キサラギ・ジュンの税務小説

『黄金武将』翻訳『天皇財産と課税』『SCOOPED』ニュージーランド活劇『大統領になれなかった男』『NORADテープ』

イミテーション・ゴールド キサラギジュン 還付金3千億円サギ

2017-07-12 15:21:53 | イミテーション・ゴールド

 《近所のスナックのママから借りている黄金のライター》・・・純金のライーターには、「三二五八八八」、「CREDIT SUISSEの花模様の絵柄」、「一〇 OZ」、「ORIGINAL FACY GOODS」、「九九九.九」、「FINE GOLD」が刻印されている。それもフィリピン旅行の最中、置き引きにあってワシの手元にはもうない。ママになんて言い訳をしようか、今迷っている。もちろんニセモノだろうな、きっと。

□還付金三千億円サギ
 失脚したタナカはMファンド(若しあれば)を使い切ってはいなかった。その管理権をカネマルとGに任せることにした。一九八六年、タナカがサトウー未亡人からバトンタッチを受けUBS(ユニオン・バンク・スイス)で運用していた一〇〇億ドル(一〇兆円)を将来の青年たちのために役立てようと決心して青年の船(ササガワ財団)の取得・運営資金に宛てたのだ 。死期が近いと判断したからだ。二〇〇一年、彼の娘が外務大臣になるとスイスと交渉して、その資金を秘密裏に日本の銀行へ移すことが決定された。
 ヤマシタ・シゲオ(山下重雄)というインターネットを捜しても決して姿をあらわさない男がいる。   彼は、オーシャンシップデザイナーで、多少山っ気のある男だった。海洋開発も手掛けていたからササガワとも縁があったようだ。そのヤマシタ・シゲオが第五七回国債、額面三千億円の保有者で、大蔵大臣が確認証を出しているではないか、発行年月日は不明、大蔵省印鑑というのもまだ見た人はいないだろうからにわかには信じられない。大体現代でも利付国庫証券(二〇年もの国債)の入札は一回で合計三千億円程度で、一口一億円が最高だ。クーポンにいたっては〇.〇〇一%と微々たるものだ。だが、この五七回債はGM党が資金調達のため、タナカ系列とかスポンサー企業に秘密裏に売った割引国債だった。もちろん、大蔵省が入札をかけたものではない。しかし、当時の大蔵大臣、ワタナベ・ミチオ(総理大臣スズキ・ゼンコウ)が東京北区にある滝野川印刷局に命じて印刷したレッキとしたニセモノである。
「だからそれは単なるうわさだよ、ニガ」
「シーグレーブ夫妻は証拠を持っていなかったのか?」と似瓦。
「イヤ、あるにはある、コレがソレだ」・・・三千億円の国債償還金残高証明書(ニセモノ一)、
 《ニセモノ一》
財政審議会の大臣たち の保証人《ニセモノ二》、これはGM党総裁オオヒラ・マサヨシ、衆院議長ホリ・シゲル、参院議長ヤスイ・ケン 、大蔵大臣カネコ・イッペイ 、厚生大臣ハシモト・リュータロー、大蔵省理財局国債課長ヒラサワ・サダアキ 、出資者総代ツツミ・セイジ、出資者総代サトウ・ヒロコ が名を連ねている。「迷惑な話だろうな?」
出資者の納税証明書《ニセモノ三》、これなんか東京都北区在住の熊谷某に小石川税務署長(管轄文京区)が納税証明書を発行しているなんてナンセンスだし、納税証明書には税務署等のの署名捺印があるがコレにはない。  《ニセモノ四》「全国福祉協会文京支部」なんてインターネットじゃでてこないので脚注もつけられないよ。ただし、ミヤモト・ヤスタカ銀行局長はヒットする 。だが、大蔵省銀行局長の印なんていかにも安っぽいじゃないか。
 《ニセモノ五》
あるいはタケシタ総理大臣の印鑑証明《ニセモノ五》など、これなんか誰でもとれるからな、オオバ区長はホンモノだがね ・・・それから・・ 」、「わかった、だいたい、全部ニセモノだな」と似瓦。
「どうだ?驚いたか!」
似瓦の驚きようは尋常ではなかった。「センセイ、これどこから手にいれたんだ?」
「どこって、残高確認書は大蔵省だし、印鑑証明書は区役所だし、納税証明書は税務署からだ」。
□地に落ちたチーレイ
 ノベルト・アンソニィ・チーレイ(Norbert Anthony Schlei)はケネディとジョンソンの法律顧問 で、同氏はキューバ・ミサイル危機と市民権法の成立に貢献した人物である。一九六二年から六六年まで司法省に勤務した。雇用機会均等法、移民者改革法、投票権法成立にも貢献している。チーレイはM資金のアメリカ側の管理者でもあったのでその運用をめぐって数々の脱税をしたのでないかと米財務省(IRD)の訴追を受け、実刑を受け、破産し、弁護士資格を剥奪されてしまう。チーレイは日本へきて財務大臣ワタナベミチオ と会見し、滝野川印刷局へ行き、証券の鑑定をしてもらっている。  
  彼のキャリアは一九九〇年代日本に関するある事件の弁護を引き受けた時から暗転した。日本政府が一九八三年に発行した償還手形(数十億ドル)がある顧客の下にあり、それを換金しようとしたことが証券詐欺・密謀罪に問われ、九五年、タンパの裁判所から実刑(懲役五年)を食らったからだ。
「どんな事件なんだ?それ」と埼玉の大工、似瓦が興味を示した。
□五七年債
 シーグレイブ夫妻によると、ブッシュ(父)が事もあろうに前の天皇陛下との晩餐会において、ミヤザワ首相 のひざにゲロした一月、東京で数日過ごした。そして、ブッシュはミヤザワに「互いに交換しようじゃないか」と云った。「何を?」と怪訝なうりざね顔をするAB型同心円首相に対し「とぼけるなよ、自民党金庫番サトー未亡人がスイス預金を担保にセイブ、T氏や財界の大物にだけ振り出した天皇在位五七年記念債(一九八二年非公募)の回収劇とウルグアイ・ラウンド(一九八六年)の秘密決定事項との引換だよ」と言ったのだそうだ。
 一九九二年一月一三日午前二時四〇分、帝国ホテルのある部屋で、GM党の大幹部 とヘイグが密談をしていた。ヘイグ (Alexander Haig)はレーガン時代の国務長官、九二年当時はリタイヤして民間企業の会長だった。ヘイグはその昼食会をする数日前、ワシントンである(アメリカとは限らない。)大統領からこう話されたんだそうだ。
「アレックス(ヘイグの俗称)、われわれは日本国政府の発行した五七年債を香港のハノーバー銀行から(買って)持っている。これを日本国政府へ提示して換金してもらいたいのだが、引き受けてもらえるか」と。
大幹部「もうそろそろジャパンバッシングは辞めてもらえないかね」、大幹部は島根の田舎で英語の代用教員をしたことはあるが、実際には英語ができないのでM氏が通訳に入った。・・というよりM氏はマッカーサーとも会ったこともある(もっともマッカーサーが羽田から帰った日、遠くから)小柄な男で政界きっての英語通で通っている。現在、GM党の総裁なのだが、タケシタの院政で身動きがとれないでいた。
ヘイグは「いいですとも、閣下。ですが大統領のご意向はパラグアイの窮状をすくっていただくことが条件です」と答えた。
大幹部「わが国も今や火の車になっておる、ふるさと創生でカネを使いすぎた。それほどの援助はできないぞ」
ヘ「またとぼけないでください。ニクソン氏から受け取ったショーワ・ファンドをお使いいただきたいのですよ」
大幹部「ショーワ・ファンド?あ~マッカサー・ファンドの事ね、あれは先代の目白のオヤジが新幹線で使い切っておる。今はパ~なんだわ」
ヘ「五七年債があるじゃないですか」。
  大幹部はなんでほめ殺しやCIAのイヤがらせを受けているのかうすうすわかっていたのであるがカネマルの紹介するトラック野郎の又紹介でイナガワ・イシイを使い、ほめ殺しの集団を押さえることはできた。ただし、タナカ邸詣でをさせられ、娘に門前払いさせられて赤っ恥をかかされるがそれはそれ、これはこれである。
「それってなんだい?」と似瓦。
「とにかくハマコウが七億円持っていったが言う事を聞かなかった「ほめ殺し」を抑える事はできた。だが、ヘイグが提示するパラグアイ政府がハノーバー銀行香港支店から買ったという五七年債?そんなの初耳だということさ」
ヘイグ「ここに首相の印鑑証明も、納税証明も、GM党の幹部の支払保証書、DKBの支払承認書、MOFの三千億YENの償還手形・・・もっと出しましょうか?」全部日本語で書いてある。
「イヤ、イヤ、ヘイグさん、もう結構です。だけどこの証券は香港で印刷されたニセモノだよ、第一大蔵省の印鑑なんてものはありませんよ、私の経験では」とM通訳。この人は大蔵官僚出身である。
 ヘイグは別の三枚の書類 をMに見せた。Mの顔が見る見るうちに青くなって唇が震えたという。Mから事情を聞いた大幹部は「ミスターヘイグ、これはとてもデリケートな問題があるわな~」と島根弁で言った。
「そうですともとてもデリケートです、そして残念ながらこの件に関するMICグループの訴訟事件の弁論期限が迫っているのです。閣下、ウルグアイには石油もあります。あの国に安田火災 を保証につけて輸送保険にも加入してご尽力いただくのにさほど抵抗はないと思うのですが」、「そんなことをいうがねキミ、片方で消費税を導入しておきながら片方であまり日本と関係なさそうなウルグアイにODAというのはね」、「閣下、大統領はこの際、ウルグアイでガット交渉を一気に解決しようと提案しているのですよ 。大丈夫ですよ」
 次の日,官邸G副長官が放った内調の危機管理官(国際警察担当)がやってきた。「ミスター・ヘイグ、あの書類は私文書偽造及び同行使に当たり、あなたは日本の首脳を脅迫している事になりかねませんよ」
ヘイグ「じゃ~その書類とかいうものを公開していいんだね」青くなった官憲は再び総理官邸に戻った。その次の日、タケシタ側から正式な回答があった。「これ一回限りにしていただきたい。それを条件に外為特会でそれを買おう。だが、次から次とこられては日本はもたない」と。
 国に帰ったヘイグはブッシュ(父)に報告した。「大統領閣下、ニクソンが日本へやったショーワ・トラストは取り返してきました」
「ご苦労だった、で、タケシタはなんと?」
「ま~、しょーがないわな、サトー(ヒロコ)さんもOKだというし、しかし、これで最後にしてもらいたいと、日本は湾岸戦争の戦費を特別法人税を創設して九〇億ドルを閣下に寄付している上に、今日の日本農業に対するジャパン・バッシングじゃたまらんよ」と。
「そんなことはわかっておるヨ」とブッシュ(父)。ま、それでわが州の石油業者は矛先をおさめるだろう、アレックスご苦労だがすぐにヒューストンに行って息子にそのことを伝えてくれ、タナカの傍若無人な石油外交のかたきはとったとな」。
  同じような書類で、民間ベースで訴訟に及んだチーレイの場合は成功しなかった。しなかったばかりか不正弁護士行動の罪で、チーレイの弁護士資格を停止されてしまう。それに対し、ヘイグの方は成功したのだ。なぜか?
「それはつまり、Mファンドの力か?やっぱり」と似瓦。
「日本の政治家がMファンド(CIA資金)からもらったカネはたいした事がないよ、それよりもアメリカの政治家が日本のショーワ・トラスト(実際はODAの形をとっている。)からもらった選挙資金は半端じゃないんだから」
  似瓦は素直にこのときばかりはうなづいた。(『ゴールド・ウオリアーズ』九章参照)
□曲学阿世の徒、マッカーサーをだます。
 一九五一年九月八日、連合国からソ連(スターリン)、中国(毛択東・蒋介石)を除いた五二カ国との間で平和条約が締結された。日本は、ヨシダ首相を始め、イケダ蔵相、イチマダ日銀総裁らが出席した。
 条約の事前交渉は、主にアメリカとの間で行われ、一九五〇年六月二一日から二七日の間、ジョン・フォスター・ダレス(国務長官補)が来日、翌年一月二九日にはヨシダ・ダレス会談 が行われている。ヨシダは朝鮮戦争勃発が講和条約締結の好機到来とばかり、秘密裏にイケダ(蔵相)とミヤザワ(秘書官)をアメリカに派遣し、国務省(ダレス次官補)と国防省(ナッシュ次官補)と交渉させている。
ミヤザワが言う。「私はですね、四月二五日、羽田からワシントンへ向けて出発したのです。日本の政治家としては戦後初めてでしょうね。イケダ蔵相、シラスさん、そして随行の私です。ここで一番問題になったのはマッカーサーという占領者の考え方なんですよ、彼は自分が日本の天皇と考えているフシがあって、“日本のことは引き受けた、引き受けた以上は内政も外交も全部オレに任せろ”といった感じで、われわれがワシントンの国務省や国防省に行って、経済じゃなくて講和や安全保障の問題を議論するなんて聞いたら、渡航許可が出ないばかりか、MPが逮捕しに来るかも知れなかったんですよ」と。
「どんな話をされたんですか、国務省とか国防省と?」とそのインタビュアー。
「キミ、それは言えんよ。何しろ、外面は“経済問題の調整”と言うことでしたからね。経済問題を御旗に、内面は、サンフランシスコ講和条約の締結促進の話や、日本の再軍備、あるいは二国間の安全保障条約の話をしていたんですからな・・・マッカーサーも天皇陛下も国民も誰も知らなかったんですから」
「じゃ~その場で、対ソ連、対中共の作戦なんかも話し合われた?」
「キミ、それはもっと言えないよ。私は軍事関係は素人だし、ナッシュ(国防次官補)がソビエトの北海道、北東北の侵攻軍事作戦 の青写真を見せて説明してくれたけど良くわからなかったな」
「それで、そのCIAのナッシュさんはなんと?」
「ウ~ン、ちょっと全部は思い出せないが、・・・彼はCIAだから、日本防衛作戦のカネは予算から、もちろんアメリカの予算だよ、約一千億円支出されるがこの青写真の入手の費用はアレでまかなっておると言っていたな」
「アレ?」
「アレってアレだよ」とミヤザワは短く答えた。
 サンフランシスコ講和条約の締約国にソ連・中国を入れるかどうかについて、日本国内は西側だけで締結する多数(片面)講和派とソ連を含む全面講和派が争っていた。ヨシダは国会で全面講和を主張する学者連中を「曲学阿世の徒」とののしって全面講和に固執する社会党を批判し、首相の座を棒に降った。本当は、「ざま~ミロ、お前たちは“ブラック・カーテン”のことをちっとも知らないだんな」と言いたかったのだ。
□タケシ・ワタナベ
 一九四九年(昭和二四年)四月二日に、ガリオア・エロアの見返り資金に関する司令部からの指令が出された。この日、ドッジ氏は四谷小学校を接収した大蔵省に来てワタシ(タケシ・ワタナベ )にこう言いました。その会合にはもちろんワタシの上司、イケダ蔵相、大蔵顧問のシラスさん、ミヤザワ君もおられたわけです。
ドッジは、「見返り資金は予算の実行状態、産業及び銀行の合理化の成否を見ながら放出を加減したい。金融や財政の動向を見て効果的な調整弁にしたいのだ。復金(戦災復興会計資金)のように、袋に入れた金(カネ)を“みんながつかみどりするようなもの”にしてはならない。今日出た指令の文言は米欧州の文言と同じものを使ってある。その意味では、旧敵国だった日本を連合国並みに扱うわけである」と言った。次に、重要なことを言った。
「この資金は“多くの蠅”どもをおびきよせるであろう」と。
「が、このカネは健全な開発資金にむけなければならない。しかもあらかじめ年間の計画は立てられないのだ。もしインフレが進行するなら、このカネは放出されないであろう」と言った。
そこでワタシは、「“多くの蠅”というのは彼らのことですね?」と確認をとった。
ドッジ氏は確かに、「そうだ。ブラックカーテン(黒幕の直訳)やヤクザ連中のことだよ」と言った。
「それでは健全な開発資金の使い道として、たとえば、財閥解体の憂き目にあわなかった特定の銀行の資本増強の資金に使ったり、宮内省などが財産税に対抗して事前に放出した財産を公益法人とするための軍資金として使うことも許されますか」と訊いた。
ドッジ氏は「当然だよ、OKだ」と言った。
「それなら、厚生省などが社会基盤整備のため下部機関として日本各地に社会福祉協議会を作ってそれに出資を求めるなんてことも許されますか?」と訊いた。これが前に書いた「大蔵省金融償還金確認書三千億円」(ニセモノ一)のことだ。
ドッジ氏は「ケースバイケースだよ。バックに旧陸海軍(復員局)のブラック・カーテンがいなければね」と云った。
「それなら、日銀に残っているダイヤ一六万カラットを全国宝石商組合に移す資金としてその資金を使ってもよろしゅうございますか?」と訊いた。ドッジ氏は幾分いやな顔をしたが、
「あれのことは我が方の不始末もあるから既に大蔵に権限を移しておるとマッカート君も言っておるからな。一六万カラット分についてはどのように処分しようが君たちの自由だよ」と答えた。工業ダイヤは商工省(経済産業省・通産省)にくれてやってもいいが、そのほかは大蔵省がいただく。イケダ蔵相もシラス氏もワタシ(タケシ・ワタナベ)もほっとしたのである。(これは、『日銀ダイヤモンド事件』で詳しく書く。)
そこでワタシは資金特別会計とこの資金の運用方法について各省の予算要求(というよりも陳情)にこたえ、そのカネを配ることにした。

 そのクライアントはワシに、「大蔵省が連絡役となって「安本」と策定した運用計画で各省の協議会へ配ることにしたのだそうです」と言うのだ。
「どうだい?、もしこれがM資金だったとしたら辻褄があうだろう?吉田先生」と得意げにそのクライアント氏が言った。
「驚きましたね。社長がそこまで入試のため勉強されていたなんて」とワシは驚いた。
「君、それは違うよ。ワタナベ先生はボクたちの大々先輩なのだ。ボクたちの口頭試問の際は、脇役でいつも事務次官の隣にいるのだヨ、ボクもムトウ君とかウスイ君とかと一緒に受けたからね」。
 タケシ・ワタナベ氏はその後アジア開銀の初代総裁となった。アジア開発銀行はフィリピンマニラに設置された。Mファンドがアジア開銀の出資金の基礎となっているので代々日本から総裁が選ばれる。代々の総裁はマルコスとは懇意だったようだ。
  だいぶ後のことだが(二〇一三年)日銀総裁となったクロトンさんはこのクライアント社長の後輩なんだってことが後でわかった。クロトンさんもアジア開銀の総裁だった。日銀総裁への担ぎ出しはアソーさんがやった。そんなことならアソーさんや現在の財務省はM資金サギにだまされることはないわけだ。
「だまされたんですか?」と足立。
「後で話すよ」。ついでに言うとそのクライアント氏は今の総理大臣の中学時代に家庭教師をやり、結果はあまりよくなくて(頭がいまいち)、武蔵野のある大学に入ったんだとか・・・。
□ノース・コントラ(イラン・コントラ)
 一九八五年冬、NYTのティム・ワーナー記者たちは中央アメリカのノース中佐の活動について詳しい記事の取材に取り組んでいた。しかし、CIAとホワイトハウスの極少数の人々以外には、誰一人として国家安全保障会議のノース中佐が何をしているのかを知らなかった。
 そのころ、表向きにレーガン大統領は、イラン・イラク戦争について「イランに武器を売ってはならない」し、「ニカラグアをはじめ中米の親米政権転覆を目指す、コントラに資金援助をしてはならない」という二重の縛りの通達を出していた。
 もともとアメリカはイランのパーレビィー国王を支持していたのだが、ホメイニのイラン革命(七九年一月)によりイランの原理主義イスラム化が進むと、八〇年四月イランと断交し、日本や同盟国と連携を図ってイラクの応援を始めた。それに怒ったイランのゲリラ組織、ヒズボラがテヘランのアメリカ大使館を襲い、CIA系のアメリカ人七人を人質としてしまう。
 カーター政権下のアメリカは人質救出作戦(八〇年四月二四日)を強行するが失敗する。カーターに変わって大統領になったレーガン政権が四四四日ぶりに人質を救出するという歴史的経過があった。その歴史の裏側としてノース・コントラ事件が起ったのだ。人質を解放する条件としてレーガン政権は「武器兵器弾薬をイランに渡さなければならない」と言われてしまったのだ。レーガンは窮地に落ちる。一九八六年四月四日、ノース中佐は国家安全保障問題担当の大統領補佐官となったジョン・ポインデクスター海軍中将のために大構想を打ち出した。
 ノース中佐は武器と人質と交換して余った資金を南米に回す「武器・人質・カネ」のスワップを考えていたのだ。「武器」はオーストラリアから供給され、「カネ」もオーストラリア・ニュージーランド・クック諸島・バミューダの南半球ルート の銀行が使われた。
「武器」の流れ(①)は、国防総省予算(ミサイル現物一千発)→CIA倉庫(オーストラリア西部)→イランへ供与。
もう一つの「武器」の流れ(②)は、CIAがカネを調達し→武器仲介人(イラン人ブローカー・マルチェヌ・ゴルバニファル、Ghorbanifer)からミサイルを購入(一発一万ドル×数千発)→イランへ供与→人質解放の線だ。
 そして伏線としてコントラへの「カネ」の流れ(③)は、ゴルバニファルからCIAへキックバック(一発六五三一ドル×数千発)→そのうち、一千発(一発三四六九ドル×一千発)は国防総省へ現物分(①)の支払に充て→残りの「カネ」(④一発六五三一ドル×[数千発ー一千発])はコントラへ流した。
  カネの流れは議会報告を免れるため、一回の送金を九九九九九九.九九ドルつまり、百万ドルを切ることとした。こういうことをするとかえって目立つものだがさすがにマネロンの名手だけあって、CIAは自前の銀行、ヌガンハンド銀行(オーストラリア)を利用した。
 問題は、②のCIAの「カネ」数千万ドルの調達はどこからされたのかである。アメリカは公的カネとして出すことはない。当然、アメリカ国内の右翼やユダヤ層、兵器産業、在サウジアラビア富裕層が絡んでいる。また、武器仲介人ゴルバニファルへ武器を売った中東系武器商人(Khashoggi  )も浮上する。そしてこの小説のテーマ、MファンドもCIAのスイス預金としてこれに関連して登場するんだ。本当の話だ。

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