野菜公園と希死念慮の話

2017-11-10 23:55:13 | ○ひとりごと

行きつけの公園があってね。
線路沿いの野菜公園。
今日久しぶりに犬の散歩で寄ってみたら、馴染みのカボチャベンチがまだ置いてあって、懐かしい気持ちになった。
あのときもこんな秋だった。

23か24くらいのとき、働き過ぎて病に倒れた。
実家に帰った秋。
もう自分が情けなくて悲しくて悔しくて申し訳なくて。
20代の小娘が何言ってんだって感じだけど、人生のどん底だった。

生きていてごめんなさい。
酸素吸ってごめんなさい。
生まれてきてごめんなさい。

今にして考えると、何をそんなに思い詰めてんだって振り返るんだけども。
当時はずっとそんなこと考えてた。
線路沿いの公園で、日がな一日電車の走る音や踏切の音聞いてた。‬

生きてるのか死んでるのかわからない。
消えてしまいたい。
生まれなかったことにしてほしい。

何回か近くまで行ったと思う。
ああ、もうしんでしまおうって。
お父さんお母さん、生まれてきてごめんなさい。
でももうしんどいんです、って。

そのときの精神状態を、当時の日記では「死神」と呼んでいた。
死神がポンと背中を押してくれればしぬことができる、みたいな感じ。

でも結局しぬことはできなかった。
近距離で電車の走行音聞いてると無性に怖くなった。
それでも死神は背中を押そうとしてくるから、ガクガク震える足で必死に堪えていた。

いやだ、しにたくない。
生きたい。

そんなこと思ったら、涙が止まらなくなった。
ああ私生きたいんだ。
どんなに辛い思いしても、生きたいんだ。
どうしたら生きられるのかわからないだけなんだって。

思いっきり泣いた。
通行人は多少はいるんだけど、人目を憚らずに大泣きした。
大泣きして家に帰って、そのとき母に全てを打ち明けた。
職場であったこと。
しんどかったこと。
しのうとおもったこと。
でも生きたいと思ったこと。

翌週から病院に通うことになって、精神安定剤が処方されると気分が楽になった。
睡眠導入剤には最初のうちは抵抗あったけれど、やはり夜眠れるのはよかった。

死神の正体は希死念慮。
私は鬱病だった。

最初に受診したときのことは記録に残っている。
母に連れられて受診した日、一度2人で先生と話したあと、母だけが退室した。
先生と私だけになったものの、私は何も言えなかった。
「話せる気分になったら話してください」
先生は優しくそう言うんだけど、ひとつだけ厳しい口調で言ったのが
「自殺はしないと約束してください」
だった。

こうして治療がはじまった。
最初のうちは慣れなくて、休めっつってもどうしたらいいのかわからなかった。
鬱病という事実そのものにも悲観的になっていた。

調子よいと思ったらぶり返す。
ひどい時にはまた希死念慮や抑うつに襲われ、山梨の富士の樹海まで足を運んだことがあった。
しにたくないのは事実なんだけれど、生き方がわからない。
樹海までいけば何かわかるかもしれない、と。

そのとき当時流行っていたミクシィで「樹海なう」みたいなことを書いたら、文面の悲壮感を察知したらしい友人がすぐに電話をくれた。
「しぬな。生きろ」
それだけだった。
長年会ってない中学校の同級生がくれた、たった6文字の言葉に命を救われた。



樹海に行ったのはそのときだけ。
3歩進んで2歩下がるのを繰り返していくうちに、少しずつ、本当に少しずつ、自分の生き方を見つけていった。

人生の目標だとかそんな仰々しいことじゃない。
とても単純な、食べ方や呼吸の仕方。
気持ちの伝え方。
死神がやってきたときの対処の仕方。

ひとつずつ、人生を取り戻した。




あれからもう何年も経った。

治療期間は思いの外に長期間に及んだ。

途中仕事に復帰したり、また悪化したり、それでも仕事復帰したりを繰り返した。
本当に3歩進んで2歩下がる、ときには3歩進んで5歩下がることもあった。
減量がうまくいったと思った矢先に増量、なんてことを繰り返していい加減いやになることもあった。
それでも、信じてくれる人たちを信じ続けた。
生きたいと願う自分を信じ続けた。

子供の頃憧れていた20代のキラキラ輝く時間は、ひとり自分の心と向き合う時間に消えた。
楽しいか辛いかどちらかと聞かれれば辛かったに決まってる。
なんで私がこうなったんだ、と思わなかったこともなくはない。


でも、今心から思うのは
あのとき、しななくてよかった。
死神に負けないでよかった。
生きていてよかった。

辛いこともあった。
けど、あのときがあったから今がある。
今、全てが愛おしいと思える。
胸を張ってそう言える。



あの秋と同じ、変わらない夕焼けを見ながら、カボチャベンチに座りながら。

踏切に背を向けた。
もう死神はいない。




現在進行形でしにたくなるほどの悩みを抱えている人も多いと思います。
かつての私もそうでした。

どんな言葉をかければいいんだろう、と考えた時、自分はどうしただろうと思い出しました。

私はただひたすら信じることでした。
生きたいと願う自分を信じること。

周りに話を聞いてくれた人もいます。
家族やドクター、友人も。
その中にはインターネットでもらった言葉もあります。
感謝してもしきれません。
そのひとつひとつを信じること。
ひとつひとつを大事にすること。
それだけです。


長い人生、眠れない夜もあります。
でも明けない夜はありません。

しなないでください。
いきてください。


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