残念で無念な日々

グダグダと小説を書き綴る、そんなブログです。「小説家になろう」にも連載しています。

ただひたすら走って逃げ回るお話 第一〇二話 生存戦略するお話

2017-04-19 22:22:31 | ただひたすら走って逃げ回るお話
 東に向かう途中でいくつかコンビニやスーパーを見かけたが、どこも略奪を受けて食料品はすでに持ち去られた後だった。他にも生存者がいるのかもしれないが、彼らが今も生きているかどうかは疑問だ。感染者の少ない郊外に留まっている以上、食料を得られる場所は限定されてどうしても奪い合いになってしまう。食料を巡って人間同士の殺し合いが起きていてもおかしくはないし、実際に少年も物資目当ての連中に襲われていた。

 ワゴン車の後部席の段ボール箱の中には保存食が入っているが、一人で節約しながら食べても一か月が限界だろう。次にいつどこで食料が得られるかわからない状態では、なるべく多く食料を調達しておきたい。
 特に水は重要だ。そこらの川で汲んだ水の中には、どんな有害物質や細菌が入っているかわからない。人間の死体が川の中で腐っている、なんてことが簡単に考えられる。沸かせば一応は安全だろうが、そんな余裕がない事態に陥った場合、飲めるのはペットボトルの水だけだ。

「あとは弾薬だけか……」

 こればっかりはどこかのスーパーで手に入れる、というわけにもいかなかった。ここは日本であり、ショッピングモールで銃と弾薬が売っているアメリカではないのだ。銃砲店にでも行かない限り、武器は手に入らない。その銃砲店も感染者から身を守ろうとした連中の略奪を受け、未だに中の商品が手付かずなんて店はないだろう。度重なる感染者や生存者との戦いで、弾薬も乏しくなりつつある。

「まずは食料だな……」

 そう呟き、少年は郊外から都市部へ向かうルートにハンドルを切った。最近また、独り言が増えたような気がする。



 少年が訪れたのは、人口が10万人を超える地方都市だった。いや、超えていたというべきだろうか。この街も他所と同じく道路には事故を起こした車が溢れ、火災で黒焦げになった建物が連なり、ところどころに白骨化した死体が転がっている。今やどこも死の都市になっているらしく、生きている人間の姿は見当たらない。
 感染者がいることを示す、人間の真新しい死体もない。感染者の姿も見えないが、油断するわけにはいかない。どういうわけか連中は、ほとんど食事が出来ていないであろうにも関わらず、未だに生き続けている。どこかの建物の中で寒さを凌いでいる、ということは十分に考えられる。

 少年は一軒のスーパーに立ち寄ることにした。全国チェーンで展開しているそのスーパーマーケットの駐車場には数台の乗用車が停め置かれたままで、9か月間風雨に晒され続けたせいでメタリックカラーのその車体の表面には、泥の筋が幾本も引かれていた。建物自体に損傷は見られず、略奪の形跡もない。

 駐車場から少し離れたところに車を止めた少年は、運転席と助手席の間に立てかけてあったM1Aライフルを手に取った。連射が出来て取り回しもいい短機関銃は、置いていくことにする。短機関銃と拳銃で共用できる9ミリ弾は銃砲店では取り扱っていないせいで補充できず、残弾が心許なくなってきている。

 ライフルにスマートフォンを一回り大きくしたようなサイズの弾倉をはめ込み、機関部から突き出たボルトハンドルを引く。がちゃり、という金属音と共に初弾が薬室に送り込まれたのを確認し、安全装置をかけた。5キロ以上あるライフルは振り回すにはあまり向かないが、弾薬の節約を考えると入手しやすい狩猟用ライフルの弾薬を用いるM1Aを使うことが望ましい。もちろん、発砲は最後の手段だが。


 ダッフルバッグをスリングで肩にかけ、いつものように石をスーパーの前に放り投げて感染者がいないことを確認する。中から何も出てこないのを確かめた後、少年はライフルを構えて店内へと足を踏み入れた。
 薄暗い店内には饐えた臭いが充満していたが、もはや何かが腐る臭いは嗅ぎ慣れていた。M1Aライフルのマウントレールに取り付けたフラッシュライトとレーザーサイトを点灯し、暗闇に包まれている店内に銃口を向ける。銃口の向きと一体化した強力な光の輪と赤い光点が、店の中を一巡した。ライトにはコードで繫がれたリモートスイッチがライフルのハンドガードに張り付けられているので、いざという時にはすぐに消せる。

 人の姿はなく、床には買い物かごが転がっていた。買い物中に感染者がやってきて、慌てて逃げた客でもいたのだろうか。出入り口付近に設けられた生花コーナーの鉢植えがなぎ倒され、植木鉢が割れているのを見ると、この都市でも急速に感染者が増えていったのだろう。住民たちに逃げ出す時間はあったのだろうか。
 初期に感染が拡大したのか、スーパーに略奪の痕跡は皆無だった。皆食料を持ち去ろうとする前に、感染者に襲われ逃げたか殺されたのだ。きっとこの街には、僕以外に生きている人間はいないだろう。床に積もった埃には、足跡一つない。

 腐りきっているのがわかっている生鮮食品のコーナーは素通りし、まっすぐ保存食のコーナーへ。途中、干からびた死体がレジの前に一つだけ転がっていた。首筋の肉は引きちぎられたかのように消失しており、床には乾いて茶色くなった血の塊がこびりついている。店内で発症した感染者に殺されたらしく、死体の傍らには財布と買い物かごが転がっていた。店にいた人々は突然目の前で繰り広げられた凄惨な光景に恐れをなし、逃げ出したのだろう。

 少年はしばらく死体を見下ろしていたが、視線を上げて目的の保存食コーナーへと向かった。早期に感染が広がったためか、店内の品物が持ち出された形跡はない。パック入りのご飯や缶詰が、平和だった時と同じまま棚から溢れんばかりに並んでいる。
 これで当分は食料が保つだろう。少年は持ってきたダッフルバッグに、棚に並んでいる缶詰を片っ端から放り込んでいった。たちまちバッグがずっしりと、大量の缶詰で重くなる。
  保存食のご飯のパックも見たが、消費期限は半年かそこらのものばかりでとっくに期限切れだった。一応真空パックされているから大丈夫かもしれないので、持っていく。さすがに精米済みの袋に入った米は持っていく気になれなかった。

 棚にこれだけ食料が残っているということは、バックヤードにある商品も手付かずのままだろう。一人で消費するには多すぎる分量だし、車に全て積み込むことも出来ない。かといって残りを置いていくのもなんだかもったいない気がした。この街を離れた後、また同じように食料が入手できるとは限らないからだ。
 どこか近くに拠点を設け、スーパーの食料がなくなるまでこの街に滞在しようか。そんな考えが頭に浮かぶ。そうすれば食料を安定して入手できるため飢えに悩まされずに済むが、感染者に見つかる可能性が高まる。この街にどれだけの感染者が残っているか、まだわからないのだ。それに安全な場所を確保できるかという問題もある。

 感染者に食い殺されるか、あるいは餓死するか。その問題は車に載るだけ食料を運び込んでからにしようと考えた次の瞬間、風に乗ってどこからか犬の鳴き声が聞こえた。それも一つや二つではなく、大規模な群れがいるのか無数の鳴き声が聞こえてくる。すぐに少年はライフルのフラッシュライトを消灯し、バッグを脇にぶら下げたまま移動を始めた。無人のレジを突っ切り、その奥の窓際に並ぶ商品を袋に入れ替えるためのテーブルの陰にしゃがみこむ。犬の脅威は、学院で身を以て知っている。

 散弾銃を車に置いてきたことを、少しだけ後悔した。人間に比べればはるかに小さく、動きもすばしっこい犬に銃弾を命中させるのは難しい。何発も撃てば一発くらいは当たるだろうが、群れを成して襲ってきたら手の打ちようがない。
 とにかく今は見つからないように隠れるしかなかった。もっとも、鋭い犬の嗅覚の前では視界から逃れることにどれだけ効果があるかは疑問だったが。

 犬たちの鳴き声は、徐々に少年のいるスーパーへと近づいてきていた。まさか僕の存在を嗅ぎつけたわけじゃないよな……とライフルに手をかけ、テーブルからわずかに顔を出して窓から外の様子を伺う。だが少年が何か様子がおかしいと気づいたのは、キャン! という悲鳴が聞こえてきた時だった。
 もしも野犬の群れが自分の存在に気づいたのなら、遠吠えはしても悲鳴なんて上げるだろうか。それとも気づかれたと判断したのは早計で、野犬の群れ同士で喧嘩しているのかもしれない。犬の悲鳴はそれからいくつも、風に乗って少年の耳に届いた。

 スーパーの近くにある交差点の向こうから、必死に走る数頭の野犬が姿を現した。種類も大きさもばらばらの犬たちの冬毛に包まれた身体には、ところどころに赤い血がこびりついている。犬たちは少年が隠れるスーパーには目もくれず、まるで何かから逃げるかのように走り続けていた。
 そしてそんな野犬の群れを追って姿を見せたのは、口の周りを真っ赤に染めた数体の感染者だった。感染者たちは犬たちを捕まえようとしているがごとく両手を前に突き出し、犬たちを追って走っているように見えた。


 なぜ感染者が犬を追っているんだ? と少年は疑問を抱いた。感染者が襲って食うのは人間だけであり、他の動物を襲ったなんて話は聞いたことがないし見たこともない。感染者は音に反応するから鳴き声を上げる犬たちに引き寄せられてきたのかもしれないが、いくら理性と知能が吹っ飛んだ感染者でも目の前にいるのが犬だということくらいわかるだろう。

 なら、いったいなぜ……? 窓から外を伺う少年の前で、一頭の犬が地面に落ちていた新聞紙か何かを踏んづけて足を滑らせた。姿勢を崩して転倒した犬に追いついた感染者たちが次の瞬間にとった行動を見た少年は、思わず立ち上がってしまっていた。

 感染者たちは転んだ犬に殺到すると、その身体に手を伸ばし、勢いよく食らいついた。犬が悲鳴を上げ、もがいてどうにか感染者たちの手の中から逃れようとする。噛み付き、爪でひっかいたが、感染者たちは野犬の抵抗など意にも介さずその身体に歯を突き立て、肉を食いちぎる。
 どこからどう見ても、犬を生きたまま食っている。最初のうちは暴れていた犬も、次第に動かなくなっていった。感染者たちは犬の身体をバラバラに引き裂いて、貪り食っていた。引き抜かれた犬の毛が、風に吹かれて飛んでいく。


 感染者は人間しか襲わない。それが今まで少年が認識していた感染者の行動だった。襲う相手は人間で、食うのも人間だけ。それが少年が感染者に対して抱いていた数少ない知識の一つだった。だが目の前で繰り広げられている光景が、その知識が間違いであることを示している。連中は動物も食べて飢えを満たしている。
 今までは人間がたくさんいたから人間を優先して襲って食べていたのか、それともこれまで少年が見ていないところでは人間と同じように動物も襲っていたのか。そのどちらかなのかはわからないが、とにかく感染者は人間だけでなく、動物も襲って食べるらしい。感染者の習性を調べる学者でもいたらすぐにわかることだったのかもしれないが、今の世の中で生き延びて研究を続けている学者が何人いるだろうか。

 それと同時に少年は、なぜ感染者が人間が激減した今でも生き続けているのかを理解した。人間が大勢死に絶えるか感染者になった後は、ああやって動物を襲うことで栄養を摂取していたのだろう。連中が人間しか食べないのであればとっくの昔に餓死していただろうが、他の動物も襲うことで今まで生きながらえてきたのだ。
 少年は学院にいた時、村で見かけた食い荒らされた犬の死体を見たことを思い出した。きっとあの犬たちも感染者に食い殺されたのだろう。

「くそ……」

 連中が人間以外も食べて生きながらえるというのならば、当面餓死することはないだろう。つまり粘って感染者たちが皆飢え死にするのを待つ、という手は使えない。この世から餌となる人間か他の動物が消え去ることのない限り、連中はいつまでも生き続ける。

 連中が動物も食べるということはわかったが、それでも共存するのは難しいだろう。あくまでも感染者たちの主食は人間であり、動物は人間が食べられない時にしか口にしない非常食のようなものなのかもしれない。いくら連中に牛や豚を食わせたところで、人間を目にすればそちらを襲うであろうことは想像に難しくない。感染者たちが人間を襲うのは、もはや本能といってもいいレベルだった。


 まだ飢えが満たされていないのか、感染者たちはバラバラになった犬の死骸を放り捨て、うめき声を上げながら周囲をふらふらと彷徨い始めた。そんな連中の姿を見た少年は、これからも長い戦いが続いていくことを思い知らされ、さらに絶望的な気持ちになった。
 どこかに隠れ、感染者たちが餓死していなくなることを待つことは出来ない。生き延びるには感染者からひたすら走って逃げ回り、息を潜めて隠れるか、あるいは襲ってくる感染者を全て倒していかなければならない。もとより終わりの見えない戦いだったが、これからはまさに人間の生き残りをかけた戦いが始まるのだ。
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