々は全員、殺された。同様にペンタゴン内部でも125人の人々が殺された。(70人の民間人と55人の軍人)
 FBI、FEMA(緊急対応庁)、大量破壊兵器国家医療対応チームなどにより、司令部が9:41分に設立された、10時15分に司令官は、ハイジャック機が接近中とのFBIの警報に従って、司令部からの完全退去を命じた。

 要約すると、911委員会は『AA77便がハイジャッカーの手で、ペンタゴンに突入し、火事、崩壊を通じて、乗員、乗客、軍人、民間人が多数死んだ。』と言っています。そして、他のハイジャック機の接近を知らせたのはFBIだったと911委員会は言いたいらしいのです。
「他のハイジャック機?」
 そう、それは多分ユナイテッド航空93便のことだったと思われる。
□FBI、フィルムを没収
 近くのガステーションの従業員によると、施設の監視カメラは衝突の瞬間をとらえていたはずだと証言していますが、FBIがすぐ来て、監視カメラの映像を持っていったということです 。近くのホテルも同じような目にあっています 。
 司法省は開示を拒否しています。誰かがアメリカを害するためそのレコードを使うかもしれないというのです。いったい、誰がそんなことをするでしょうか、それは市民の真実を知る権利をないがしろにしろというグループの言い回しにしかすぎません。ビデオの情報は公開されるべきです 。
 ガステーションの方は2006年開示されましたが、何も新しい情報は含まれていません。やはり飛行機は映っていないのです 。サンドラ・ジョンツ(Sandra Jontz)レポーターは運輸省の交通状況を伝えるカメラがペンタゴンの衝突現場を映していたはずだと言っています。もちろん、公開や開示はされていません。何者かがそれをアメリカを脅かすために使用する恐れがあるからでしょう 。
□飛行機を見た人はほとんどいない  
 ペンタゴンを飛行機が襲ったと考える人々は少数です。それも少数の者の多くは飛行機が衝突する場面を見ておらず、WTCの飛行機衝突を見て、ペンタゴンもそうだったと思っているだけなのです 。
□2機の不審な飛行機  
 Davison Army Airfield. [Source: Airnav.com]
 クラッシュのすぐ後、ペンタゴンから南へ12マイルのところにフォートベルバール(Fort Belvoir)基地があります。そこに併設されているデビソン陸軍航空隊(Davison Army Airfield)の航空監視所の職員はワシントン・ペンタゴン上空に2機の不審な飛行機が2機とも旋回しているのをレーダーで確認しています。一方の飛行機はトランスポンダは非常事態(ハイジャック信号7700)を示していました。旋回して急激に下がっていきました。もう一方の飛行機は只単に目標機として管理されていました。⇒誰に?何の情報もなかったのです。トランスポンダの信号も発していません。《:これはたぶん、戦闘機か巡航ミサイル》
「この2機目の飛行機は急速に下降していった」と管制官が云います。
「どちらも同じ航跡でいつの間にかいなくなった。だが空にはいたに違いない」。同管制官はこれ以上の情報は話さなかった。なぜ、1機だけがトランスポンダの発進をしていたのか、あるいはもう1機がどこに所属する戦闘機だったのかも含めて何も情報を出さなかったのです 。
□衝突現場のもっとも近くにいた男女
 少なくとも3人のペンタゴン職員は現場で生き残ったが、最初は何か爆発があったと思ったのです。 ジョン・シュルマン中佐(John Thurman, an Army lieutenant colonel)は突入されたEリングの2階部分にいたのです 。  彼は後に衝撃の瞬間について語っています。「私にはそれは飛行機だと思えませんでした。爆弾だったと思います。私は軍人なので、手りゅう弾や大砲の弾が破裂したような時の衝撃に似ていると思いました。2か所で爆発が起こったようです。私のブースの脇をパーカッションを打った時の音色のようなものが通り過ぎました。「バシーン」という音です。 そして続いて大きな爆発がありました。私にはテロリストが建設現場に紛れ込んで何か爆発物を敷設したように思えたのです 。 
 ナンシィ・マケウオン中尉(Lt. Nancy McKeown )はペンタゴンのDリング1階部分にいました。そこは海軍指令所があります。そこが1番被害が大きかったのです 。彼女は回想します。「最初は地震だと思いました。続いて連続する爆発音がしました。なにか花火のアトラクションの爆発の連続のような感じの」。彼女は仲間に叫びました。「爆弾よ」と 。
□BOCC
 BOCC(Pentagon’s Building Operations Command Center )の職員は直接、飛行機の衝突シーンは見ていないのですが、300ある火災報知器が一斉に鳴り始めたのでビックリ仰天し、混乱しています 。 BOCCにはいつも2、3人しか常駐していません 。飛行機が激突したと知ったのはその日遅くだった 。
□レーガン空港管制官アラート
 レーガン空港はペンタゴンから1マイルも離れていません 。そのコントロールタワーの監督者クリス・ステフェンソン(Chris Stephenson)は窓の外に77便が飛んでいるのが9:36分に見えたと証言しています。彼はその飛行機が360度の旋回をして近くのクリスタル・シテイのビル群の中に消えたといっています。衝突した衝撃で大きな火焔が上がり、書類や粉じんが空に舞うのが見えたといいます。《:それが書類であるとわかったのはなぜかしら?》彼はTRACON(空港レーダー)を呼び出し、「757型機がペンタゴンに突っ込んだ」と聞かされました 。
  
 Firefighters and other rescuers at the Pentagon crash site. [Source: US Department of Defense]
 ペンタゴンは攻撃後、通信システムが混乱、不通となった 。77便のクラッシュ前にも通信不調は起こっていたが、クラッシュ後、完全にダウンした 。
「ほとんど同時に通信回線が不調に、電話もつながらなくなった。職員や来訪者の携帯電話も外部とはつながらない状態になった 。 この状況は重大な問題に発展した。消防員もアーリントン非常事態センターへ連絡することもできなくなった。ペンタゴン職員は家族や関係者と一切、連絡が取れなかったのだ 。⇒「これはなんか怪しいわ、当局が通信妨害しているのよ、核戦争用のネ」。
 通信システムがダウンしたのは1人、ペンタゴンだけではない、ワシントン全体が広く不通になったのです。エアフォースワンに乗っていた大統領もこの不調のことを後で文句を云います。「誰も出ないんだから、」と。ペルーから急遽帰ってくるパウエル国務長官でさえ、ワシントンへ着くまで、電話が通じなかったと言ってます。⇒エ、外国エリアでもそうだったの?
□クラッシュ・シーンが1つも写っていない監視カメラ   
  ジョン・ジェスター(John Jester)、防衛サービス局(DPS)の職員はペンタゴンから走り出て、隣のDPSの建物に行き「カメラを確認しろ」と云った。 ヘリコプター駐機場付近でクラッシュが起こった。その辺は24時間監視カメラが稼働しているはず 。
でもコミニケーションセンターの8つのモニタースクリーンは全部、何も映っていなかった。《:そんなことがあり得る?》クラッシュサイトが近すぎ、カメラの電源もろとも吹っ飛んだというのです。衝突前の状況もわからない?おまけにペンタゴン側の監視カメラもその付近は工事中で、稼働していなかったんですって、何かおかしいわね。 ペンタゴンから数百ヤード離れている海軍アネックスのカメラは作動していたようです 。 
クラッシュサイトの北側に当たる海軍アネックスの2台のカメラは事件直前に取り付けられたもので、その監視カメラに航空機が衝突する映像が映っているそうですが、公開はされませんでした 。その貧弱な映像は2006年に公開されました。数十メーターはなれたところで、何かが白煙をあげてスライドしている。次の瞬間、壁に激突して火炎が上がっているだけ。その他多くの監視カメラ(1800ほどあったと言われます。)が壊れたか使用不能になった経緯は発表されていません。
□ペンタゴンの建設現場
 23人の建設現場の職工たちが自主避難し、駐車場付近を歩いていた時に飛行機が突き刺さったのです。ペンタゴンの指示は全然ありませんでした 。
 海軍コマンドセンター(北西ウエッジEリングが直撃され、50人の職員のうち、42人が亡くなった。クラウダー海軍大将(Rear Admiral William Douglas Crowder)はEリング4階のファロン事務所にいましたが、「他の飛行機がワシントンに向かっている」との情報を得ていました。ですが、「その情報は秘密にしろ」と部下(William J. Toti)に話しました。その結果、誰もペンタゴンから避難する者はいなかったのです。なぜでしょうか?  
トーテイ(Toti)は1階の海軍事務所に行かなかったので命拾いをしたと言っています 。
 マリオットホテル
 ジェフリィー・マーク・パーソンズ(Jeffrey Mark Parsons)さんは、米国境警備隊の職員ですが、その時、マリオットレジデンスホテルの17階にいました。「そこからはレーガン国際空港が一望できるのです」。そこでパーソンズさんはアメリカン航空の飛行機が北へ飛び去るように見えたといいます。いつもの飛行コースとは違っていたといいます。
「ペンタゴンのあるアーリントン方向へ飛んだんですかね?」、「まさに、ワシントンから遠ざかっていくように見えたのですが」、「多分ペンタゴンに77便がぶつかる30秒ぐらい前ですね」。
 ホワイトハウスでは、モンターギュ・ウィンフィールド海軍大将、DDOの長でもあるが、彼はその日の朝、会議前の小会議(朝食会)に参加していたため、最初から緊急会議に間に合っていた。したがって、「すべての省庁がここホワイトハウスの地下会議所にテレビ電話でつながっていたと思っている」と証言したがそれは嘘っぱちだった。確かに会議が始まって8時間後には全員そろっていたが、会議が始まった8時30分には主たる閣僚はチェイニーとコンドリーサだけだった 。
 NJOC会議から外部への連絡はDDOによって行われた。DDO電話を通じて連絡を取ったのはラムズフェルド長官で、ウインフィールド大将は途中欠席していた 。 ESC(ペンタゴン秘書室)の隣にあるNJOCでは飛行機の衝突の衝撃を感じなかった。彼らはテレビから自分のビルが攻撃されたのを知った 。しかし、ラムズフェルド長官だけは秘書室から200フィート離れているだけだが、衝撃を感じたというのです。窓が1つもない彼の事務所から長官はダッシュして飛び出したというのです。何かおかしくありませんか?
□ラムズフェルド長官の雲隠れ
 ペンタゴンの幹部たちをサポートする秘書軍団をESC(the Executive Support Center)と云います。NJOCの隣にあります。ESCの秘書長ビクトリア・クラークさん(Assistant Secretary of Defense for Public Affairs Victoria Clarke) は、2回目のクラッシュの時にペンタゴンに到着したのですが、彼女の同僚、ラリィ・ディリタさんがラムズフェルド長官にケーブルで電話し、NJOCへ来るよう求めますが、長官は長官の個人事務所にいて、重要な来訪者とミーテングをしているからすぐにはいけないと云われます。ペンタゴンが混乱するような重大なことが起きた場合は、国防長官がNJOCの指揮権を取ることになっています。その重要な指揮権をラムズフェルド長官は10:15分まで放棄したのです。重要な来訪者とは「Stephen A. Cambone」のことでした。いったいどんな話題だったのでしょうか ?
□海軍経理部
 防衛情報事務局(DIA)の経理部長ポール・ゴンザレス (Paul Gonzales)、海軍部を引退し、事務局の監督者だった人物ですが、彼はペンタゴンがアメリカで1番安全な場所だと考えていたので、9:37分、飛行機がC(E?)リングの1階に激突したとき退避をしていなかった。彼の部署では18人中7人が即死したのです。5人が負傷して病院に運ばれました 。 
□ジャクリーン・キッドさんの証言
 陸軍特殊部隊のジャクリーン・キッド(Jacqueline Kidd)さんは、ペンタゴンのヘリポートの管制職員ですが、彼女はやはり、飛行機がペンタゴンに突入したと思うと発言しています。根拠は不明です。彼女がその状況を実際に目撃したのか、どうかがわからないからです 。
ボージャー(Boger) さんは「Davison Army Airfield」タワーにいて確かに77便が低く、早くペンタゴンの方向へ飛ぶのを見たといいます。ペンタゴンから12マイル離れていますが、機影はレーダーではなく、肉眼(あるいは双眼鏡)で鮮明に低く、早く飛んでいるのが見えたというのです 。 
□確かに77便を見た男   
 警察幹部と消防署員の数人は、ペンタゴンに突入してくる77便を目撃している。彼らは早速、本部やアーリントン災害対策本部へ連絡したようです 。 
 バリィ・フロスト(Arlington County Police Department Corporal Barry Foust)はペンタゴンから2マイルのハイウエイのランプで「低く飛んでくる飛行機」とその「衝突による煙り」を見たのです。ですが、彼の本部への報告記録では、「私は、飛行機が(ワシントン)D.C.の東部地区に衝突したと思います。確かに首都の一部に落ちたのです」と推測として答えているのです 。⇒本当に飛んでいる飛行機を確認したのかしら?それにペンタゴンはDCの西部地区にあるのに。
 交通警察、リチャード・コックス(Police Motorcycle Officer Richard Cox)は白バイに乗っていて、この飛行機を目撃している。「地響きのような音がして、飛行機が頭上をかすめていった。たしかにあれはアメリカンエアーの飛行機で(コロンビア)パイクを越えて、東のペンタゴン方向へ飛んで行った。高さ?百フィートはなかったんじゃないか?」 。
□現場に1番先についた警備官
 DPS(the Defense Protective Service)のマーク・ブライト(Mark Bright)さんは、現場に1番先についた警備官だった。ペンタゴンのモール側入り口を警護する彼は、「低く大きな爆音を聞いた。飛行機が海軍アネックスビル(ペンタゴンの西側にある)の上空に見えた。この建物にぶつかったと思ったが、飛行機が低く飛んでいたので視界からは見えなかった。警察クルーザーをペンタゴンの衝突現場に 走らせた」と 。
□ ウイリアム・ラグレス警部はDPSのメンバーで、ペンタゴンのガステーションにいた。
彼は飛行機がペンタゴンへ突っ込むのを直接見た唯一の人間である。「アメリカンエアーの757型ジャンボ・・・地上から百フィート、たぶん俺から60フィートしか離れていなかった」と。彼はすぐDPSへトランシーバーで報告した。「飛行機がビルの壁に衝突しました。たぶんテロです」と。救急バッグをかかえると一目散に現場に急行した。⇒この日、ワシントンの重要地区は、チェイニー副大統領主導のクライシス対応緊急出動訓練が実施されていて、緊急対応庁、警察・消防の職員が早朝からペンタゴンのまわりに集まっていたのを知っていましたか?
 ペンタゴン衝突前、2万人いるペンタゴン職員の避難行動はありませんでした。ラムズフェルド長官、そして彼の取り巻き連中でさえ「ルージュの飛行機」がワシントンを目指して飛んでいるという情報は知らなかったのです 。ですが、ペンタゴン以外の軍部は知っていた・・と言うのであれば恐ろしい話ですよね。日本でいえば、防衛省は知らされていなかったが、各地の駐屯部隊はそれを知っていたみたいなものです。
「避難については、実際にその脅威が起こりつつあるという場合に発動されるので、その時はまだ・・・」とグレン・フロード広報官が述べた。「われわれは飛行機が直進してくるなんて知りませんでした」と 。 
 DPS(The Defense Protective Service)は、ニューヨークの事態を受けて、緊急警戒体制に入るべきだったと考えられます。ですが、自分のビルが攻撃されるまでペンタゴンの即応体制をレベルアップしなかったのです 。
□日系陸軍大将、SHINSEKIが語る。
 Eric Shinseki.[Source: US Army]
 ピーター・チェアレリィ(Major General Peter Chiarelli)中将は「飛行機がワシントンへ飛んできていると」と知らされる。「たぶんペンタゴンが狙われる」と。中将はペンタゴンの1室で会議資料を見ていたのだが、WTCの惨劇をテレビで見たので、即、CAT(the Army’s Crisis Action Team)の立ち上げを部下たちに指示した。そうこうしているうちに、シンガポールにいるエリック・シンセキ大将(陸軍参謀)から電話がかかってきた。シンセキ大将はたぶん、このビルが狙われるので、すぐ職員を退避させるべきだと云った 。
□偶然にも爆弾処理班もペンタゴンにいた?
 その日、アーリントン緊急避難コミニケーションセンター(the Arlington County Emergency Communications Center)の訓練が実施される予定で、爆弾処理班までスタンバイしていたのです。⇒これは全くの偶然でしょうか?  
さらにヘリポート付近にはフォート・ベリバール(Fort Belvoir)から爆弾処理班が待機していたのです。その日の昼過ぎ、大統領がヘリポートを利用する予定があったためです 。 
ダビソン空域の交通管制統括官は、彼の部下のある管制官がレーガン空港管制官から「全交通機関に呼び掛ける警告」を受信した。彼は気が狂ったみたいに、「今、空にいるあらゆる飛行機を呼び出してとにかくランデングさせることだ」という。「できるだけ急いで、今すぐ」と。
管制統括官が理由を問うと、「理由は今言えない、ともかく実施されたい」と言うことだった 。
□DPS(防衛局)
 ペンタゴンを守る防衛局(Defence Protective Service)というポジションがあります。ま、ビルのガードマンのような役割でしょう。そのDPSのジョン・ペグラッド氏がクラッシュのすぐ後、DPSセンターに電話したところ、電話の背景で、「攻撃されました、攻撃されました、ウエッジ1です」という叫び声を聞いたということです。DPSセンターの誰も不明な飛行機がワシントンに向かっているなどという情報を1つも受けていなかったという証左です。《:ずいぶん回りくどい証言ですが、確かにその通りだったでしょう。》  
□ラムズフェルド長官は爆弾が爆発したと思った。
 ラムズフェルド長官は窓の方を見たが後に語っています。「何事もなかった」と 。《:エ、彼の部屋に窓があったっけ?》
長官は外に出る廊下を途中まで1人で来たが、彼のボデイーガードたちに固められて現場に行った 。  
しかし、この行為はほめられたものではない。カウンターテロリズム委員長のリチャード・クラークさんは長官が「WTC攻撃の後も、ペンタゴン攻撃の後も会議を続けたことを非難している。そして、テレビに表れた長官を見たクラークさんは彼の部下に向かって、「ペンタゴン全部がやられたというわけじゃないな、彼(長官)は大丈夫の様だ」と云ったそうです。ずいぶん皮肉っぽいではないですか 。
ある説明によると、ラムズフェルド長官は現場の視察の後も10:30分まではホワイトハウスと連絡するブース、ESC(ペンタゴン秘書室)に表れなかったといいます 。
□2.3兆ドルが使途不明です。
 ラムズフェルド国防長官が911の前日つまり、2001年9月10日にプレス発表しました 。
「海軍主計局による会計監査が進行中ですが、現在のところ、国防予算の25%に当たる2.3兆ドルが使途不明だといっています 。これはペンタゴンの官僚体質が生んだうみなので私は徹底的にこれを洗い、議会に報告したいと思います」と 。
次の日、911が起こります。ペンタゴンに突っ込んだボーイング757型の飛行機は、ペンタゴンの西側ウエッジ・ワン部分を襲い、主に海軍主計局の軍人55人と民間人60人(会計士等)が死亡します。
その日の新聞、テレビのニュースは世界中、ワールドトレードセンターへ突っ込んだアメリカン11便、ユナイテッド175便の映像を繰り返し流すのが精いっぱいで、「ペンタゴンの軍事費の流用」のことなどふっとんでしまうのです。
9月13日(木曜日)ブッシュ大統領はこの惨劇はオサマ・ビン=ラデンを首領とするアルカイダ国際テロ集団の仕業であると犯人グループを特定します。
「もはやこのようなおおがかりな同時多発テロは私闘ではなく戦争行為である、太平洋戦争で、日本軍がパールハーバーを襲ったのと同じ奇襲攻撃である」と演説をします。「このような大がかりなテロに対抗する手段はアフガニスタンを空爆する以外にない」、「アルカイダに隠れ家を提供し、世界中から戦士を集めて軍事訓練させているタリバン政権(ゲリラ組織)がそこにいるからだ」、「その目的遂行のために新たに440億ドルを軍事予算に追加する」とも。

 記憶がだいぶ薄らいだ2006年、米下院予算委員会で、シンシア・マキニー議員(共和党)がラムズフェルド長官に質問しました。
マキニー「あれはどうなりました?」
長官「あれって何ですか?」
マキニー「2001年9月10日、あなたが発表した2.3兆ドルの使途不明金のその後ですよ」
長官「あ~あのことですか、私は何か勘違いしていたようです」
マキニー「その戦争ゲームの予算の契約者は誰なんですか?」
長官「何しろ、一件書類が燃えてしまってね、説明する人も死んでしまった、説明は不可能なんだ 」。

 NORADスポークスマンは自分らがマスコミの批判に晒されている「失敗」を説明で論破する必要に迫れています。
ペンタゴンの別のある報道官は「空軍中佐、ビック・ワルジンスキー( Vic Warzinski)報道官は“その飛行機がペンタゴンに飛び込んでくるなんて全然知らなかった”と言ってましたが、実際の話、月曜日のイベント(国防総省が2兆6千万ドルの使途不明金をだしたことに対する弁明の記者会見)の翌日にこんなことが起こるなんて誰も考えもしませんでした」と他人事のように報道陣に喋ったのです。これは嘘だった。ペンタゴンは翌日、大惨事があるのでわざと前日、タイミングを計って発表したのだとするペンタゴンの陰謀説です。実際、77便が突っ込んだといわれるペンタゴンのウエスト・リング(北西側)の場所は、長官室とは反対側にあり、主に軍の予算を管理・運営する経理センターがおかれています。その中でも、ペンタゴンの予算を管理する海軍主計センターは、45人中44人の職員を失いました。亡くなった人たちは職業軍人ではなく、会計士や弁護士、経理事務アルバイトなど民間人が大部分でした。
海軍主計センターは会計検査院から使途不明な支出、あるいは無駄な支出の解明を命じられていた、主に陸軍、空軍の使途不明が多かったので海軍に調査が委託された。使い込みがバレそうになったので陸軍、空軍から狙われた、関係帳票はみな焼けてしまった。証拠は人間も書類も消えた。実際、その後、殺されたマスコミや会計検査院も誰も、ペンタゴンの使途不明金の話をしなくなりました。
「・・と云うのがラムズフェルド謀略説の概要です。本当かどうかはわかりません」
「これじゃまるで中国と同じね、TJ」
「バカにしないで、おね~様」
 現場にいた女子職員(April Gallop/行政官アシスタント)は、「男の子を連れて、飛行機が衝突した、西側ホールから外に脱出しました。何かが爆発するような音が聞こえた。天井から物が落ち、けがをしました」。今思い返せばトラウマになるかもしれない現場の状況の説明は次のようなものでした。「飛行機の座席や残骸、油のにおい、乗客の死体、何一つ無かった。飛行機事故らしくはなかった。屋内の火災も起こらなかった、ただ、変なのは机上のコンピュターが炎をあげて燃えあがったことです。同僚のものを含めて、コンピュータが発火して情報が消えてしまったのです」ということです。「火事なんか起きていなかったわ、私はシューズの片っ方を無くしていたので裸足で外に出たけど、やけどはしませんでした」。65トン(8万ガロン)のケロシンがまき散らされたはずの床は平常通りだった・・ということは旅客機が飛び込んだということにならない。
「エンジンや、主翼、尾翼、そういった各パーツが空中分解して、ペンタゴンにつっこんだんじゃないの?」とTJが云いました。
9/11で商用機がビルに飛び込むのも確かに異常ではありますが、それよりもコースを離れて飛行する旅客機の存在がより異常事態であることは誰でもわかります。トランスポンダも切られ、ハイジャックが起こったことは目に見えています。
 ワールドトレードセンターにジェット機が衝突した報道があった時点で、異常事態であること、それが空の安全、脅威を排除する仕事の軍のシステムが始動しないことはあり得ないのです。
すべての国州郡は目覚めます。たとえば、NY警察は9:06に:「これはテロの攻撃だ、ペンタゴンへ知らせろ」と云ってます。
アメリカン軍部プレス紙はペンタゴン内部で働いている一般人に「次の攻撃はここの可能性がある」と:海軍軍人が云って退避を勧告したということです。その海軍軍人はこう言ったのです。「われわれはテレビでワールドトレードセンターが攻撃されたことを知った。ワールドトレードセンターはもっとも重要な施設だが2番目はここかもしれないぞ」と。
「空軍や防衛組織は日ごろからこういった事態への体制を整えているのに、イザそれが起こるとなんにもしないというのは、軍の偉い人たちがあらかじめ防衛を阻止する行動を失敗させるたくらみがあるからなんだ」。
そういう陰謀の作戦は、偉い人たちが現場にそれに関する情報や助言を与えず、ルーテンの訓練だけをさせているときに起きるものだ。そして実際に壊滅的な事態が起きた場合、その命令が実行されないよう期待し、たとえ、偉い人たちの命令を受け取ったとしても現場サイドがうまくそれを実行できないよう期待し、現場のせいにする。
□日ごろから命令チェーンが効かないようにしておく
日ごろから防空システムの命令系統をわざと機能しないようにしておく。トップの極めて少数のエリート層による命令下達によるコントロールだけが効くようにしておく。
 US軍最高司令官(ブッシュ大統領)の命令がなければ決定のプロセスが動かないようにし、そのうえ、決定の当日は行方をくらましている。『ラムズフェルド国防長官』のみならず、統合参謀会議副議長(当時)、『リチャードBマイヤーズ』空軍大将でさえも決定チェーン(命令伝達回路)には参加していなかった。おまけに直接のチェーンじゃないけれど、パウエル国務長官もペルーに出張中、ブッシュさんはフロリダというわけで、ホワイトハウスには『チェイニー』さんだけが陣取っていたのです。
上で語られた3人(ラムズフェルド/マイヤーズ/チェイニー)の人物が彼らが就任式で守ると誓ったアメリカ市民の数千人を犠牲にしてしまった幹部たちの罪が取りざたされています。ワタシは彼らの「共同謀議」はなかったと思っています。但し、ブッシュさんがこの事件をアフガン空爆、イラク攻撃の材料に使ったことは確かだと思います。
□ラムズフェルド、ミサイル防衛に言及   
 丁度、その時間帯、共和党下院議員(カルフォルニア州)クリストファー・コックス(Christopher Cox)はラムズフェルドの事務所で、ミサイル防衛について話し合っていた。明らかにペンタゴンが攻撃された場合の措置である。「大丈夫だよ(ここは安全だ)(攻撃は)済んじゃいない、この次はここだ」と 。
別の話では、 コックスさんはラムズフェルドさんに反論したそうです。「ミサイルの防衛でもしわれわれが守られているってのは危なっかしいですな」と。「テロリストや共産国家が我がアメリカを長距離弾道でねらったら、そんなことではすまないだろう」と。「ペンタゴンの中を安全なところに避難した方がいいよ、長官、これは国家間レベルの戦争じゃないんだから」。ところが長官は「きっと別の事態が起こるよ」と、言葉を強調したのです。その直後、長官の予測があたった。飛行機がペンタゴンに突入した。だが、コックスさんはその数分前にペンタゴンを後にしていた 。《:ということは長官はコックスさんに避難を勧告したのね。》
ですが、こんな重要なことが簡単に証明されることなんてないのよ。やっぱり、ラムズフェルドさんはコックスさんとそんな話をしたのは、WTCの2度目の攻撃の前だったといいます。一方、コックスさんは「そんなことはない。長官は私の避難を即したのはたしかでしすよ、(10:03分の)数分前に」というのですがどちらが正しい時間だったかはわかりません 。 ともかく、ラムズフェルドさんがペンダゴンの区画(ブロック)を移動したのは確かなようです 。
□貨物機の怪
10:08:
 C130貨物機が不審な飛行機(77便)を追尾しています。その後、ペンシルバニアのシャンクスビルに墜落したとされる93便にも遭遇、追尾しているのです。何かおかしくない?
数多くの人が77便とこの貨物機が近接したことを述べています。
ケリィー・ノウレス(Kelly Knowles)は77便を貨物機が違うアングルから追跡しているように見えたといいます 。
ケイス・ホイールハウスさん(Keith Wheelhouse)は、2番目の飛行機がc130だと思っていますが、他の2人は確かじゃないと言ってます 。
 「アーリントン墓地の上空に旋回していた2機のうち、1機がサークルを描いてペンタゴンに突っ込んでいった」とある作業中の男が証言しました 。
アーリントン墓地で働く作業員はやはり2機目の飛行機が空に現れたことを証言した。「その飛行機はネズミ色で、たぶん輸送機で軍のものだ。たぶん1機目の飛行機(77便)を監視するためなんじゃないかな」、「輸送機は1機目の飛行機がペンタゴンに突っ込むとその様子を確認してすぐ立ち去った」と 。 C130輸送機のパイロットはステーブ・オニール中佐(Lieutenant Colonel Steve O’Brien)だった 。 
□唯一の目撃者 
 アラン・ウオレス消防隊員(Fireman Alan Wallace)は、ペンタゴンヘリポートで勤務する救急隊員です。彼はこの衝突劇の唯一の目撃者です。ペンタゴンの外で働いているウオレスは77便が突っ込んでくる状態を見ています。「車輪は出てなかった。地上からは25フィート(8メーター)ぐらい浮いていたかな、数百ヤード向こうだった」。彼は30フィートほど走り、バンの下にダイブして隠れたというのです。たったこれだけの証言です 。 
 飛行機は時速460キロで突っ込みました。翼が自動車道のランプをなぎ倒しています。[CBS NEWS, 9/21/2001] 
 バンの無線を使い消防本部へ通報します。「ペンタゴン西側ワシントン大通り、ヘリポートサイドの側へ商用機が突っ込みました。われわれは大丈夫です。飛行機は757型ボーイングか320エアバスでしょう」 。⇒なぜ消防士が飛行機の型式を知っていたかは謎です。 
□テロリストは襲撃場所をトップ・中枢のいない側を選んだ
 襲撃は幹部たちが集中するリバーエンドモールではなく、陸軍会計課、海軍指令所、国防総省情報局経理室のある西リング側に突っ込んだ。
  ジャーナリストのステーブ・ボーゲルが云います。「リバー(北)アンドモール(東)側は1941年から歴代の長官や将軍が事務所を構える重要な中枢である。犯人たちがそれを知っていたかどうか不明だが、ともかくそこは爆撃を免れた。1949年にルイス・ジョンソン長官が席を設けたリバー&モール側、ホワイトハウス・ワシントン記念塔が見える側の東ウオール・Eリング3階にラムズフェルド長官も座っていたと思われる。NJOCや将軍たちの部屋もそちら側だった。もし東リングに突っ込んでいれば、21世紀はじめてアメリカを攻撃したテロリストたちは多くの軍幹部を殺すことができたであろう 。
最近の国防省改革でペンタゴン内部の多くの事務所は空になっているといいます 。
□公園警察ヘリコプター、パイロット・アイスボーン
 ケイス・ボーン(Keith Bohn)、公園警察のヘリコプター・パイロットは、2001年11月海軍記念センターのインタビューで答えました。「私がペンタゴンの西側広場に降りたとき、ペンタゴンのキズが飛行機によってつくられたとはとても思えなかった。それは小さいキズだったからです。飛行機は建物に吸い込まれた?飛行機のパーツ、エンジンや主翼、何一つなかった。ただ、断片、切れ切れの破片、それも極、小さなものだけだったです」と。
□ペンタゴン監視カメラ・ビデオ
 2004年、ジュデシャル・ウオッチ(Judeicial Watch)がFOIAへ質問状をだし、ペンタゴン衝突の証拠ビデを全部公開するよう迫ったが、FOIAは、ザカリアス・ムーサウエイ(Zacarias Moussaoui)の裁判が進行中で公開できないと拒否されています。
「ということは、ビデオを公開すればAA77便が突っ込んだのじゃないとバレてしまうからでしょう?TJ」
「そのとおりかもね、おね~様」
□9時37分、ペンタゴンに衝突
 9時37分にAA77便が突っ込んだことになっています。ですが、巷にあふれるUチューブの映像を見ると、ミサイルのような高速で飛行する弾道が打ち込まれている様子が伺われます。そして、ペンタゴンから少し離れた場所(芝生の広場)にやや大きめの白煙が上がっているのです。ワタシはこの映像がホンモノだとしたら、やはり、AA77は衝突寸前、最初の1発のミサイルによって撃ち落され、後続の2発目が誤ってペンタゴンに打ち込まれた・・のではないかと思います。推理が当たっているのかどうかはわかりません。ただ、直感的にそう思うのです。
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