夕螺の一言日記

毎日心に浮かんだことなどを書いてみたいと思います。。。(2014年3月13日開設)

2017年 5月 3日(水)「憲法記念日に思うこと」

2017年05月03日 21時52分12秒 | 「思うこと」
9条があるから平和がある。
しかし最近ではこの言葉を歪曲して、敵が攻めてきたら日本には9条があるから日本を守れるとして、それでは守れないなどと9条と平和主義を批判する。
そもそも「敵が攻めてきたら」という仮定で話を進める。ここから歪曲がはじまる。
9条があるから平和が守れるというのは、9条を神棚に祭っているからではない。
9条に沿って自衛多も最低限の自衛の組織として国際的な紛争を話し合い解決として解決するすることを積極的に国際社会に訴えることに9条の平和主義が平和を守ることにつながる。ましてや日本自身が攻撃をして侵略することは全面否定をされる。
これらの行動自体が9条に沿ったものとなることから、9条が理念的柱として平和を守るのである。
敵が攻めてきたら9条があるからといって守れないという歪曲が政治的な常識とされると、9条のタガが外れて、最近のように先制攻撃論まで飛び出すこととなる。日米安保が集団的自衛権となり、アメリカの軍事行動を「守る」ことが許されるとしてその中に戦闘に参加することが正当化される。また北朝鮮のミサイル危機が言われているが、これまで北朝鮮の核・ミサイル実験には今のような危機を政府は訴えたことがなかったでしょう。しかし今は安保集団的自衛権の中で、アメリカによる北朝鮮攻撃あるいは総書記の暗殺まで言われるようになると、日本国内の米軍基地への攻撃が現実味を帯びる。これにより急に日本の危機が言われるようになったのです。
このアメリカに追従する安保・集団的自衛権という「敵が攻めてきたら9条があるから平和が守れることにはならない」という論理が自ら作り上げた危機を一般化させて煽られることになる。
この戦争ができる国には現在の憲法が邪魔になる。
この中にかいけんが言われる。
戦争には国民を総動員しなければならないというのが日本独特な論理である。
この総動員には自由や民主主義そして言論の規制を必要とするようになる。改憲はここにまで言及されていくでしょう。
しかし改憲だけでは人の心までは変えられない。
大人社会においてはヘイト的なポピュリズムまでが飛び出し、排外主義や日本の優位性が強調されはじめる。子供には最近教育勅語の問題が出ていたが、教育によってこれが作られる。
経済は国による公助の軽視から自助の社会に向かう。経済的にも国民は総動員されていく。
国は国家主義として生き残りを見出そうとする。
しかしアメリカの保護主義が失敗の様相を示しているのと同じように、国家主義も日本社会を閉塞的にしていくことから経済を土台にして社会全体が衰退していくでしょう。
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