キサラギ・ジュンの税務小説

『黄金武将』翻訳『天皇財産と課税』『SCOOPED』ニュージーランド活劇『大統領になれなかった男』『NORADテープ』

一六章 利害得失(CONFICT OF INTEREST)キサラギジュン訳2017

2017-06-19 10:59:34 | ゴールドウオリアーズ
ジュン・キサラギの税務小説Flag Counter
一六章 利害得失(CONFICT OF INTEREST)
二〇〇一年三月、散々な目にあった二度目の就任式が終わってすぐ、ブッシュは、アメリカの海軍特殊部隊SEALのメンバーをミンダナオの海域に派遣した。二隻の軍艦はアメリカの金塊を回収するため、ここへ来た。新フィリピン大統領のグロリア・マカバガル・アロヨのお父さん、マカバガル(彼も大統領だ。)がダバオに隠し持っていたものを受け取るためだ。(CONFICT OF INTEREST)
□在マニラ・アメリカ大使館員の証言
この金塊の出所は二つあって、ひとつは「ヤマシタ・トレジャー」で既に発見されていたのだが御国の富裕層のお二人に預かっててもらっていたもの、もうひとつは現,新フィリピン大統領のグロリア・マカバガル・アロヨのお父さん、マカバガル(彼も大統領だ。)がダバオに隠し持っていたもので、今回正直に「アメリカのものである」とは言っていないが、「申し出があったので、アメリカ連銀資産に組み入れるために来た」と、「ケンカ越しでブッシュ大統領が喋っている」と、在マニラアメリカ大使館の関係者(誰かわからない。)がしゃべった。
□ブンブンバチ
ルソン島でブンブン飛んでいるハチのようなゴールド・ハンターは、皆、ブッシュ大統領の仲間で、彼らは黄金のユリ由来の発見された宝をマーケットで見つけ、購入している。ウイリアム・スタンプス・ファリッシュ(William Stamps Farish)、ブッシュの魚釣り仲間で東テキサスの石油長者の彼は、マニラでこれらの金塊を購入した一人だ。ファリッシュはケンタッキー競馬のオーナーで、ケンタッキー州の競馬場、チャーチヒル・ドウンズを経営している。ブッシュはファリッシュをイギリスのセント・ジェイムス・コート(裁判所)の大使に任命している。
ブッシュとエリザベス女王の仲がいいからだ。その人事は噂になった。というのはブッシュはそこに匿名トラストを持っていて、その管理をファリィッシュにまかせたようなのだ。アメリカの大統領がまだ、日本の戦争中の略奪金塊に興味を持っているなんて、別に驚くこともないと思う、というのは、戦中、日本の財閥産業がアメリカの捕虜やその他の人達を強制労働にかり立てたとする訴訟があったが、アメリカは一生懸命、日本を擁護したからだ。ハリー・トルーマン以来の歴代大統領は皆、略奪に由来するスラッシュ・ファンド(日米分別の信託)を隠そうとしてきた。ジミーカーターでさえ、そうした。偉大なフィクサーの笹川の個人的な友人となり、彼の膝の上に子犬の様に飛び乗ったくらいだ。
遠慮無く述べれば、この困った秘密は、半世紀にわたるアメリカの政府の公式見解だった-ニクソン大統領だけではない―彼らは彼らのキャリアの報酬として盗まれた金塊の前払いを受けたし、秘密のファンドのカネを無節操に使った。いつでも東京としめしあわせていた。正当な目的に使用されたと弁明されるが、使用目的はいつも「対ソヴィエト冷戦対策」と「国家安全保障」だった。連邦職員幹部にとっては(市民を守るのではなく)”彼ら”を守ることが国家安全保障なのである。平明な英語で言えば、「関係者間の軋轢」、あるいは「ダブル・スタンダード(二重規準)」なのだ。政治や、外交官のオヤジ、官僚連中、軍幹部、ビジネスマンというものは事実や記録を捻じ曲げごまかしてしまおうとするものだ。シニカルにか見当違いにかは別にして、彼らは途方もない悪事をけしかけたり、支援したりする。
□歴代大統領の陰謀
チャルマーズ・ジョンソンは繰り返し述べている。「冷戦は終わった。アメリカは冷戦を研究するためにはコストがかかると信じ続けてきたが、冷戦構造そのものを冷戦のコストだということはできない。なぜなら、冷戦構造そのものが予期しない方向への結果に終わったからだ」と。日本は冷戦が終わったからといって、アメリカを離れて、社会主義的になったり、中立を選ぶとか立場を急に変える必要はないが、日本政府がなぜ、「腐敗して」、「不器用で」、「弱い」アメリカとの関係に頼らざるを得なかったのかは考える必要がある。
一つの結論が別の結論に結びつく。
トルーマンが日本の略奪金塊を隠しておこうと思ったとき、隠しごとの上塗りに「平和条約」を使ったのである。「日本は疲弊していて賠償を全うできない」と。
サンフランシスコ講和条約はジョン・フォスター・ダレスの案でまとまっている。この条約の骨子は戦争捕虜、市民犠牲者、戦争慰安婦に対しいかなる補償もするものではないということだ。これらの補償問題は、今日、あらゆる法的措置を求めて国務・司法省サイドと争われている。トルーマンは何を考えていたのだろう?
大統領がアイゼンハワーになると、戦争金塊をLDPに使うことにした。岸を使って、日本を一党独裁の昔に還す作戦だ。岸は満州で一九三〇年代、軍のため、略奪や麻薬、労働強制をした。また、LDPはニクソンの大統領選にMファンドの管理権の移譲を受けて、同ファンドから資金を出した。一九七五年、ニクソンとフォードはマルコスの外洋ヨットにのって戦争金塊の回収をめぐって策をろうした。カーターもアメリカの捕虜が多数、生きて埋められたお宝の隠し場所から、日本の笹川が中心になって進めたプロジェクトに参加している。
ランズデールがなぜ、サンティの資産を自分の名でUBSに預金することができ、他のサンティの資産をマニラのシティバンクからニューヨークの本部シティバンクへ送ることが可能だったのだろう?UBSは最初、サンティの資産性を否定していたのではないのか。
UBSにサンティの相続人が開示請求していたころ、レイ・クラインはニューヨークのシティバンク経由で、ナッソーのオフショアにサンティの預金五〇〇億ドルを移してしまっていた!
CIAのビル・キャセイを使って、レーガン大統領はマルコスをマラカニヤンから拿捕してはハワイに連れて行ってしまった。「金塊も一緒に」、「それはどこに行ったのだ?」、「フォートノックス?」、「それともブラックホール?」。
レーガンの国家安全保障会議の顧問はシュエイツアー将軍だ、彼は陸軍中佐、海軍特殊部隊(シールズ)、海軍潜行部隊を使ってフィリピンからお宝を回収している-これは普通のことだ、そしてそれが普通のことなら、なぜ、あいまいにしているのか?
□クリントンも黒い金のゲーム・プレイヤーなのか?
そうだ、ゴールド・アンティ・トラスト・アクション委員会(GATAC)によればそれは“Yes”なのだ。
二〇〇一年、エコノミスト誌が報告した。「それには明確な政府によるエビデンス(証拠)がある。それは政府外から保障されている。それは金塊の数千トンにもなる「消費貸借契約(レント)」みたいなものだ。金の投資家、大銀行(特にシティバンクとJPモルガン・チェス)が金の価格を冷やす(下げる)必要があったということだよ」と。金に関する騒動というものはたいてい、この例と同じようなものだ。
E.L.ドクトロー(Doctorow)が言う、「私の生涯を通じて、国民にウソをつかなかった大統領っていただろうか」と。
ず~と昔に絨毯の下に隠れてしまったものはもはや確かめることはむずかしい。日本はダレス国務長官からアジアの窃盗犯の罪をまぬかれた。日本は美術品や工芸品、その他の財宝を一八九五年以来蓄え続けていた。そのひとつも元の持ち主に返されたものはない。盗品は金持ちたちの倉や金庫にしまわれたままであり、盗まれた者たちを貧乏な状態に据え置いている。このように犯した罪は今日まで償われていない。これは正しい法による統治が行われていないということである。被害者は犠牲を強いられたままだということだ。戦時下における敵性財産に対する略奪を有罪とする(固有の)戦争法制がないからである。
ワシントン政府の役割はいつでもあまりにもはっきりしている。平和条約は被害者(国)を痛めつけるものだった。ジョン・プライス教授は総括する:「アメリカが条約の準備書面作業を独占し、毒したためです」。
われわれはいよいよわかったのである、日本は戦争によって破産させられたのではないということを。一九五一年までには日本の経済力は戦前の一番景気の良かったころよりも大きく回復したのである。カルロス・ロムロ(Carlos Romulo)、フィリピン平和会議議員団議長は「アメリカが日本に戦時補償する能力がないと言ったのだ」という。日本の生産能力は戦争前のそれを三二%も上回ったのである。財政収支は余剰が生まれ、貿易収支は黒字となった。条約締結の直前に行われた池田大蔵(財務)大臣と米国通貨当局の専門家との会談で、彼(池田)は言った。「一〇〇〇億円ほど予算が余っているので、そのうち四〇〇億円を使って、我が国民へ減税したい」と。
日銀の総裁はアメリカ通貨当局に二億ドルをあずかってもらいたいと懇願したのである。「そうしないとフィリピンが金塊を賠償に当てろとうるさいからです」と。
ダレスは数か国、たとえばオランダと、秘密交渉するよう日本を誘導したのである。その秘密交渉は危険なものをはらんでおり、それに関する文書は次の五〇年間、公開しないことにしたのである。つまり、西暦二〇〇二年までだが、オランダの秘密交渉の記録だけは二〇〇〇年、他の文書より先に公開された。この五〇年非公開ルールはダレスによってひかれたのである。オランダ政府は恐れていたのである。自国民が本来ならば固有に保有する賠償交渉権を放棄させる条件を勝手に条約に定めていたからだ。ダレスはオランダの個人に属する賠償金交渉を条約とは別に進めることを提案していた。しかし、それは秘密交渉でなければ他国に知れた場合は厄介である。
□ダレス長官が示唆したことはアメリカ政府の責任で正されねばならない。
「ダレスは個別に秘密交渉させることにより、被害者を救済し、個別に裁判に訴えることはできないと条約で縛った。それでその秘密交渉の記録の公開は五〇年明るみに出さないとした。だが、それは良くないことだ。間違っている。ダレスが個人的にしたといっても政府のしわざであるのは明らかでこれは正されなくてはならない」のだとあるアメリカの上院議員が言っている。そして、「われわれ(米国)の政府がわれわれの戦死者、戦傷者に関する書類を公開しないというなら、それは、市民に対する“裏切り”だ」と言ったのである。
このように一九五六年、日本はオランダの財布に一千万ドルを投げ入れた。一九五二年にはアメリカ上院外交委員会はアジア各国の(日本による)戦争被害額は一千億ドル以上(一九五二年時点)であると発表した。
ワシントンはもっと隠した。ナチの略奪金塊を隠すことについては重要な役割を果たしたことが九〇年代中盤の論議が起きるまで続いた。その真相暴露の論議はアルフォンソ・ダマト(Alfonso D’Amato)上院議員から提出された。世界ユダヤ会議(WJC)の会長エドガー・ブロンフマン(シーグラム社の億万長者)のロビィー活動を受けて、ダマト議員が上院で問題にしたためだ。ダマト自身にとってもWJCの票田の力は重要だったからだが、クリントン大統領はついに再調査に踏み切る。それまでは政府の足は重く、まじめにホロコーストのことには向き合っていなかったのだ。関係書類の多くは散逸したり、破棄されていた。政府の公文書保存館の副長は、ナチスドイツの中央銀行ライヒスバンクの金塊の保有状況を示す帳簿が「消えた」とダマト議員に語った。「消えた?」
「他の書類はみんな、ドイツ政府に返した、コピィーはとっていない」。「コピィーをとらない?」
これはアメリカ政府がドイツ政府、ビジネス界、銀行家たち、旧ナチ・リーダーたちと結託して行った行為だとわかる。そしてそれには日本政府も関係があるので協力しているのである。二〇〇〇年クリントンは日本帝国軍隊の犯罪(二次大戦中のアジア太平洋部での犯罪行為 )に関する文書等を公開する法案に署名している。この文書類には日本がアジアで収奪した財産についても言及されている。法案可決の前に関係省庁間の影響評価の会議があった。そこでCIAからクレームが出された。現在の日本との安全保障に重大な影響を及ぼす懸念が表明された。「安全保障?」いつもこれだ。ナチの場合は公開してもなんでもないのに、日本との間ではなんで問題があるんだ?あるオブザーバーがコメントした、「政府はこの二つの国にダブルスタンダードを適用したんだ。それぞれ別の杓子定規(しゃくし・じょーぎ)をあてたのさ」と。日本の戦争犯罪の記録が六〇年以上たった今、なんで安全保障に影響があるっていうんだ?誰がなんでそんな破廉恥なことを言うんだ?どの情報が公開できるか、それから三年間も検討された。結果はジョークのようだ。全体の作業を台無しにしてしまうものだ。市民から怒りの声が上がっている。「これはマネーロンダリングだろう、歴史を改ざんする歴史ロンダリングだ」と。
□日米の真の姿を隠すための共同謀議、それがナチスの金塊が行方不明になったことと奇妙に似ている。
日本が降伏する前から、次々と日本関係文書が破棄されていたようなのだ。一九四五年、占領が始まる前に日本は(どこの国でもそうするように)大量の戦争記録・関係書類を焼いた。日本の空は焼いた煙りと灰で覆われたほどだ。一九四六年には日本政府と軍部の数百万ページの書類がハーバート・フーバー(Herbert Hoover)の下にあることがわかった。フーバー?彼は政府の役人じゃない。フーバーはわれわれが「ヤマト・ダイナステイー」(大和王朝)でとりあげた、天皇陛下の戦争責任-東條をひいきして彼を首相にし、彼が戦争犯罪を行うことになったーのストーリィーを作り上げた張本人である。
フーバーは私的に自分のカルフォルニア事務所にこれを運んだようである。半世紀以上経って、その存在はわかっていない。ミステリーなのだ。(訳者注:五七年日本の独立とともに数百万ページの書類が積み込まれたコンテナが横浜港に戻されたという情報を得ている。秘密裏に処理され、マスコミにも誰にも騒がれなかった。)
他にも大きな不正が行われた。四〇年代の終わり、CIA本部へ大量の日本関係書類が渡った。
「慎重な扱いをすべきもの」を除いて、それらは国立公文書館に渡された。驚いたことに国務省はそれを日本へ返すというのだ。学者連中から反対運動が起き、その「慎重な扱いをすべきもの」の一〇%はコピィーをとっておくべきだと主張した。そして、それはそうなったが残りの書類-略奪と共謀を表す-は洗われてしまったのである。(訳者注:五七年日本の独立とともに数百万ページの書類が積み込まれたコンテナが横浜港に戻されたという情報を得ている。秘密裏に処理され、マスコミにも誰にも騒がれなかった。)

一九八七年われわれは情報公開法に基づいてヤマシタの金に関する照会を財務省や国防総省、CIAへしたのだが、うまくすり逃げられている。「その書類の公開は免除されている」というのが公式見解で、「なんでそうなるのか?」には答えないのである。だが、そう言うからには少なくとも「ヤマシタの金」に関する文書類が存在するということだ。チーレーの裁判があった当時は、それらの書類はどこにもないことになっていたのに、数十年経過して八七年の時点では、「ヤマシタの金」に関する文書が存在している。何がおこっているんだ?
□ドイツは四五〇億ドルを払い、日本は三〇億ドルしか払っていない。
今でもドイツはその残債を払い続けているが、日本は五一年の平和条約で完結したと云って譲らない。国務省もその立場を断固として支持し、「市民の皆さん、かつて戦争捕虜だった兵士の方々にも賠償は終わりました」というのだ。英国政府も同調する。オウム返しに「みなさん、日本の賠償は五一年の平和条約で解決済みです」と謳い出す始末だ。ところが二〇〇一年に少し見解を修正した。英国政府はイギリス国民が納めた税金から一人、一万ポンドを日本で抑留されたPOWの遺族に、一回こっきりのボーナスプレゼントをするのだ。
これは少しは評価できる。だが本質を巧みによけている。なぜ日本が賠償しなければならないカネを英国が税金から支払うのだ?なぜ?抑留者たちや兵士の捕虜たちにはカネだけではなく、日本政府から正式に謝罪の言葉を受けたいのだ。戦争以来東京は一五の法案を通し、自分の国民へ四〇〇〇億ドルも払っている。この支払の根拠は戦争犯罪に対する償いということなんだとわれわれは思っている。
日本の社会主義者、タナカ・ヒロシ氏は「われわれ、日本人の根性は、身内にはやさしく、外の者には厳しいというやつだ」という。「(そして)国の賠償の考え方は外人には厳しかったと思うよ。過去を後悔しないという癖があるんだよ、日本人には」という。その一方でアメリカは在米日本人の隔離行動に対しては補償している。抑留された日本人は赤ん坊を含め、二万ドルを払っている。彼ら抑留者の誰もこれからどうなるかまったくわからなかったのだが、少なくともいえることはアメリカでの日本人の抑留者は、奴隷労働には従事させられなかったのである。
一九九九年以来、カルフォルニア州裁判判事、ボーグン・ウオーカー(Vaughn Walker)の指揮のもとに三〇件くらいの訴訟が起きている。彼らはバターン死の行進に駆り出されたり、日本軍の使役に従事した捕虜たちである。彼らはカルフォルニア州の法律に的を絞った。戦争時の犯罪の時効を延長しているからである。二〇〇〇年ウオーカー判事は裁判は「一九五一年の平和条約締結で、これらのことはオジャンなんだ、日本政府も誰もそういっている」と云ったが、アメリカ政府はそれに従わわなかった。訴えたものがサンフランシスコの連邦法廷に持ち込んだからだ。自主的に?政府が?おかしいと思うかもしれないが本当なのだ。信じられないかもしれないが日本の会社の件では国務省は声明を発表している。「少しは助けてもいいじゃないか、今はもうかっているんだから」と。「歴史は少しは恥じて、もう少しましな判決をしてもおかしくない、将来の平和のことを考えるとサンフランシスコ条約はもう少し、犠牲者たちに寛容であるべきだった」と判事は云うのである。
例のチャルマーズ・ジョンソンが再び登場する。「少なくとも一千万人の一般人と五万五千人の兵士が死んだんだからウオーカー判事の“裁定”は”最低”だね」と云った。洒落ではない。
戦争捕虜たちに正義をの法案を共同提案したマイクホンダとダナローラバッチャーの法案は民主・共和の枠を超えて多くの支持を得た。二〇〇二年の八月には民・共両党議員により二二八の支持表明が行われた。ホンダ議員は「条約は明確な言葉で定義されなければならない」と云った。意味は「国は当事者たちの訴訟の権利を妨げてはならない」というものだ。
地球上で一番富んでいる企業、三菱、三井、住友、彼らの会社が戦前、戦中、POWを強制労働に従事させ、巨万の利益を上げたことをあからさまにする法案が成立した。
だが、裁判上は戦時下の「強制労働」の定義に疑問が呈されている。つまり、どの国でも捕虜たちに使役を強いたからだ。ダレスは日本からオランダへ一千万ドルを支払うことで解決している。ビルマとスイスについては一人五万ドルで解決した。ビルマは日本に占領された、スイスはケンカさえしてないのに。
英国政府は自国の兵士たちにせっつかれて再交渉を始めた。英国政府にしてみれば、「ま、条約は条約として、何とか」というわけだ。
連合国はアメリカを除いて二六条の評判は悪い。
ウオーカー判事は言う、「とにかく市民には評判が悪いな、アメリカの政府の立場だけ考えている」と。ホンダとローラバッチャー法案は犠牲者の立場を擁護できるだろうか。国務省の官僚たちは自分たちは選ばれてもいないのに、この法案は司法制度的に少しおかしいという。州自体はホンダの法案は全くおかしい「不誠実な状況」を正すものだという。この場合の「不誠実」とは日本の超大物、自民党、大企業のことを指しているのだろうか?
二〇〇一年から、この法案は審議されてきた。下院で審議され、上院にあがって、大統領の拒否権にあうかもしれない。その後可決されるだろう(そう期待している。)。ジョージW.ブッシュはトルーマン以来の英雄になるかもしれない。
だが。よく考えてみよう。日本の略奪や不正行為をもとにアメリカ市民に補てんされるカネはアメリカの納税者が出すということだ。この修正案はあの「九一一」に関する超党派の法案と一緒で同質なのだ。なにも裁判所の判決がPOWに好意的であることを妨げるわけではないが、なにか九一一の法案のようにポピュリズムで愛国的で、しかし、歯(真実味)がないような法案なのだ。ワシントンは自民党の愚かで不条理な性格を変えることはできないかもしれない。MITは爾来、警告してきている。「自民党は必要な改革をことごとく拒否してきた」と。
本当のことだが、日本銀行は無声映画の時代から堕落してきたのである。その立派な建物は音もなく観客もなく舞台は崩壊するときが来るだろう。
□邦銀は一兆ドルの不良債権を持っている.
(自民党もDKBを通じて三千億円の不良債権を持っていたのだ)これは自明のことだ。タナカへのいい子ちゃんローン、やくざへのゼロ金利、遠い昔だが、一九四五年のマッカーサーのたくらみ、三和、第一、東海銀行に対する財閥解体から免れた措置など、納税者の目先の外で、銀行は再びよみがえるのである。
 宮澤の場合は特筆に値する。彼は大蔵省の中枢にいて、一九五一年の平和条約の前提をダレス長官と通訳でわたりあったのである。並外れた(英語力での)影響力を持っていた。彼は中曽根、竹下、小渕、森に使えた。その後首相になったから、「スラッシュ・ファンド」のことは知っていただろう。五七年債が発行されたときは鈴木内閣の(渡辺の後の)大蔵大臣だった。彼が首相になった時は後藤田が官房長官、金丸が副首相で金庫の鍵を握っていた。金丸の佐川事件があったときは、金塊が飛び交った。ラフラー(Lafleur)はミヤザワの娘と結婚した。(今、テレビで売り出し中の宮沢某はタレントはラフラーの孫だ。)一九九七年九月、ラフラーは駐日本米国大使館の副大使に任命されている。宮澤は五七年債の時の大蔵大臣なので、ことの重要性はよく知っていた。どの国債が償還可能か、どれが償還は不能かよく知っていたのである。アメリカの大使、トム・フォーリィー、その妻は住友重工業のコンサルタントだったし、住友はPOWの賠償問題でアメリカで訴訟されていたのである。三菱もしかりで、フォーリィーから指名されたラフラーは三菱のため大いに働いた。
二〇〇一年九月、ワシントンボストが書いている、「トーマス・フォーリィー、ミッチェル・アマコスト、フリッツ・モンデール、この三人の元大使が当社に原稿を寄せています。その内容は”日本の戦争捕虜の賠償問題は、ワールドトレードセンターに突っ込んだ、テロリストに対する殺人の補償交渉と同じだ”と全員がいっています」と。
「なぜ、議会がローラベッチャー法案を通すのを躊躇するかと云えば当時の大統領と閣僚がその条約の基本的枠組みを日米の安全保障を考えて作ったものなので・・・現在のテロリズムと戦うのと同じ状況下で・・」、つまりホンダやローラベッチャーが言う、アメリカの捕虜、はテロリストと同じようなものだと。
日本でさえもフォーリィー、アマコスト、モンデール、トリオの攻撃に顔をしかめている。日本は戦争捕虜の補償問題と世界テロリズム旋風とをちゃんと区別しているからだ。
(アメリカの)反体制派の国務省のある役人が皮肉っぽくささやいた。「時には在ワシントンの日本大使館は二つの顔を持ってるみたいだ、われわれサイドの顔と向こう側に対する顔だがね」と。
 
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