残念で無念な日々

グダグダと小説を書き綴る、そんなブログです。「小説家になろう」にも連載しています。

ただひたすら走って逃げ回るお話 第一〇二話 腹が減っては戦は出来ぬお話

2017-05-16 20:39:26 | ただひたすら走って逃げ回るお話
 感染者が食べるのは人間だけではない。そのことは少年に改めて大きな衝撃を与えた。
 少年は心のどこかで、感染者たちがいつか餓死することを願っていた。餌となる人間がいなくなれば、感染者は食べるものがなくなる。感染者だって身体は頑丈だが、所詮は生き物だ。撃たれれば血が出るし思い切り殴れば骨だって折れる。頭や心臓を撃ち抜けば死ぬ。だから食料がなくなれば死ぬはずだ。そう思っていた。

 だがもしも感染者が飢え死にするとしても、それは当分先のことであるとわかってしまった。奴らは人間だけでなく、動物も食べるようになった。こうなってしまえばもう、飢え死にする見込はほとんどないと言ってもいいだろう。人間は大半が死ぬか感染者と化したが、動物たちは人間がいなくなったおかげで大繁殖している。感染者は食料には困らない。

 対して人間が生き延びるためにはやはり食料が必要だが、人間は感染者と違って動物をそのまま捕まえて食べられるわけではない。そもそも道具すらなければまともに狩りも出来ない。感染者がうろつく中では満足に猟や農業も出来ないだろう。人間が出来るのは残された食料を消費していくことだけだ。
 保存食料も無限にあるわけではない。今はまだ、生存者に対して死人の数が多いから食料は何とかなっている。だが食料品には期限があるし、消費してしまったらそれでおしまいだ。そして近代的な保存食料が全て消費されてしまった後、人間と感染者のどちらが生き延びる確率が高いかは考えなくてもわかる。

 感染者も生物である以上、寿命があるはずだ。だが感染者が寿命を迎えて死に絶えるまでに、どれだけの人間が生きていられるだろうか。この戦いは長く続くだろうと覚悟していた少年だったが、今は永遠に続くのではないかとすら思えていた。

 選択肢は二つ。死ぬまで戦い、殺し続けるか。それとも先の見えない戦いからさっさと降りて、死んで楽になるか。
 後者の選択肢は当然取らない。死ぬという選択肢はそもそも少年には存在していなかった。ここで死んだら、今まで自分が生き延びるために見捨ててきた命、殺してきた命が全て無駄になってしまう。その思いから少年は自分から死を選ぶことは絶対にしないことを誓っていた。

 


 カーテンの隙間から差し込んだ太陽の光が眩しく、少年は目を覚ました。薄暗い部屋の中に差し込む一筋の光が、舞い上がる埃を照らし出す。今日も少年はいつものように悪夢にうなされ、まともに寝ることが出来ないでいた。
 スーパーマーケットで食料を確保した後少年は感染者たちに見つからないよう移動し、近くにあったマンションの一室を拠点に定めた。マンションでは数体の感染者がうろついていたが全て倒し、安全を確保した。マンションで生活を始めてから10日ほどが経過し、とっくに新年を迎えていたが、時計を見るまで少年はそのことに気づかなかった。

 このマンションに来てから少年がしていたことといえば食べるか寝るか、あるいは日課のトレーニングをするかのどれかだけだった。朝起きて食事を摂り、トレーニングをした後は昼寝。そしてまた目を覚ましたらトレーニングをして夕食、寝る。読書したり音楽を聴いたり、そういったことは何もしていない。する気力すら失われていた。ただ生きている、それが今の少年の状態だった。

 それではいけないと思いつつも、かといって他に何かやることがあるわけでもない。外には感染者がうろついていて、下手に出歩くことは出来ない。しかしそれだけが原因でないことは、少年が一番理解していた。
 これからも長く続いていくであろう戦いを前に、少年は心が折れかけていた。他の人間には希望を抱くなと言いつつも、心のどこかではやがてこの戦いが終わってくれるのではないかと期待をしていた。耐え凌いでいればやがて感染者たちは全て餓死して、平和な時代が戻ってくれるのではないか。しかし先日見た光景で、そんな幻想も全て崩れ去った。

 こうなれば少年に出来ることは、なるべく体力を消費しないように、最低限の運動はしつつもじっとしていることだけだった。食料もなるべく節約しなければならない。先の見えない生存競争を生き延びるためにはとにかく物資や体力は温存しておくこと、そして襲われたらいつでも逃げ出す手段を用意しておくことだ。戦うのは最終手段であり、なるべく避けなければならない。今後どれだけの感染者を相手にしなければならないのかわからないのに、いちいち感染者と戦って武器と体力を消耗するわけにもいかない。

 その日も前日と同じように少年は缶詰の朝食を済ませ、腕立て伏せや腹筋といったトレーニングをこなした。家主は筋トレが趣味だったのか、ダンベルなどの器具が揃っていたのが好都合だった。
 汗を流し、かび臭いソファーに座り込んで天井を見上げていると、ふと学院の生徒たちのことが脳裏に浮かんだ。学院を出てきてから既に二週間以上が経過している。彼女たちは無事なのだろうか。彼女たちは感染者が人間以外も食べることを知っているのだろうか。そんな考えが頭に浮かんだ。

 自分の意志で学院を出てきたはずなのに、心のどこかではそれを後悔している節があった。いくら学院を出てきた理由を並べ立てて自分の行動を正当化しても、最終的には「自分の判断は正しかったのか」というところに戻ってきてしまう。

「そうだ、そろそろ食料を補充しておかないと」

 そう独り言を呟き、少年は重い腰を上げた。スーパーに残っていた食料は詰めるだけ車に積んであるが、まだ店の中に残っているものも多い。いつ襲われても逃げ出せるようほとんどの物資は車に残したまま、消費する分だけをマンションの部屋の中に持ち込んでいる。車にはまだまだ食料の詰まった段ボールが後部席を埋め尽くすほど残っていた。
 しかし10日も生活していれば、消費する食料もそれなりの量になる。まだ余裕はあるが、手に入れられる時に物資は入手しておきたかった。いつ感染者に襲われ、この街を離れる事態になるかもわからない。その時に少しでも多くの物資を持ったまま脱出できるように、消費した分量はこまめにスーパーから取ってくることを少年は決めていた。

 マンションからスーパーまでは、徒歩で5分もかからない距離にある。行って戻ってくることなど、造作もない。少年は素早く空のリュックを背負い、ライフルを手に外に出る。
 マンションを拠点に定める時、ついでに内外にいた感染者は始末しておいたが、外に出る時は決して油断できない。感染者が別の場所からふらっとやって来るなんてことは十分考えられる。それにこの街の人口から考えると、感染者は街の中にまだまだいるはずだ。少年は足音を殺し、いつでも銃を撃てる姿勢を保ったままスーパーへと向かう。


 スーパーには警報装置代わりに入り口の前に割れたガラスを撒いたり、細い糸をドアのところに張っておいたのだが、誰かがそれらに引っかかった形跡はなかった。入り口前のガラスは割れていなかったし、糸も切れていない。感染者だったら警報装置の存在にすら気づかないだろうから、スーパーの中には感染者はいない。そのことを確かめた後、少年は数日ぶりにスーパーに足を踏み入れた。

 店内は数日前、持てるだけ食料を持ってここを離れたのと同じままだった。相変わらず、床に転がっている干からびた女性の死体が少年を出迎える。少年は何の気なしに「よう」と死体に言って、まだまだ商品が残っている保存食のコーナーへと向かった。

 最近、独り言が増えている。前は話す相手がいたからよかった。でも今は自分の他には誰もいない。自分で選んだ道なのに、本当に正しかったのかと最近何度も思うようになっている。
 確かに他の人間と一緒にいたら、足手まといになるし裏切られるかもしれない。一人で行動するメリットはたくさんあるし、グループを作ることのデメリットも多い。だがメリットデメリットだけで、他人との関わりを断っていいものなのだろうか。

 学院を飛び出してから毎日のように見る悪夢。あれは自分が心の奥底では今までの判断を間違いだと思い、後悔している心理の現れではないのか。そんな考えが頭を過ぎるたびに、少年は必死に自分を正当化する論理を並べ立ててその考えを振り払った。だが最近では自分を正当化する理屈をいくら並べ立てても、心の内に空いた大きな穴を無視することが出来なくなってきている。

 仕方がなかった。ああしなければ自分も死んでいた。そんな言葉を頭に浮かべるたびに、虚しさが心の中で広がっていく。本当に僕は正しいことをしてきたのか。今の僕は間違っていないのか。仮に全知全能の神がいたとして、僕はその前で自分がやってきたことは全て間違いではない、後悔していないと言えるのか――――――。

 少年の脳裏に、学院を離れる前に自分たちを襲ってきた生存者のグループの姿が浮かんだ。彼らも彼らなりに、必死に生きようとしていた。だが少年は襲ってきた連中の仲間だったという理由で、老若男女関係なく彼らを全員殺害した。少年の定めたルールでは、それが正解だった。
 だけどそのルールそのものが間違っていたとしたら……?

 そこで少年は考えることをやめた。「ルールを疑ってはならない」、それも少年が定めた生き延びるためのルールに含まれている。
 少年は幾多の死を目撃し、何人もの大切な人々が死んでいく経験を味わった上で、そのルールを定めていた。それを疑うということは自分の歩んできた道、人生そのものを否定するのと同じことだ。多くの人々の死とそこから得た経験を否定することは、彼らの死までも否定することになるのではないか。だから少年はルールを疑わないようにしていた。

 こんなことを考えるなんて、きっと疲れているせいだろう。マンションの一室を確保してひとまず拠点を設けたものの、少年は車中泊をしていた時と同じようにぐっすりと眠ることが出来ないでいる。横になって寝るたびに悪夢を見るせいで、浅い眠りしか繰り返せないでいる。

 少年はふと、以前別の街で手に入れた麻薬の存在を思い出した。今まですっかりその存在そのものを忘れていたのだが、あれを使えばよく眠ることが出来るのではないか。そんなことを思い、すぐさまその考えを打ち消した。麻薬は依存性があるし、メリットよりもデメリットの方が大きい。一時の安眠を得るためにその後長い間にわたって中毒や幻覚に悩まされるのだったら、使わない方がいいだろう。


 少年はリュックサックに残っていた缶詰を詰め込めるだけ詰め込み、ずっしりと重くなったそれを背負ってもと来た道を引き返し始めた。感染者に見つかるリスクを低くするためにも、なるべく外で行動する時間は短い方がいい。ライフルを手に並んだ背丈よりも大きな棚の角を曲がった少年は、そこで思わず足を止めた。

 少年の十数メートル向こう、さっきまさに彼が通ってきたスーパーの出入り口に、数名の男が立っていた。今店内に足を踏み入れたところなのか、それぞれ別の方向に視線を向け、その方向に手にした銃を構えている。背中に背負った大きなリュックは、彼らが少年と同じ目的でスーパーにやってきたことを示していた。
 そのうちの一人、真ん中に立つ若い男と目が合った。若い男は目を見開き、口をぽかんと開けて突然眼前に現れた少年に目が釘付けになっている。男と目が合った瞬間、少年はライフルを構えていた。
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