夕螺の一言日記

毎日心に浮かんだことなどを書いてみたいと思います。。。(2014年3月13日開設)

「5月18日と言う日」

2017年05月18日 21時43分20秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2004年】
部は違いますが会社の若い人が結婚したらしい。まだ20歳か21歳。男です。
会社内を見ると、若い人たちの結婚は早いか遅いかどちらかみたいなような気がします。28歳から30代前半というのがよく売れ残っている。
案外会社人間だったり趣味に没頭しているような人たち。この年齢になると、自分の生活ペースや会社内でも落ち着いてくるし、結婚から遠ざかるのか?
早い結婚といえば、女性でもスパーなどでまだ10代としか見えないママさんが時々いますね。同じ世代のママさんがやはり同じような子供をつれてグループで話し込んでいたりしています。
この若い人たちの結婚、何か時代的背景や芸能関係に関係があるのかな?アムロナミエの若いママさんぶりに憧れたり。。。。。
若い夫婦の子供虐待など事件もあるようですが、がんばれぇ~と応援したいです。

【2005年】
「罪を憎んで人を憎まず」という有名な言葉は孔子の言葉でしたかぁ。。。恥ずかしながら知りませんでした。
でも、小泉首相がこの言葉を使うにしても、孔子は日本人でさえ学校で習う中国が生んだ偉人の一人であり、韓国は儒教の国と聞いたことがありますし、まさに歴史にかかわるものであり同時に国の主な思想にかかわることを忘れてはいけないと思います。
アメリカで、一新聞のコーラン冒とくに関しての誤報からアフガニスタンだったか、暴動が発生したといいます。アラブ世界でのアメリカの微妙な立場を反映しているのでしょう。たしかに小泉首相が孔子や儒教と冒とくしたと言う訳ではないのですが、中国や韓国と微妙な関係にある今、とらえられ方によってはひとつの言葉が思わぬ広がりでとらえられることがあると思います。
歌謡曲の「人生いろいろ」は、おやじギャグで済みますが、中国の生んだ歴史的偉人、その思想は、使い方によっては波紋は広がるのではないかと思います。

新ジャガがあるので今夜は煮物でも作ろうと思います。

【2006年】
もう熱帯低気圧になったらしいですが、台風が来ているそうですなぁ。。。
台風1号?名前は何というのか?順番に名づけられるそうですが、アメリカのハリケーンは名前で呼ばれることに親しみがありますが、アジアの台風は、名前というのはあまり聞かないので名前を調べてみても名前自体には親しみがないですね。
そういえば、伊勢湾台風とか、過去に大被害を起こした台風には名前が付けられるけど、これはやはり気象庁がつけるのか?
夜は、あっさりしたものが食べたくて散らし寿司風にして見ました。「風に」というのも、押し寿司風にしたちらし寿司ということで、ご飯と具を交互に重ねたものです。
久しぶりに作ったせいか、どうも味が今ひとつ。。。。
何が足りなかったのか?柚子?

【2007年】
日記は少々「おこもり」していました。
夏生さんの「ばらとおむつ」の感想を書いています。夏生さんの「おこもり」は、内面の変化があったのではと思いますし、その変化の中から「おしゃべり本」シリーズが出ていましたし、やはり詩人そして作家なのですね。。。。
僕のおこもりは、そうはいかないですが、「つれづれノート⑭」や「すみわたる夜空のような」の自分で書いた感想を読み直す中で「ばらとおむつ」を思い出しながら感想を書いていました。銀色夏生という詩人はすごいですね♪僕の心に一筋のひかりが射しました。
それがどんなものかはよくわからないのですが、これからも作品を読み続ける中に、そして「ひとつのものを表現し続ける」夏生さんの作品が続く限り、僕の絡み合った糸も解けてくると思います。
今夜は角煮。。。。
コトコトと3時間ほど煮込みました。柔らかくなったかなぁ?
あとは竹輪サラダ(竹輪の穴にきゅうりを入れたものとその他のやさい)、山芋のトロロ。。。。

【2008年】
(記事なし)

【2009年】
(記事なし)

【2010年】
雑誌でちらっと見てうまそうなので手羽先の甘酢炒めを作ってみました。
材料は、手羽先(手羽餃子を作るような大きいものではなくて一口ぐらいで食べられる手羽の小さな先っちょ)、ごぼう、長芋、生姜とニンニクのスライス、鷹の爪
調味料は、醤油、砂糖、味醂、黒酢
手羽をカタクリ2に対して小麦粉1の割合の粉をつけて揚げます。長芋は1センチほどの輪切りにしてやはり先ほどの粉で上げます。ごぼうはスライスをしてアクを抜き、水分を切ってから素揚げにします。
中華鍋にごま油を敷き、ニンニク、生姜、鷹の爪を炒めます。
お湯を入れて鶏がらスープの素を入れ、調味料を加えます。沸騰してきたら先ほどあげておいた手羽先、長芋、ごぼうを入れてタレをからませるように煮詰め出来上がりです。器に入れたら少しワケギなど緑のを散らすときれいです。
長芋はシャキシャキ感が残るように強火でさっと上げたほうがよいし、ごぼうも少し固めのほうがうまかったです。
ご飯がすすみます。。。。。

ただ一人
こうして高い山を眺めた
何も考えないことに決めた
ぼんやりした初夏の空
ただ一人
コーヒーをすする心に
沸き立つ想いにはっとした
ぼんやりとした初夏の空

この沸き立つあたたかさに
生きていこう
僕は勘違いをしていたのかもしれない
でもこのあたたかさは真実
この真実だけに生きていこう

つむがれた言葉の強さを
信じていこう
僕は忙しく日々を過ごしている
日々の中の想いを
この真実を信じ生きよう

【2011年】
電車を降りて駅のホームをのんびりと歩いていた。
すると後ろから僕を追い抜いて走っていく女性が。だいぶ焦っているようで、カツカツ、ペタペタと小刻みに何とも言えぬ足音を立てながら走っていく。
その走り去る女性の後ろ姿は、両膝を少し曲げながら少し蟹股。ミニスカートをぴちぴちに広げながら走る。だからお尻は落ちて背中はだいぶ猫背になる。顎を上げながら走り去っていく。
足元を見ると7センチほどはあるだろう細いハイヒールを履いていた。
ハイヒール走りというのはあのような姿になるんだなぁ・・・・と感心しながら見送った。

【2012年】
(記事なし)

【2013年】
連日橋下市長は従軍慰安婦と沖縄米軍に対しての風俗を利用すればという進言について言い訳のような発言(ツイーターも含めて)出ている。
この中で一つのキーワードは「なぜ日本だけが」という論理だと思う。
このことについて今日ツイートしたものをまず転載します。(誤字があった場合修正します)
橋下市長の先の大戦でも慰安所的なものは日本だけではなくアメリカもやっているしなぜ日本だけが責められるのかと。今のテレビニュースでは安倍総理は世界の国が軍隊を持っているのになぜ日本だけが自衛隊なのかと。この「なぜ日本だけが」という論理は今の保守に共通する論理かもしれない。
中身は見ないとすれば過去の慰安所的なものが日本だけではないとしても、「今の日本」もアメリカに対して風俗をという。世界の国々が軍隊を持っていると言っても互いにその軍隊をその国の政治全体を見て批判し合う。「今の日本」は憲法をすっかり変えてしまう「レジウム」と位置付けられ今の日本は変化
「なぜ日本だけが」という論理は、今の保守層が持つ論理であり、国民の中には平和憲法に誇りを持ち平和主義で行きたいという人々もいて、それは今の日本を世界に広げたいという意思も持っている。その人々にとっては「なぜ日本だけが」といった意識はない。他国を鏡にして日本人を決定してはいけない。
先日、漱石の「個人主義」について書いたがhttp://pub.ne.jp/yuura2/?entry_id=4891819 …個人主義や自己本位の中に先に書いたような意味での「なぜ日本だけが」といった意識はない。日本のことは日本が決める。「なぜ日本だけが」という感情移入で国民は判断をしてはならないだろう。
日本人は世界がどうであれ、慰安婦的なものを二度と作らない。そのためにも戦争はしないという意思を持ってもいいわけです。最低限の自衛隊が存在するなら自営に徹していく。こういう論理を持ってもいいわけです。ここに個人主義や日本人の自己本位を置いてもいいわけです。
日本人は「なぜ日本だけが」といった意識は持たなくていいんです。戦後の日本をよかった面、足りない面を伸ばしたり改善したりしながら日本の未来に活かせばいいわけです。もちろん日本の未来は平和主義と国民生活の安定・発展そして民主主義の強化です。

この「なぜ日本だけが」という論理は、橋下市長が何回も繰り返した言葉「日本は敗戦国だから」という意識に基づいていると思う。安倍総理の「戦後レジウムからの脱却」も同じではないかと思いますし、それが憲法を変えるというものに結び付いています。橋下市長と安倍総理は同じ論理であることが想像できます。
また自民党は保守として日本の政治を動かしてきたわけですから対アメリカに対する敗戦国という感情や現実を見せつけられてきたと思います。その中にも「なぜ日本だけが」「敗戦国だから」といった意識が強まったのではないかと思います。しかしそうは言っても日本は経済の発展で敗戦国だからという保守のコンプレックスを克服してきましたし、それには平和主義も役立ったわけです。
しかしその経済が沈みかけてきた中に意識としての「なぜ日本だけが」「敗戦国だから」といったものが急に持ち上がってきたのではないでしょうか?もちろん経済の発展段階でも同じものはありましたが。
しかし戦後も半世紀以上たち憲法も国民の中に浸透をして社会システムとしても国民生活としても大きな根拠になり浸透してきました。常に改憲に賛成する国民もいましたが、多数は今の憲法を問題視するのではなくて現実の社会の疲弊を何とかしなくてはいけないというものですし、今改憲に賛成するという国民が増えてきたのも「憲法は変えてはならないというものではないという』論理からと何か大きな変化を求めているといった漠然としたものからでしょう。そこに96条から改憲というものが出てきた。あとは中国・北朝鮮という「敵」が作られてしまったという事です。橋下市長の公務員が敵なような発言も同じ影響を持ちます。
この中で「なぜ日本だけが」とか「敗戦国だから」という感情が大きくなっていきます。
平和主義は平和ボケだと言われて攻めてこられたらどうするんだというこれもまた抽象性の高い議論が入ってくる。
アベノミクスが実体経済の改善が見えない中に、金融政策での円安で金をばらまきそれが株価を上昇させるだけの気分的な景気回復に日本は勝てる社会にならなければならないとして規制緩和が言われる。なぜかこの規制緩和も含めて気持ちの上での景気回復が漂う。
この実体のない経済回復とやはり気持ちの中での感情的ともいえる中での「なぜ日本だけが」「敗戦国だから」といったものが結びついて社会の方向性が決まっているように見えてくる。
橋下市長の一連の弁明もありますが、従軍慰安婦の発言と米軍に対する風俗利用の進言とは切っても切れないものなのです。ここでは戦争と女性の問題が過去と現代が一緒になっている。現代にも過去の矛盾を持ち込む中に未来を語れるでしょうか?アベノミクスや改憲も過去が現代によみがえるものかもしれません。国民生活が改善していく未来が見えるでしょうか?やはり「なぜ日本だけが」「敗戦国だから」といった論理・意識からは未来は切り開けないのではないでしょうか。
日本人が戦後作り上げたものから、それを土台にして良きものは残し矛盾したものは改善していく中に未来は開けるでしょう。憲法をはじめとした平和主義や民主主義をもっと発展しながらそれが経済に結び付いていく社会でなければならないでしょう。それを日本の「自己本位」として持つことが「なぜ日本だけが」「敗戦国だから」といった意識を克服させるでしょう。その中に国際社会でも尊敬される日本が見えるはずです。

【2014年】
「美味しんぼ」の表現が問題視されている。
表現されていることが事実かと同時に風評被害の元となるとか福島県民を傷つけたとか事実かどうかから離れたところにも波及しつつある。
今朝の朝日新聞の「声」欄(読者投稿欄)に、「美味しんぼ」の鼻血の件については疑問が出されているが、逆に安全だけを表現として表される作品ならばそれはまた福島県民としては素直に受け入れがたいとと書いている。こういった安心・安全だけを語る声もたくさんあるのではないか?「美味しんぼ」が問題となると同時に安心安全だけが言うこともまた問題ではないか?
事実原発事故は安全神話という安全・安心の言葉が広まっていた中での福島県民の方が中心に被害にあった事実があるわけです。今思えばこの安全・安心という言葉が広げたことが風評だったわけで県民の方はその被害にあわれた。そうすると放射線の健康への害も安全です安心ですでは簡単に片付けられないものでしょう。
「美味しんぼ」に否定的な意見が出た場合にその否定する方々も安心・安全を言うだけならばそれもまた否定されるべきでしょう。
相矛盾する言動というのは相対的な同じ過ちを生むことがあります。
安全神話という風評被害なのかもしれない。。。。原発事故の被害は。
事故後の核による危険性をうったえればそれは風評被害を生むとか安心を脅かすとか言われるが、この安全神話からの安心安全だということも風評被害を生む危険性があることも見るべきでしょう。

【2015年】
先進国というのは最終的には国民生活の平均値の多寡に現れるでしょう。
日本の最低賃金はOECDの中で先進国としては最下位だそうです。先進国といえばG7というような国を思い浮かべます。その先進国が何も上位を占めているわけではなくて、その中でも日本は断トツの最下位そうです。
何も最低賃金だけではなくて有給休暇の消化率や女性労働者の差別など様々な点で日本は先進国の中で下位になっている。
この中で企業の利益を出しているのでしょう。GDPが日本よりも低い国にあっても最低賃金や様々な労働条件が良い国があるという事は、なぜ日本でも同じことができないのかという疑問が出てきます。
先進国とは国民生活の平均値が高い国とならねばならないわけですが(格差の是正をしながら)、これがあってこそ先進国でいられる条件でもあるのです。労働者の使い捨てや労働者の賃金あるいは労働条件を下げて企業利益を上げることを生産性の向上と考えている国においては最終的には労働者をないがしろにした分だけ比例をして国力が低下していくということです。
先進国が先進国でいられなくなる日。。。。。

【2016年】
(記事なし)

【2017年】
リーマンショック後を見ても日本は賃上げと雇用(長時間労働による)を抑えながら企業利益を優先させた。これはいまだに日本の体質として残っている。
そして安倍政権となり、さらに円安誘導により輸出産業を保護をし、円安による輸入物価の値上がりにより相対的な賃下げを行った。企業利益は類を見ないものとなった。
しかし実体経済はどうなのだろうか?日銀の2%目標はほぼゼロになり、巨大企業が次々に凋落し始めている。
以上の経過から内需と国内設備投資は足踏みをし、中国やアメリカの消費に右往左往する体質が生まれた。
この一連の流れは、その政策が反経済学的な政策でしかなかったことを現す。
自国民の懐を軽くして、それをばねにして、諸外国の国民の懐に依拠をする。どうみても虫が良すぎる反経済学的政策である。
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