夕螺の一言日記

毎日心に浮かんだことなどを書いてみたいと思います。。。(2014年3月13日開設)

2017年 7月23日(日)「自主的禁煙と強制禁煙(3)」

2017年07月23日 19時30分46秒 | 「思うこと」
自主的禁煙と強制禁煙(2)の続きです。
煙草は法的には一定の規制はありますが自由に販売できて自由に買えます。ですから喫煙は基本的には自由です。
しかし今の社会は禁煙を強制的に行っていることを上記リンクページで書きました。
煙草を吸うのは自由ですよ。といいながら強制的な禁煙を行う。ここには大きな矛盾がありますし、理不尽さがあります。
この矛盾や理不尽さが社会として当たり前になる思考方法や思想がそこにあります。法的には喫煙を許し、現実の禁煙運動では強制禁煙を許す。
これはものすごく危険な思考方法であり危険な思想があるのです。
喫煙率はさがり続けて今ではたしか30%を切っていると思います。喫煙者は圧倒的少数派です。ですから理不尽な強制禁煙という禁煙運動の矛盾はこの少数者の問題となります。少数者を押さえつけるという思想の危険性。少数者の問題ですから多数者から見れば何の問題とはならず、時にはその強制禁煙を後押しをする。
このようなことは禁煙運動に限ったことではありませんね。
例えば、休暇がなぜ取れないのかにも通じます。
級かは労基法や企業の就業規則にもある労働者の権利です。しかし日本ではこの有給取得率が低い。なぜでしょうか?ここにも「自主的禁煙と強制禁煙」の理不尽さが表れているのです。
日本人は自主的の休暇を自粛しているでしょう。しかしそれ以上にある強制が働くから休暇を消化できないのです。仕事が終わっても買えれない職場の雰囲気。仕事量が大きすぎて休暇などとってはいられない。休暇をとれば人が足りないので同僚に迷惑がかかるなど、この強制的な休暇制限があります。
お客の立場からすれば、有休などとってサービスが悪くなると困るという不満もであるでしょう。これは多数者にとっては強制禁煙はどうでもよいことと思うのと同じ論理です。
このようなものはたくさんあるのではないでしょうか?
しかしこのようなものが思想信条の自由にまで入り込んでくると国民生活は大変なことになります。ファシズムです。案外すでにこの思想信条の自由を行使するのは難しい社会になっているのです。
どうですか?誰にでもどこでも自分の考えを言えますか?
何か自己規制してしまうような雰囲気や条件がありませんか?
思想信条の自由があれば寒かとは言わずに自己主張して休暇をとれますよね。幾分か自己規制せずに済むでしょう。
煙草を吸うのも自由です。休暇をとれる労働者保護の法律があります。思想信条は憲法でも保障されています。ですから日本は民主主義の国なんですと。。。。。
本当でしょうか?
もちろんまだ民主主義は残っていますし、これを拡大しなければなりませんね。



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