ゆうゆうの教会便り

私の教会のこと、教会生活をボチボチと・・・・

転会を記念して・・・

2024-03-31 20:56:32 | 石神井教会
今日は石神井教会に転会して初めてのイースター礼拝でした。
礼拝終了後の "祝会その1" は「ご挨拶の会」ということで、今日を含めて
最近洗礼を受けた方、そして最近の転会者(私!) 久しぶりに教会にいらした方々、
遠方からいらした方などが簡単なご挨拶をするという時間でした。
受洗者の方々にはご挨拶の後、村上牧師から何か記念品が渡され拍手、拍手でした。

他の方々に倣って私も超簡単な自己紹介をしたのですが、ナント、転会の私にも
村上牧師からそっと記念品が渡されました。
この「そっと」というのが私は何故かとても嬉しくて、感動いたしました。
頂いたのはマックス・ルケードという方の書かれた「ひと時の黙想ー主と歩む365日ー」
という手のひらサイズのとても美しい本です。大切にいたします。

新しく通い始めた教会はまだまだ戸惑うことがたくさんありますが、少しずつ慣れて、
神様の恵みに満たされた教会生活を続けさせて頂きたいとお祈りしています。



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石神井教会に転会しました。

2024-03-26 12:29:15 | その他
良かれと思って続けていたストレッチ体操を愚かな私は過剰に続け、昨年(2023年)4月に
「変形性股関節症」になってしまいました。
整形外科医の診断は「軽傷から中等症」ということで、鎮痛剤と湿布薬を処方されました。
脚の激痛と痺れは半端ではなく最初は足を着くことが全くできず、杖と自転車に頼って
泣きの涙で週三回鍼灸院に通い、ラジオ波、電磁波、マッサージのケアを四か月続けました。
自転車に乗ることができたことは本当に有難く感謝でした。
激痛は二か月ほどで収まり、なんとか杖を使って最高で2000歩くらい歩けるようになりました。
その間に介護認定を申請し、ナント!「要介護2」と認定されました。整形外科医の勧めで今は、
週二回の訪問リハビリ、週一のヘルパーさんのサービスを受けています。

激痛が収まってからの日曜日は美竹教会の礼拝に集わせていただいておりました。
駅まで自転車で、そこから電車で渋谷駅まで行き、駅のコンコースを歩いて通いました。
自分が障害を持って気づいたのですが、杖をついての外出はなかなか厳しいものでした。
駅では必ずエレベーターやエスカレーターを使って移動、電車はシルバーシートを探して乗車、
これ見よがしに(笑)杖を使って必ず座るようにしていました。

変形性股関節症というのは股関節の軟骨がすり減って骨と骨がぶつかって痛む症状です。
大切な軟骨は増えることはなく最終的には人工関節を入れる手術を受けることで痛みから
解放されるようです。(生体移植で億単位の細胞を移植する手術もあるそうですが・・・)
私の場合は人工関節手術を受けるほどではないので、杖を使って荷物はリュックで2kg以上の
ものは持たない等々を守り、現在の軟骨を減らさないように!と言われました。 
悪くなることはあっても良くなることは絶対にないそうですが、大事にしすぎて(歩くことを
含めて)運動をしないと脚の筋肉が落ちて自力で歩けなくなることもありそうです。
「股関節の軟骨は減らさない程度で脚の筋肉は鍛える」というなんとも難しいバランスを保って
死ぬまで過ごすように!(と整形外科医は言いませんでしたが)これが私の現状です。

さて、教会の転会のお話です。
家から自転車で15分位の所に日本基督教団石神井教会があります。
脚の痛みと年齢も考えて転会のことを美竹教会の左近牧師にお願い致しました。
左近先生と美竹教会の長老会は快く受け入れてくださり、3月17日には石神井教会の転入会式があり、
私は石神井教会の会員になりました。自宅近くの石神井教会に巡り合えたこと、
転入会を許されたこと、これから先の教会生活が守られることを神様に心から感謝しています。
*************************************************************************

昨年10月にパソコンを新しくしました。
メールも写真もネット検索も殆どスマホで済ませる日々。
パソコンはブログの更新くらいしか使わないなぁと、このサイトに転会のお知らせを
投稿することを思いつきました。
いつか落ち着いたらまた少しずつでもブログで呟けたらと願っています。 

 
春近し 「ミモザ」です。

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休業致します。<(_ _)>

2023-03-24 10:57:09 | その他
昨年暮れに傘寿を迎え、八十歳になりました。
昨日の続きは今日、今日の続きは明日、と順当に淡々と日を重ねる予定は、やはりあくまで予定でしたね~ 
体力気力、集中力など全てにわたって退化しているのを自覚する今日このごろです。
「八十歳の壁」を乗り越えるために和田秀樹氏の本は必読、でしょうか・・・・
私の体調に合わせるかのように6年使っているパソコンの動きもモッサリとしてきました。ヤレヤレ。
とても残念ですが、このブログはここで一段落、休業とさせて頂きます。
パソコンは買い替えようと思っていますので、パソコンがサクサクと動くようになったら気分も上向いて、
また何かつぶやき始めるかもしれません。
皆様、長い間お付き合いいただきありがとうございました。<(_ _)>


追記:今、私は、ロシアのプーチン大統領が一日も早く人を殺める戦争を止めてくれますように、
   和平に向けての席についてくれますように、謙虚に神様の御心を尋ねる信仰に立ち帰って
   くれますように、そのように神様がお導きくださることを毎日、神様にお祈りしています。
   ウクライナの他にも様々な地域で戦争や内紛や弾圧が続いていますが、ロシアがウクライナへの
   侵攻を止めれば世界はもう少しまともな方向にバランスが取れていくのではないでしょうか。
   世界のキーポイントはウクライナ、キーパーソンはプーチン大統領。
   今はそう思っています。望みをもって神様に祈り続けます。


      

    美竹教会は4月から礼拝などで「聖書協会共同訳 聖書」を用いるそうです。
    付録の「聖書地図」が楽しいです。(^^)

美竹教会のホームページです、クリックしてお訪ねください。
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「コヘレトの言葉」読んでます。

2023-02-11 16:30:58 | 今日の聖句
「なんという空しさ、なんという空しさ、すべては空しい。」で始まる「コヘレトの言葉」を読んでいます。 
若い頃、初めてこの書を読んだとき、こんな言葉も聖書にあるのだ!と驚いたことを思い出します。
所々に入る「さあ、飲み食いして人生を楽しむのだ、それが人間の幸福だ!」みたいな聖句にも驚きました。
このブログでは「コヘレトの言葉」についての記事をこれまで何回も書いています。
深まらない私の聖書理解 (T_T) ですが、自分の生を肯定できる信仰を与えられている平安。
神様への感謝は深まっていると思い(願い)ます。
今日の聖句は「コヘレトの言葉」からの抜書きです。

(03:18~22)
人の子らに関しては、わたしはこうつぶやいた。神が人間を試されるのは、人間に、自分も動物にすぎないと
いうことを見極めさせるためだ、と。人間に臨むことは動物にも臨み、これも死に、あれも死ぬ。同じ霊を
もっているにすぎず、人間は動物に何らまさるところはない。すべては空しく、すべてはひとつのところに行く。
すべては塵から成った。すべては塵に返る。人間の霊は上に昇り、動物の霊は地の下に降ると誰が言えよう。
人間にとって最も幸福なのは、自分の業によって楽しみを得ることだとわたしは悟った。
それが人間にふさわしい分である。死後どうなるのかを、誰が見せてくれよう。

(06:12)
短く空しい人生の日々を、影のように過ごす人間にとって、幸福とは何かを誰が知ろう。
人間、その一生の後はどうなるのかを教えてくれるものは、太陽の下にはいない。

(07:29)
ただし見よ、見いだしたことがある。神は人間をまっすぐに造られたが
人間は複雑な考え方をしたがる、ということ。

(08:09)
わたしはこのようなことを見極め、太陽の下に起こるすべてのことを、熱心に考えた。今は、人間が人間を
支配して苦しみをもたらすような時だ。

(09:07~09)
さあ、喜んであなたのパンを食べ
気持よくあなたの酒を飲むがよい。あなたの業を神は受け入れていてくださる。どのようなときも純白の衣を
着て頭には香油を絶やすな。太陽の下、与えられた空しい人生の日々、愛する妻と共に楽しく生きるがよい。
それが、太陽の下で労苦するあなたへの人生と労苦の報いなのだ。


↓「新共同訳 聖書事典」(2004年)から木田献一先生の解説文です。これも何回かブログに載せています。

『コヘレトの言葉は冒頭の「なんという空しさ、すべては空しい」という有名な言葉にはじまり、極めて特色
ある思想を展開している。論理的一貫性を見極めることは必ずしも容易ではない。万物の無常を認め実体性を
拒否する思想は、旧約聖書ではほとんど他に見られない。脈絡を書いた金言を集めた印象の強い構成であるが、
内容は決して単に雑然とした断片的思想を集めてものではない。
固有性のつよい、考え抜かれた知恵の言葉を集めたものである。
コヘレトの言葉の思想の特色は、一切は空しいことに根底をおいている。これは透徹した認識であって、単に
「なんという空しさ」という詠嘆を意味するものではない。一切のことがめぐりめぐって循環しており、一定
の確固たる目的があるものとは思えない。「かつてあったことは、これからもある」そして、「太陽の下、
新しいものは何一つない(1:9)」と断定している。にもかかわらず、コヘレトは神を畏れ敬うことを拒否して
いるのではない(3:14,5:6,7:18,8:12,13,12:13)。むしろ、結局神を畏れ敬うことのみが根本的に
重要であることを確認しているのである。人智で量り難い神の知恵といつくしみを忘れてはならない。
人間はどこまでも謙虚で、神を畏れることが大切であると言うのである。
天地創造の神の業、終末における神の審判、人間のなすすべてのことについての責任、これらすべてのことは
聖書の根本的な教えである。しかし、これらすべてのことを固定的に考えてはならない。人生には悲惨も多いが、
また神が与えられる幸福と快楽も感謝すべき賜物である。これらの思想はヘレニズム時代に到達された認識である。

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  東京に雪が降った前日、公園で<トラツグミ>に会いました。
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あ~ぁ! 「ヘブライ人への手紙」!!

2023-01-26 12:58:45 | 聖書
サラサラ、とではありますが毎日聖書を読んでいます、音読も時々入れて。
何度目かの「ヘブライ人への手紙」読み終わりました。
参考書も解説書も開かない私の読み方がいい加減だということはよ~くわかっていますが、
それにしてもわからない箇所がてんこ盛り。嘆き続けています。
判らない「ヘブライ人の手紙」を嘆いた、このブログのこれまでの記事です。↓

2014/05/22
2016/02/29
2017/02/08
2017/02/11
2018/01/26
2020/06/21
2020/07/02

ネットで読みやすそうな解説書も見つけたのですが(聖書のお話「ヘブライ人への手紙」
荒川教会 国府田裕人著
)膨大で、素人高齢者クリスチャンの私は読む気力がわきません。
理解力の衰えも痛感し、諦めそうになります。 (-_-;) 
でも気がつくと私は知らず知らずのうちにドンドン自分勝手に神様を作り、想像している
ような気がして恐ろしいです。
聖書のみ言葉をしっかり聞き取って(理解して)独りよがりになりがちな私の信仰の支え
としたい、と心から願うのですが「ヘブライ人の手紙」と「ローマの信徒への手紙」は
とてもとても難しいです!

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まだ固い梅の蕾に<メジロ>が来ました。
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本当に心配です。

2022-12-27 14:24:17 | その他
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12月23日 朝日新聞「声」より
 「軍事費の捻出方法がにわかに問題になっているが、そもそも大幅増額の可否が議論されないのは
 どうしたことか。『厳しさを増す安全保障環境』という言葉に、メディアを含めて判断停止に
 陥っているのではないか。・・・中略・・・『反撃能力』と言い換えても他国にミサイルを撃ち
 込むことに変わりない。その結果、狭い国土に暮らす国民の命はどうなるのか。いまこそ外交に
 注力 すべきではないか。」

12月21日 朝日新聞「声」より
 「戦後80年近く、憲法9条の下で守られてきた『専守防衛』という枠が破られた。GDP費2%へ
 増額する防衛費、敵基地攻撃能力の保持という大転換を岸田文雄政権は閣議決定したからだ。
 ・・・中略・・・首相は『聞く力』をアピールしていたが、今回、国民はもとより国会の十分な
 議論もすっ飛ばしながら、『プロセスに問題があったとは思っていない』と語った。
 ・・・中略・・・その一方、旧統一教会と自民党との関係、閣僚辞任が相次いだ『政治とカネ』
 の問題はあいまいなまま、どこかに行ってしまったようだ。
 9条は、戦争や武力行使の放棄、国の交戦権を認めないと記しているが、今回の政策転換を見ると、
 もはや『自衛隊』とは呼べない。事実上の改憲ではないのか。」

12月23日 朝日新聞「素粒子」より
 「事故の反省に立って熟議を経て決めた原発政策を、広く国民の声をきくことなく、数時間の会議で
 葬り去った。『プロセスに問題なし』と強弁する安保政策に続く暴走。『国葬』も独断専行だった。」 
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コロナウィルスによるパンデミック、ウクライナへのロシア侵攻、地球温暖化問題などに私たちの
関心が向いている間に、日本はとても危険な方向に進んでいるのではないでしょうか。
有事法制関連三法案なんて名前も覚えられないうちに、アッという間に閣議決定しました、と言うか、
したそうです。平和主義をポイ捨てするかのように、閣議決定だけで「国のかたち」が変わろうと
しています。原子力政策の転換は一体どこで決まったのでしょうか? 
政治に疎く、自分の言葉で今日本で起きている出来事を説明したり疑問を示したりする能力が無く、
新聞で皆さまの意見を読んで共感し、その言葉を借りて嘆くことしかできない自分が歯がゆいです。
倦み疲れてしまったように、決起するパワーも湧きません。
多くの国民が、日本はこれで良いのかと心配しているのではないでしょうか。
でも誰かが何とかしてくれると思考停止しているのではないでしょうか。
もしこの先、私達の子供の世代や孫の世代が戦争に巻き込まれたら、温暖化で日本の気象環境が
これまで以上の犠牲者を出すほど過酷なものとなったら、その責任は誰でもない。
何もなし得ず、便利な生活を享受し、唯々諾々と政権の政策を受け入れてしまっている私たちに
あるのではないでしょうか。
第二次大戦の反省として、なぜあの時国民は戦争に反対しなかったのか、ということが問われた
時期が、私の若い頃にありました。
その答えは国民が皆、今の私のようだったから、という気がします。
私の心配は単なる杞憂で、全く違った考えの方もたくさんおられることでしょう。 
何が正解か私にはわかりません。

祈ることしかできない私は、プーチン大統領が信仰に立ち帰り、謙虚に神様の御心を尋ねながら
道を決めていって欲しいと願い、毎日神様にお祈りしています。
本当に憂うることの多い時代になりました。


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冬の日、梢から顔を覗かせた<アカハラ>です。
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説教「恵まれた人」 須田拓牧師

2022-12-26 17:41:50 | 説教
12月4日美竹教会修養会での須田拓先生の礼拝説教要旨が教会の広報誌
「信音」No784 12月号(2022.12.25)に載りました。
説教のタイトルは「恵まれた人」 テキストは「ルカによる福音書」1章26節-38節
「テトスへの手紙」3章1節-7節でした。



以前、私の友人が嘆いた難しいキリスト教のテクニカルタームをほとんど使わずに
優しい言葉遣いで神様の大きな愛、それに包まれる幸せを説き明かしてくださいました。
神様の存在をいつも身近に感じ、祈ることのできる信仰を与えられている幸せを心から
感謝いたしました。
この平安を持たない人々はどんな風にこの世を生きて行けるのでしょう。

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体長13.5cm,体重5g前後の野鳥<エナガ>です。
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修養会、感謝でした。

2022-12-05 18:10:06 | 美竹教会
須田先生が礼拝でなされた説教は、神様の恵みが心に染み渡るようなお話でした。
神様は一人ひとりを見ていてくださり、誰のことも見捨てることはなさらない。
信仰を与えられていること、神様が選んでくださったことをあらためて感謝いたしました。
分かりやすくて希望に溢れ、福音が礼拝堂に満ち溢れているようでした。

午後の修養会。
私は会計のお手伝いをしてからの参加でしたので、須田先生の講演は後半しか伺えず、
残念でした。

参加者が三つの班に分かれての分団。
教会員の方々と近々とお話できることがこんなにも心温まることだとは!
コロナの前は当たり前の光景だったのですよね。
平凡に過ぎゆく日常がどんなに有り難いものか実感して胸が熱くなりました。

須田先生が三分団を回って質問への回答?などを話してくださいました。
私の分団の方が四つ質問をされました。
使徒信条から「生けるものと死ねるものを審きたまわん」と「公同の教会」について
もう一つは何か・・・・(忘れました <(_ _)>)
それと主の祈りから「我らが罪を許す如く、我らの罪をも赦し給え」について
須田先生からの解説をお聞きしてスッキリ (多分) いたしました。

左近豊牧師が終わりの祈りと、須田先生への心からの感謝を述べて会は終わりました。
修養会、感激いたしました。 


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   秋は過ぎ、いよいよ冬の到来ですね。
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教会の修養会

2022-11-27 16:10:33 | 美竹教会

今日からアドベントに入り、礼拝堂講壇の蝋燭一本目が灯されました。

お知らせです。 来週、教会修養会が開催されます。

遥か昔、二十代初めに教会を離れる前、何回か教会修養会に参加した記憶があります。

何十年もの長い放蕩息子状態から立ち帰って美竹教会に戻ってからは、初めての修養会です。

「分団の時間」何をするのかな~ ちょっとドキドキ・・・・

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     公園の<イイギリ> 赤と緑、なんとなくクリスマス (^^)

 

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教会の献金、私の献金

2022-11-16 12:28:02 | その他

そろそろクリスマス献金を捧げる時期になりました。

今年のクリスマスはいくら献金できるでしょう・・・・

 

いつも私が捧げている献金は主日礼拝の時の「席上献金」、月に一度の「月約献金」、

同じく月に一度の会堂改修等に備えての「会堂積立献金」、感謝献金として一年に一度の

「イースター献金」「ペンテコステ献金」「クリスマス献金」です。

感謝献金として「誕生日」「受洗感謝」「結婚記念日」などに献金を捧げる方もおられます。 

私もこれからはそういう記念日感謝献金を捧げなくては!と思っているのですがつい、

その日を忘れて過ごしてしまいます。<(_ _)>

 

年金が唯一の収入の独り暮らしの私ではありますが、献金の額は、神様の大きな恵みに

感謝して少しでも多く捧げたいと願いながら決めています。

それでも私が捧げている献金の額は、今世間で話題となっている旧○○教会の高額献金とは

桁違いに少ないものです。年一度のクリスマスに捧げる感謝献金も本当に少ないものです。

 

教会の運営は教会に集う信者、求道者、その他の方々の献金で成り立っています。

牧師だった私の義兄は福井県、北海道、静岡県、神奈川県を任地として過ごしましたが、

その生涯所得はとても少ないものでした。牧師婦人として義兄を助け神様に、教会に

奉仕してきた姉は教会からの謝儀というものを頂いたことはなかったそうです。

当然、リタイア後に受給していた年金額は二人合わせてもとても少ないものでした。

信者数など、教会の規模、カトリックとプロテスタント、様々な要素によって牧師への

謝儀等には天地ほど大きな違いがあることと思います。教会からの謝儀では生活できず、

アルバイトをしている牧師もおられるのではないでしょうか。

 

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これまでに何回か、献金についての記事をこのブログに載せました。よろしかったら

お読みください。私の献金についての考えや、普通の(何が普通か?まあ、私の周囲の、

私の知っている範囲で、という感じ・・・かな?)

キリスト教会の献金事情が少しでもおわかりいただけるかもしれません。

「妹の孫娘」2020年11月23日

「イースター献金」2018年3月29日

「献金に思うこと」2012年7月4日

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公園の紅葉の見頃まで、あと一ヶ月くらいでしょうか。

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