グループZAZA

「君が代」不起立処分大阪府・市人事委員会不服申立ならびに裁判提訴当該13名によるブログです。

第6回「日の丸・君が代」問題等全国学習・交流集会報告

2016-07-26 05:29:03 | 渡部通信
私たちは、7月24日多くの方々とともに、素晴らしい時間を共有することができました。
以下は、渡部通信からの転載です。


昨日(7月24日)大阪にて、
<第六回「日ノ丸・君が代」問題等全国学習交流集会>
                (主催:集会名実行委員会)
が開かれ、全国から150人が集まりました。

集会(10:30~16:30)は、
全国各地で闘っている仲間たちの学習・交流が主でした。

そのため第Ⅰ部では、大阪以外の各地の報告がなされました。
その骨子を紹介します。
<神奈川>
 ・個人情報保護条例を活かす会の活動
 ・マイナンバー制度違憲訴訟
 ・自衛隊への「職場体験学習」中止を求める取り組み

<千葉>
 ・高校における「日ノ丸・君が代」の状況
 ・今年4月に導入された「人事評価制度」(2018年度から賃金反映予定)との闘い
 ・高校の「道徳」授業、主幹教諭配置、
 ・実教出版教科書採択を巡る攻防(6校堅持)、育鵬社版歴史・公民教科書県立中2校で採択
 
<東京>
 ・河原井(3ヶ月停職)根津(6ヶ月停職)裁判、最高裁で処分取り消し確定(5月31日)
  (停職6ヶ月処分について)「自己の歴史観や世界観を含む思想等により忠実で
  あろうとする教員にとっては、自らの思想や信条を捨てるか、それとも教職員としての
  身分を捨てるかの二者択一の選択を迫られることとなり、・・・日本国憲法が保障して 
  いる個人としての思想及び良心の自由に対する実質的な侵害につながる」
 ・第二次再雇用拒否高裁判決(高裁まで勝訴、現在最高裁に係属)
 ・無意味な再発防止研修
  (思想良心の自由を直接的に侵害、戦前の予防拘禁に匹敵する思想弾圧)
 ・これまでの裁判一覧
 ・18歳選挙権ビラまき状況(「産経新聞」の記事に見られるビラまきの効果)
 ・都知事選の状況、自衛隊教育、オリンピック教育の異常
 
<兵庫>
 ・一人で不起立を貫く(あらゆる闘いをつないで大きな抵抗力に)

<福岡>
 ・1988年のゲルニカ問題以来の抗議行動で「君が代」処分はない

<宮城>
 ・「大震災以来、絵・音楽などの活動を通して多くの人々と結びつき、
  一緒に活動。女川原発地区の人々も心を開くようになった。」

<愛知>
 ・名古屋市立中学校の社会科教員が「政治的中立性の観点から不適切」
  として市教委から連絡、謝罪、口頭注意。自民党HPの密告フォームの危険性
 ・育鵬社版教科書採択阻止
 ・自衛隊の学校教育への介入の実態

次いで、「特別報告」として、高嶋伸欣さん(琉球大名誉教授)が
都教委の「オリンピック学習読本」(小学校編・中学校編・高校編)について、
 「オリンピック読本は公私を問わずすべての生徒に配布、約1億円かかっている。
 しかし、IOC憲章違反の内容で、学テ最高裁判決違反の教育を強要している
 憲法違反の文書である。今後、監査請求をし、住民訴訟の取り組みをしたい」
と話しました。

昼休みの後の第Ⅱ部は、
①<文化行事>、②<パネルディスカッション>でした。
①では、【FMシッターズ】が替え歌を6曲紹介してくれました。
いずれも良くできたもので、2人のハーモニーも良かったです。
ここでは福山雅治の≪桜坂≫の替え歌の歌詞を紹介します。
  
  「君が代」が流れたら僕はそっと座るよ Uh yeah
  「君」の意味が天皇だから
  
  揺れる卒業式 煩わしい檀上
  血の色に似た 「日ノ丸」の赤
  子どもたちが主人公だから
  「君が代」じゃダメなのに 校長聞かず
  
  職務命令出たのに
  議員もやってくるのに Uh yeah 
  僕は今も立たないままで
  
  入りたいけど 晴れ姿見たいけど 場外警備
 
  いつかきっと 変わる日が来る 子どもの未来信じて 僕は生きるよ

  子どもの未来に戦争は要らないから Uh yeah
  僕は今も抵抗している

  「君が代」が流れたら僕はそっと座るよ Uh yeah 
  「君」の意味が天皇だから

大変好評だったので、YouTubeにアップされるかもしれません。

②では、
<弁護士><A高校教員><A高校卒業生><A高校保護者><元高槻市教員>
がパネラーとなり、それぞれ意見を述べました。

<弁護士>さんは、「日ノ丸・君が代強制はどこまで来たか」ということで、
詳細な「ヒノキミ年表」をもとに、以下のことについて話しました。

 1、日の丸・君が代をめぐる歴史はどのようなものだったか
  (1)1945年代から振り返る意味と事件や裁判で振り返る限界
  (2)1980年代半ばからの時代の画期と闘い
  (3)2000年ころまでの訴訟での争点
  (4)2000年ころ以降の情勢と闘い
  (5)最近の最高裁判決=訴訟的枠組み
  (6)大阪府・市における動き

 2、日の丸・君が代と憲法、戦争をめぐる情勢はどうなっているのか

 3、歴史から何を学んで、闘いをどのように前進させるのか

またA高校の三者(教員、元生徒、保護者)の話も大変興味深いものでした。
元生徒のHさんは、卒業式に不起立することを自ら選択・宣言し、
それを保護者、教員集団は否定せずに見守り、
卒業式当日ビラをまいたら同級生らもそれを受け取り、
「君が代」斉唱時にも、級生が理解を示した、ことを紹介してくれました。
そうして出された資料には次のように述べられていました。

 「小心者の私の心の支えになってくれたのは、なにがあっても味方で
 いてくれる家族、中学で様々な意見を聴かせて下さった先生方と
 立つか立たないは生徒の自由で、不起立をしたからといってなにか
 いってはいけないと言ってくれた校長先生、高校で出会った私を
 受け入れてくれる先生や不起立をして処分を受けた先生、
 集会で出会った私を理解してくれる沢山の先生や人々に
 出会えたことでした。
 私を支えてくれた人々の多くは学校の先生でした。
 その先生方がもし、起立を強制され、
 不起立の話をすることを禁じられていたら、
 多分私はどんなに納得がいかなくても不起立の決心は
 つかなかったでしょう。
 先生への強制はやはり生徒への間接的な抑圧になります。」

教員のU先生も「君が代」強制を批判するビラをまきました。

こうした闘いにより、その後(2016年3月)、大阪弁護士会は大阪府教委に対し、
 ・「君が代」強制という人権侵害
 ・ビラまき制限行為の人権侵害
をやめるよう求める「勧告書」を出しました。

第Ⅲ部は、地元大阪からの報告でした。
 ・不起立処分1職員の立場から
   生徒の声を聞いてみたい。「君が代」の歌詞の意味を知っていますか?
 ・原告7人の「君が代」不起立戒告処分合同裁判
 ・原告3人の「不起立」解雇(再任用合格取り消し)撤回訴訟
 ・不起立減給処分取り消し訴訟(原告はクリスチャン)、信教の自由から問う
 ・不起立減給処分取り消し訴訟、
  人事委員会審理中なのに裁決が出たとする予断と偏見に満ちた地裁判決
 ・3つの裁判を抱える原告(「君が代」解雇損害賠償・減給処分撤回・戒告処分撤回)
   「君が代」強制は民主主義に反する
 ・高槻市の「日ノ丸」常時掲揚反対の取り組み 
 ・育鵬社版教科書の不正採択を暴く闘いの進展(第三者委員会の設置へ)

以上の第Ⅰ部~第Ⅲ部を受けて、以下のような「まとめと課題提起」がなされました。
 1、闘いの成果を全国に
   集会で報告された成果を全国に。特に、
   東京の須藤判決(河原井・根津裁判の)と大阪の弁護士会の勧告書を。
 2、大衆運動と裁判闘争の結合
   大衆運動が、裁判闘争に勝ち人権を確立する新しい切り口や
   理論を創り出す回路である
 3、慣例上の儀礼的所作は国家神道を引きずった宗教行為であり、
   憲法違反である
 4、東京都のオリンピック・パラリンピック副読本における国旗国歌の
   扱い方の批判
 5、これからの課題
   ・道徳の教科化、高校の「公民科」「総合歴史」問題
   ・高校生らへの「政治教育・政治活動」と教師の「政治的中立性」、密告制度批判
   ・陸自の新しいエンブレムと高校生の自衛隊リクルート、経済的徴兵制批判
   ・各地の課題の集約と文科省交渉
   ・全国各地での生徒・教師・住民へのビラまきと教育委員交渉
   ・情報と全国交流

最後に、
 (以上の経過を簡潔に紹介した後)、
 「また全国各地では、東京や大阪以上に厳しい条件の下でも、
 『日の丸・君が代』強制としたたかに闘い続けている教職員がいます。
 あきらめずに継続すること、そして力を結集することで、
 権力の目論見を跳ね返すことができると私たちは確信しています。
 今日、ここに集まった私たちは、『日の丸・君が代』不当処分を許さず、
 全国の教職員や市民・労働者と手をつなぎ、安倍政権の壊憲策動と
 たたかうことを宣言します。」
とするアピールを採択しました。

集会後、大阪市内を元気よくデモしました。
この日は天神祭の宵宮(よいみや)に当たり、
浴衣姿の人々も多く、それなりに注目されました。
また、デモはアメリカ領事館前で沖縄連帯の抗議シュプレヒコールをし、
大阪市役所前で解散しました。

なお、この集会の成果を踏まえ、今年中に文科省交渉をする予定です。
来年の第7回学習交流集会は、7月23日(日)、東京で行うことになりました。

全国の皆さん!
A高校の保護者は、
 「困難な情勢下、今後どうしたらいいのだろう」
という問いに次のようなことを述べました。
 「少数でも動き続けて発信し続ける事。
 あきらめずに頑張ったから、(娘の)Hが苦しい中を突破出来た。」

情勢は困難でも、焦ることなく、一歩一歩進んで行きましょう。








コメント
この記事をはてなブックマークに追加

第6回「日の丸•君が代」等全国学習・交流集会⭐️2016

2016-07-17 05:36:12 | 大阪ネット
例年、東京で開催されていた「日の丸・君が代」等全国学習・交流集会ですが、今年初めて
大阪で開催することになりました。多くの方々の参加をお願いいたします。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

D-Tac2周年総会を終えて

2016-07-14 08:41:15 | 当該から
松田です。

昨日は、集会参加や参加協力件券購入で支えていたたき、ありがとうございました。

50名の参加で、D-TaC2年目の活動方針を参加者とともに共有できたと思います。

7月12発信のD-TaC学校メールがいくつかのブログに掲載されたので見てください。

「君が代」 指導のあり方 大阪市教委回答

で検索してみてください。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「君が代」不起立減給処分不当判決から二夜明けて

2016-07-12 16:22:41 | 「君が代」裁判

これも、原告がFacebookに投稿したものですが、多くの方々に裁判の実態を知っていただきたいので掲載しましす。

君が代」不起立減給処分敗訴判決から二夜明けて

裁判を振り返ってみると、1月25日証人尋問法廷の時、私は裁判官が原告敗訴というシナリオを既に用意していることを感じた。いや、これは原告の私ばかりでなく、あの場にいた人はすべてそう思ったと言っても過言ではない。それほど、内藤裕之裁判長と左陪席(判決文を書くのはこの裁判官らしい)三重野真人裁判官の尋問は、原告の行為を「悪質」であるところに導こうとしていることがあまりにも露骨だったのである。

三重野真人裁判官の尋問の途中、原告代理人である南弁護士が「裁判所の補充尋問にこういうことを言うのは申し訳ないんですけど、余りにも仮定の話に基づくのが過ぎると思いますんで」と制止を求めたほどだった。

それでもなおも、三重野裁判官は聞こうとするので、私も、「今弁護士さんが言われたように、裁判所がそのことをどうしてお聞きになるのかなという気持ちは正直なところあります…」と一言言った。その時の三重野裁判官のばれたかなぁ〜という表情をみながら、この人は、既に原告敗訴の結論を出しており、それに合わせて都合のいい言質つまり証言を原告の私から取ろうとしているのだと確信した。

彼らはなぜ証人尋問前にもかかわらず原告敗訴のシナリオを用意したのだろうか。行政訴訟において行政側を勝たせることが必要だったのだろうか?いや、私はそれよりも「君が代」裁判において、「君が代」に疑義を持つ、すなわち立たない歌わない教師を認めるわけにいかないという意識が働いたのではないかと思う。

私は、「君が代」は思考停止に導く装置だと思っている。既に学校では「君が代」論議はタブーになってしまっている。そしてそれは学校に限らず、裁判官をも思考停止状態に陥らせてしまっているように思える。それが一番危険で恐ろしいことなのだが。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「君が代」不起立減給処分敗訴判決から一夜明けて 原告より

2016-07-07 11:23:31 | 当該から
フェイスブックに投稿したものを当ブログでも掲載させていただきます。

「君が代」不起立減給処分敗訴判決から一夜明けて 原告辻谷博子

まず、多くのみなさんへお礼をいいたい気持ちでいっぱいです。
本裁判は私の受けた減給処分取消の行政訴訟です。一個人が大阪府を訴えた裁判です。にもかかわらず、多くの方々から支援や応援をいただき本当にありがとうございます。

しかし、このことを通して、本裁判が私個人の裁判ではなく、多くの人の思いが詰まった裁判であることを改めて痛感しています。そう考えると、勝訴していれば私たちの主張、すなわち学校でかくも「君が代」が強制される先に、一体どのような教育があるというのか問題提起をより多くの人に分かっていただけたに違いないと思うと、悔しくてなりません。

が、その一方でやはり相手が「君が代」である以上、そう簡単にこちらの思いが、裁判所というところに通るわけはない、とも思えるのです。

もともと、この減給処分取消訴訟を起こしたときは、勝訴するに違いないと思っていました。勝って当然の裁判だとも豪語してきました。2012年1月16日最高裁判所は、「君が代」不起立処分について事実上減給以上を戒める判断を示しました。東京でこれまでに減給以上の処分を受けた方々は次から次へと取り消されました。

大阪では条例上、3度の不起立で免職と規定されているのですから、条例に問題があることは言うまでもなく、その条例に従って出された減給処分も取り消されることになるだろうと考えていました。

でも、ある時、その東京の方から「そんな甘いものやないよ」と言われたことがありました。勝てると確信していた私は驚きましたが、今その言葉を噛みしめています。

相手は「君が代」なわけです。もしも、条例が、例えば「大阪の公立学校の教員は体育祭でラジオ体操を必ず行うべし」と条例ができて、職務命令が出た場合、それに従わず処分されて、そもそもそんな条例がおかしい、命令されてやるようなことではないと裁判を起こしたなら一体どのような結果だったでしょうか。それでも、裁判所は命令違反だから処分は当然と訴えを退けるでしょうか。そんな条例や命令は民主主義に反することだと結論付けるのではないでしょうか。あまりにも乱暴な仮定かもしれませんが、そんなことをふと考えました。

私には、本裁判は「君が代」に対する異議申し立てであるため、原告の訴えが退けられたように思えます。「君が代」はウタに過ぎませんが、他のウタとは違うのです。先日の森喜朗リオ五輪委員長が代表選手を前に「君が代」を歌えと圧力をかけた事件がありました。ネット上では勘違い発言(そもそも独唱なのに唱和はないだろうという趣旨の)を笑う投稿が多く見られましたが、それはさして重要なことではないように思います。勘違いであろうがなかろうが、どちらであっても、彼らつまり「君が代」を利用したい勢力にとってはどちらでもいいのです。要は代表選手に「歌わせ」、それを見た多くの観衆に幻想的感動を与えることなのですから。

象徴天皇制は何も今に限らず、革命が起こらなかった日本では、絶えず天皇制は権威として利用されてきたではありませんか。「君が代」はその歴史に則って特別なウタとしてニッポン人に君臨している(もしくは君臨させられている)ように思えてなりません。

その「君が代」相手のたたかいなのですから、ちっとやそっとでは勝てっこないようにも思えるのです。私はますます頑張らなければという気に成っています。もっといろんなことを知らなければ、もっと多くの人とつながらなければと。

私は「賢い」人間ではありません。はるか昔のことですが、ある友人が私を称して、「愚鈍」とまでは言っていませんが、何があっても諦めない渋とさの持ち主と半ばあきれ顔で言っていました。そうです。諦めません。向かう相手が大きかろうが、強かろうが、少しずつ道を開いていきます。こんな結果になって残念は残念ですが、これまで以上にみなさんからお知恵と力をお借りして学校に「君が代」を強制するのはおかしいと主張し続けていきたいとおもいますので、どうかよろしくお願いいたします。から一夜明けて 原告 志水博子



まず、多くのみなさんへお礼をいいたい気持ちでいっぱいです。
本裁判は私の受けた減給処分取消の行政訴訟です。一個人が大阪府を訴えた裁判です。にもかかわらず、多くの方々から支援や応援をいただき本当にありがとうございます。

しかし、このことを通して、本裁判が私個人の裁判ではなく、多くの人の思いが詰まった裁判であることを改めて痛感しています。そう考えると、勝訴していれば私たちの主張、すなわち学校でかくも「君が代」が強制される先に、一体どのような教育があるというのか問題提起をより多くの人に分かっていただけたに違いないと思うと、悔しくてなりません。

が、その一方でやはり相手が「君が代」である以上、そう簡単にこちらの思いが、裁判所というところに通るわけはない、とも思えるのです。

もともと、この減給処分取消訴訟を起こしたときは、勝訴するに違いないと思っていました。勝って当然の裁判だとも豪語してきました。2012年1月16日最高裁判所は、「君が代」不起立処分について事実上減給以上を戒める判断を示しました。東京でこれまでに減給以上の処分を受けた方々は次から次へと取り消されました。

大阪では条例上、3度の不起立で免職と規定されているのですから、条例に問題があることは言うまでもなく、その条例に従って出された減給処分も取り消されることになるだろうと考えていました。

でも、ある時、その東京の方から「そんな甘いものやないよ」と言われたことがありました。勝てると確信していた私は驚きましたが、今その言葉を噛みしめています。

相手は「君が代」なわけです。もしも、条例が、例えば「大阪の公立学校の教員は体育祭でラジオ体操を必ず行うべし」と条例ができて、職務命令が出た場合、それに従わず処分されて、そもそもそんな条例がおかしい、命令されてやるようなことではないと裁判を起こしたなら一体どのような結果だったでしょうか。それでも、裁判所は命令違反だから処分は当然と訴えを退けるでしょうか。そんな条例や命令は民主主義に反することだと結論付けるのではないでしょうか。あまりにも乱暴な仮定かもしれませんが、そんなことをふと考えました。

私には、本裁判は「君が代」に対する異議申し立てであるため、原告の訴えが退けられたように思えます。「君が代」はウタに過ぎませんが、他のウタとは違うのです。先日の森喜朗リオ五輪委員長が代表選手を前に「君が代」を歌えと圧力をかけた事件がありました。ネット上では勘違い発言(そもそも独唱なのに唱和はないだろうという趣旨の)を笑う投稿が多く見られましたが、それはさして重要なことではないように思います。勘違いであろうがなかろうが、どちらであっても、彼らつまり「君が代」を利用したい勢力にとってはどちらでもいいのです。要は代表選手に「歌わせ」、それを見た多くの観衆に幻想的感動を与えることなのですから。

象徴天皇制は何も今に限らず、革命が起こらなかった日本では、絶えず天皇制は権威として利用されてきたではありませんか。「君が代」はその歴史に則って特別なウタとしてニッポン人に君臨している(もしくは君臨させられている)ように思えてなりません。

その「君が代」相手のたたかいなのですから、ちっとやそっとでは勝てっこないようにも思えるのです。私はますます頑張らなければという気に成っています。もっといろんなことを知らなければ、もっと多くの人とつながらなければと。

私は「賢い」人間ではありません。はるか昔のことですが、ある友人が私を称して、「愚鈍」とまでは言っていませんが、何があっても諦めない渋とさの持ち主と半ばあきれ顔で言っていました。そうです。諦めません。向かう相手が大きかろうが、強かろうが、少しずつ道を開いていきます。こんな結果になって残念は残念ですが、これまで以上にみなさんからお知恵と力をお借りして学校に「君が代」を強制するのはおかしいと主張し続けていきたいとおもいますので、どうかよろしくお願いいたします。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加