美鈴の絵画館

美術、観光、育児、歴史、上野公園。

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原爆資料館にて

2009-08-06 | Weblog
私は、学生の頃、広島に行った。9月で、よく晴れた日でとても暑かった。
広島は、魅力的な街だった。広島城にも行った。観光は楽しかった。

原爆資料館にも行った。人によっていろいろな感想があるだろうけれど、私には、焼け残った女の子用の子供服が心に残った。これを着ていた女の子は、どうなってしまったのだろう?そのお父さん、お母さんは、無事だったのだろうか。事実を知ることはできないけれど、やはり、この子の人生には多くの苦しみがあったに違いないと思う。

被爆地で原爆を直接・間接に経験された多くの人々の努力と、平和を希求する意思によって、私も原爆が多くの人命を奪い、体にも心にも傷を負わせてしまったことを、具体的に知って、戦争と平和について真剣に考える機会が持てることに感謝したい。
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物語の癒し

2009-08-04 | 心象風景
 悩みの解決法はいろいろある。
人に聞いてもらうというのは一番いい方法かもしれない。
だけど、わたしは人に話してすっきりすることはない。

 以前、転勤で、住んでいた東京からひどく離れた市に住むことになり、
わたしはホームシックからひどく落ち込んで、1日中寝込んでしまい、何もできなくなった。精神科に行っても、あまり快方にむかわなかった。
 そんなうつ状態のある日、NHKの教育テレビから、物語が聞こえてきた。
カレーが出てくる話だった。語り手のうまさか、物語の良さか、とにかくわたしはその物語に心を癒されて、その日からすこしずつ立ち直っていけるようになった。

 わたしの場合には、こんなふうに、精神的にまいってしまったときに、物語を聞くことによって癒されてきている。
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「愛」とは

2009-07-29 | 日記
 年をとるごとに、愛することの意味が私の中で変わる。
 10代、20代の独身のころは、相手に告白することや、体のふれあいを求めあうことだったと思っていた。単純だったと思う。
 結婚して、いい時も悪い時も一人の人と一緒でいるようになってみて、「愛」の定義が変わった。つまり、普段の生活の中でその人への気持ちが育まれていく。その気持ちが、たとえは変だが、玉子の白身のようになってくる。その白身が、その人を憎むきっかけになる出来事があったとき、なんとなくその人を許す気持ちを生み出す。この白身が、愛情なのかな、と思った。
 子供を一人産んで、好こうが嫌だろうがその子のお世話にかかりきりになった。さらにもう一人産んで、育てる人数が増えると、さらに家族への愛憎の増幅幅が広くなった。こんな今は、「愛」とは、自分よりも相手を思って行動するための動機なんではないかと思っている。だから、「私はあなたを愛している」という言葉は、私の場合、こんなんでいいのか悪いのかはわからないが、自己犠牲的な行動をとるきっかけなのだ。
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パールのような雨粒

2009-07-23 | 心象風景
朝 まだ暗いうちに
パールのような雨粒が池に落ちてきた 幾つも、幾つも
濁った水面の落ち葉を洗い
眠っていた魚たちを起こし
つまらない一日の始まりをひっくり返していた

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こどものとき

2009-07-19 | 心象風景
こどものときには、
裏庭が、秘密の花園だった
姉は王子様、自分はお姫様
借家の平屋建ては、お姫様の住むお城で
その押し入れは、寝室だった

時間を忘れてレンゲの冠を作り
年長の姉はそれを写真に残してくれた

どんなに好きな人が死んでも
その人は雲のすき間から漏れる光をのぼって天国に行くと信じれたし

どんなこともできる力を持っているなんて
本当に思うことができていた
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A先生に捧ぐ

2009-07-18 | 心象風景
横浜の緑深いキャンパスで
あの先生からワーズワースの詩を習った
それは水仙が出てくる詩

詩人の言葉を解説する、先生のやわらかい言葉のひとつひとつが
18の私の心にずきずきと響いて
詩の言葉のきらめきと美しさはもうどうしようもないほど
わたしにとって無くてはならないものになっていった

先生とのやりとりが途絶えたのは3年後
先生の病死を知ったのが、去年

もう先生の頭脳にあったロマン派の大きな世界に対する思いの手触りが
先生とふれあった人々の記憶のなかにしかないということに、
わたしはまだ当惑したままでいる




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公共の場で座ること

2009-07-17 | 日記
 昨日、チャンネルニュースアジアで、地下鉄(MRT)内のマナー指導員(?)の映像が流されていた。指導員が、地下鉄内で座ったり飲食している人に注意をしていた。

 新聞やその番組によれば、地下鉄内では座り込んだり、食事をしたりする乗客がいる。私は地下鉄ではまだ目撃したことはない。

 確かに、国立図書館(National Library)ではじゅうたんの上に座って本を読んでいる人がたくさんいた。その人たちは、じゅうたんの上にあぐらをかいて読んだり、組んだ足の上に電子辞書さえ置いて、熱心に調べている人もいた。

 こういう光景を見て、私は、ああマナーが悪いな、とはあまり感じなかった。きっと暑い家の中で、ひんやりした床の上に座る習慣があるから、公共の場でもそうなのかな、と思った。
 
 ただし、じゅうたんの上で座っている人が多いスペースは、やはりベビーカーを押したり車椅子で移動する人にとっては邪魔だから、やっぱり控えるべきなのだろう。
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私が体験した、シンガポールの安全

2009-07-15 | 日記
 今日のストレイツタイムズ紙に、シンガポールの犯罪の少なさについて書かれていた。(筆者は、Mahbubani氏)その記事によれば、シンガポールが治安が良いのは、極貧の人が少ないことや、能力の高い警察など色々な要素が作用しているためだそうだ。
 確かに、筆者の言うとおり。シンガポールは、日本の大都市と変わらないぐらいに安心して暮らせる。私は子どもたちを連れて街中を歩くときにも、犯罪に遭うのでは?とピリピリせずに済んでいる。夜間外出しないなどの最低限の自己防衛策はもちろんとっているけれど。
 驚いたのは、夫が通勤しているマイクロバスで、お財布を座席に忘れた時のこと。全く帰ってこないことを予想していたら、財布本体はもちろん、(必要上入れてあった)数百ドルも中身もそのままで帰ってきた。
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シンガポールのお菓子屋

2009-07-13 | 日記
今日のシンガポール地元新聞「ストレイツタイムズ」で面白い記事があった。

それによればミセス・アナスタシア・リウはインドネシア生まれで、子供二人の母親。シンガポールで中国系の夫と結婚後、団地で料理教室をはじめた。その収益で料理学校に学んだ。そしてシンガポールの銘菓クエ・ラピスなどを作っては友達に売り、それが評判を呼び、店舗で置いてもらうようになった。

しかし食品を売る許可を得ていなかったため、いったんは菓子を売ることができなくなったが、新たに数千ドル投資して、団地の店舗で営業再開したそうだ。

そして、彼女の店”ベンガワン・ソロ”は順調に成長し、将来は日本にも進出するらしい。

主婦が起業する話を最近NHKでも取り上げられていたけれど、まさにその先駆的存在を見るような思いがした。

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親の記憶

2009-07-10 | kids
 母として、死後に娘に残せるものを考えている。それを考えるにはまだ早い。けれど、自分が死んだ後も、子供たちが普通に暮らしていける元気の素をあげておきたいのだ。
 お金と土地はない。けれど、私がいたときの記憶や、小さな手作りの小物なら残せそうだ。
 毎日小学生の子供にお弁当を作っているから、オリジナルのユニークなおかずを作ってみたり、煮物を、おいしく作ろうとしてみたり。
 スキンシップの記憶もいいかもしれないから、今日は必要以上に娘の頭をごしごしなでてみよう。

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