夕螺の一言日記

毎日心に浮かんだことなどを書いてみたいと思います。。。(2014年3月13日開設)

「6月15日という日」

2017年06月15日 08時40分53秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2004年】
買い物をして帰ろうと思い駅前のスーパーに行ったら休みだった。
家に帰るまでには商店街があるので買い物をと思ったら、もう商店街には八百屋やパン屋などの店はないのに気がついた。飲食店はたくさんあるのですが、八百屋がない。。。。商店街もスーパーに負けてしまいさびれ、もう生活の場ではなくなっていますね。
もう1軒のスーパーは、なんか刺身などは買いたくないようなところなのでやめ、駅から遠いスーパーに行きました。
夏生さんの「つれづれノート12」を再読しています。東京から離れて宮崎の実家に引っ越しますがのどかな田舎の生活がうらやましくなります。老後は自然の中でとも考えてしまいます。
しかし、年をとると、田舎暮らしよりも病院や日常の生活の買い物のことを考えると、東京(都会)が一番いいという人もいます。
ううう・・・ん?
たしかに住みやすいが・・・・・・

【2005年】
今夜は石焼ビビンバをと思ったのですが、娘のオーダーで夕螺シェフとしては急遽オムレツとしました。
朝から雨でした。今はやんだのかな?
公園の横を歩いたら深い緑色がきれいでした。
洗濯物は、今もどんよりとベランダにあります。今年は空梅雨と言われていますが、東京の水不足を考えれば雨もまた必要でしょう。。。。
内田百閒の「百鬼園随筆」を読み始めています。百閒は軍隊の学校でドイツ語を教えていましたが、蓄えた髭をそり落として授業を始めたら、いつもは規律正しい学生が笑いをこらえている。そんな百閒の様子を読みながら想像をして通勤電車の中で僕も笑いをこらえていました。顔は厳しそうですが、その厳しさもユーモアに変えてしまう。。。おもしろい方です。

【2006年】
ブログのほうもやっと設定も終わり少しづつ使い方がわかってきました。これで少しは落ち着くと思いますが、ブログもHPや掲示板とちがった特徴をゆっくりと考えます。もちろんメインは、HPです。
買い物に行くとき、どうしてもごぼうのキンピラが食べたくなった。
「ごぼうのキンピラ。。。ごぼうのキンピラ」とつぶやきながらスーパーへ。
ところが。。。。ごぼうが野菜売り場にない?係りの人に聞いたらもう売り切れたと。。。。今朝入荷していなかったらしい。今年は雨も多かったい日照時間も少ないから不作なのか?
それにしても食べたい食材がないとなると、涙がにじみ出るほどがっくり来ます。

【2007年】
(記事なし)

【2008年】
(記事なし)

【2009年】
(記事なし)

【2010年】
コンピューターのことはまったく知らないのですが、今こうして使っているパソコンにはキャッシュメモリーという記憶する場所があるらしい。一時的に情報を入れたり出したりそれをすばやくこなすためにある記憶の場所らしい。パソコンの基本的なメモリーに入れたり出したりすると速度が遅くなるのだろうか?キャッシュメモリーはこうしてすばやく情報処理をするわけだが、そこに記憶された情報は一時的なものですぐに消えてしまうらしい。我が家のパソコンは古いので時々メモリーが不足してしまうが一度電源を切るとまたメモリーは復活するみたいだ。でもさっきまでの情報は消えてしまう?
ごめんなさい。上にも書いたようにパソコンのことはわからないので勝手な解釈を書いてしまったわけですから間違っていたらごめんなさい。
なぜこんなことを書いたかというと、昨夜さんまさんの番組で脳学者の方が人間の脳にもキャッシュメモリー的な場所があってその脳の一部分はパソコンのキャッシュメモリーと同じ役割をしているらしいと言っていました。
たしかに一日24時間目や耳で得ていた情報を動画として脳が記憶して忘れないとしたらえらい事になりますからなぁ。。。。。そのほかにも考えたりという情報処理もするわけでして脳の記憶容量はすぐに満杯となってしまいます。
そこでキャッシュメモリーが必要になってくる。多くの情報をキャッシュメモリーにまず入れてその情報を処理をし必要なものだけを脳内の基本的なメモリーに記憶していく。あとの情報は、寝たりぼうっとしたり次の情報が入ってきたら消去される。寝ているときの夢はこの情報処理の一部とも言われていますね。
そこで頭がいい人と悪い人との違いがどこにあるのかというものが気になります。
もちろん脳のメモリーが多いほど良いわけですが、これは人間の脳としてはだれでもが一緒でしょう。ある人が5ギガである人は30ギガというようなものではない。同じようなメモリー数がある中ではやはり使い方なのでしょうね。
よく学生の頃テストの前日の一夜漬け勉強というのがありましたが、これはまさしくキャッシュメモリーへの情報入力なわけでしてだから寝てしまうと消去されてしまうし、また次の日のための一夜漬けをすれば(笑)同じようにキャッシュメモリーに入力された情報をイカに脳の基本的な部分のメモリーに保存をするかですなぁ。。。。。違いは。
学校の勉強という情報をイカに基本的なメモリーに記憶するかですが、人によっては勉強の情報は入らないで趣味やいろいろなその他の情報が入ってしまう人もいるわけです。試験勉強中にもほかのことをいろいろと考えてしまうし勉強の中身の情報に興味がない(笑)となる。これは何も頭が悪いというわけではなくてほかの情報をより大切にしているということであります。しかし、今の世の中頭がいいか悪いかは試験の点数とどこの大学に行くかで決まってしまうわけですから、自動的に勉強以外の情報ばかりを入れてしまう人は頭が悪いとなってしまう。
でも、この頭のいい人というのも大学に入るまでで出たら不通の人になったり勉強の中の世間一般の常識の情報ばかりを蓄えてしまう人もいる。
そこで思い当たるのが「考える」ということである。この「考える」ということがパソコンのメモリーと脳のメモリの決定的な違いとなる。
たくさんの情報を入力してできるだけ多くの必要な情報とどうでもいい情報(どうでもいい情報というのは試験に役立つとか仕事に役立つというだけの情報ではないという意味です)をいかに基本的なメモリーに記憶させるかであると同時に、それらのさまざまなごったがえった情報をどのように関連付けて結び付けて処理をするかが「考えること」なわけです。面白い話をする学者は余談が多い。。。。これなんかは典型的ですなぁ。。。。文章も学術的表現ばかりでなく文学的な心にうったえる表現力を持つ。なんでもない事柄が研究の役に立つ。それは哲学だったり文学だったりするわけです。このメモリーに蓄えられた雑多なものの情報処理能力の差が頭のいい人悪い人となるのでしょうなぁ。。。。。本を読んでいてもテレビをみていてもその学者の中に頭がいいなぁ。。。と感じる人が時々出てきます。
何も学者でなくてもいいんです。一般的な凡人でもある程度は頭が良くなることはできるのではないでしょうか?

【2011年】
       拝啓 川上弘美様
「東京日記」を拝読させていただきました。
この世の中予想がつかないことが起きますね。いや、予想がつかない事の連続がこの世の中といえます。
なぜ予想がつかないのか?
自然現象はもちろんですが、この社会を形成するのは人ですからその人もつ心が予想もつかない動きを勝手に行うということでしょうか。
あの人はこういう人だと思っていても、あるときには思ってもみないことをする。
心の不可思議さがこの世の中を予想もつかなくするのでしょう。
個々人が予想もつかないことをしているし、その人自身でさえ予想もつかない。こういう世の中だからこそ喜怒哀楽があり楽しいのかもしれません。悲劇だけは困りますが。
今の議員は形にはめ込まれたような方が多いと感じますが、予想もつかないようなお友達が議員として何かをしでかしてもらうといいかもしれません。もちろんよい方に。。。。
                   敬具

ぎっくり腰はお辛かったと思います。
いろいろと予防する運動があるようですが、夕螺特性運動(とはいってもどこかで教わったものですが)は、ぎっくり腰になって死ぬ思いをしているときに行う運動です。もちろん骨に異常があるとかは別で、あくまでもぎっくり腰です。
足を肩の幅に開き背筋を伸ばす。両手は頭の後ろで組む。このままの体勢で前かがみにならないように膝を曲げていき、また膝を伸ばす。これをゆっくりと数回行います。ぎっくり腰はじっとしていたり寝ていてはだめというのがぎっくり腰30年のベテランである僕の結論です。
お忙しいようですがお体にはお気を付けください。
「いまそがり」のページを楽しみにしています。

【2012年】
まずは今日のツイッターから。
原子力規制庁設置法案、自公両党が提出の対案とともに審議入り http://t.co/jbtxFDI6 #FNN @FNN_Newsさんから。。。。「審議入りしたのは、政府提出の「原子力規制庁」設置法案と、自民・公明両党が対案として提出した「原子力規制委員会」設置法案の2つの法案」
原子力規制法案、3党最終合意 9月までに規制委発足 http://t.co/ofqRTCY7→原子力安全・保安院を廃止。新たに規制を担う組織として、内閣から独立性の高い「3条委員会」の規制委員会を設ける。委員は専門家5人で構成国会の同意を経て決まる。事務局として原子力規制庁を置く
ことば:3条委員会 http://t.co/8oURxZ2z
政府提出の「原子力規制庁」設置法案と、自民・公明両党が対案として提出した「原子力規制委員会」設置法案。からの合意が、内閣から独立性の高い「3条委員会」http://t.co/8oURxZ2zの規制委員会を設ける。委員は専門家5人で構成。国会の同意。事務局として原子力規制庁を置く
3党合意されたという原子力規制法案。原子力安全・保安院を廃止というのは当然だが、規制委員会を設けるが委員は専門家5人で構成その事務局として原子力規制庁が置かれる?専門家5人とその事務局の規制庁で、3条委員会としての役割が行えるのか?規制委員会(規制庁)はどこの省の外局?経産省?
原発依存が続く社会をやはり民主・自民の二大政党制が決めようとしています。消費増税も。。。。。二大政党制とはなんなのでしょうか?結局は保守が国会を独占する仕組みでしかない。小選挙区制を使って。

消費増税を通すために野田内閣は自民党案を丸呑みする形で合意を得ましたが、今後の原発への監視を強める意味での原子力規制庁の設置も自民ととの合意を得るために(これも消費増税を通すためなのか)規制庁の役割が薄れてしまったように感じます。
原子力安全・保安院を廃止というのも経産省からの独立した組織が求められるという意味も含むものでなければならないのですが、3条委員会としての規制委員会や事務局として原子力規制庁も外局という形になり、経産省からの独立したものになるのでしょうか。
今、大飯原発が再稼働されようとしていますが、原発の再稼働を前提にした新たな組織となることは廃炉は40年かそれ以上も可能かと民主党と自民党で話し合われていたことからもわかります。再稼働は、安全性よりも経済を優先させたものですが、新たな組織が純粋に独立した判断を下せるのでしょうか。経産省の外局としてこれまでと同じように安全よりも経済という図式の中で行われていくのではないでしょうか?

【2013年】
「絶対平和」というものを持ち出すのが観念的ですね。この観念的なものを突き付けて平和主義を批判するひどい論理。平和主義とは現実に戦争が過去にも現在にもあるから生まれる思想ですし継続する思想です。発展過程に平和主義はあります。(ある方への返信としてのツイート)
「絶対平和」というのは理念として持ち続けるものです。ですから今という時代には存在しないものです。しかしこの絶対平和というものは発展過程としてはその発展段階において実現されているとみるべきでしょう。
日本が平和憲法という理念(ある意味絶対平和かもしれません)を持ち続けた中に政治も国民も戦争を回避(戦前に戻らない)する努力の中に戦後日本が参戦(安保の後方支援や平和維持軍のようなものは始まったが)することはなかった。これは理念的な絶対平和に向けての過程としての絶対平和の実現の一つなのです。もちろん世界には戦争が続いていますしそこに日本が安保という形で加わっていますから絶対平和という観念的なものは存在しません。しかしアメリカも冷戦も終わりましたし、ベトナム戦争後は国民の理解を得なければ戦争を起こすことも継続することもできなくなっています。ここには民主主義が働いています。これも為政者が勝手に戦争はできないという意味において絶対平和の一部がアメリカにも現れているという事です。日本でも戦争の道への疑念が生じたときに国民世論はそれを修正してきました。これも上のアメリカの例と同じですね。ですから改憲や戦争があるのが現実なのだから日本も戦争の準備をするといった現実容認主義には反対をするわけです。
橋下市長の慰安婦問題と風俗発言問題は、過去の戦争には慰安婦的なものがあったのだから戦争というものや軍というものには慰安婦的なものが必要なのだというところから、現在にも駐留軍に対して風俗をといった論理に聞こえます。理念としてはこのような慰安婦的なものを否定し、現在においても公然と行う事にはその理念に反するという怒りとも言えるアメリカや国連の批判がである。もちろん国内世論からも批判が多く出ます。民主主義や人権尊重を理念として持つ国々や国民はその理念を持ち続ける中に慰安婦というような間違いを監視するものを持ち続けるという事でもあります。これが民主主義や人権を理念的な絶対なものに近づける過程となるのです。
平和主義というのは、理念としての絶対平和を口にするから平和主義ではないのです。具体的な戦争への道や思想や論理への反論など、一つひとつの現実の中に現れるものをなくしたり改良したりして理念を持ち続ける中での運動過程なのです。それは平和主義の発展過程であり、この過程を通して絶対平和に結び付ける思想なのではないでしょうか?
しかし保守の中には、現実は戦争がある世界だから、あるいは対立関係が大きくなったとしていつ攻撃されるかわからないという論理から絶対平和でいいのかという批判を出す。これは平和主義の理念的なものだけを拾い上げた論理です。平和主義には攻めてこられたら戦争もやむなしといった消極的なものもありますが、上にも書いたように戦争の道を狭くするという点から対立する国々に対しても外交などを通じて攻めてくることを阻止するものであります。絶対平和に向けてどのようなことが必要かという過程を大切にすることを含めた絶対平和と見ない観念的な批判だけでしょう。
人の社会もすべて発展過程に今があるのです。
現実はこうだからきれいごとは言っていられないという現実主義は今の現実を肯定する中に発展性がなくなります。今はこういう現実だから改善しようというのが発展過程です。人の歴史がどのように発展してきたかを見れば一目瞭然でしょう。

【2014年】
なんだろ?あの旅行サイトのページ。。。。

これまでずっと自民党は解釈改憲で自衛隊を作り増強してきた。この解釈改憲という言葉は野党側からの自民党批判としてあったのではないか?しかし今の安倍政権は自ら解釈改憲で集団的自衛権を容認するとした。ここが安倍政権の危険性なのでしょう。それが立憲主義の否定につながる道を示したのですから
たとえば自衛隊の装備や役割について変更しようとした時、自民党は法改正において国会に示した。これに対して野党からは「違憲だ」として法的には成立すれば合法で憲法では違憲ということから解釈改憲という批判となる。
しかし今の安倍政権は自衛隊法など関連法案を国会内に提出して国会の議論の中に集団的自衛権は憲法に反しないというものを示さない。さらに自ら解釈改憲だとする。ですから相当乱暴な立憲主義の軽視なのです。
       (ツイッターから)

【2015年】
(記事なし)

【2016年】
(記事なし)

【2017年】
gooお題「ラジオは聴きますか?」
一人車を運転しているときは必ずラジオです。
あまり音楽のかからないAM・・・
時々鋭い政治(政府)批判もあり、テレビとは違う報道に聞き入ります。
若いころはジャズや民族音楽が好きでFMを聴いていました。でかいテープデッキに録音しながら。。。。
あと、ジョットストリームが好きでした。始まりの澄み渡るテーマ曲・・・・よかったなぁ・・・ジョータクヤさんでしたっけ?忘れたのですが、あの声がまた素敵で紹介される局曲に引き込まれていました。
一人暮らしをしていたと仮定するなら、やはりずっとラジオを流していると思います。

人は一つや二つほっとする場所があると思います。
現実世界ではあるのかなぁ。。。。花と向き合える場所だろうか。。。。
ネット上ではこちらの銀色夏生さんのホームぺージのmonorogue
まず出てくる詩「私が」
一言一言の言葉ホッとさせられます。何か柔らかくて心地よいものに包まれている気持ちになれます。
魚だったり鳥だったり。。。。もしかしたら花だったり虫だったりもするかもしれない。
語りかけてくれた時、僕は必ず空を見上げる。
ジャンル:
その他
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