わざわざ読んでゃ 「ゆずの宿」便り

「燃える湯魂Burning hot soul」の泣き笑い奮闘記

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鉄人の足跡

2012年05月21日 00時08分56秒 | 地域情報
 いよいよ日食当日…。今のところお天気が微妙で、どう転ぶかわからん状態やけんど…、この日を目指して他県から「わざわざ」お越し下さったお客様がようけ居るきに…、これから晴れたらえいがやけんど…。

 さて…、ちくと前に「太平洋スーパーチャレンジカップ」の話題を出しかけて「また今度」にしちょったきに、今日はそのことを書くぜよ。まずはウチにあるスタッフシャツの想い出から…。



 そもそも「太平洋スーパーチャレンジカップ」いうがァは、1997年に高知青年会議所が「障害者と健常者がともに競い合う鉄人レース」として立ち上げた「デュアスロン」の大会で、私が関わったがァは1998年の第二回大会から2001年の第五回大会までで、残念ながらそこで大会は立ち消えとなっちゅうがです。2002年4月に東京支店に転勤したきに、第六回大会が開催出来んなったことに「そんなの関係ねぇ~!」とは言えず、多少の負い目は今でも感じよります。



 高知JCに入り、初めて大会の事を知ったものの何が何やらわからずにただボランティアとして参加した第二回大会(1998年、高知新港とその周辺)。



 事務局を引き受け、喧々諤々で継続した第三回大会(1999年、高知新港とその周辺と高知女子大)。



 舞台を吉川村に移し、ランニングコースが充実したが、反面、物部川河口のスイミングコースは厳しく、棄権者続出の第四回大会(2000年、吉川村天然色劇場と物部川河口周辺)。



 初の試みで一部「バイク(自転車)」を導入し、一般の部には「フルマラソン」も設定して、いよいよ本格的にトライアスロンの様相を呈してきた第五回大会(2000年、吉川村天然色劇場と物部川河口周辺)。既に主要スタッフの大半がJCを卒業しちょったけんど…、美しい吉川村をバックにこぢゃんと燃えたぜよ。



 当時を思い出しもって高知新港を訊ねたら、入り口の交差点そばに「幸せの黄色いうどん屋さん」が出来ちょったり、「高知ファズ」やら「でっかいキリンさん」やら…、随分様子が変わっちょります。「子供の絵」とか「釣り人」は特に変わらんみたいやけどね~。



 そう言うたら北川村でも「向学の道マラソン」言うががあって…、存続が危うい感じになっちゅうみたいやけんど、「ゆずの宿」では何とか存続できるように応援したいと思いよりますきに…、皆ぁ何とかしようや~。

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