キサラギ・ジュンの税務小説 『日本人のパナマ文書リスト公開ー住所別』『NORADテープー撃墜した戦闘機』

『イミテーション・ゴールド』『微風のマニラから』『天皇財産と課税』『ナピサン』『大統領になれなかった男』

ヤマシタトレジャー~モトコ 微風のマニラから(十五~二十)キサラギ最終版

2016-10-12 12:32:59 | 微風のマニラから

挿絵 550*412

とにかく、朴はこうしてコストダウンに成功し、時間も節約することに成功する。昼も夜もなく、売れるか売れないかに関係なくアルミ缶を作り続けた。
たちまち財閥系の製罐メーカーを追い抜き日本で一、二の製罐メーカーにのし上がった。
朴は日本の全国各地に工場を作った。その中でも群馬工場と関西地区のキリシタン大名、高山右近の生誕地、高槻工場は爆発的にアルミ缶を製造した。ありあまる資金で芦屋に本宅を構え、六甲には豪奢な別荘を作った。
しかし、林(朴)会長には気がかりなことがあった。
一つは齢80を迎えてそろそろ命の時間切れだということ・・・高山右近だってマニラ追放後、63で死んだ。
朴は戦中、戦後の捕虜時代、マラリアにかかった自分を懸命に看病し、九死から一生を生み出してくれたマニラ海軍野戦病院のナース達のことが気にかかっていた。
生きていればみんな70を超えている。
フィリピーナの平均寿命は今でこそ60前後〈2010年72歳〉だが大半が亡くなっているだろう。亜熱帯の気候は早熟、早死を生む。生きているうちに彼女らになんとしても恩返しをしなければならない。二つ目はやがて来る税務調査のことだ。香港財産(キャピタル・フライト)はいい。たぶんわからんだろう。
しかし、芦屋の絵画や財宝は?
六甲の別荘は?
それよりもなによりも膨大なる株式はどうすればいいのだ。
カミソリ・ナカムラに任せていていいのか?
漠然とした不安があった。・・言い知れぬ恐怖・・国家に財産が没収される・・・

朴の息子はニューヨークに住んでいて朴の事業を経営するつもりする気はない。庭の蔵(朴のプライベート企業の管理会社財産)にしまいこんである時価16億円の有名画や平安貴族の書いた書など値段はつけられないが・・・とにかく全部で百億円はくだらなかったと思うが・・・全部、カミソリナカムラに頼んで処分してある。
カミソリナカムラの話では「四葉芦屋支店の貸し金庫の現金・金の延べ棒、日本国債、割引債は東京の外資証券会社を通じてHSBC香港に投資して受益証券を買ったようだ。
~それを香港に送り、その外資証券の香港法人で換金する~
そして、その現金(多分、米ドルらしいが)をチャンさんの銀行深セン支店に開設した四葉の現地法人ヨツバ・インベスツメンツ・ファイナンス(YIF)預け金ということにしてあるそうだ。
その金額はおよそ2億ドル。しかし、朴の本当の心配(若しくは希望)はわずかな(!)蓄財や相続税のことではない。戦後2年を送ったフィリピナス、わが第二の祖国に対し、とりわけ、フィリピーナの医療関係者に対し老い先短い自分がどんな恩返しができるかにあった。フィリピンのため、この2億ドル(約200億円)を使い切ろう。それで渋谷相当にある東京別宅にツチヤを呼び、マニラに20億円を持って行き、昔世話になったフィリピ-ナやその仕損を探し出し、彼女らに遺贈するよう頼んだのだ。もちろんカミソリナカムラはこのことを知らなかった。

ヤマシタ・トレジャー

挿絵 220*231

□ヤマシタ・トレジャー

1946年2月23日フィリピン・マニラで、マレーの虎で有名になった山下奉文が死刑になった。
山下将軍がマレー、シンガポールを統治していたころ、主にビルマから持ち込んだ金塊をフィリピンの山中に埋めた。
そのことが信ぴょう性はともかく、まことしやかにうわさされている。
作家シーグレーブの」the Yamato Dynasty」 や「Gold Warriors」でフィクションとして取り上げたものがフィリピインの街中で定説となったのかもしれない。
今でも山師はわんさかいる。しかし、吉田老人(東京神田で会計士をしている)によると実際にそのようなものはなかったというのだ。
実際にあったのは日本軍が軍票を乱発して信用を失い、物資の調達が難しくなったため、
フィリピン在住華僑から物資を得るため、日本から持ち込まれたマル福金貨2万五千枚の行方がわからないことである。マル福金貨775KG、現在の価値で約20億円。
国民的財宝探しが行き過ぎたため、2007年フィリピン政府は山下財宝探しの規制をしている。若し見つかったら政府が75%没収する。日本でも「M資金」として時々騒がれているアレである。
たまたま、金の仏像をマニラのど真ん中で見つけた幸運な奴がいるが、しゃべりすぎてすぐマルコスに没収されてしまった。
□ 京風ラーメン
早速、ツチヤがメトロ・マカティにある京風ラーメンを尋ねたのは訪比三日目のことだった。
この京風ラーメンはマビニ(歓楽街)のカラオケ街(カラオケは唄も歌うがそれだけではない)のど真ん中にあって齢70を回った頑固そうな親父が経営している。
「お前達が悪いことをするから日本人の名声が落ちるんだ」「そのうち、マニラ湾に浮かんでいるぞ・・そんなことをしていると」が口癖の人格者だ。
フィリピーナのモデルと結婚し(もっとも再婚であるかは聞き漏らしたが)、二人の息子は立派に独立し、若干古めかしいがアトホームな店舗で毎日夜遅くまでだべっている。
そういうことで日本の外相談や皇族の方々も必ず尋ねてくる偉いラーメン屋の親父なのだ。
店内には壁全体に高名な方々(ハシリュウ外相やササガワ)とオヤジが握手している絵が張られている。
ツチヤは同郷のニガワラの友達ということで頑固親父に紹介された。思い切ってマニラ・日本人会の会長であるその頑固親父に話しかけた。
「私はツチヤと申します。ある方の要請で20億ほど、御会にご寄付させていただけませんか」
さすがに驚いたが頑固親父は信用しない。「そんな話はここじゃ五万とある。この間もイメルダが小切手を持ってきて金を貸してくれといってきた。靴千足売りゃいいじゃないかといってやった。大抵小切手で持ってくるから銀行発券費用2万ペソ用意してくれといわれるのが落ちだ。そうだろう。あんたの場合も」
「いやそうではございません。ちゃんと現金が用意できているんです」
「だったら、日本大使館へ行ってもらうんだな。オレは受けとれね~」
「日本大使館だと金の出所が疑われます。マネロンも厳しくなってますから」
「マネロン?そうだねヤ~さんの脱税資金だったりするとなお厄介だからな」
「どうしても受けていただけませんか」
「いきなりいわれてもな~。・・・・そうだ。ジャピーノ義援金ならうけるかも知れないよ。
そうだ。そこを紹介してやる。そこへ持っていきな」 
 

挿絵 159*199

□ Gパン騒動
「どうしてジーパン履いたまま寝るの」
「ショーツがないから」
「買ってあげるよ」
「・・・・」
つまりこういうパターンは、日本人という外国人を恋人と見ているのではなく、カネヅルとしてみている。
なぜなら、ニガワラはいう。「エ・・!Gpan履いて寝る?俺なんか、いつも裸だぜ。やれなくても・・・」
「おなか痛い」と夕方の食事時に煙幕を張る。「ウン?来たのか、アレ」
うなづく「そうか、じゃ~今夜から無理だな」
デパートで濡れテッシュ(これは店の決まりで自分で買う)とアンネちゃんを買う。
つまりそぶりを見せるためだ。どうどうとGパンで寝るのだが、男の方はベッドが汚れるのを、おそれているのだろうと勝手に考える。
ところが例のニガワラが夢枕でいうには、「おれなんかふろ場でやっちゃうぜ」だ。
つまりこういうパターンも嘘があるのだ。
その理由はニ~三日後に来る。二~三日後、バスルームから呼ばれる。「ホラ、パパ、水洗が赤いでしょう」・・て。「いまさら赤いのか、ニ~三日前からじゃないのか」
ところがそれに気がつくのはニ~三日後なので、後の祭りだ。

こういった切羽詰まった状況をツチヤが話したいのではない。
それはフィリピ~ナの恋愛論と日本人の恋愛論がかみ合っていないことを話したいからだ。
フィリピーナからみると男と生活するのは好きだからという単純な理由ではない。
西洋流でいうと「Love」が有るからでもない。
ここでは法的に結婚することに意味はない。神の前の「誓い」だからだ。同居し、「夫婦愛」というものをはぐくむという意識もない。あたりまえのことだからだ。(本当は有るのかもしれないが)。だから日本人側が「俺はお前をいっぱい愛している。けれどお前は俺をそんなに愛していないと思う(だって、毎晩Gpanで寝てるじゃないか)」と批判的なことをいうと日本語が多少わかる女は「夫婦愛(Love)ってなに?」と聞き返してくる。
なぜなら、初めから日本人のいう夫婦愛みたいなものを理解できないし、そんなことばは定義さえないからだ。だから、女性側からセックスを要求することは決してなく、カネの代償として男から積極的に攻めてくる状況しか思い浮かばない。そこには夫婦ごっこも恋愛ゴッゴもないのである。直接「取引」である。
「それじゃ夫婦でもカネを要求するのか」・・・そのとおり。その日の稼ぎがなければ強奪しかない。神もオオメニ見る。(ただし、日本人であれば誰でもいいけど日本人の赤ちゃんが欲しいという場合は女側から積極アピールする場合もあるようだ。)
「ではなぜ、Gパンをはいたまま寝るのだろうか」とニガワラと一緒にマニラに来た吉田老人は思った。
「それは要求が有ればもちろん脱ぐが、要求のない間は着て寝るのがあたりまえだからなんだ」
「積極的にオジ~ちゃんを誘う理由がないだろう」もっともだ。
そこには・・・。別に不在の彼氏に「義理だて」しているわけでない。
その証拠に「パパ・・お金ちょうだい・・・そうすれば愛してあげる」タイプの女性の場合はGパンをさっさと脱ぐが、彼氏がいるのである。
彼氏(と赤ちゃん)の生活を助けるためにここへ来ている。「義理だてGパン寝」も日本人の独想ということになる。

挿絵 300*300

□ 南洋気質
フィリピンは南洋である。南洋の・・・と昔からいう。その日その日を暮らせれば、明日は明日、また稼ぐつもりだ。いや明日のことはくよくよしない。バランガイの共同体は、家族や長屋の住民なども一緒にご飯を食べる。その日飢え死にする人はない。しかし、地域バランガイ全体が疲弊した場合は、ジャンヌダルクは出動しなければならない。誰もバランガイを救う者がいないからだ。
ジャンヌダルクは預金を持たない。(今食べるための)食料と(一日二日蓄える意味での)糧に消える。
バックグランドは、カトリックの教えだ。貧しいものを敬え(中国のように「老人を敬え」ではない)。施すことにより天国へ行く。ドネーション(寄贈)は最大の美徳だ。バランガイは小さな宗教国だ。週に2回ある近所の教会もうでは、大抵夜の12時から朝方4時ごろまでだ。なぜか。ジャンヌダルクがいろいろの糧をもってくるためだ。何のために。そこには両換商がいるし、小物の商品市場があるし、田舎への糧の送金ルートが存在するからだ。その日稼いだ金はその日の内かニ~三日後にはプロバンスへ送られる。お土産もその日の御馳走の食べ残し(料理)のパッキングもいっしょくたに・・・。ジャンヌダルクには一杯のジュースも残されない。男女愛は家族愛を超えることはない。彼女だけが幸せになるということはこの国にはあり得ない。
□細木数子風のイメルダ夫人

」マルコス前大統領とその夫人が密かに日本へ持ち込んだ秘密資金だが、ワタシはその管理を任されていたんです。
その夫人もお金に困っている。その資金の運用を任せてもいいということになりました。
いかがですか、あなたも金融マンの端くれですから(失礼)、
ここは一つ、保証金を積んで運用されてはいかがです」と帝国ホテルのロビーで話しかけられたことはありませんか。
ツチヤはマニラの三流ホテルでさえ日本人の恰幅のいいおじいさんから話しかけられたことを思い出してニガワラに話している。
そのときはヤマシタ財宝のこともM資金のこともごちゃ混ぜにして話してきたから、ま、信用はできないとおもったサ・・・日本人が日本人をだますの簡単だ。ここじゃ誰でも日本人がなつかしい。
一寸話をしてみたいとおもうだろう。・・中味はどうでもいいのさ」とツチヤはその知り合った同じ郷里のニガワラに話しかけた。
「そうか・・オレも今その境地に達しているということか」とツチヤは自戒した。
「イメルダ夫人にそっくりな細木数子風の太ったオバサンが登場すればこれは全く嘘だろう。
立派な詐欺罪が成立する。詐欺の小道具として財務省(大蔵省)内部の便箋、封筒なども使われる。
オレはだまされないという自信家ほどだまされるそうだ」とツチヤはますます熱が入る。日本人が懐かしいのだ。

モトコ

挿絵 125*125

□ モトコ
ツチヤはここで一つ咳払いをした。
ツチヤは81年(昭和56年)四葉銀行マニラ事務所(支店)で日系企業の与信担当者だったことがある。
その頃、四葉の関西茨木(バラキ)支店の女子行員の横領が発覚した。オンラインシステムを使って現金と保証小切手1億3千万円を詐欺した。女はその4月、香港を経由し、フィリピン・マニラへ逃亡した。
その女は市内を転々とし、その9月、入管職員に捕まった。容疑は不法滞在で、日本の詐欺のことではなかった。
「日本の警察、それにマスコミいっぱい来たぞ。石原慎太郎だってきたんだからな(実際はきていない。ツチヤは若王子事件と勘違いしている)・・その行員とオレは接点があったわけじゃないが、本社からは見つけ出して自首させるようオレに依頼があった。
「ウン・・おれんとこの行員だから、それは当然なんだが・・・モトコの強制送還には深くかかわった」
「モトコ?」とニガワラ。
「そだ」
市警察へのワイロ、国家公安局への根回し、日本警視庁のアテンドなど、その頃のマニラの治安は滅茶苦茶だったな
・・・今もそう変わらないが。マニラ首都圏市警(プリス)の上層部とは親しくなければなにも進まない国だ。モトコは強制送還される前、日本大使館に拘束された。その時、日本から大挙してマスコミが来た。「モトコに笑え、笑えと注文を付ける。ほほ笑むことさえできるわけね~だろう」モトコはただ含羞んだ。
「日本から決しってやってこなかった男のことはすっかり忘れていたみたいだったな」
「南とかいったな。名古屋の悪い自動車ブローカーだったみたいだ。それによ「アオヤマ」っていうマルコスから可愛がられたやくざ者がいてよ、それもモトコをだましたっていう話だな。
かわいそうだったなモトコ」
三人の日本人から、だまされた。5百万円もすっからかんさ、今と違って1ペソ35円もしたからな(今は1ペソ=2円)。
「プリス?」とN。
「プリス」とは警察のこと。フィリピンでは男の職業としてはプリスが一番で二番はない。マニラで月給1万ペソ(2万円)だ。とてつもない高給取りだ。平均としてはな。だが、マニラではそれでは生活できない。それで、罰金収入をあてにする。生活給ということだな。
女房と喧嘩して機嫌が悪い警官がさ・・正午頃、ロハス通りのガード下にたたずんでいたとしたらだよ・・
絶対その前を通り過ぎないことだな。
「ニガチャンよ、もっともきびすを返して走り出すと「フリーズ(とまれ)」の後、発砲されることもあるので留意する!・・ハハハなんてな」と得意げにツチヤは話す。
「本当になにも関係なかったのかナ、モトコと・・」とニガワラは思う。
この行員はフィリピン到着の6ケ月後に入管に捕まっている。
「ツチヤがリークしたんじゃないのか?」と吉田老人は疑っている。しかし、その後、日本警察の調べではこの女子行員がツチヤに会って逃亡を助けてもらったとか、ただならぬ関係になったとかいう陳述はなかった。ツチヤはその当時あるフィリピーナで忙しかったのだ。
 
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