残念で無念な日々

グダグダと小説を書き綴る、そんなブログです。「小説家になろう」にも連載しています。

ただひたすら走って逃げ回るお話 第一〇三話 風穴開けるお話

2017-06-19 00:50:40 | ただひたすら走って逃げ回るお話
 少年は構えたライフルの引き金を引こうとし、そこで思いとどまった。相手は三人、しかも全員銃で武装している。持っているのは警官のリボルバーや狩猟用の散弾銃ばかりで軍用銃は一丁もないが、それでも銃口の数は向こうの方が多い。この状況で下手に発砲すれば、一人は殺せても残りの二人から反撃を食らってしまう。

「動くなっ!」

 代わりに少年は叫んだ。第一、向こうはまだ少年に対して発砲していない。先手必殺で人間を殺して回るのは少年にとってルール違反であり、そのことが発砲を躊躇わせた。自分の心の冷静な部分では「さっさと撃て」と主張していたが、心の奥底から湧き上がる何かが引き金を引こうとする指を止めていた。

「動くなと言ったんだ、そのまま銃を床に置け! 銃口をこちらに向けたら撃つぞ!」

 スーパーに足を踏み入れた男たちの中で、少年に銃口を向けている者はいなかった。三人のうちの一番若い男は少年に目を向けているが、銃口は別の方向に向けられたままだ。残りの二人もそれぞれ少年からすれば明後日の方向に銃口向けたまま、顔だけを少年の方へと向けて固まっている。

「な、なあ落ち着けよ……」

 若い男がそう言ったが、少年は「早くしろ!」と叫んで銃口を上下に振った。それを見て男たちはようやく、何が起きているのかを理解できたらしい。互いに顔を見合わせた後、恐る恐るといった感じでそれぞれ手にしていた銃を床に置いた。

「なあ、君が何を勘違いしているのかは知らないが、俺たちは君を傷つけたくてここに来たわけじゃない。ただ食料を手に入れたいだけなんだ」

 若い男が優しい声音で少年を落ち着かせるように言ったが、彼は男の話を聞かなかった。「仲間は他にもいるのか? 銃を持った奴は何人いる?」と、ライフルの銃口を男に突きつける。それを見て男はようやく口を閉じたが、その眼には恐怖というよりも不満の色が浮かんでいた。

「そいつの言った通り、俺たちは偶然ここに来ただけだ。君をどうこうするつもりはないし、必要なものを手に入れたらすぐに帰る」
「そうだ、俺たちの仲間にならないか? 見たところ武器の扱いにも慣れているだろうし、今まで生き延びられたってことは戦うことも出来るんだろ? 君が一緒に来てくれれば助かるんだけど」

 他の二人が口々に言う。少年には彼らが命乞いをしているようには見えなかった。この三人組は本当に自分を殺しに来たわけでも、殺そうとしているわけでもないらしい。本当に偶然の遭遇だろうと少年は判断した。

「そうだよ。もし君が一人なら、俺たちのところに来ればいい。一緒なら今後も生き延びる確率も増えるし」
「俺たちのグループは人数もいるし、武器だって十分ある。安心して暮らせるぞ。一人で行動するのは大変だろ? 仲間がいた方がいいに決まってるって」

 そう言う男たちの目に、邪気は感じられなかった。彼らは純粋に、僕を心配して仲間に誘っているのだろうか? そんなことを考え、いや、ありえないと少年は頭を振った。
 このご時世に他人の心配をする馬鹿がどこにいる? 誰も彼もが自分が生き延びるのに手一杯のはずだ。相手のためを思って何かをするなんてありえない。きっと連中は僕を騙そうとしているんだ。少年はそう断じた。きっと彼らは仲間にならないかなどと甘い言葉で生存者を誘い出し、殺して物資や武器を奪っているに違いない。少なくとも自分だったらそうする、と少年は思った。

「ふざけるな! 騙されないぞ、どうせお前たちは僕を殺して武器も食料も奪うつもりなんだろう?」

 そう、誰も信じてはいけないのだ。以前そのような甘言に乗って殺されかけた挙句、人生で初めての人殺しをする経験を味わった少年は、この世界では誰も信じてはいけないのだと考えていた。以前は信頼していた仲間がいたが、彼らは皆死んでしまった。もう誰も、信じられる人間はいない。

「なんでわかってくれないんだ……」

 最初に口を開いた若い男が、苛立ちが混じった口調でそう呟く。その背後、陽光が差し込むスーパーマーケットの入り口で、一つの影がゆらりと揺れた。

「おい何を騒いでいるんだ、感染者が集まってく……」

 そう言いながら店内に足を踏み入れてきたのは、迷彩服を着用し、自動小銃を手にした男だった。男は突っ立って両手を上げている三人組を見、そして彼らに銃を突き付けている少年を見た。そして少年と目が合った瞬間、男は「伏せろ!」と叫び、突然手にした自動小銃を発砲する。

 迷彩服の男が銃を構えた瞬間、少年は横っ飛びに逃げて棚の陰に隠れていた。直後今まで彼が立っていた空間を、銃弾が通り過ぎていくのがわかった。もしも目が合った瞬間に逃げていなければ、確実に腹を撃ち抜かれていた。

「銃を拾え!」

 迷彩服の男は自動小銃をセミオートで発砲しながら、まだ両手を上げていた三人へと叫ぶ。ようやく自分たちに向けられていた銃口がなくなったことに気づいた三人は、床に放ってあった自分たちの銃を拾おうとした。少年は何とかそれを阻止したかったが、迷彩服の男は発砲を続けている。牽制射撃で当てようと思って撃っているわけではないらしいが、それでも顔を出した瞬間に顔面を撃ち抜かれるのは簡単に想像できた。

 迷彩服の男はプロだろうと少年は思った。本職の自衛官ということだ。ヘルメットを被っておらず、防弾チョッキではなく軽量のチェストリグを身に着けていることを除けば、姿形は感染拡大時に各地で治安維持任務にあたっていた自衛隊員の姿と同じだった。そして手にした自動小銃も軍用で、自衛隊のものだ。

 何よりあの一瞬で素早く状況を判断し、正確に発砲する時点で迷彩服の男がコスプレをした一般人ではないことは明らかだった。守る国家も従うべき組織や上官を失って暴徒となったのか、それとも本当に生存者のグループの一員として行動しているのか。いずれにせよ、対人戦闘のプロ相手に適うわけがないだろうと少年は悟った。

「両手を上げて出てこい!」

 拾い上げた銃を構えた三人が口々にそう叫び、ようやく発砲を終えた自衛隊員がこちらににじり寄って来る気配を少年は感じ取っていた。銃口の数でも戦闘技能でも、こちらが負けている。ここは逃げるよりほかにないだろう。何より自衛隊員が派手に発砲したせいで、感染者が集まってこないとも限らない。この街から離れる必要もあるだろう。

 まずは逃げるが勝ちだ。少年は片手でライフルを保持し、もう片手で拳銃を引き抜く。そして拳銃を握った腕だけを棚の陰から突き出し、男たちがいると思われる方向へ向けて何度か引き金を引いた。銃弾が何かに命中する金属音と共に、「うわっ」と慌てて彼らが物陰に身を隠す気配が伝わってくる。手ごたえはなかったが、牽制できればいい。

 少年は拳銃をホルスターに戻し、ライフルを手に店の中をもう一つある出口の方へ向かって進む。「止まれ!」と背後で声が聞こえたが、振り返ってライフルを発砲。強力な7.62ミリ弾を発射した反動が、伸縮式の銃床ストックを伝わって痛いほど右肩に突き刺さった。

 さらに何発かライフルを発砲したものの、男たちも少年を追い始めていた。背後から銃声が響くとともに、周囲の品々が粉々に吹っ飛んでいく。商品があるコーナーから出口までは、見通しが良くて距離もある。出口に向かって走っている間に、追いつかれて背後から撃たれる可能性が高い。何とかして追ってくる男たちの目をくらませなければ……。

 そこで少年は柱の根本に設置された、表面に「消火器」のプレートが張られた赤い金属製の箱に目をやった。再び拳銃を引き抜いて片手で発砲し男たちをけん制しつつ、もう片手で箱の金具を外し、中から消火器を取り出した。

 映画やゲームでは消火器を撃ち抜いて破裂させ、敵を一網打尽にするシーンが出てくるが、あれはフィクションに過ぎない。だが消火器を強烈なライフル弾で撃ち抜けば、一瞬で中身の薬剤がばら撒かれ、煙幕を張ったようになる。少年は重い消火器を背後に向かって勢いよく放り投げた。

「なんだ……?」

 金属製の重い消火器は、落下した部分の床のリノリウムをえぐりつつ、男たちの足元に転がっていく。柱の陰に隠れつつ銃を構えていた男たちは、突如放り投げられた消火器の存在に困惑していた。そして少年は転がる消火器目がけてライフルを構え、引き金を引いた。

 ばん、という何かが破裂する音と共に、冷凍食品コーナーの一角が白い靄に包まれる。ライフル弾が消火器を貫通し、中に詰まっていた高圧ガスと消火用の粉末薬剤が一気に噴き出したのだ。「なんだ!?」と今度は悲鳴に近い形の声と共に、薬剤を吸って咳き込む音が聞こえてくる。

 消火用の薬剤は人体に影響がない成分らしいが、いきなり顔面に粉末を浴びせられればしばらく身動きが取れないだろう。「目が、目が……」と呻き声と共に、動揺したのか誰かが発砲する。「撃つな、同士討ちになる! 消火器の粉は安全だ!」と叫んだのは、自衛隊員の男だろう。

 今がチャンスだと判断した少年は、出口へ向かって一気に走った。入ってきたのとは違う、もう一つの出口はあらかじめドアを開けたままにしてある。突然の襲撃を想定しておいたためだが、それが実際に役に立った形だ。

 わずかに開いていた自動ドアの隙間に身体を突っ込み、外へと飛び出す。直後背後で銃声が轟き、それと同時に左の脇腹を思い切り殴られたような衝撃が走る。衝撃が走った脇腹が急に熱を持ち始め、視線を下に向けた少年は、身に着けたチェストリグやズボンが血で真っ赤に染まっていくのを見た。
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