妄想ジャンキー。

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愛知の認知症事故の賠償訴訟で色々考えること。

2016-03-02 20:22:11 | ■介護職のぼやき。

つい先日、3月1日のニュース。

平成19年、愛知県で認知症の男性がJR共和駅の構内で電車にはねられて死亡した事故。
JR東海は振り替え輸送にかかった費用などの賠償を求める裁判を起こしていました。



1審2審はいずれも家族に監督義務があるとして賠償を命じています。
先日3月1日、最高裁まで持ち込まれた裁判では
「家族に監督義務があるかどうかは生活の状況などを総合的に考慮すべきだ」
とし、今回のケースでは監督義務はなかったとして家族の賠償責任を認めない判決が言い渡されました。


認知症事故賠償訴訟 JRが敗訴(NHK NewsWEB)

この訴訟、結構気になってたので備忘録をまとめておこうと思います。




関連リンク

NHK認知症特番『認知症の私からあなたへ』、佐藤雅彦氏の生き方に涙する。

厚労省が認知症の徘徊メカニズム研究をはじめるっていうけど、それ無理があるんじゃね?

殴られかけても刺されそうになっても、ひたすら耐える……認知症患者さんからの暴力。

その他こちら。
介護関係の記事の目次





結論から言うと今回はこれでよかったと思います。


一審では妻(要介護1)と長男(別居)にそれぞれ360万円ずつ、二審では、妻にのみ360万円の賠償請求がありました。
が、最終審となる最高裁での判決は「賠償責任は認めない」と。

よかったと思います。
高齢で自身も介護が必要な状態にある妻に賠償責任。
センサーを切っていたため、との2審判決でしたがセンサーを切らざるを得ない事情があったとのこと。

徘徊感知センサー。
色んな商品があると思いますが、どの商品にも共通して言えるのは「万能ではない」ということ。
そもそもセンサーが「今一人で出ようとしてるよ!危ないよ!」と大きな警報音を鳴らしたとして、すぐに駆けつけられるでしょうか。

夫さんがいわゆる「足腰だけは元気タイプ」で、妻さんが「足腰辛いタイプ」だったら?
夫さんがセンサーの切り方覚えちゃっていたら?(実際に何人かいました)

じゃあどうする?
同居家族がいてセンサーがあればまだいいケースかなと思います。

施錠をすることにより、場合によっては「虐待」になってしまいます。

2013年、神戸あたりでこんな事件もあったなあ、と思い出したのがこれ。


(まあ訪問介護事業所の問題なので、ちょっと別かなあとも)

繰り返しになりますが、今回はこれでよかったとは思います。
けれども大手を振ってパチパチはできない。
苦い何かを感じるような意味での「よかった」です。





例えば、この事故で家族や人生を失った第三者がいたら?
また状況は違うでしょう。

今回の判決で、「認知症患者さんの事故、家族の監督義務はなく賠償責任もない」となりました。
とても端的に言うとJR東海さんの泣き寝入りということ。

それもちょっと……と思います。

もしも、この事故によって第三者が亡くなっていたら。
判決も少し変わっていたかなと思います。
世間に投げる石やその波紋も変わっていたかなと思います。


仮定の話ではなく、そういう事故は介護施設で現実に起きています。
大怪我を負った同僚や、お腹蹴られて危うく流産しかけたパートさん。
私自身も箸で目を刺されそうになり、一歩間違えれば失明していたところでした。

こういうとき、どうすればいいんでしょうか。
今分かることは一つ、「泣き寝入りするしかない」ということです。
現実に私自身や他の同僚も泣き寝入りをしてきました。
だってそうするしかないから。
(労災?何それおいしいの?)

施設でこうした綻びが見え始めています。
在宅介護では見えていないだけかもしれません。




今回の判決では家族に監督義務はないとするものの、かっこ付で「老人ホームなどには義務あり」とされています。

ともすれば、介護施設に通所/入所している方が、外部で何らかの事故を起こした場合、責任を負うのは介護施設でしょう。
そういった利用者の認知症周辺症状によって、介護職員が大怪我を負ったり、最悪死亡した場合。
これもまたた責任を負うのは介護施設でしょうし、泣き寝入りするのは職員でしょう。

何も変わらないんです。
むしろ、その隠匿性がより強くなったとも見えるんです。


施設側はリスク回避のために、徘徊行為や暴力行為などの症状がひどい方の入居は躊躇うでしょう。
受け入れようとも、安全確保のために身体拘束や施錠などをするには紙一枚では済まない手続きが待っています。

「すいません、うちでは見れません」
「家で見れないので施設に頼んでいるのですが」
「しかしできません」

こうなるのは目に見えています。

「すいません、うちでは見れません」
「あなたたちはプロなんでしょう?こういう人をみるのが介護なんでしょう?」
「ええ、まあそうですけど、共同生活が送れない方はちょっと…」

って断れる施設はまだいいと思います、が。
断れない/断らないところも少なからずあると思います。
善意で断らないのならまだいいのですが、その裏に悪意がある場合。
生活保護ビジネスや制度外ホームなどの問題です。




とにもかくにも、この最高裁判決。
超高齢社会の世の中に、「どうするの?」と大きな問題を突き付けているような気がしてなりません。






これはあくまでも私の経験ですが、認知症の徘徊ってそんな簡単な問題じゃないんです。

びっくりしますよ、夜勤中に巡回にいったら部屋にいないで真冬のベランダに出てるの。
「危ないから戻りましょう」って声かけても、そこでそのまま大声あげちゃって。
窓のカギの開け方知ってるんです。
センサーももちろんついていましたが、センサーの切り方も知ってるんです。(なんでかって聞かれてもわからないのだけれど)
施設、しかも比較的裕福な層が集まる有料老人ホームでこれでした。

これが、家だったら…?
普通の家だったら…?
管理している人自身も要介護状態だったら…?

もう、この老老介護のご時世。
認知症の『徘徊』をなくしたいと思うのなら、極力同じ施設に集めて管理するしか無いと思いますよ。
人道的にどうかは置いておいて、今の状態で『徘徊』を防ぐならそれしかないんじゃないかなと。

でもなくしたいのは『徘徊』というよりも、『徘徊に伴う事故』。
難しい、とても難しいとは思いますけど『徘徊しても安全なまちづくり』が理想だなとも思います。





だから。


もう厚労省の偉い人たちは、いつまでも「在宅で介護をー」だの「思いやりの心で介護をー」だの言ってないで。

・現実を見据えた法整備
・認知症周辺症状を抑える治療法(薬)開発
・感知センサーやらロボットやらのテクノロジー活用
・安全な町づくり


これを早よ。
無茶言ってるってのはわかってるけど、早よ。



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