指の運動 頭の体操

☆これは簡単 ☆☆ちょっと考えて ☆☆☆忍耐と努力で ○△□いろいろと!

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○△□ パラグアイ共和国旅行を思い出して・8月2日

2012年11月25日 | 日記
 


   8月2日

   昨日と同じ寒くて風も吹いているが日が差している。
   厚生省中央研究所という夫の勤務場所を見学すると言う事で9時頃出かけた。

   初めてのバス体験!!!

   出かける前に家で、バスに乗るための心構えを聞かされた。
   混んでいる時、スリ置き引きに注意すること。
   乗り込む前に発車する事もあるので素早い行動をすること。
   かなり揺れるので手すりにつかまること。
   ゆかにあなが開いているバスもある。等々。
   この心構えはどう受け止めればいいのか?・?・?

   2,3分歩いた所にバス停がある。
   この国の公共交通機関はバスなので、いろいろな方面に行くバスが引っ切り無しに
   通っているが数台目で手を上げて止めた。
   素早く乗り込むと、あっという間に動き出しあわてて空いている席に座り込む。
   夫は、まだ手すりにつかまりながら三人分のバス代を払っている所だ。
   なんとせっかちな!
   揺れる揺れる!! 排気ガスはバンバン来る!! 窓は開きっ放し!!(閉まらない)
   20分ほどのバス初体験だった。

   職場はレンガ造りのきれいな建物だった。
   仕事のことはよく分からないが、むかし日本が援助して出来た建物で、器械 器具を大切に使っている事が良く分かった。

   この国の仕事が始まる時間は7時から1時までの6時間勤務が普通で、その後別の職場で働く人もいる。
   普通の平均給料は月320ドル、この研究所の五十代の女性は1200ドルという。






   研究所を出て、アグロショップに行くと言うので、また緊張しながらバスに乗った。
   アグロショップと言うのは、毎週火曜日にマリスカル・ロペスというショッピングセンターの駐車場で開く青果物市場の事で、
   日本 ドイツ 韓国 中国など移民した人たちが作ったものを市場に並べていた。
   
   トマト キュウリ レタス いんげん きぬさや ブロッコリー カリフラワー なす ほうれん草 人参 キャベツ 
   大根 白菜 しょうが ピーマン じゃがいも 玉ねぎ等々
   レモン オレンジ バナナ りんご なし ぶどう いちご かき マンゴ パイナップル等々
   特にオレンジとりんごはどこでも山盛りで並んでいる。
 

    
   日系の人は野菜果物 ドイツ系の人は乳製品 韓国中国系の人は加工品(味噌 醤油 豆腐 こんにゃく等々)
   それぞれの得意分野があるようだった。
   馴染みの日系人の野菜売り場で、トマト キュウリ レタス いんげん きぬさや カリフラワー いちご等々の買い物をした。
   
   マリスカル・ロペス ショッピングセンターは、日本にある大型商業施設の
   小型版で同じ様な物が揃っているが、値段が馬鹿高い!

   いい雰囲気でしょ!

   パラグアイにもあります

   室内の遊園地      
 

   バスに乗るのにも大分慣れて、余裕が出来たかな?
   



              

      
   

   

   
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○△□ パラグアイ共和国旅行を思い出して ・7月31日8月1日

2012年11月25日 | 日記

   7月31日
   
   朝から寒い。14度ほど。小雨。西風が強い。
   この国は南半球なので北風が暖かく、南風が寒い。

   10階なので見晴らしが良く少し離れたビルの屋上に国旗が10本ほど立っているが、
   西から風が吹いて、旗が一斉に東に向かって強くはためいている。
   この様な荒れた天気のとき、「トルメンタ」と言う。

   昼過ぎになっても天気は変わらず寒いので、出かけるのはあきらめた。


   8月1日

   今日も昨日からの「トルメンタ」が続いていて寒い。
   気温は9度。

   窓から外を見下ろすと、雨が降っているのに傘を差す人が少ない。
   ポケットに手を突っ込んで背中を丸めて小走りに歩いている。 
   こういう日は出かけてもいい事は無いだろうと三人の意見が一致したので朝から
   ごろごろして過ごした。

   家の造りが日本と違い、靴のまま家の中を歩き回るようになっているので、
   どうも勝手が違って落ち着かない。
   家の中なのに 床に腰を下ろす気にはなれない。
   日本のようにカーペットの上でもいい、畳の上でもいい、
   兎に角大の字になって寝転がって天井をまじまじと見たいものだ!!
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○△□ パラグアイ共和国旅行を思い出して・7月30日

2011年11月16日 | 日記

   7月30日

   朝から寒い。前日の小春日和とは違う。

   昨日、「友人の日」のイベントがあると聞いたので、今日はセントロに行く事にした。
   10時頃、帽子、マフラー、上着を身につけ外に出ると空気が冷たい。
   やはりここは冬なんだ、と思った。

   兎に角、道路が汚い!!!
   夫は、「ここに住む人たちは、国が雇った掃除人が掃除をするのだから
   自分達が勝手にきれいにすると、掃除人達の職を奪うことになるので
   任せておけばいいのだ。」と思っているらしいと言う。
   車道を横断するとき自動車用の信号はあるが、人用の信号も横断歩道もない。
   車道を渡るときは、車の動きと道路の汚れをほぼ同時に確認しながら素早く渡るように
   しなければいけない。
   道路の汚れを気にしながら歩くのは、私達だけなのかも知れない。
  
   20~30分歩いた頃鉄道博物館に着いた。大した物は置いて無さそうなのに
   入館料が高く外国人にはもっと高い値段を吹っ掛けたので入るのはやめた。
   建物の外観だけでも写真に撮って置こうとカメラを取り出して写していると、
   4~5才くらいの女の子と手をつないで歩いてきた女の人に声をかけられた。
   このあたりでカメラを手に持って歩いていると盗まれるかも知れないから
   気を付ける様に、と言うことだった。
   ササッと緊張感が走り周りを見渡してしまった。
   鉄道博物館から少し離れた道路際に線路がわずかに残ってあり、
   又もう少し離れた場所に、蒸気機関車がぽつんと置いてあった。
   
   鉄道博物館


   線路の名残り


   蒸気機関車

   
   セントロの中心部に近づくと、学生のパレードが終わりかける頃だった。
   式典の中心のテントには、いわゆるお偉いさん方が座っていてその中にミス・・・の
   きれいな女性がいた。カメラに写そうとしたが人だかりが多くて上手く撮れない。
   なのに、夫のカメラにはバッチリ写っていた。(不思議!男の執念か?!)


   フォークダンスのようなものが終わり、次にびんダンスが始まった。
   何としても、これは絶対写さなければいけない!
   人をかき分けて、これ以上は行けない所でカメラを向けた。
   着ているドレスはニャンドゥティ(蜘蛛の巣と言う意味で、かぎ針と糸ではなく、
   針と糸で作るレース製品)で作られていた。とても綺麗だった。












   そろそろ食事時という事で、バイキング形式の店に入った。
   皿1枚に好きな品を載せて最後に、はかりで計って値段が決まると言うところだった。
   肉類も、野菜や穀類で作られたものも皿に載せてしまえば同じ値段になってしまう。
   肉といえばほとんどが牛肉。調理は焼肉。
   いろいろな部位を大きな塊で焼肉用の窯で、じっくりと焼くので遠赤外線効果もあり、
   日本では考えられないほどの硬く筋張った肉でも、美味しく食べられた。





   食後、市内見物をした。
   パンテオン(英雄の霊廟) 改装中のため入館が出来なかった。


   博物館(元国会議事堂) 


   国会議事堂 台湾の援助で建てられた。


   川軍の船 パラグアイ川に浮かぶ船で対岸は隣国アルゼンチン、警備は重要!!



   大統領官邸(裏側)
 

   独立の家博物館 多分!!名称が定かでない。

 
   大統領官邸(表側)


   パラグアイ大学


   などを見て歩きスーパーマーケットで食料を買って帰宅。



   
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○△□ パラグアイ共和国旅行を思い出して ・7月29日

2011年10月31日 | 日記

   7月29日

   朝、目覚めが悪く、ここは何処?私は誰?・・・の状態。
   時差ボケかな?それでも7時頃起きた。 
   少し寒かった。ここは今冬だもの、当たり前。

   暖かくなった10時頃、牛乳を買いに行くと言うのでついて行くことにした。
   10分ほど歩いて商店街に出た。
   牛乳屋、酒屋を通り過ぎ歩いていくと、ごちゃごちゃとした所に出た。   
   (パラグアイってこんな所?首都アスンシオンなのに!)
   迷子にならないように必死でついて歩いた。
   入った店は、小さいスーパーマーケットの様な所で
   いろいろな物が置いてある。
   日用雑貨、菓子、おもちゃ、衣服や、
   計り売りの粉類のような物がドラム缶に入って数種類置いてあったり、
   見る物見る物が珍しく目新しい。
   通貨はグアラニー、ちなみに100円=5000グアラニーくらいになるらしい。
   日本を基準にすると日用生活品は何でも安い。
   農産物以外は輸入品が多いようだ。置いてある衣類のほとんどが中国製。

   そこを出て2~3分歩いた頃すごい場所に着いた。
   メルカド・クワトロと言う、昔からある市場。
   異次元体験と言うか、なんとも言いようの無い所に行き着いたと言うか。
   大通りに面した店は普通にこんなものかと言う感じだが、
   一歩脇道に入るとくだものや、雑貨や、服や、八百や、魚や、薬草や、
   等々何十軒もの店がひしめき合っている。
   狭い店は一坪も無いくらいだ。
   人が二人か三人歩けるくらいの道幅で、奥に行くほど幅が狭く
   店構えも小さくなり、品物はしなびたり腐りかけている。
   東洋人の我々に向けられる視線を痛いほど感じてとても怖かった。
   すごい体験をした後、牛乳とワインを買って帰宅。

   帰宅後夫は「どうだ、すごい所だっただろ。
   アスンシオンで今残っているメルカドはあそこだけになったんだよ。」と。

   週一回スペイン語の個人レッスンを受けていて、金曜の午後は講師が来る日だ。
   三十才前後の小柄な女性だった。メルカドに連れて行ったと言うと、 
   あんな怖い所に行くなんて、私は行きません。
   パラグアイにはセントロと言ういい商店街がありますよ。
   明日は「友人の日」と言って、友達にぬいぐるみを贈る日です。
   イベントもあるので是非出かけてください。
   このような会話をしたようだ。

 
   これはバスの中からメルカドを写したもので大通りから一歩入ると異次元空間になる。
   直接写したいものは沢山あったが、危険な目にあう事も在ると聞かされていたので、
   無理はしなかった。





   
          
   
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○△□ パラグアイ共和国旅行を思い出して・7月27日、28日

2011年10月20日 | 日記


   JICAのシニア海外ボランティアとしてパラグアイ共和国に赴任中の夫の所に
   娘と二人で出かけたのは、7月27日で8月14日に帰国した。

   出発までにやった事は大ざっぱに、パスポートの取得、円を外貨両替店でドルに交換、
   アメリカ経由なのでESTAの取得、、夫に頼まれた品物や自分達の買い物、
   荷作りなど初めてのことが多く大変だった。

   7月27日、7月28日

   出発は、成田空港からコンチネンタル航空15:55、なのでバスを利用して空港に
   12時頃着くようにした。
   昼食を食べて、前日に宅配便で送ったスーツケースを受け取り、
   しばらくウロウロとしてから、コンチネンタル航空のチェックインカウンターで
   搭乗手続きをして、また何と無くフラフラして手荷物チェックを受けていざ機内へ。
   席は35E、35F(Eが真ん中、Fが右通路側)中はいきなり冬のような寒さ、
   冷房効きすぎでしょう!と言う感じ。アスンシオンに着くまでずーっと寒かった。
   (日本のような丁度良いとか、適度なとか言う繊細さが無いらしい。)
   機内食はあまり美味しい物ではなかった。
   娘はゲームをしたり、映画を見たり夢中だったようだが、
   私は目が疲れるのでフライトの進行画面を時々見るくらいで、
   寒さに震えてブランケットにくるまりながら、睡眠と人間観察を繰り返しているうちに
   時間が経ち、飛行時間約12時間、現地時間13:50、ヒューストン空港に着いた。
   (二人ともチビなので手荷物の上げ下げが大変だった。
   たまにはにっこり微笑んで手伝ってもらってサンキュー!)

   さあここからが緊張 緊張 緊張の連続。
   機内で配られた税関申告書に記入をして、降りてから迷子にならないように
   皆の後について行くと入国手続きの場所は長蛇の列。
   しばらく二人で人間ウォッチングをしいるとやっと順番が来た。
   係り員に税関申告書とパスポートを見せて簡単な質問に答えて、
   顔をモニターに向けた後、両手の指紋を取られて問題が無ければ入国OKのはず。
   ところが簡単な質問なのに答えても分かって貰えない。
   勿論答えるのは私ではなく娘だ。
   「どこへ何をしに行くのか」を聞かれているのは分かるのだが、
   パラグアイと言っても分かって貰えない。何度言ってもダメ。
   やっと分かって貰えた時なるほどと思った。それはアクセント。
   ラグアイ、パにアクセントをつけるものらしい。
   その後は少し楽になって、余計な話までしてOK。
   娘はチョット満足そうだった。

   さて今度はどこに行けばいいの?
   キョロキョロしながら皆の行く方向に下りエスカレーターでついて行くと
   そこは一階で、手荷物の受け取りと税関の場所だった。
   トイレがあったので入ってみた。だだっ広くて扉を閉めても隙間があり過ぎて
   チョットチョットって言いたい。広いのは手荷物も一緒に入るからいいのだけれど。
   手荷物はアスンシオンで受け取る手続きをしてあるので、
   次はどこに行けばいいのかなと思っていると、数メートル離れた所から
   「何処へ行くのですか?」ちょっと癖のある日本語が聞こえてきた。
   ハッとして振り返ると空港の職員で不慣れな人に気軽に声をかけていた。
   サンパウロ行きに乗り継ぎたいと言うと、
   ここをまっすぐ行って税関を通って右に行って上がればいいと教えられ、
   礼を言うと「いってらしゃい!」と手を振ってくれた。
   感激 感激!!!とっても嬉しかった。

   言われたとおりに上がった二階乗り継ぎゲートはかなりごった返していて
   不審物等の検査は靴まで脱がなければいけなかった。
   ここは問題無く通過。道なりに歩くとターミナルに出た。

   次の出発時間はコンチネンタル航空21:00、それまでの数時間をフラフラしながら
   過ごしたが、冷房の効きすぎで凍えるほどに寒かった。
   時刻表で出発ゲートを確認してから、人間ウォッチングをしたり店をのぞいたり
   ベンチで休んだり、それでも時間は嫌と言うほど余った。
   窓から見える飛行機はコンチネンタル航空ばかり、当たり前かな。
   夜8時でもまだ明るい、日本とは大違い。
   なぜかおなかは全然すかなかった。緊張し過ぎたせいかな?

   出発ゲートに係員が現れたので搭乗券を見せて機内に入った。
   座席は35K,35L右窓側だった。(この機内もかなり寒かった。)
   くたびれていたからか食後はボーっとしているうちに眠ってしまった。
   ヒューストンを飛び立ったときは暗かったが、目が覚めるとブラジル上空で明るかった。
   7月28日8:50、サンパウロに着いた。飛行時間12時間。

   ブラジルはポルトガル語でほとんど英語は話さないと聞いていたので
   どうなるのだろうと思いながら、機内から降りた。
   皆について歩いていくと制服を着た女性が私達の名前を書いた紙を持って立っていた。
   ビックリしてどうかしたの?と思いながら行くと、
   ここで荷物の検査をして乗り継ぎなのであっちの方へ行くように、と言う意味らしかった。
   お互い多少の英語で話して理解しただけだったので、兎に角あっちの方へ歩いていった。

   長い通路でほとんど誰も居ない。四、五人の掃除をする人が休憩をしているだけ。
   心細くて、不安で、ウロウロ、ウロウロしていると
   エスカレーターから上がってくる人たちを見つけてたので降りてみた。
   正解。ターミナルだった。
   大勢の人でごった返していたのでここで間違いないと安心した。
   次の乗り継ぎはタム航空13:55、なので時刻表を見たがまだ出てなかった。
   乗継までの時間が5時間もあるので仕方が無いと思い、
   ベンチに腰掛けてウトウトしたりウロウロと歩いたり人間ウォッチングをしたり、
   でもなかなか時間が進まない。
   3時間ほど経ったのにまだ時刻表が出ない。イライラ、心配、如何すればいいの?
   やっと出発1時間ほど前にゲートが分かったが、場所が分からない。
   小さい空港なので分かるはずなのに、イライラしながら歩いていると
   エスカレーターを上り下りする人がいるのに気づいたので降りてみたら、
   あった!!!ほっとした。

   バスで移動し飛行機に乗った。出発は、少し遅れた。
   16:40、アスンシオン空港に着いた。予定より40分遅れだった。
   飛行時間約3時間。
   やっとパラグアイに着いた。でも入国までにまた厄介な手続きがある。
   荷物を探して受け取り、検査も楽に通過できると思っていたが
   スーツケース1個を渡してくれない。  
   何を言っているのかわからない。スペイン語がわからない。
   どうしようかと思っていると、通りかかった人が分かりにくい英語で、
   中を見せるように言っているよと教えてくれた。
   仕方なく開けて見ると、エッ何これ!!白い粉があふれていた。
   私はすごく驚いたが係の人は、手まねでいいよと言ってくれた。
   通過できたのはうれしかったが、
   私の頭はパニック。税関も何とか通過した。
   兎に角、迎えに来た夫と、自動車を手配してくれた知人と一緒に家に向かった。
   家に着いたのは5時過ぎだった。
   (家と言うのは夫が借りているマンションの事)

   
   ヒューストン空港

   
   ブラジル上空

   
   サンパウロ空港


   ここは南半球で今は冬のはずなのに日本と同じ真夏のような暑さで驚いた。
   家に入ってすぐ気になっていた白い粉は何なのか? 
   スーツケースを開けてみた。
   ナントそれは「すしのこ」。袋に穴が開いて粉がこぼれた物だった。
   でもどうしてなの???
   たぶんアメリカで引っかかって不審物?で穴を開けられたのかも。
   酸っぱい匂いと他のものに付いたベタベタをきれいにするのが大変だった。
   夕食は、夫の手料理で久しぶりに家族三人で食卓を囲んだ。





 
     
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