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しかし、受け入れられない者には不快である。
ザウルスの法則

ニース暴走トラック事件(1) 不可解な遺体写真の数々

2016-07-16 09:28:43 | いわゆる “テロ事件”

ニース暴走トラック事件(1) 不可解な遺体写真の数々

  

いわゆる “パリ同時テロ” の際も遺体を写したと思われる写真には実に不可解なものがあった。

それが今回のニースでは輪をかけて多いのだ。

  

 遺体とおぼしきものが4つか5つほど横たわっているところを男が通り過ぎていく。男は足元の包まれた遺体らしきものに何の注意も払わずにまっすぐ正面を見たまま通り過ぎていく。この異様な写真は以下のような疑問を呼び起こさずにはいない。

 

1) なぜ放置されている?

この事件が起きた時は遊歩道で花火を見るひとたちがたくさんいたことになっている。考えてもらいたい。花火大会にたった一人で出かけて行く人間はまれである。多くの人は家族連れ、友人同士、恋人同士、老夫婦といった何らかのグループではなかろうか。それならどうして犠牲者のそばに誰もついていないのだ?仮にたった一人で来ていて知り合いがいなかったとしても、これだけシーツをかぶせる、断熱シートをかぶせるとかした人々は、もうすべきことはしたと判断して立ち去ったのだろうか?

 

2) ここの4,5体の遺体は全員が即死か?

トラックにはねられた、轢かれたといった事故の場合、即死というのは意外に少ないもので、この写真に写っているだけの場所でいっぺんに4,5人が即死するということはあり得ないだろう。つまり、確率的に言っても、もっと多くの重傷者が瀕死の状態で救いを求めてうごめいているはずである。

 ひとが実際にトラックに轢かれるとどんなことになるかがわかる動画がある。現実がどんなものであるか、参考のために提示しておくが、気の弱い人はパスして頂きたい。この短い動画はおそらくあなたが今までに見たどんなものよりも無残なものである。特に女性は厳禁! これを見なくてもこの記事の理解に支障はない。

自己責任のうえで見るひとはクリック

 

3) 全員が即死にしては、出血量が少なくないだろうか?

生死を問わず、少なくとも半数ではもっとおびただしい量の血のプールができてしまい、白いシーツはぐっしょりになるはずである。

 

3) 男はなぜ注意も払わずに正面を向いたままスタスタ通り過ぎることができるのか?

これがフランス人の感覚なんだと言われればそれまでであるが、何とも異様な光景ではなかろうか。

 

1) なぜ放置されている?ここでも4体が写っているが、誰も付き添っていない。

2) どうしてカップルの通行人はふつうに通り過ぎているのか?とても家族の遺体を探しているようには見えない。

3) そもそも遺体とおぼしき包みは青いのはいいとしても、まるで画像処理でもしたような不自然さがある。

4) 交通事故で4体の遺体があれば、少なくともそのうち約半数は大量の出血があるはずだが、どう見てもそのようには見えない。

さて、ここで1つの説明が可能かもしれない。当日、「テロ攻撃があった場合を想定しての訓練があります。皆さん、ご理解とご協力をお願いします」 という案内があって通行人はそれを承知したうえで歩いているということが考えられる。実際付き添いがいる写真もあるが、概して付き添いがあまりいないのは、高度な演技が要求されるからなのかもしれない。

 

以下のグラフをよく見て頂きたい。ロイターニュースによれば、今回の暴走トラックはおよそ時速90kmで群衆に突っ込んできたそうだhttp://www.reuters.com/article/us-europe-attacks-nice-killings-idUSKCN0ZV1VG)。下のグラフの90kmのところを見ると、致死率は33.3%である。日本とフランスでさほどの違いはあるまい。つまり、時速90キロの自動車にはねられるか轢かれるかした場合、3人のうち2人は助かり、死ぬのは1人ということだ。ちょっと意外ではなかろうか。そうである。実際は、人間はそう簡単には死なないのである。死亡と言っても、即死もあれば、緊急手術をの甲斐なく数日後に死亡ということもあるはずだ。 

  実際の事故現場では、死ぬか助かるかわからないような状態のひとが横たわっているはずだ。相当の重傷、ほとんど瀕死の状態で当然大量の出血があり、もがき苦しみながら救いを求めることになる。さて、こうした知識を前提にこれまでの写真、そしてこの後に続く写真をじっくり見て頂きたい。

すっかり包まれている、ということは常識的に考えて、すでに絶命したひとたちと理解すべきだろう。さて、時速90キロの自動車との事故の場合は、致死率が33.3%ということは、それらの遺体の包みの倍の数の重傷者、瀕死の負傷者がいたことになる。4体の遺体があれば、その同じ場所に8人くらいの重傷者が横たわっているはずである。そしてそのうち少なくとも半数は大量の出血をしているはずだ。しかし、どこにその痕跡があるだろうか?

百歩譲って、救急車はまだ息のある負傷者だけを運んで行き、(忙しいので?)絶命したひとたちはその場に置いて行ったという状況かもしれない。フランス的合理主義かもしれない。しかし、それにしても、運ばれていった負傷者たちの血のプールは残っているはずではなかろうか。 

 ここまで見てきた遺体の写真はどれも似たり寄ったりである。つまり、遺体の数の2倍の、いるべきはずの重傷者の姿がほとんどなく、彼らが残したはずの大量の出血のプールもほとんど見えない。こうした写真がたった1枚ならば、確率的に重傷者がゼロの場合もありえないことはなかろう。しかし、ここまで見てきた写真は全部で5枚もあった。とすると、これらの写真はすべて確率的にはあり得ないような代物であるということだ。言い換えると、少なくとも5枚の写真について、統計的に期待される状況になっていないのは、そもそもこれらの写真じたいが、そこに何らかの非常に大きな要因が潜在的に作用した結果を反映したものであると考えられる。つまり、実際に起きたのではなく、起きたかのように見せる工作の結果である可能性があるということだ。

 

 

 

  ちょっと待ってくれ、これは朝じゃないか!事件の翌朝だろう!フランス警察は殺害遺体を10時間以上も夏の暑い時期に放置しておくのだろうか?フランスは“放置国家”か?

 

「忘れられている遺体」 と言いたいのだろうか?事件現場立ち入り禁止のフェンスやテープ越しに翌朝、撮影された遺体?いくらフランス人でもそこまで“放置主義者”ではなかろう。人やあってこう言うかもしれない。ブルーシートはもう空で、遺体はすでに運ばれたのだろう、と。しかし、この膨らみは遺体が中に存在することを十分に示唆している。実際は、もはや中身があるかどうかは大した問題ではないのだ。どう見えるかがすべてなのである。それが “でっちあげ HOAX” の世界の大原則である。

こうした“早朝版の遺体写真” は、日本人ならふつうに疑問に思うであろう。しかし、失礼ながら、全世界の圧倒的な人口の人々はそこまで全然頭が回らず、単に「あー、かわいそう」 で終わりなのである。そしてそういう反応がメディアを通じて大多数の人々から引き出せれば、プロパガンダとしては十分に機能しているということだ。 

 

 

これほどわざとらしい遺体写真もなかろう。人形を添えて、遺体が “いたいけな子供” であることを露骨に暗示しようとしている。断熱シートですべて覆わずに、帽子をかぶった小さな頭らしきものを意図的にのぞかせている。これはすべて写真に撮るための、実体のない演出である。わたしはこの包みの中身は子供のマネキンであると考えている。

この遺体らしきものは道路に “放置” されていて、親や家族らしき者の姿は皆無である。そんなことがあるだろうか。そもそも本当に子供が犠牲になったら、付き添いどころか、すぐに運ばれていってしまうはずではなかろうか。そうならずに、こうして放置してあるのは、演出のための細工を済ませて大事な大事な写真撮影をするためである。

 

   

 こんな稚拙な細工をした写真でも、世界中を駆け巡って“ニースの惨劇” を伝えるプロパガンダとしては十分に役に立っているのだ。最初から世界中に配信する目的で、マネキンを使って演出して撮った写真なのである。

 「かわいそうに!」

「なんてひどいことを!」 

「こういうことをするやつ “ら” は許せない!」

 

 

こういった感情的反応を喚起する目的で演出されたでっち上げの写真 である。そして、世界中のほとんどのひとはこの “トリック” にまんまとはまっているのである。

これが “現代のプロパガンダ” である。

典型的な “被害演出プロパガンダ” と言える。   

ここでは遺体はすでに運ばれていったように見える。人形だけがぽつんと残されているといったアングルである。しかし、犠牲となった幼い子供の人形であるならば、その人形もいっしょに運んでいって、棺にいれてやるのではなかろうか?

 

 

 

要するにこういった演出写真はすべてプロパガンダなのである。“お涙ちょうだい”の安っぽいプロパガンダ なのである。そして、それらはすべて反イスラム主義という極めて政治的なプロパガンダに収斂する。

  

 

今回の負傷者を写した写真の中で唯一と言えるくらい “貴重” な“歩いている負傷者”の写真である。そうだろう、時速90キロの“暴走トラック” に襲われた直後にそのまま歩いて帰る人間はめったにいないだろう。しかしどうやらこの写真は、トラックとかろうじて “接触” して、負傷したという設定なのだろうか。まさか、はねられたとは言うまいし、ましてや轢かれたとはよもや言わないだろう。

この女性の服の血痕をよく見ていただきたい。お腹のあたりに大きな血痕が広がっている。そして、胸の中央にも別のより小さな血痕がある。そしてタオルで頭を押さえている様子だ。ということは、複数の箇所に出血があるか、頭の出血だけで、それが下に垂れたのかもしれない。

いずれにしても、暴走するトラックにはねられたのではなく、単に “接触” しただけにしても、これだけの出血をしていて自分の足で歩いている というのはまったく現実感が無い。

もし、服の血痕がすべて頭(の傷?)からのものだとしたら、胸と腹の血痕は連続しているはずである。実際にこれだけの出血が頭部からあったら、脳ミソも飛び散っていたことだろう。なにせ、相手は時速90キロの暴走トラックだったのである。接触しただけで吹っ飛んでいたはずだ。

負傷個所が頭だけではなく、腹部にもあるとしよう。その場合、これもたいへんな裂傷ということになる。しかし、服にはどこにも裂けている箇所が見当たらない。お腹からこれだけの出血をしながら、服は無傷ということがありうるだろうか?

さらにこの女性が頭に当てている 赤いタオル をよく見て頂きたい。どうやら血で真っ赤に染まったもののように見える。たしかにもともと赤いタオルであった可能性も排除できないが、状況と、色からして血に染まった公算が大ではなかろうか。そうすると、これだけの出血が頭部からあったということになる。頭皮裂傷だけでこれだけの出血は考えにくい。するとやはり90キロの暴走トラック v.s. 歩行者 ということからして頭蓋骨陥没もゆうに考えられる。しかし、当人は何とか歩いている様子だ。これがありうることか?

しかも、暴走トラックと “接触” して、頭とお腹に別々に負傷するというのは、極めてありそうにないことである。仮に実際の接触事故(あえて “はねられた” とは言うまい)だっとしても、そのあと自分の足で歩いているというのは常識に照らしてもあり得ないと言えよう。

要するに、負傷していると思われる複数の手掛かりがあまりにもチグハグなのである。

もう一人の女性が心配そうに様子を見ているが、これも演技である。助演女優賞ものである。

   

  それともう一つ指摘しておきたいことがある。このように出血した負傷者の写真では、負傷者は白い服を着ていると相場が決まっているのだ。

“パリ” のときもそうであった。上の写真を覚えている人も多いだろう。負傷者の服としては “やっぱり” 白が理想なのである。黒い服や、赤い服ではダメなのだ。理由はもうおわかりであろう。血痕であることを最も鮮明に写真に収めるには、白い服がいちばんだからである。わたしの説明にどこか無理があるだろうか?

 つまり、上の“パリ被害演出作戦”と同様に、“ニース被害演出作戦” におけるこの女性負傷者の写真も、周到に準備されたでっち上げ写真である。負傷者が歩いているところをカメラマンがたまたま撮ったというものではないのである。

 

  この写真を撮ったカメラマンは CNN のインタビューで、たまたま遭遇したこの負傷者たちをとっさに撮ったなどと、いけしゃあしゃあと語っている。

 

  

 あらかじめ決められた白い服を着た女性のあちこちに担当のメークア-チストがステージブラッドを使って血痕をつけたのである。ステージブラッドを染み込ませたタオルもちゃんと持たせたことだろう。もう一度上の写真を見て頂きたい。あらためて見ると、いかにヘタくそなメークかおわかりになるだろう。しかし、彼らは知っているのだ。世界中の無脳層を騙すにはこれで十分であって、完璧主義である必要はないことを。

 

 

 

 白い服の負傷者と同じくらい今や “定番” となっているのは、車椅子である。  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

左の写真は今回のニースでの光景の1つである。実は右の写真は“パリ被害演出作戦”の際の1光景を収めた写真である。酷似していないだろうか。ボストンマラソン爆破事件以来、車椅子はいわゆる “テロ事件”後の負傷者、“傷つきし者” の被害演出のための道具 としてもはや欠かせないものになってきている

 

しかし、今回の左の女性をよく見て頂きたい。どこをケガしたというのだろうか?平然と正面を見据えているように見える。ケガと言ったってとにかく、時速90キロの“暴走”トラックが相手だったはずだ。

 

そしてフランスでは、どちらも女性である。今回の “犠牲者” には子供が多かったということになっている。つまり、弱者の立場の女子供が犠牲になっている、というメッセージ を送っており、このメッセージはまさにその当の女子供ほど疑わずに受け入れてしまうものなのだ。

女性の方が暴力を受けたとされる同性の立場に感情移入しやすいのである。決して女性の知的能力を軽視するわけではないが、状況の不自然さから疑ってみるという冷静な判断力を持つ女性はまれである。男性でも混乱した状況下で物事を懐疑的に見ることができるひとは決して多くはない。実際、対岸の火事として物事を客観的に眺めることができるはずの日本人でもほとんどのひとはテレビと新聞の報道をそのまま鵜呑みにしているのだ。

「別に “鵜呑み” なんかしていないよ」 と多くの人は思う。しかし、疑わずにただ見ているだけで、すでに騙されているのだ。 プロパガンダによって染脳されているということだ。電車の中吊り広告は実際に非常に効果があるのだ。

 

ニース暴走トラック事件(1) 不可解な遺体写真の数々

ニース暴走トラック事件(2)YouTube “殺人トラック” の容疑者、チュニジアから関与を否定! 

ニース暴走トラック事件(3) YouTube 犠牲者にマネキン?

ニース暴走トラック事件(4) 84人殺して全然血痕が無い?

ニース暴走トラック事件(5)YouTube トラックに血痕が全然ないって、どういうこと?   

ニース暴走トラック事件(6) 消えたフロントパネル:重要な“物的証拠” のはず    <script type="text/javascript" language="JavaScript">// '); // ]]></script> <script type="text/javascript">// </script>

ニース暴走トラック事件(7) YouTube 暴走トラック突入動画は捏造だった!

  

 

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Unknown (Unknown)
2016-07-24 12:36:15
これが事実ならひどいですが。。。

現地のフランスのニュースや新聞をお読みになってのことでしょうか?

被害者はトラックに轢かれた人ばかりではありません。撃たれた方もです。犯人は、運転しながら無差別発泡もしていました。

私はフランス在住で、私が現地のニュース、新聞、個人の実際に目にした方からの情報では、事件は事実だと感じました。フランスの個人の方が撮ったビデオ、ニュースにも、轢かれた直後に撮影したものがいくつかありましたが、まだシートがかかってない状態で倒れた方々の体横は、血の水たまりになっていました。
数日前には、フランスでは、84人の被害者の名前、顔写真が公開されています。
また、ニースの友人からの話では、彼の友人がこの事件に巻き込まれた、と。
“フランス在住”さんへ (ザウルス)
2016-07-24 18:17:02
わたしのブログにはこうした被害演出作戦のあとには、必ずと言っていいほど、“現地在住”と称するひとの投稿がある。本当かどうか知らないが、前回のパリでの被害演出作戦のときもそうで、その “パリ在住”さんは、友人が殺されたとコメント欄に書き込んでいた。わたしが 「その方の葬儀に行かれたんですか?」 と質問したが、けっきょく返事はないままであった。

まず、現地の人間ほどダマされると言える。テレビ、新聞を使ったものすごいプロパガンダを連日やっているので、「でっちあげだよ」 という人間は “非国民”扱いになっている。

「何てひどいことを!」
「かわいそうに!」
「こういうことをするやつ(ら)は許せない!」

こうした反応を人々から巧みに引き出すための壮大なプロパガンダが進行中なのである。こうしたプロパガンダで簡単に乗せられてしまうひとたちは、いざ政府がイスラム系の国に対しての戦争に踏み切る際には「あれだけのことをしてきたんだから」 と思って、反対しないのである。そこが狙いのプロパガンダなのである。
Unknown (Unknown)
2016-07-28 09:29:07
お返事ありがとうございます。

フランス語のニュースや記事を読まれましたか?…のご質問には答えて頂けなく残念です。

あなた様からすれば、信用して頂けない様ですが、20年近く在仏、Carte de résidentフランスの永住権を持っています。私の書いた事の方が、フランスをしらないあなた様のご想像より、確実性は高いかと思いますが。

1番良いのは、フランス語を取得し、フランスにいらっしゃって、事実を確認してから投稿される事ですね!

確認後の投稿を待っています!頑張ってください。
フランス永住権自慢の人へ (ザウルス)
2016-07-28 12:09:36
自分がフランスに長年住んでいるというだけで自分の言っていることが確実性が高いと思い込んでいるのは滑稽なほどである。ほとんどのフランス人が騙されている中、長年フランスにいる日本人も同じように騙されていて何の不思議もないのだ。

日本人はどこにいてもプロパガンダに乗せられやすいのである。自分がプロパガンダで染脳されていることをむしろ自慢しているほどのお目出度さではないか?

「1番良いのは、フランス語を取得し、フランスにいらっしゃって、事実を確認してから投稿される事ですね!」     と、もうすでに勝ち誇ったように言っているではないか。人間として実に見下げた心根である。

このように相手に無理難題をふっかけて、自分の “勝ち” に持ち込もうとする心は人間的に非常に卑しいものがあるとわたしは常々思っている。

ちなみにわたしは英語は言うまでもないが、フランス語もドイツ語もわかるのだ。フランス人に友人もいるし、3年ほどLe Monde を購読していたこともある。Michel Foucault もすべて原書で読んでいる。ダヴィンチコードはフランス語版で読んでいる。ただ、あなたのようにひけらかすことはしないのだ。ここで触れたのは “フランス永住権自慢の人” の思い上がりを矯めるためである。

ニース“暴走”トラック事件について、物的証拠を離れて、ああだこうだ言ってもそれはプロパガンダの応酬に終わるのだ。
シカ一頭轢いたら必然的に赤いタイヤ跡が残る。じゃ、人間387人を毒牙にかけてどこに赤いタイヤ跡があるか?フランス在住さんにぜひ説明して頂きたい。
過激派イスラム教徒なんて、いない。 (ポーラ)
2016-07-29 15:57:42
お人形は残っているのに、血の一滴も残っていない。おそらく、おっしゃるようにご遺体ではなく、マネキンだったのでしょう。写真が物語っていますね。嘘八百の世界ですね。こんなものに騙されて、戦争を煽っている勢力にまんまとはめられているのが庶民なのでしょう。
そもそも、過激派イスラム教徒なんていう信徒が居る訳がない。イスラム教はちゃんとした宗教です。イスラム教徒が気の毒だと思う。日本人は騙されてはいけないですね。
↑ ポーラさんへ (ザウルス)
2016-07-29 16:41:52
おっしゃる通りです。新聞・テレビの報道がいつも正しいと思い込んでいるひとたちは、自分たちがまとめて染脳されていることに気づいていないのである。
ひとまず先入観を脇に置いて、自分の頭で冷静に考えるということ(自炊思考)ができないひとが、世の中の99.9%以上を占めているということである。
スマホだ、タブレットだと最先端の情報端末を操り、毎日奔流のような情報に浸りながらも、自分の頭で物事を考えることのできない人間は、染脳蓄積によって、イスラム教徒に対する偏見を抜きがたく抱くようになっていくのである。
ロイターも適当 (ボネ)
2016-08-03 14:18:00
ふと気になったのでひとつ。
ロイターさんの発表では時速90km/hですが、実際の事件の動画を見ると手前で一度徐行に近い状態からスタートして、加速して突っ込んでいきます。

https://twitter.com/nosop3/status/753725872755007490

すでにこの時点で警察らしき人間が取り囲み、銃を構えている感じですが、その抵抗もむなしくといった感じですね。
あといつもいつも「白い服」や「シーツ」なのはわざと選んでいるからでもあります。演出もありますが、それ以上にカメラマンは「絵になる写真」を売り込みます。
報道カメラマンすべては知りませんが、決定的瞬間を捉えるために数百枚を撮影して、そのうちの一枚を使ったり、それこそ何十枚も連写することもあります。
メディア側も「目を引く」のが大事ですから、複数のカメラマンから提供された「選りすぐり」から更に「最高に(都合の)いい一枚」を選びます。
オセロの両面の写真があるとき、片面だけ見せて「ほら、真っ白!」というのと同じで、手に入れた事実から都合のよいものを作り出すのがメディアであり、わざわざ後から演じたり加工するよりも自分たちの都合で写真や現実を握りつぶすというのが昔からの文化だと思います。
↑ボネ さんへ (ザウルス)
2016-08-03 16:52:58
「84人死亡」 も公式の数字である。「時速90キロ」 もほぼ公式の数字である。ウィキペディアでも90km/h である。“公式の発表” を問題にすべきなのだ。 このわたしが、問題のトラックは、本当に時速90キロで走って84人を殺したと思ってるのだろうか?
このトラックは実際には“暴走”にはほど遠いほぼ時速30キロ走っていてほとんど誰にもぶつからずに予定の停止位置に着いた可能性がある。

「自分たちの都合で写真や現実を握りつぶすというのが昔からの文化だと思います。」  だからあなたも同じように自分に不都合な重要なことは無視して、比較的重要性の低いことにイチャモンをつけてお茶を濁しているのであろうか?そして、その卑劣なやり口を “文化” のせいにして正当化しているのであろうか?

遺体ではなく、重傷者、瀕死者たちの少なからずあったはずの大量出血の痕跡がないのはなぜなのか答えて頂きたい。

問題の“暴走トラック”が走ったはずの道路に血のついたタイヤ痕がどの写真でも見えないのはなぜなのか答えて頂きたい。

それと、別記事:「“殺人トラック”の謎: 消えたフロントパネル 重要な“物的証拠” のはず」 の最後の4択の選択問題にもぜひお答え頂きたい。1つの答えを選ぶだけである。
明らかな偽証 (クレリア)
2017-05-26 12:06:43
ザウルス様、

ニース暴走トラック事件の写真とザウルス様の所見を読ませて頂き、絶句しました。
まず、最初の写真で、布をかぶせた死体?の脇を平然と歩く一般市民と思われる人物ですが、戦闘態勢にあって日常的に死体がごろごろという地域ならいざ知らず、通常は平穏な地域で、有り得る図でしょうか?

死体の脇を通るなど、平静ではいられない筈です。

それから白い服の血だらけの女性についてですが、頭に損傷を受けた場合、脳へのダメージがあるかもしれないのに、歩かせることはザウルス様が仰る通り不自然です。外科医でした父から聞いたことですが、頭の皮膚は薄いので頭部からの出血は他の部分からのものより激しくなるとのことです。そして、その血を見ただけでも被害者は驚愕し、貧血を起こしたり気を失う場合もあるそうです。

ましてや頭部に損傷を受けた場合は、めまい、吐き気に加えて、恐怖に襲われて、歩くことなど出来ない筈です。周囲の人間も脳の損傷へを心配するのが当然ですから、医療スタッフが到着するまで、現場に寝かせたまま見守るのが常識でしょう。

第二、第三の攻撃の恐れがあるから急いで移動しているようにも見えませんし、不自然極まりないですね。
だまされないようにしなくては。

貴重なご所見をありがとうございました。

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