夕螺の一言日記

毎日心に浮かんだことなどを書いてみたいと思います。。。(2014年3月13日開設)

「7月13日という日」

2017年07月13日 09時07分24秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2004年】
東京も梅雨明けです。
暑いですが夏の好きな僕としては梅雨明けはうれしいです。わくわくします。そんなわけで夕食の支度をしながら買ってきた焼き鳥とビール。。。ハハハ、うまい!
野球はほとんど観ないのですが、プロ野球の1リーグ制を巡ってどこかの球団のオーナーが、選手の申し出を「たかが選手のくせに・・・・」というような発言をしていましたが、なんかどよん~としてしまいます。
野球の好きな(僕も子供の頃は長嶋や王にあこがれましたが)ファンを「たかが選手のファンではないか」と言っているようなもんで、野球選手に夢を持つファンで食っているオーナーも結局はたかが野球球団のオーナーでしかないと自ら言っているようなものです。
あるチケット売り場の前を通ったら、巨人戦チケットありますと大きな張り紙がありました。少し前は巨人戦となるとチケットを手に入れるのも大変だったのに。。。。なんかプロ野球も経営を含め成り立たなくなっているのかな?改革による景気野回復が見えてきたとはいうが。。。。

【2005年】
凍蒟蒻(シミコンニャク)
煮付けて食べました。
食感は、なんとなく油揚げ。。。。蒟蒻を薄く切り、寒い中外で凍らせそれを天日で干す。これを数回繰り返すそうです。
高野豆腐の蒟蒻版かな?
しかし失敗をして味が濃すぎました。汁を吸い込んでしまうので味付けは薄いほうがよいそうでした(作り終わってから食べ方の解説を読んでしまった)
また挑戦したいです。
しかし関東でもなかなか売っていません。

【2006年】
梅雨も明けそうです。
本格的な夏といった暑さです。昨日の夕方蝉の声を聞いたような?空耳だったかな?気持ちの良い暑さです。
昼に昨日の残りのヒジキご飯を食べました。ううう。。。うまくない。炊き込みご飯の残り物というのはまずいですなぁ。。。電気釜に入れっぱなしで保温しておいたのがいけないのか?臭いだけで腹がいっぱいになってしまった。
残り物だけでは淋しいので、スーパーに行きアジフライを買ってきました。これもまた油がきつくて胃がもたれました。
「女っておもしろい」の感想を書いています。もう少しで出来上がると思うのですが、難しいです。

【2007年】
台風が関東にも来そう。。。。
関東に来るなんてこの季節の台風ではありません。
沖縄では大きな被害が。。。お見舞い申し上げます。
なんだかすごく涼しい風が吹いています。台風接近の風ではない。
梅干の重石を取りました。梅干は元気です。。。。

【2008年】
(記事なし)

【2009年】
(記事なし)

【2010年】
子供手当てをばら撒いたから。。。。
それもマニフェストを半分値切って
事業仕分けで財政の節約をしたから。。。。
途中から天下りに論点変化?
だから国民は消費税を認めてくれる?
「菅」違いである
カイワレ大根を思い出した。。。。。
坊主頭の四国巡礼を思い出した。。。
って、菅総理には初心に戻ってほしいという期待なんです
政治センスや政治力は
小沢前幹事長や自民党のほうが老練です
菅総理にできることは国民の信頼を得られること

【2011年】
管総理が今日の記者会見で脱原発への一定の方向性を出した。
世論調査でもその支持率は20%を切っているわけだが、この中で脱原発の方向性を出せたことをどのように見たらよいのか。
それは管総理義自身が記者会見で言われていたように原発事故後においてのご自身の変化にあることに間違いないでしょう。人が一度メルトダウンといった原発事故をどうにも制御できずにその禍とは数十年の闘いにならざるを得ないという中にその変化があったようです。このご自身の考え方の変化は、相当強い心の変化ではなかったかと思います。もちろん総理大臣だからというものもありますがこれだけやめろコールの包囲網の中どうにか自分の意思を通していけるものはなんでしょうか。
やめろコールをしている議員や評論家マスコミにはやめろという中身の合理性がないということである。同時に国民意識も見なくてはいけない。まるで幼稚な辞めろコールは国民の心には響かないでしょう。そこで出てくるのは、辞めるべきという国民意識づくりである。抽象的でもなんでも毎日毎日いつ辞めるのか、総理の椅子にしがみつくなといった中身のない不毛なものが垂れ流される。
こういった世論作りも結局は同じ世論として存在する脱原発の方向性の前には力は弱いだろう。
ドイツのような国民投票とその国民の声を反映した国会における脱原発という民主的な手続きはまだ日本には無理なのです。特に国民投票制は憲法改悪の手段でもあります。ここに日本の特殊性がある。民主主義の発達の弱い中ではっきりした答えはなかなか得られない。議論ができない状況なのである。その中で大切なのは、どうにか方向性を出すことである。これははっきりした脱原発宣言ではない。いろいろな障害を加味した方向性としての脱原発である。
この意味においては管総理のお話はよかったのではないかと思う。
方向性を出しながら国民意識をどう物理的な力にするか。これが将来の解散でしょう。

【2012年】
(記事なし)

【2013年】
(記事なし)

【2014年】
(記事なし)

【2015年】
(記事なし)

【2016年】
(記事なし)

【2017年】
まずツイッターから
「北九州を中心に雨の被害が大きいですが、避難準備などが出たときに避難所に行く勇気が出るでしょうか?エアコンもない畳もない食い物もない。。。。。避難生活で体調を崩すことも多いでしょう。ペットもつれていけないし。毎年自然災害で避難する方が多数います。避難所について考え直すべきです。
戦闘機を買ったりオリンピックで金を使ったり、昔から無駄遣いについての非難が多いです。各都道府県にきちんとした設備の整った避難所をつくるべきですね。食堂や大浴場もつくり、普段は海外の旅行者も含めた安価な宿泊所に使い、いざというときには避難所として早い時期に避難してもらう。」
設備の良い多くの避難所をつくることは公共事業にもなるでしょう。そしてこの公共事業は国民の命に大きくかかわるものとなります。
いつまでたっても避難所=学校の体育館では。。。。
二度と原発事故は起きてはならないのですが、火山被害もありますし、長い年月故郷に戻れない方たちの住宅も兼ねることができるでしょう。
避難所や仮設住宅で体調などを崩して死ぬという二次被害ほど悲惨なことはありません。
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