『黒幕と言われた男』の著者の戯言

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ツイッターの威力

2014-06-26 14:42:36 | 日記
 野次ったほうも野次られて呟いた人もこれほどの反響を呼ぶとは予想外だったろう。ツイッターによる伝播の圧倒的な力を見せつけた。

 この件についてはあらゆるマスコミが取り上げ、外国人記者クラブも彼女を招いて会見させたから瞬時に世界中を駆け巡り、世界に恥をさらした。これだけ大騒動したにもかかわらずその結末はまた、恥の上塗りほどにレベルの低いお粗末さである。

  鈴木某という議員が数日後になって自分でしたと名乗り出たのだが、彼は直後のの取材に応じて「下品な野次は言ってはいけない」と批判し自分ではないと言い切った。ここでも彼は大きな罪を犯している。このことももっと追及されるべきである。

 ほかにも便乗して野次った人がいるようだが、笑い声などにかき消されて誰とは名指ししにくい状態
をいいことに口を拭っている。これも卑怯だが都議会議員という公人としての自覚も矜持もない人たち
だ。もっとも都議会だけの問題ではない。各地方議会でも国会でさえ似たり寄ったりのレベルだし、大臣もしばしば暴言や失言をする。塩村議員や所属議員団はこれらの人たちについても声紋鑑定などの方法によって追及したいと提案したが多数決で否決された。これもまた議会が自浄能力の欠如を晒している。

 柳居子さんがブログで、この野次を誘発した直接的な塩村議員の発言がどんなことであったのか知りたいと書いておられたが、さまざまな報道がありながらこの点にふれたものは知らない。マスコミも画一的で右へならへか。

 映像でみるとその野次が飛んだとき、塩村議員も苦笑いして質問を続けている。若くて1年生議員だから咄嗟にあの反応しか取れなかったのだろうが、質問を中断して抗議をしてもよかったし、質問終了後にその場で議長に抗議してもよかった。議長がこの手の野次に慣れきって不適当とも思っていないから指揮権を眠らせている。議場で笑った多くの人たちも問題に鈍感になってしまっている。

 日本では直接的なセクハラや卑猥な話を聞かされたときに、拒否反応をしたり抗議をしたりすると冗談に目くじらを立てるなとか はしたないとか大人気ないとか言われ、女性もそのような感情を持っている。しかし、最近の20代の女性は内にこもってないで勇敢のようだ。電車の中で痴漢の腕を放さずに大声で「痴漢ですー」と叫ぶという。(たまには濡衣の男性もいるようだが)

 事は公の場で起こったことだ。鈴木議員は会派離脱を申し出たとあるが、会派にだけ責任を負っていると思うのは視野が狭い。自民党は除名してもいいところだ。議会として何らかの処分もあって然るべきだと思う。


 追伸  今日発売の週刊文春と新潮が彼女のプライベートを暴いた記事を載せている。こいうことにはすばやく抜け目ない浅ましいほどの商魂だ。セクハラを槍玉に挙げた結果がこれではマスコミもいやらしい男目線だろう。
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富国強兵

2014-06-18 15:48:21 | 日記
 こんな言葉は若い人はご存じなかろう。死語に近いといってもいいかもしれない。
昨日の新聞に「第三の矢は富国強兵策」と題して独協大教授の森永卓郎氏が一文を寄せておられる。この方、TVでしばしばコメンテーター(それも柔らかめの番組)として出てられるのでお顔は知られていると思う。

 彼は、安倍政権の成長戦略の「第三の矢」の本質は「富国強兵策」であると論じている。
現在、日本の最大課題は少子高齢化であることはみんな知っている。安倍さんが女性の活用や外国から技能実習生の受け入れ、高齢者雇用の拡大を熱心に説くのは、時代に即応した新しい風のように見える向きもあるが、就業者人口の空洞化を埋めるために他ならない。加速度的に進む人口減少をせめて1億人にという目標を掲げているのも、国力の維持 とりわけ労働力確保が主眼であると。
 このようにあらゆる政策が明確な価値観のもとで労働力確保に向かっているのは国家総動員による富国強兵政策だという趣旨を述べている。

 そしてそれを証明するのに昭和16年に近衛内閣が閣議決定した「戦時人口政策」を挙げている。その政策は「来る昭和35年に現在の人口7千余万を1億に達せしめ、高度国防国家としての兵力と労力を確保し、大東亜共栄圏民族の指導勢力を確保するというにある」 とある。当時は働き盛りの男性は徴兵制度で兵役に就いていたし、今は人口動態で働き盛りがいなくなっているという理由の違いはあれど、産めよ増やせよと奨励し、老いも女性も働かせようとする(戦時中は銃後の守りとして責任を持たせた)目的は同じであると、わかりやすく説明して、安倍政権の政策に国家はあるが、国民の視点がないと述べている。

 まとめの部分には意を異にする人もあろうが、少子高齢化が進んで国力が衰退する中でも労働時間を短縮して家族や地域と触れ合って、金銭的な豊かさはなくても時間と心が豊かな老後の環境を整備するという選択肢も考えるべきだと提言している。

 後日稿を改めて書きたいが、遠からず集団的自衛権容認が閣議決定されようとしている。
このことを考え合わせると、近衛内閣の政策とますます似ているのである。 
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皇后美智子さまのうた

2014-06-16 22:18:46 | 日記

 4月23日にこのブログで優れた歌人としての皇后様に触れ、歌集が出ることを期待していたら、6月6日に朝日新聞出版社から『皇后美智子さまのうた』が出版された。安野雅光の装丁だという。私が知らなかっただけで週刊朝日で連載されていたそうだからご存知の方も多かろう。目下書店経由で取り寄せ中だが楽しみだ。
 もっとも、ネットでも買える。(1944円) ほかかにも過去に『祈りの御歌』『潮音』などが出ている。今まで歌に関心のなかった方にもぜひお読みいただきたい1冊である。
 
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関西電力大飯原発差し止め訴訟

2014-06-07 11:32:08 | 日記
 やや旧聞になるが、福井地裁でほぼ原告の主張を認めた判決が下された。

 この判決は被害を受けた人々や科学者や法曹関係者たちから
関心を持って受け止められた。
 判決文の中でひとつひとつ取り上げられた科学的な知見については
専門家でない私がどうこう言うことは出来ないが、ある原発推進を主張する
学者(大学名やお名前を失念したがエネルギー問題の専門家らしかった)が、
判決文を批判して「危険なものをすべて排除せよというなら新幹線も
走らせてはならないことになるから科学的な論拠が不十分」といった趣旨の
発言をしたが、原発の危険度と新幹線の危険度を同列に比較することのほうが
科学的でないと思う。
 
 この判決は科学的な論拠と法理論を越えて、優れて哲学的であったと評価したい。
 ふるさとの消失 地域の崩壊 家族の離散 関連死などなど
これらの生存権や人格権の侵害は、電力の安定供給 コスト低減 二酸化炭素排出削減
などということと並べて判断することは法的に許されないし、もっと優位にあるべきで、
原発事故はわが国始まって以来最大の公害 環境汚染であるから
二酸化炭素云々を運転再開の根拠とするのは筋違いだとその不当性を厳しく指弾している。

 憲法は国政上国民の生命を最大の尊重事項と明記しているし(13条)
国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有している(25条)

 ある弁護士が「裁判官がここまではっきり言うかと驚いた」と感想を述べているほどに
踏み込んだ大胆な判決であった。

 この判決文を書いたのは比較的若い人かと思っていたら、
ある週刊誌がこの裁判官は定年を間近かに控えてこれ以上出世しないから、
退官後の弁護士活動に有利なように話題性のある判決文を書いたという記事を載せていた。
 裁判官も自己保身に走ることもあろうが この判決をこのように見る発想はむしろ
卑しいと思う。裁判官生活の有終の美としてこの判決に取り組んだのかもしれない。

 この判決が出た当日の記者会見で官房長官が、この判決で原発再稼動の政府方針が
変わることはないと述べたのは、どうせ上級審でこの判決が覆されると軽んじているからだ。

 1票の格差についての裁判では、司法は現実の混乱を回避して違憲だと
言い切らなかったのをいいことに少しの手直しでお茶を濁している。
三権分立なのに行政(政府)が司法を軽んじる風潮は国民の順法精神や犯罪抑止の
観点からもいい影響を与えないと思う。

 今回の判決が基本的に国民に軸足を置いているものの、
判決文が法理論的に飛躍や綻びがあって覆されることのないように祈るばかりである。 
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