夕螺の一言日記

毎日心に浮かんだことなどを書いてみたいと思います。。。(2014年3月13日開設)

「7月17日という日」

2017年07月17日 09時17分12秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2004年】
外も家の中も、まるで脱衣場状態です。
風もない。。。。
天気予報では夜は雨だったのですがね。
朝早く雨季に向かって歩いていると、駅に向かう人たちよりも多くの若い人たちが駅から住宅地へと歩いていました。なんか、みんな朝帰りか。。。。?
若い女の子が歩きながら携帯のメールチェックをし、読みながら満面の笑顔。幸せそうです。
そんな中、僕の前をリュックが歩いている?リュックから足と手が生えたように歩いているのです。近づいてみると、まだ1年生になるかならないかのやせた小さな女の子でした。その後姿、ほんとかわいかったです。
しかしどこへ行くのだったのだろ?

【2005年】
(記事なし)

【2006年】
(記事なし)

【2007年】
ううう。。。食いきれない。
買い物に行き、商店街の八百屋さんの前を通ったら、大きなポリバケツの中にキンピラごぼう用のごぼうとにんじんを細く切ったものがあった。なんだかキンピラごぼうが食いたくなったので2皿買った。
ところが。。。。
八百屋のおやじ。。。。
何を血迷ったか、「おまけだよう!!」と、皿の上に鷲づかみにしたごぼうとにんじんをどさっと乗せた。今まで皿の上に盛られたものが倍以上に。それが2皿だからすごい量になってしまいびっくり。おまけしてくれるなら1皿でよかったのに。。。ううう
いちおう全部金平ゴボウにしてみましたが、やはり見ただけでうんざりしてます。
今夜は、この金平ゴボウと回鍋肉です。
回鍋肉のタレは市販のものを使い簡単に。。。
最近このような炒め物をするときには、やさいをさっと油通しします。この油通しというのがすごいものでして、野菜がパリっとおいしくなります。この前、酢豚を作ったときにやはりやさいを油通ししたら、いつもは残る野菜も完食。
一夜明け、新潟の地震災害の規模がはっきりしてきましたが、大きな災害だったようです。。。。新潟はこの前の自信から完全には立ち直っていない買ったと思うのですが、今度またですからねぇ。亡くなった方へのお悔やみと災害にあわれた方々へお見舞い申し上げます。
柏崎原発。。。。
ほんとに大丈夫なのかな。。。?ううう・・・
夏生さんのサイン会がどうなっているのかと思い、Papyrusの感想と一緒に手紙で問い合わせてみました。
サイン会がどのような形になるのか。。。。
まだ発表になっていませんね。
でも、おじさんが目立ちそうならちょっと躊躇しちゃいます。
サイン会も気になりますが、感想を書くというチャンスもそうはないので、夏生さんに読んでいただけるかどうか?(笑)
まぁ、中身は簡単なものですが。。。。

【2008年】
(記事なし)

【2009年】
(記事なし)

【2010年】
「五霞」とかいて「ごか」です。もう少し北に「古河」(こが)という地名があるのではじめは「うん?」と勘違いをしてしまいました。
施設内には地元五霞の物産もたくさんありました。お土産もたくさんあり、ドライブインという雰囲気が強かったです。農産物は別として、おいしかったのが「シュガーフランス」というラスクでした。バターかマーガリンの風味が強くて甘さも控えめでおいしかったです。おすすめですよ。。。。。
ちょうど昼飯の時間だったのでレストランに入りました。「レストラン華こぶし」
正直言ってあまり期待をして入ったのではないのですが、入ってメニューを見たらどうも豚肉料理が多い。。。。店内の張り紙やメニューをもう一度よく見たら「ローズ ポーク」という地元のブランド肉を使っているようでした。僕は久しぶりのソースカツ丼、娘は高い(ううう。。。。)ポークステーキを頼みました。肉はすごくやわらかくておいしかったです。娘が食べたステーキは厚みもありおいしそう。。。。柔らかだったそうです。
値段もそこそこでボリュームがあり、米も地元産コシヒカリ。たしか御代わりも?(記憶違いでしたらごめんなさい)
駐車場は広くて大きなトラックがたくさん止まっていました。レストランのおいしさとボリュームにトラックの運転手さんも立ち寄るのか。。。。。。
今度はポークステーキにしよう。。。。。。高いといってもほかのメニューに比べて少し高いというだけで良心的な値段でした。
ラスクとローズポークによリ、ABCで言うならAに少し近いBかな。。。。。。。

駅のホームでカレーを食べた
ルーはまずくはないが
小さな肉が二つだけ
とろりと煮込んでいない肉
いつも食い終わってガックリくることがある
どうしてもカレーのルーが少なくて
ご飯が二口三口残ってしまうのである
いつもルーを節約しながら食べるのだが
途中で「これではおいしくない!」と
ルーをたくさんつけてしまう
福神漬けでご飯というのも侘しすぎる
やはりご飯は残る
ご飯はいいが、カレールー大盛りを
つくれば売れると思う
この間食ったカツカレー丼は悲惨だった
ご飯が半分残ってしまった

【2011年】
(記事なし)

【2012年】
今後の原発依存をどのくらいにするかを決めるための意見聴取会が名古屋で行われ、20~25%を支持する立場で中部電力の社員と名乗る人が発言をしたという。
このような市民の考え方を聴く聴取会に一市民だとは言え電力会社の社員を入れること自体がおかしいでしょう。電力会社は市民の意見を聞く立場でしょう。無作為に発言者は決められているとはいえ、他の聴取会でも電力会社関連の人が選ばれているし、本当に無作為なのでしょうか。また、いろいろな意見を聴くために電力会社の人も入れたというものもあるようですが、それなら無作為の人選ではない。また、この電力会社の日との意見を違憲として集約するわけですから「やらせ」と言われても否定できないでしょう。
このような聴取会で8月末には原発依存度の結果を出すという。
市民は馬鹿にされています。
依存度を20~25%にするということでの安全性の意見として、福島の原発事故で放射能による直接的な志望者はいないし、今後もいないと信じるという考え方は狂っています。
僕たちは志望者がいるかいないかは確かにわからない。しかし健康への危険性は確かなものです。この危険性はいろいろな形であらわされていますし、政府自体も除染の必要性を言い、いまだに帰宅できない地域を定めて避難生活をさせています。放射能で死なないために除染や避難生活をしているわけでしょう。
このことを見ないで「ひとりも死んでいない」といった発言をすることは何を意味しているのでしょうか。
原発事故で死者が出ないから再稼働をして原発依存を維持するというそうとう軽々しい発想に電力会社があるということです。政府も。。。。。。
以前酪農家の方が自殺しましたが、それも風評被害で死んだで片付けられる。
慣れない場所で非難中に心労などで死期を早めた方も個人的原因でしょうか。
原発事故が東電の責任であろうが国の責任であろうが、賠償問題などのしりぬぐいをするのは、電気料金(家庭用電力料金値上げです)や税金という形で負担する国民です。
東電は独占企業であることから破たんはさせないという政府の手厚い保護(国民負担での)の基に再生が図られ、原発という固定資産を残すことからの電力会社の儲けを保障され、そのうちにまた以前のように株主配当も始まるでしょう。
あとに残るのは除染もされない山々に囲まれて山の水を使用しながら生きていく福島の人々と、思い電力料金や電力関連の税と増税される電気料金にかかる消費税を負担していく国民が残る。
この悲惨さを見ないで平気な顔で安全性を確認できない原発を20%以上も残すといえる厚顔さ。

【2013年】
今の社会では過労死などというまさに生存そのものが脅かされる事態も出ていますし、仕事上での自殺やもっと幅を広げれば経済上の問題での自殺者も増えているわけです。そしてその多くが若い人や高齢者。このような労働の場以外にも様々な意味において生存そのものが脅かされています。犯罪の増加による殺人事件が毎日のように起きていてその中にも経済的なものや金がらみです。
しかし、「生存の不安定性の増大」と言っても命がどうのということだけではありません。日々の生活が年々下がっていくこと自体も生存の不安定性です。あるいは下がっていなくてもその不安が常に付きまとうことも含めて。ドラマでシングルマザーやシングルファザーを題材にしたものがあるようですが、離婚や死別ひとつとっても片親だけで子育てをしていくにはほとんど公助的なものが見えずに苦しんでいる実態があります。離婚と言わずとも片方の親が重い病気になったら。。。。
正社員数は減少していき不安定労働が多くなっています。この不安定労働も生存の不安定性の一つでしょう。
まださまざまな問題があると思いますが、そしてそれは一人ひとり違う環境の中にあると思いますが、「生存の不安定性の増大」が今の社会に増え続けてきてこれからも増える心配が共有できないでしょうか?国や企業が安心を与えてくれる政策や要素が見当たるでしょうか?逆に限定正社員制度というものが出はじめていますし、ホワイトカラーエグゼンプション、公務員給与の減額や人減らしなど中間層と言われている人々にもその生存の不安定性が増す要素の方が強いのではないでしょうか?
今、世代間格差だ、官民格差だ、男女間格差といろいろと国民間を分断するようなものがはやっていますが、中身は例えば男女間格差をなくすために女性が働き続けて賃金も平等化するといった良い方向には向かわずに、だいたいがこの格差が言いだされたときには低いほうに合わせろでしょう。今はこのようなもので分断されている場合ではないはずです。
格差といえば、社会的に弱い人たちへの福祉や社会保障に対してそれを保証するための財源としての税の問題では、あんがい中間層は「なぜ貧乏人(ときには競争に負けたやつら)に俺が増税されなくてはならないんだ」といった意識が生まれます。これは昔からあったプチ・ブル的な意識を引き継いでいます。しかし上にも書いてきましたように中間層と言われている人々もその数を減らし続けて場合によっては生存の不安定性に巻き込まれるわけです。このような庶民の中にもある経済格差からのいがみ合いもどうにか克服して、社会全体のシステムの中で起きている「生存の不安定性の増大」を確認しあわなければならないのでは。
もちろんそれには今の政治が中間層を大切にしながら弱い立場の生活も保証するというシステムを取り戻さねばなりません。そこに向けての統一した意識形成が必要ではないでしょうか?

【2014年】
(記事なし)

【2015年】
(記事なし)

【2016年】
(記事なし)

【2017年】
しばらく忙しい日々が続きます。
東京は猛暑日だそうです。
朝から雷が鳴ってさっと通り雨が降りました。
その後陽が射してきてかなり蒸しています。
なんだか、どっと疲れが出そう。。。。。。
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