キサラギ・ジュンの税務小説

『黄金武将』翻訳『天皇財産と課税』『SCOOPED』ニュージーランド活劇『大統領になれなかった男』『NORADテープ』

キャピタル・フライト  キサラギジュンの税務小説

2017-03-19 23:34:16 | タックスヘイブン
  1. M資金?昭和のにおいのする曖昧模糊としたサギ話・・ではない。
  2.  キサラギは本当のM資金のでどころを追求する。もともと、四葉は都銀の中でも、関西の地方銀行を出自としている。「フジ」、「DKB」、「サクラ」、「スミトモ」、「ミツビシ」などの旧財閥系や特殊銀行を起源とする他行に比べ、東大などのエリート社員の入行は極めて限られている。四葉の幹部は一橋やK大学出身者が占め、学閥内のつながりが密接になる。出身大学別に会長派、頭取派と分かれ、中道派(西海銀出身)も加わって複雑怪奇な派閥抗争が繰り返された。 他行はこれを「四葉のDNA」と批判したが、実は四葉にとって「DNA」の隠語には別の意味があった。他行や国税、金融庁あるいは検察も知らない極秘事項だった。だが、大蔵省OBや政治家や闇の勢力はその存在を知っていたのだ。
     
    □投書
    1990年10月11日大手町
  3.   四葉銀行はこの年、大蔵省金融検査部の調査を東京大手町の東京営業部で受けた。隠れ不良債権が一兆円あるとの投書を大蔵省にされたためだ。
  4. 大阪市堂島にある四葉銀行本店は次期頭取を決定する人事抗争で大荒れに荒れて、専務派閥と死闘を繰り返していた。誰かが頭取側の失脚を狙って投書されたのだ。
  5.  投書の内容は、貸し金回収のための新規ローンが四葉銀行日比谷支店から西洋信託本店の某氏の信託口座に払い込まれている。金額は7百億円。このカネを借り入れた某氏は西洋信託から引き出し、四葉銀行/日本橋支店へ振り込んでいる。その資金を某氏が返せないでいる借金の元本と金利分として四葉/日比谷支店に返済している。これらの資金の移動は同日に行われた。大蔵省は追いがし、偽装借金返済の事実を知っているが、前回の大蔵検査では知らないふりをしていた。そればかりか、本店企画部のMOF検査担当に取り入り、自分たちの飲み食い(ノーパンしゃぶしゃぶ)やオペラ鑑賞券をもらったりしている。佐藤頭取もこの事実を黙認しているというものだった。一部の検査官は日本橋支店から某氏への新規貸し付けが7百億円に膨らんでいることを承知しているが、全体として某氏グループ企業(スーパー大手)への滞留債権が一兆円にもなっているので、「要注意管理債権」にも「破綻債権」にも格下げできないのだ。大きすぎてつぶせないし、都銀12行はどこもつぶせないのだ。つぶせば昭和の大恐慌の再来がくるだろう。検査官も銀行の頭取もそんな責任をとりたくない。「眼をつぶってただ黙っている」責任だけが進行していった。
  6.  四葉銀行東京本部は秘密裏に不良(的)債権の回収・売却チームを秘書室に立ち上げ、カミソリこと中村潜(秘書室長)をトップに、主に大蔵検査(後、金融庁調査)をごまかす作戦を始めた。
  7.  ①まず、大口不良債権の返済スケジュールを履行するため大口企業のペーパーカンパニーに新規に資金を貸し出す。その資金を大口企業から返済させる「追い貸し」、
  8.  ②返済期限が来ていない貸し金を強烈な手で返してもらう「貸しはがし」、(銀行は天気のいい日に傘を貸してくれるが、雨がふりそうになれば傘を返してくださいと慇懃無礼にいうんだよな、ドラマ「百倍返し」で、東野が言う台詞を地で行く)
  9.  ③外国証券(リーマンブラザーズ、FBSCが得意とした)へ「買い戻し条件付き偽装売買、バブルが将来安定(ソフトランデング)したころ買い戻す条件で、簿価以上で売却する方法だ。銀行はわずかながら不良債権の売却で利益が出る。とりあえずだ。ファーストボストンクレディスイス(FBCS)がこの手法で不良債権を買い取っていたが、金融庁にばれて日本から撤退している。
  10.  ④民間債権買い取り機構への一時的売却、将来時価がもっとさがれば銀行は機構からの売却損失に現金を積むか買い戻すかしかできなくなる。
  11.  ⑤タックスヘイブン子会社や四葉香港支店などへのキャピタルフライト(すなわち、四葉香港には潤沢な裏資金があり、本支店間取引でグッドマネー(実際の現金)を手当てできるのが条件だ。香港支店にカネはあっったのか?それは一体誰のカネだと言う疑問が残ろう。
  12.  不良債権を簿価で海外支店に移すということは大蔵金融検査対策でもある。誰でも(たとえ国税でも)海外支店へ検査にでかければ、MOF担が現地で接待攻勢をして検査ができない状態にすることは目に見えている。その場所が香港であればなおさらだろう。かつて大和銀行NY行員(井口俊英)による「米国債先物巨額損失事件」をご記憶の方も多いにちがいない。その際、大蔵検査でNYに出張したMOFの職員はたった一日だけ井口がいるNYのミッドタウンに行った。もちろん国債先物の取引履歴など1ページも見ていない。たった一時間で後はアトランテイックシティに行ってしまったからだ。アメリカ東海岸のラスベガス、カジノがあるアトランテイック・シティへ飛行機で・・・。井口俊英の告白本『告白』って面白いから見てごらん。大蔵幹部はこれを見て烈火のごとく怒り、その職員を首にした。自分はノーパンしゃぶしゃぶにいったことなどないという訳か?
  13. ◆キャピタル・フライト
  14.  ともかく不良債権の回収・処理の業務命令は東京の秘書室の話で、人事は大阪の頭取室の話だ。サラリーマンの世界はこんなものだった。東京と大阪は犬猿の仲なのだ。
  15.  しかし、関西営業は関西の金持ち層を相手としていて不動産バブルの成金などは問題としていなかった。関西営業のお得意先は貴族出身名家・寺院僧侶、お茶や踊りの宗家など平安の末期から千年も前から蓄財をしてきた系列である。営々と築き上げてきた古美術や書のたぐい、値段をつけようとしても天文学的数額になる不動産・建物・重要文化財。これらの書画の多くは芦屋、神戸、京都など戦後成金が豪邸をなす庭の一角に倉庫を設け、管理人の下、厳重に保管されている。
  16. 「相続税の対象だろう?」もっともな意見だが、その倉庫がたとえ、芦屋税務署の真向かいにあったとしても税務署資産税職員はそこに何があるか確認できる術はないのだ。
  17.  名主が無くなり、年貢の納め時(相続税)がやってくれば、美術品や書のたぐいは疎開を始める。山の上の神戸の山荘あたりに一週間もおいておけば署員は帰ってしまうだろう。「山荘を拝見できますか?」といわれたなら前日の内に庭の倉庫に戻しておけばいいのだ。こっそりと闇夜を選んでだがね。相続税担当のリョーチョーがきたら別だがね。
  18.  そのうち「信託銀行」という便利なものができ、一時期貸金庫というものに宝石やゴールド・バー、中にはピストルという輩もいたが、どうやら貸金庫は脚がつく、税務署は預金から貸金庫の借り入れ料の支払いを見抜くといわれ、やはり自宅の倉庫へ回帰して行ったのである。
  19.  関西営業のカミソリという切れ味の鋭い男がいた。彼は香港支店も経験していて、美術品・ゴールドバー・預金を逃げ出すならHONKONGが一番という売り込みで営業日本一になった男だ。関西の銀行は弱い税務調査(ごめんなさい)に守られて来たのだが、地場銀行や信用金庫クラスが税務調査で崩れ出すとそのうち、都銀にも波及するというもっぱらの噂が立った。
  20.  中村大阪営業本部長(当時)は、これらの貸し金庫資産を現金(どうやら財閥家の闇の取引を使ったらしいがこの辺はよく分からない、韓国や中国、台湾ルートかも知れない)に換えた上、傘下の信託会社を利用して、外国投資信託(会社)の受益証券に変えた。その後、受益証券を香港支店へ郵送、HSBC信託部門で転売して現金に換え、それを香港子会社(ヨツバ・インベスツメンツ・ファイナンス )の名義で地元の銀行(恒星銀行・深圳)へ預金した。
     恒星銀行はHSBCの傘下にあったが、HSBCは香港の返還(1997)の数年間に英国へのがれていた。香港に置いていかれた恒星銀行の転売先はBCCIだった。BCCIは中国本土への進出第一号で、この恒星銀行のシンセン分行が突破口になったといわれる。だから中国共産党幹部も深く絡んでいると噂されていた。
  21. □キャピタルフライト
  22.  ともかく芦屋の富豪や三宮のヤクザたちのカネは香港方面へ安全にキャピタル・フライトを遂げた。
     これらの手口は、外為法により居住者が国外に預金口座を開設することが禁じられていた時代に行われたもので、金融検査等で発覚すれば、営業停止はおろか刑事告発されかねないものである。関西営業としては本店の頭取等を含め、東京には絶対に知らせることができない(頭取等は知らないふりをしている)極秘事項だった。
  23.  やがて業績は伸び、業務純益、経常利益、当期利益の三部門でなみいる都銀大手を抑えてトップとなり三冠王(85年3月)を実現した。 だが、なりふり構わず業績拡大作戦を続けた四葉のつけは不動産バブルの崩壊の大津波に襲われる。50年に一度のコンドラチェフの波の底(86年11月)に引きずり込まれれてしまう。
  24.  1988年、四葉は第八代頭取に和田が就任。和田は新時代にふさわしい「三つのS」-「ストレングス」、「ストラテジィ」、「スペシャリティ」をコーポレート・カルチャーに加えた。和田は国際派であり、カタカナが大好きなのだ。 四葉は繊維に強いと言われる。船場を中心に営業を展開してきた。汗と血と涙の体育会系、営業重視の傾向は関東の銀行のように紳士的ではなかったが利益率(銀行業務利益)が高い銀行だった。かつては、の話である。
  25. だが、和田は純粋な国際派であり、泥臭い商売は嫌いだった。大規模な機構改革を行い、企画・秘書・人事中枢部門に権限を集中させた。同時に人事を行い、自らの出身校一橋大とK大出身者を重用した。そして秘書室長にカミソリ中村潜を登用した。次期常務候補の重要ポストだ。
    中村秘書室長は頭取の和田に「私の思う通りにやらせてもらえば、四葉を収益ナンバーワンにしてみせます」と豪語した。
    行内で“七奉行”が誕生し、ドングリの背比べが始まった。若手秘書役(この一人に、JFU銀行最後の頭取となるT・Oもいる)を補佐官として登用し、権勢をふるう。

  26.  そんな時はスキャンダルも同時に噴出する。 スキャンダルの処理はよこれ役カミソリナ中村の得意とするところだった。それが常務・専務コースへのまき餌でもあるからだ。

  27. □バブル期 (1985年~1992年)
  28. 証券不祥事(91年、小田淵・大田淵の損失補償)
  29. 1992年10月、四葉銀行大阪本店は、大阪千日屋前の評判オカミの架空預金証書事件に巻き込まれている。通称、ガマガエルの女将にニセの国債保有証明を出した南洋信金を四葉傘下の西洋信託銀行に吸収して難を逃れた。その西洋信託も四葉本体に吸収されて跡かたもなくなっている。
    1994年、第9代頭取に佐藤が就任。佐藤は世界をリードする「ベスト・ユニバーサルバンク」を経営目標に掲げた。
  30.  この当時、関西地方は大阪信金事件 (95年)、木須信金(95年)や兵庫銀行(95年)も潰れた。大阪国税局と部落解放同盟事件 (96年)、京都信金事件 (96年)、大阪信用保証協会事件 (97年)、関西空港汚職 (97年)、阪和銀行事件 (97年)、カネイチ事件 (97年)などが多発した。
  31.  □バブル以後
  32.  バブルがはじけた92年以後、アングラ勢力と銀行との係争事件が相次ぐ。スミトモ名古屋支店長射殺(94年9月)、DKBの元頭取の自殺(97年6月)、などヤクザがらみと思われる物騒な事件が噴出した。日本の不良債権の半分は政治家かヤクザがらみのものだと報道されたこともある。
     
  33.  つづく
 
 
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