夕螺の一言日記

毎日心に浮かんだことなどを書いてみたいと思います。。。(2014年3月13日開設)

「2月12日という日」

2017年02月12日 08時11分31秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2004年】
駅前の商店街の道を右側通行でものすごい勢いで走ってくる自転車が来た。と思ったら、僕の前に歩いていらおじいさんの腕に何かがぶつかった。おじいさんはだいぶ痛そうである。通り過ぎる自転車を振り向いてみたら、お母さんが子供を後ろに乗せて走っていたらしく、その子は眠って横に頭をはみ出していたらしい。
その子供にとってはぶつかったのがおじいさんでよかった。おじいさんも自転車のハンドルでなくよかった。。。。。ということかぁ・・・・
風邪で1週間以上休んでいる同僚が何人か出ています。
酢水でうがいをしています。。。。。

『こうばしい日々」
新潮文庫
江國 香織  著

この前、江國さんの「スイカの匂い」を読みましたが、この作品で少女たちが描かれていました。ここに描かれている少女たちがどこまで絵國さん自身の経験が入っているのか興味を持ちましたし、江國さん自身の経験ではないとしても江國さんの描く少女に江國さんの内面が入っていると思います。
もう少し江國さんの子供を題材とした作品を読みたくて「こうばしい日々」も買いました。
文庫版の「こうばしい日々」は、「こうばしい日々」「綿菓子」の二つの作品が載せられています。
この二つの作品は、少年と少女が描かれています。どちらも年齢的には12歳前後です。「スイカの匂い」が7歳前後の少女ですから、「スイカの匂い」よりももっと精神面で大人になっていく過程を見ることができます。幼い頃は、家族や友だちその他、外界から受け刺激をただ受け入れたりぶつけられたりしながら、それを受身としてしか対応できない部分があります。それはただ保護された中にしか生きられないというような条件だけではなく、精神面においてもです。しかし12才ころの思春期(反抗期)になると、外界を見る目が育ち、精神面においても自我も発達します。この自我において不合理な外界(大人社会)を批判します。
12才頃の思春期の少年を描いた作品に、湯本香樹実さんの「夏の庭」がありますが、こちらは人の死を見つめることによって幼い子供から大人へ一歩近づくという作品ですが、絵國さんの「こうばしい日々」は、絵國作品らしく恋を通じて大人にどう一歩近づいたかを描いています。ここに作家の視線がどこにあるのかがわかりますが、違いだけではなく、江國さんと湯本さんが描く少年たちは、人の死とか、日米の文化の違いやそれの受け入れ方というような感情の外にあるものに接しながら大人に近づくと描かれている中に同じものを感じます。ここに女性作家から見た少年とその少年が大人になった男への視点(少年らしい男などという言葉をよく聞きます)が現されていておもしろいと思います。「こうばしい日々」の少年は、このような外界に反発をしながら成長しますが、そこには恋もあり、恋自体も「綿菓子」の少女との違いを表しています。
少年も少女も家庭や学校友だちなどの外界に接しながら成長をするのですが、「こうばしい日々」の少年は、家族の中に母親のアメリカかぶれを見たり、姉の友だちの男に日本かぶれを見る。そして姉自体には日本文化の誇張と実際には最もアメリカ人らしいボーイフレンドの中に矛盾を見る。恋という面では、一人寂しく暮らしているおいた女性を心配する。その女性に恋人がいることを知り安心する。この中に男としての思いやりのようなものが見える。クラスメートの少女との恋には、父親の「そういうことは理屈じゃない」と聞かされ、喧嘩をしたガールフレンドに何も言わずにキスをする。
老いた女性への思いやり、ガールフレンドとのかかわり、これを通して一回り大人に近づき、どこと無く自信を持ったように見えてくる。母親や姉への反発は変わらないものの、以前とは違う接し方も出てくる暗示があり作品は終わる。
「綿菓子」の少女は、家庭というものに女を見る。おばあちゃんとその友人の仲、両親の夫婦のあり方。12歳の少女の「結婚はしない。恋に生きる」という言葉に成熟さと驚きを感じる。少年に「恋に生きる」などと語らせる小説は皆無だろう。それだけこの少女の言葉に、思春期を迎えた少女と少年の違いを見せ付けられる。
元恋人の男を振って他の男と結婚をした姉に反発を覚えるが、その中に大人の行動の不可解さを見て反発もするが、姉の元恋人にキスをされ、コーヒーを口移しに飲まされたときに、「たとえおねえちゃんの身代わりでもいい」と女となる。
少女はこれからはちゃんと勉強もしようなどと成長をする。やはり、おばあちゃんや母親の生き方を理解していくと思われる中に作品は終わる。
ここで思春期の男女の違いを強調するつもりは無い。しかし江國さんが描く二つの作品の中にそれを感じ取れるし絵國さんの作品の素晴らしさを知ることができる。
銀色夏生さんの「黄昏国」の中に詩「春の小川で」(17頁)に
「糸をえり分ける作業を終えた私が
 種をちょうどのところへならべる作業のあなたと
 休けい時間
 ・・・・(以下略)」
とありますが、これを恋人どおしの性格の違いぐらいに見ていたのですが、今回江國さんの「こうばしい日々」を読み終わり、男と女の違いと見るべきかと思いました。こう見ると、また、この詩の味わいが違ってきました。
「糸をえり分ける作業」「種をちょうどのところへならべる作業」この言葉のうまさを見ることができました。
いろいろな作家、作品を読むと、いろいろと思いが広がって生きます。楽しいです。



【2005年】
(記事なし)

【2006年】
南房総に行ってきました。
朝起きたら東京はすごい寒さ。。。
一足早い春をと思ったのですが、これでは房総半島も寒いかもしれないと不安の中でかけました。東京は寒くても千倉のほうは暖かでした。やはり黒潮の流れる地方はちがう!
でも、昼少し過ぎに館山のほうへ入ったら、急に寒くなり雪もちらつきました。千倉方面から低い山を越えただけでもこれほどちがうのか?気候というのは面白いものです。
今、ぶじゅさんちにお邪魔したらチョコの話題が。。。
「スイスのへフティのチョコレート」たまにはこういうチョコをもらいたい。。。
チョコレートはカロリーが高く太るとかあまり良いイメージがありませんが、カカオは体に良いと聞いたことがある。ココアもカカオだっけ?ココアも体に良いと妻は特性ジュースに入れている。たまにはチョコも一つぐらいつまむのもいいのかもしれない。
恥ずかしながら生チョコというものを知ったのは最近で、はじめて食ったときは感動をした。甘さが少なめでほろにがい苦さ。ううう。。。高級品を食いたい。

【2007年】
茨城県に家族4人で「どぶ汁」を食べに行ってきました。
去年の暮れに泊りがけでアン肝を食べに行きましたが、予算の関係で(笑)アンコウ鍋のどぶ汁を食べられなかったので今日行って来ました。今日は日帰り。。。。
去年も言った店なのですが、相変わらず込んでました。予約をしない飛込みでは休日は無理でしょう。
東京で鮟鱇鍋というとどういうものかな?そういえば食ったことがない。どぶ汁というのは北茨城独特の味付けで、味噌にアンコウの肝を溶かし込んだ風味豊かなスープです。一度食べたら癖になる味!!
しかし。。。。1人前3000円・・・ううう
アン肝も、どうしても食いたいという娘のために1人前。これも予算の関係で。。。ハハハ
アンコウは高価ですから鍋を食うにはアン肝を我慢し、アン肝を食うには鍋を我慢する。
昼は、贅沢をしたしおなかいっぱいなで、夕食は簡単に味噌ラーメンを作りました。
そういえば、昼も味噌味で夜も味噌味。

【2008年】
(記事なし)

【2009年】
(記事なし)

【2010年】
(記事なし)

【2011年】
今夜は茹で鶏を作りました。
鶏を少し塩を入れてくず野菜があれば入れて茹でるだけです。
簡単でおいしいです。って・・・・・これでは料理ではないですなぁ(笑)
メインは茹でた鶏にかけるソースです。
粒マスタード・マヨネーズ・すりゴマを混ぜます。粒マスタードとマヨネーズの酸味が強いので好みの量の蜂蜜を入れます。うまいですよ。。。
今日は面倒なので鶏を茹でましたが、鶏の胸肉を蒸して薄切りにすればおいしいと思います。豚のブロック肉をやはり同じように茹でてもおいしいと思います。
また、すりゴマを入れなければロースとビーフもいいかな。
おいしいステーキやさんの前菜に出てくるローストビーフはこのソースに近いです。

【2012年】
朝日新聞11面に橋下大阪市長のインタビューがあった。
「社会保険では『人生一生使い切り型モデル』を考えています。ある程度資産ができた人は、老後の生活はまずそれでやってもらう。資産のある人には掛け捨て型の年金もありかなと。究極の所得再配分です。」
「人生一生使い切り型モデル」とはいってもこの言葉を読んで数千万数億以上の資産がある方はそうはビックリしないでしょう。またこれほどの資産があればもともと年金に頼るような気持ちもないでしょう。「人生一生使い切り型モデル」と言っても社会保障の問題ですから何も資産を残してはいけないということではないわけですから。
「人生一生使い切り型モデル」に該当するのは、中間層の公務員やサラリーマン層の高齢者でしょう。貯金や退職金を例えば年金をもらうまでに使い切ってから申請をしてくださいという事でしょう。その年齢は努力から解放される60歳からということでしょう。今の年金制度にしても段階的に60歳からの雇用が切れれば無年金化していきます。働く「努力」はしなくてもいいから60歳からは今まで溜めた試算で生活しなさいということにつながりかねないでしょう。まだ政府は60歳以後の再雇用制度を企業に義務化させるといっていましたが、橋本案はこれよりもひどいと言わざるを得ないでしょう。
まさに中間層は蓄えた資産を「人生一生使いっきりがた」となるわけです。
富裕層は何も老後は心配する必要もないし役員ともなれば定年などないわけです。何も痛みはない。まぁ、多少は掛け捨て型年金が強制される程度です。一方低所得者層も資産があまりないとなれば他の方法がとられるでしょう。橋本案は、この両方の階層からの支持を得るのではないかと思います。
結局は今行われようとしている中間層への負担増でしょう。
富裕層にはあまり影響も出ない中でのこの中間層への負担増が「究極の所得の再配分」でしょうか?

【2013年】
安倍総理が賃上げを財界に要請(お願い?)したらしい。これに対して財界は「業績が良ければ一時金や賞与に反映させる」と答えたらしい。
先日も書いたが、デフレからの脱却そして景気回復には企業に資金をばらまくだけではなくてその資金をどう回転させるかにあり、それには賃上げが不可欠なのである。安倍内閣はこの点では消極的だったように思うが、ここにきて賃上げにも言及するようになった。経済学関連の議論にも賃上げに言及したものも多い。今、春闘の時期ですから労働者側からの賃上げ(実際は定昇の実施ぐらいか?)の要求も出ており、何かしらの「結果」を残さざるを得ないようになっている。
アベノミクストいう政策は、ある意味ばらまきなのである。
量的緩和により資金を市場に流す。国家財政では国債の発行により公共事業などの需要をつくる。賃上げには1000億円の企業減税から。その他自動車関連税の減税など基本はばらまきなのである。その意味で賃上げを考えた場合、政府も財界も「業績があれば」という点で一致している。春闘も公務員や大手企業が中心である。公務員については賃下げですから民間中間層へのばらまきといってよいでしょう。政策的にはです。もちろん賃上げや賞与の増加は必要なことであり小手は実現させなければならない。しかし賃金も構造的な欠陥が言われているわけです。昔からの大企業と小零細企業の賃金格差や男女間差別、パート労働差別などあったわけですが、このような構造的な低賃金大家に加えて自民党は減圏法の改悪を行い正社員と派遣や季節労働の格差を広げた。低賃金の構造的な矛盾は広がってきたわけです。
こう見ると、中間層への賃上げも必要ですが、構造的な低賃金の改革に言及しないというのは賃上げのある層へのばらまきであり市場での消費拡大は限られたものとなることを意味しているのではないでしょうか。それは更なる格差の拡大です。
安倍内閣の政策があらゆるものでばらまき的であるという点で考えれば、アベノミクスとは経済政策という政策な対するものなのでしょうか?自民党そしてその後の民主党が行ったばらまきと同じ構図で政策が繰り返され、ばらまきの中では国民生活の向上はできなく逆に財政を圧迫して消費増税でした。構造的なものが欠ける政策では同じことが繰り返される酔うのもいます。構造改革などといえばいいことばかりのようですが、その中にはもちろん労働者に不利になるもの(たとえば解雇規制の緩和とか)がたくさんあると思いますが、労働者の立場に立った構造改革は対案としては持たねばならないでしょう。

【2014年】
朝日新聞の記事に「就学援助の小中学生、過去最高15.64% 文科省調査」という記事があった。
やはり中間層の減少という中での社会矛盾でしょう。
「要保護15万2947人(全体の1・54%)、準要保護139万9076人(同14・10%)。割合はいずれも前年度より0・03ポイント増えていた。」(上記リンクページより引用)
生活保護プラスそれに準じた生活が苦しいとされる準用保護を必要とされる世帯の増加ということはやはり中間層の減少傾向が続いているということでしょう。
この中間層の減少については厚生労働省の「貧困・格差の現状と分厚い中間層の復活に向けた課題」という分析も出ている。
政府やマスコミの中には株価の値上がりや一部輸出産業の好調さそして百貨店などでの高級品の売り上げの伸びを見て景気が回復していると分析をしている。しかし一方では100万円の年収でも仕方ないといった論調も出てアベノミクスは貧困や格差の是正に目を向けた政策を目指しているとは言いがたい。
親の貧困化、中間層からの脱落は子供の貧困となりそれはもちろん少子化を拡大していくでしょう。子供の貧困や少子化は次の世代の労働者を再生産することを困難にする。同時に年収100万円世帯は65歳までの無年金化により年金生活に頼らざるを得ないが頼ることもできない高齢者を生んでいる。その高齢者はもちろん高齢化社会の中で増加をしていく。
若い現役世代も中間層から脱落し、高齢者の無年金化は進む。
11日にアメリカのFRB新議長が下院金融委員会で証言して『イエレン議長は、長期失業が「異例の高水準」となっていることや、パートタイム職にしか就けない労働者の割合が「極めて大きい」状態とし、FRBが注視していく必要があるとの考えを示した。』と述べたという。
この言葉は重要な意味を持つでしょう。労働者の貧困化は失業だけではなくて「パートタイム職にしか就けない労働者の割合が「極めて大きい」状態」に経済の先行きに懸念を示している。やはり先に書いた日本で言えば「準用保護を必要とされる世帯」を問題としており、その貧困と格差を述べているのではないかと思う。そしてその改善がなければ経済の足を引っ張ることにつながるということでしょう。日本の株価の値上がりや一部輸出産業の好調さそして百貨店などでの高級品の売り上げの伸びを見て景気が回復していると分析というのは皮相的な経済の見方でしかないということです。もちろんアメリカの一時的な経済の好転も同じ分析でしかなかったのではないか。

【2015年】
(記事なし)

【2016年】
以下、今日のツイッターからです。

商品価格の下落や原油価格の下落は、生産性が高まる中での法則的なものです。商品はその製造において人間の労働力を少なくすれば価値低下が起きます。エネルギー消費を少なくすれば原油価格が下落します。この中で今、商品や原油の過剰生産という現象が現れている。
しかしこの過剰生産は相対的な過剰生産で絶対的な過剰生産ではない。人々はもっと商品もエネルギーも必要としているのだから絶対的な過剰ではない。人々の懐にあるべき貨幣量が減少している中で商品もエネルギーも消費できなくなっているのである。だから相対的な過剰生産なのである。
商品やエネルギーの価格低下は人々を豊かにする条件です。しかしこの価格低下を良しとしない人々がいる。利潤率の下がる中で企業や株主破損をすると。利潤率の低下を阻止するために日本においては賃下げという誤った生産性向上が行われた。そして低賃金労働力を求めて途上国に資本輸出
この中で国内労働者は疲弊をして結婚もためらい子供を産むのでさえ躊躇し始めて少子化という労働力の再生産の困難さにおかれるようになる。商品価格は下がるのが法則だがこれに反して物価を上げることが重要視される。ここから賃金の相対的な低下が起こり、労働力の再生産を困難にする
ここで奇妙な現象にお気づきになるでしょう。一方においては過剰生産が起こり、一方においてはほしい商品も変えずに労働力の再生産すらできない人々が増加をする。この奇妙な現象が拡大するとデフレマインドは大きくなり、経済はゼロ成長どころかマイナス成長となるのです。
物質的豊かさが多くの人々の貧困を生みだすという現在社会の矛盾が拡大していきます。しかしそれがまた豊かな生活をする人々を怯えさせるでしょう。豊かな人々は生き残りの競争の中でだんだんと淘汰されていきます。巨大企業もより少ない数に淘汰されていくでしょう。それがまた貧困を

【2017年】
朝日新聞4面に「日米共同声明」(前文)が載せられ、7面には日米共同会見が載せられていた。
日米共同宣言には、安保条約だ5条は尖閣しょとにも及ぶと明記された。しかし共同会見では、トランプ大統領は第5条への言及では尖閣諸島の名は出していない。
一部報道では、トランプ大統領の年内来日で調整するとの報道もあった。
また、共同会見では、産経新聞の質問に答えてトランプ大統領は、
「私は昨日、中国の国家主席と素晴らしい(電話会談での)会話をしました。私たちは仲良くなろうとしているところだと思います。日本にとっても、それはとても利益になるでしょう。私たちは話し合った内容について取り組みを進めます。 (上記7面より引用)
と答えています。
今後アメリカが尖閣諸島について明確にするかは今のところ玉虫色とみたほうが良いでしょう。

以下、ツイッターからの転載です。

うまく商売で儲けようとする方法に、まず高く値札をつけて、これじゃ高くて買えないよというと、さっと値引きをして売りつける。日米同盟での日本の負担もアメリカが大幅な負担増を求めなかったのは成果だと言えるか?地位強敵地位協定も含めて高い用心棒代の現状維持を日本は再確認したようなもの。
そしてトランプさんは日本国民に深く感謝をするというわけです。駐留費負担だけではなく、二国間協定やインフラ整備や日本企業での雇用やら、すべて含めて安倍政権が行うことを支持してくれる日本国民に感謝する。
安倍総理には不自然なおもてなしを行って満面の笑い顔をつくる。しかしその笑いは日本が良い商売相手だからだけではなく、アメリカはこれから日本からの『援助』をうけることとなる。この現状にアメリカは真から誇りは持てない。
商人政治は成功するが、中国とも仲良くしなければならない。商人と経済学は違うものである。中国からも援助は受けるでしょう。そして商売相手として馬が合うと。日本は本気で2位3位の経済大国として商売でない政治的経済的つながりを持たないとだめでしょう。安倍政権では無理ですが
これからアメリカでは日本からの援助で30万人(でしたっけ?)の雇用を生み出すとされています。日本はそのアメリカ第一主義を国の方針ともします。日本は多額の援助の引き換えに日米同盟の再確認を得たと見えます。この中でトランプさんに感謝された日本国民の状態はどうでしょうか
これまでの国政面での不祥事やスキャンダルそして今国会での大臣の資質や国会運営の形骸化の問題が出ています。数の力という決められる政治の歪曲としての民主主義の形骸化です。企業のブラックが噴き出て不安定雇用は増大しています。そのうえ時間外規制が取り除かれ過労死法となるか
女性の活躍はとん挫した状態ですし、子育て支援は金銭面だけの議論で、時間外規制が撤廃されればさらに子育ては難しくなります。年金支給額は減らされる傾向を示します。支給年齢の繰り上げが討議されようとしています。年金積立金は金融商品へ。生活保護はますます厳しくなるでしょう
経済の好転はいつまでたっても「道半ば」であり「好転の兆し」で終わっています。この道半ばの過程で先のツイートに現れている国民生活の困窮は続きます。円安誘導による悪性の物価高が国民を苦しませます。
公助から自助へ。。。。国民は国家のために、しかし生活は自分たちで。
こうしてみると、トランプさんから褒められた日本人は喜んでその言葉を拝聴するでしょうか?もちろん今の与党や一部マスコミや知識人は誇りとするでしょう。ODAとして日本より苦しい国々に対してその国の国民に直結する援助は日本人の誇りでもありますが。今は援助も国益(軍事)へ
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