夕螺の一言日記

毎日心に浮かんだことなどを書いてみたいと思います。。。(2014年3月13日開設)

「4月19日という日」

2017年04月19日 08時13分26秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2004年】
買い物に行ってきました。
買い物をしていたら急におなかがすいてきてついパン専門店でカレーパンを買い車の中で食べました。久しぶりのカレーパン、おいしかったです。
そういえば以前揚げたてのカレーパンを食べたことがあったのですがおいしかったなぁ。。。。かりっとしてしんなりした盤、熱々のカレー・・・ううう・・・・また食べたい。
スーパー脇の歩道を歩いていたら、暴走チャリおばちゃんが・・・自転車のベルをチリンチリンとけたたましく鳴らし、歩道を歩く人たちを蹴散らすように走っていました。なんか大きな不満でもあるような顔でした。
もちろん歩道を歩く人たちの注目を集めていました。

【2005年】
この前、腰痛で病院へ行ったのですが、そのときついでに内臓から来ていないかを調べました。血液検査の結果、血液中の中性脂肪値が高いと医者に言われました。
そこで薬を飲むことになったのですが、だいぶ前にコルステロールを減らす薬の副作用に、筋肉が溶けるというよな者を読んでいたので心配になってしまいました。ネットでその薬を検索したら、いろいろと副作用について書かれていました。怖くなって飲んでいません。。。。心筋梗塞も怖いけど、筋肉異常も怖いです。。。。
結局は運動をしないで薬に頼ることがいけないのでしょうね。
運動でもするかぁ。。。。ハハハ
芋八という焼酎を飲んでいます。
金時芋使用とあるのですが、たしかにサツマイモの風味が濃いです。水割りのほうが美味いので飲んでいます。そういえば、酒が中性脂肪には悪いらしい。白血球の数はタバコが悪いといわれ、中性脂肪は酒。。。。なんか楽しみがなくなっちゃうよなぁ。。。。

【2006年】
なんとなく耳の調子が悪くて落ち着かず、百閒の「東京日記」の感想も遅れてしまいました。今日入れました。
今月の25日は、夏生さんの新刊が出ますが、「つれづれノート」3のページ作りとの関連もあり、しばらくは銀色夏生ワールドにはまり込みます。

「東京日記」
         岩波文庫
         内田 百閒  著
短編集「東京日記」をはじめ、「白猫」「長春香」「柳検校の小閑」「青炎抄」「南山寿」「サラサーテの盤」の6編が収録されています。
1934年から39年までの百閒45歳から50歳の頃に発表されたようです。「サラサーテの盤」は戦後(48年)です。
「(前略)つまり東京の街めぐりの情景は、それらの具体的な地名を通じて、明瞭な輪郭を与える。
その輪郭があるだけに、物語の内実はいっそう奇妙な印象を際立たせる。(中略)幻視、白昼夢、どのようにもこれらの妖異は言いあらわせるだろうが、それが東京という、現実に存在する場所の枠に規制されることでもって、いわば、瓶の中の子鬼のように封じこめられているのである。」   (文庫版「解説」より引用)
同じく、この解説にも書かれているが、「冥途」は、この「場所」がはっきりと書き表されていない。だから「冥途」は幻想的な世界に落ち込んだような感じを受け、夢の中の世界を漂うようである。しかし「東京日記」は東京の中に実在する街が出てくる。それも、昭和初期とはいえその当時の大都会である。その具体的な場所に幻想的なものが現れるのである。今で言えば、六本木や歌舞伎町といった繁華街、ビスネス街の西新宿や大手町に突然に幻想的なものが現れるといったぐあいで、「幻視、白昼夢」という表現が適当だろうと僕も思う。
皇居お堀から大鰻が出てき、よく見るとその大鰻は小さな鰻が集まったものだったとか、無人の車が中を浮いて走っていくとか、愛宕山の隋道の中に世界が存在しすべて光っていたとか、丸ビルがなくなってしまい野っぱらになってしまったとか。。。。
不思議な光景が展開されていく。
この幻視や白昼夢を思い起こすような世界が描かれている中で、百閒の異常さを見るわけだが、「芥川が描いた内田百閒」?(新潮文庫「百鬼園随筆」表紙)という漫画というのか落書きを見ると、芥川から見た百閒の狂気あるいは風変わりさを見ます。芥川自身も晩年の「歯車」を読むと、歯車の幻視を見ます。そして芥川は百閒の「冥途」を高く評価する。狂気といわないまでも百閒の風変わりさが「東京日記」という作品を生み出したのだろう。
現実に百閒が幻視を見、白昼夢の中にいたというのは定かではないが、東京という都会の中に幻想的な世界を見るという中にその幻想さは特別な不思議さとなって伝わってくる。自然の多く残る場所において自然を写すような幻想さは理解しやすいが、大都会の中に幻想さを見るというのはまたちがった不気味さを感じる。
この意味で、「東京」あるいは東京のどこそこという具体的な「場所」を示すことにより、この作品は独特な世界を作り上げているのだと思う。そしてその「場所」は「東京」でなければならない。
同時に東京は百閒の生活の場所でもある。
「具体的な場所の名を示す、ということは、つまり、私個人のことをはっきりと書くことなのだということを、この仕事によって教わった。そしてまた、私個人のことを書いたつもりでも、結局は何も書けていないのだ、ということも。」
               (川上弘美「此処彼処」あとがきより引用)
「以前『椰子・椰子』という、嘘日記の本をだしたことがありました。本書は、本当日記です。少なくとも、五分の四くらいは、ほんとうです。普通に生活していても、けっこう妙なことがおこるものだなあと、読み返しながら、なつかしく思いだしております。」
      (川上弘美「東京日記・卵一個分のお祝い。」あとがきより引用)
「冥途」が、具体的な場所がはっきりしないままに幻想的な世界を描いているとすれば、「東京日記」は東京のどこそこという具体性がある。ちょうど、この川上さんの具体的な場所を示さない「椰子・椰子」と、「此処彼処」「東京日記」との関係にも似たものを感じる。
百閒の「東京日記」が東京という都会を舞台に描かれていることにその作品の良さが出ていることと同時に、東京は百閒が生活する場所でもある。そんな場所に、普通に生活していても、けっこう妙なことがおこるものだなあという百閒の生活の場での妙なことでもある。
東京という大都会、そしてそれは同時に百閒の生活の場でもあるというそういう背景に引き込まれてしまうのではないか。
この百閒自身の生活を写したという点では、他の短編にも出ている。
子供の頃から習っていたという琴の話、盲目の音楽家の友人、教授職の辞任など、百閒の実際の生活の一面が現れている。また随筆にもある近所の殺人事件も表現されているが、そのような日常の中にある妙なことが描かれ、独特な美しい文章で読者の心に突き刺すような読後感を残す。
本当の話なのかウソ話なのかはあやふやな中に、そのあやふやさに心はあるのである。簡単に喜怒哀楽などという整然と言えない心の動きではないものを読者の心に残すだろう。


【2007年】
寒いです。。。
また冬に逆戻り。日差しはないし風は北風。
もうスギ花粉は終わったと想うのですが、朝くしゃみ連発。ヒノキ花粉が出ているらしいです。
寒いので少しためらったのですが、床屋へ行ってきました。
寄る頭を洗い鏡を見たらだいぶ白髪が増えてしまったように感じました。ロマンスグレーなどといえば聞こえはいいですが早い話しが老化ですからなぁ。。。。髪が短くなるとなおさら目立つようです。毛染めをするほどではないのですが、近いうちに染めなければならないかな。でも、見た目すぐに爺さんとわかるのに髪の毛が真っ黒というのもまたみっともないです。顔はしわだらけなのに頭は黒々。。。。
白髪ぼかしというのもあるそうですが、どうも染めるという行為がいやだなぁ。でも真っ白になってそのままというのも。
そういえば、シャンプーだったかリンスだったか?
使っているうちに少しづつ白髪が目立たなくなるというものを聞いたことがある。確か友人が使っていたように聞いたことがある。今度調べてみよう。

【2008年】
(記事なし)

【2009年】
(記事なし)

【2010年】
先日ガソリンをいれに行った。いつものポイントカードを出して給油してもらい代金を払ったら、「ポイントがたまりましたから」とクーポン券をくれました。
先日本を買いに行った。いつものポイントカードを出して代金を支払ったら、「ポイントがたまりましたから」と100円のクーポン券をくれました。
先日コーヒーを飲みに行きました。いつものスタンプカードを出して代金を支払おうとしたら、「お客様!!スタンプがたまっていますからお使いになりますか」といわれ、コーヒーを只で飲んだ。。。。
クーポン券、何を買うときに使おうかな。。。。。
そうだ、そうだ。。。。
先日プリンターのインクを買いに行きました。4本セットの高いやつ。。。。ポイントカードを出して代金を支払おうとしたら、「お客様、ポイントをお使いになりますか?」といわれ、ポイントでインクが買えました。。。。
ムフフフ・・・・ポイントカードとスタンプカード!

また春にいたずらをされた
さむいよっ。。。。。。
僕はまだジャケットの下に
セーターを着込んでいる
でも、寒いままでいいや
あたたかくなったら
君がまた髪を短く
切ってしまうじゃないか
寒いままでいいや。。。

【2011年】
福島原発事故は予断を許しませんが、地震と津波での被災地の復興作業はこの福島原発事故の被害が重なり困難さを見せています。それは東北に限らず関東甲信越にまで放射能汚染が広がり、それは日本中に重い空気を漂わせています。
この中で政府による未来を見据えた復興青写真の検討とすぐの必要な対策への復興資金の財源が議論しはじめています。
復興を急速に進めなければならないことは皆が一致するところですが、しかしその復興資金の財源問題は東北の復興ばかりを考えたものではなくてその後の日本の経済活動に大きく影響を及ぼすものであることも考えねばならないと思います。
復興資金については政府は、一次財源として年金財源(年金積立金といってもよいと思いますが、それは流用してはならない金のはず。または基礎年金の国庫担分をなくすというものか。どのような中身かははっきり見えない)から2兆円強をそして増税(2兆円以上1から3%?)を当てるとし、本格的な復興への二次財源は「復興再生債」という復興目的に使われる国債の発行を打ち出しているようです。
上にも書いたように年金財源は積立金にしろ保険料という新たな金にしろそれは国が税とした収入ではなくて国民から預かった金であることからそれを流用はできないはずです。そして国庫負担もこれまでの年金の議論からして削ることのできないものです。増税は消費増税となると思いますが、これは3・11以前からもあった個人消費の伸び悩みやデフレから考えて消費経済を大きく後退させるでしょう。もちろん被災地の方も義援金などから消費税を多く納めることになります。
災害復興という目的性のある国債発行であっても国債は国債ですから国民の将来への負担となります。国債はほとんどを国内で引き受けが行われているわけですが、新たな国際を引き取る金が国内にはあるということになります。その金はもっと有効に投資されるべきでしょう。または日銀引受になるかもしれませんが、これは禁じ手といわれていますし返済は増税が担保とも。
以上のことを見ると一般国民の負担増ばかりです。これでは3・11以前にもあったデフレや個人消費の伸び悩みをさらに悪化させていくことでしょう。復興が足かせになってしまうばかりでこれでは未来を見据えて復興の将来像がなくなります。復興というのはある意味国内消費の伸びであるはずです。その財源を国を出す。今の安では国内消費はますますしぼむことでしょう。
このような一般国民への負担の増加や借金をする前に日本は債権国であり外貨準備高もたくさんあるのですからこのような貯金をおろすべきでしょう。
外貨準備高にはアメリカ国産がそうとうな額貯金されているはずだと思うのですが、そのアメリカ国債から5兆円なり10兆円ほどをアメリカに無利息でいいから買い戻してもらうとか他の国(中国でもいい)に政府間協力的なもので引き取ってもらうことはできるはずです。いくら日米同盟関係からアメリカ国債は売れないといえ困っているときは借金をいくらか返してくれとは言えるはずです。軍事的(表面的には復旧作業ですが軍事的なものを含む)「ともだち作戦」には感謝をしつつ、同時に経済的「ともだち作戦」をお願いできないものでしょうか?
もちろんアメリカの経済状況はまだ復活をしていませんし、国民生活は日本以上にその格差は拡大しているかもしれませんが、どうにかアメリカの特別会計枠で国債を買い戻してもらいたいと思うのです。
これを財源として日本は国内消費を高めるということとリンクをした復興作業を早急に進めれば言いのです。そこには輸入もあり(アメリカからも)国内需要向けの産業も活発化(投資も含めて)し、災害で軽自動車の需要があるといいますが輸出産業も国内需要で粋が告げるのではないでしょうか?そして金は企業に吹き溜まらないように賃金や雇用などに金を回してそれは国の税収を高める。この一連の金の回転を早くして復旧作業は早く行われる。
社民党は「特別会計を利用する視点も大事」だと。
国民負担を大きくしたり借金を増やす前の貯金を利用しよう!

【2012年】
(記事なし)

【2013年】
国家があり、国民がいれば何かしらの統治のやり方は必要である。
しかしこの統治は近代国家では国民による国家の統治としてある。
しかし経済矛盾が深刻化したりして政治そのものもなりゆかなくなるとこの統治を国家そのものの機能が前面に出て政治家による国民統治が強調されるようになる。素人国民は口出しをするな、不平や不満はわがままだ、社会保障など甘ったれるな、自分のことは自分や家族で解決しろなどという国民による国家統治がないがしろになっていく。
国民自身もこの論理に動かされて公務員攻撃や条件の比較的良い中間層に目が向けられるようになったり、逆に弱者に目を向けるようになる。「恵まれすぎている」「わがままだ」と感情的なものも前面に出て互いに国民同士が足の引っ張り合いをする。国外あるいは外国人に敵をつくる。
少しでも世間の常識と違う言動をすれば叩かれる。ある時はパワハラやセクハラそしてイジメも含めてその行為が常識と違う意見や人に対して国民間での力関係の中で統治が始まる。監視がはじまる。
今、こういった社会になりつつあるのではないでしょうか?
聖戦というテロに正義の戦争。。。。世界的にも力による統治が当たり前に言われる。
正義のためには何でもありの言動が許されると勘違いをされる。その正義が本当に正義かわからないのに。そしてその正義が弱いところだけに向けられて力の強いところには頭を下げるという情けない正義になったり。

【2014年】
ソラマメが旬ですね。
でも、塩茹でして皮をむいて食べるぐらいしか思いつきません。
そこで小鉢のソラマメサラダ。。。。。
ソラマメは塩茹でして薄皮をむいておきます。茹ですぎないこと。。。。
ミニトマトを半分の切ります。以前テレビで見たのですが、トマトをよく見るとまん丸ではなくて少し楕円になっています。縦長方向で切ると種がよく見えてきれいなようです。
セロリは細めに千切り。
サラダ用の竹輪も縦に細めに切っておきます。
小鉢に盛り付けて食べるときにドレッシングをかけてブロッコリースプラウトを飾りに乗せます。
ドレッシングは。。。
味噌・マヨネーズ・辛子・ほんの少しの酢・砂糖・すりゴマです。

午前中は晴れ間が出てさわやかでしたが今はなんだかどんよりとしてきました。
スポーツジムへの散歩道。。。。ご近所のおばあちゃんを久しぶりに見ました。品のよいいつも笑顔の方でしたが、久しぶりに見たら杖を突いて驚きました。どこか具合でも悪くて入院でもしていたのでしょうか。。。。
スポーツジムも一度体を壊して「これはいかん!」と着はじめた方もいると思いますが、やはり体は健康なうちに動かして大きな病気を防止しなければなりませんね。
はじめて土曜日に行ったのですが思っていたよりは混雑していませんでした。でもやはり若い方もちらほらいて雰囲気も明るさがあったかな。。。。
筋トレは今までの負荷では少し楽になってきましたので少しだけ重さを増やしました。腹回りの横の脂肪を落とす運動を新たに教えてもらいました。

首相「デフレ脱却へ成長戦略さらに推進」 NHKニュース 消費増税は成長戦略に使うといっているということでしょう。。。。

これに関連して法人税減税もあるのでしょう。

年金運用に10兆円も利益があっても活用できない金でしょう。損をすれば積立金も含めて年金危機が出る。

成長戦略にすべてつぎ込んでいく。。。しかしその成果はいまだに道半ばだと。あとどのくらいつぎ込むのでしょう。量的緩和での物価高と消費増税の物価高。。。これも国民生活を犠牲にしているがどのような成果が出ているのか?下手をすれば追加の緩和。。。。

【2015年】
(記事なし)

【2016年】

テレビなどで震災の救出作戦が大きく取り上げられているが、裏には電気、ガス、水道などのライフラインの復旧に寝ずの作業が行われているでしょう。その他労働者の献身的な日常を取り戻す行動が無数にある。これを忘れてはならない。。。。。何もテレビで映っていることがすべてではない。
自衛隊や警察、消防で救出された人たちの医療は、テレビドラマのような医療現場が実際に起きているでしょう。自衛隊や消防などの救出はすべての労働者の献身的な行動の一部をなしているのです。ただその中での任務が違うだけなのです。すべての労働者はその任務や仕事の中での連携行動
新幹線を含めて鉄道の復旧や高速道路の復旧作業も。すべて労働者の力によって行われている。工場や商店も同じでしょう。これから壊れた商店の復旧も行われるでしょう。目に見えないところで労働者は頑張っているのです。ボランティアや救援物資を送る人。自分の仕事で応援(芸能人など
自衛隊の出動や救援物資の運搬もその仕分けは市民です。外国人旅行者に対する言語での支援なども。日本は井戸に毒を入れたなどというデマを垂れ流す人やヘイトスピーチの国ですから外国人は不安でしょう。でもそれを助けるのもまた日本人です。
自治体やその職員は、東北の震災時でも自分自身が被災者でもあるのにその職務を行っていた。九州でも同じでしょう。
しかし国(政府)は政局で動いている。もう、消費増税と緊急事態条項そして改憲の政局である。国は統治機関ですからそれもその仕事ですけど、参議院選を見た政局や改憲という政局で動いているように見えます。原発は一時停止もせず、激震指定(救援には欠かせない)も後手後手です。
もう一度、国民生活重視の国を考えあいましょう。災害の備えは1000万人分ぐらいで足りるでしょう。水や食料1人分で3000円(3日分)として300億円です。5年間の備え。これをエリアごとに分散して保管すればいい。
あとは自衛隊がヘリで被災地に集中して運べばいい。
国民1億2千万人がすべて3日分の食料を確保するという自助社会(政策)はあまりにも非効率的なのです。オスプレイ1機分ぐらいの金で食料として公的社会を作った方が効率的な社会となります。非効率性から「指定避難場所」だとか「避難場所」だとか国民には理解できないことが起きる
資本主義社会はその分業の発達により公助社会が必然なのです。金持ちが金を持っていても自助では何も豊かな生活はできない。分業のおかげで金があれば豊かさにつながるだけなのです。この公助社会を否定するのが今の自助社会を作ろうとする日本政治なのです。当然矛盾が出ます。
格差の拡大で貧困層(絶対的にも相対的にも)を作り出しておきながら自助社会を求めるわけですから。貧困でなくても少子化を生むような社会的に労働力の再生産すらできない状態を作り出しています。少しづつ金持ちの生活も豊かさを消していくでしょう。
もう、少しぐらいの金持ちではお手伝いさんを置くことはできなくなっている。自助で奥様は料理洗濯。まぁ、これは当たり前ですのでいいのですが。社会的富の減少やその減少した富がわずかな人間に集中するようになると、さらに富の生産は困難になるでしょう。
個人消費が減り続けて社会は貧困化の現象が現れ、この貧困化の現象は窮乏化として社会全体に矛盾を生む。労働者市民の要求が現れます。選挙を通じて試験交代が起きて富の再分配が行われるようになるでしょう。その時に富裕層の一部ではあってもは真に自助努力するしかなくなる。
自助社会においては震災の復興も遅れていくでしょう。ましてや高齢化と人口減の社会なのですから。

【2017年】
WHOの煙草の規制の次は酒のようです。「呑んべぇ天国の日本で飲み放題禁止、酒類広告規制の動きも
WHOの考え方は煙草と同じように酒で毎年330万人が死んでいるという曖昧統計にあります。
この規制の呼びかけから日本では酒の安売り競争や飲み屋の「飲み放題」という庶民にとってはささやかな楽しみにの規制になる可能性があるようです。
「広告を規制し、高い税率を課して価格を大幅にあげ、段階的に販売を規制していこうというのはまさにタバコ規制と同じやり方だ」 (上記リンクサイトより引用)
スーパーなどの安売り広告を見て自転車に乗って階に行ったり、飲み会の感じになって「今夜は飲み放題です!ガンガン行ってください!!」というたのしみもなくなりますね。
社会の中では過労死が問題化していますが、100時間残業が認められるという矛盾も。こういった規制の緩和が進む中でのたばこや酒の規制です。健康を考えての行政が進んでいるわけではないでしょう。
煙草や酒が健康を害しているという先入観を植え付けるようなものです。


gooお題「地図を読むのは得意ですか?」
苦手ですなぁ。。。。。
国土地理院の難しい地図は絶対無理で、方位磁石と照らし合わせてなどということはできない。
かといって簡単な地図も苦手です。
観光地に行くとイラストで書かれた観光地図がありますよね。あの地図は絶対に1,2度迷ってしまいます。
というわけでやはり方向音痴だと思います。
カーナビのように案内をしてくれないとだめですねぇ。。。。
そういえばカーナビは進行方向が上に来るように設定していますので、地図はいつもくるくると回っています。これに慣れてしまっているせいか、紙の地図を見なくてはいけない時にやはりくるくると地図を回してしまいます。すると地図上で目が回って今どこにいるのか完璧にわからなくなります。
でも、昔はロードマップを見ながらドライブに行っていました。縮尺の大きい地図ですがピンポイントの目的地にどうにかたどり着いていました。今思うとよくできたなぁと自分で感心してしまいます。多分あの頃は運転しながら交差点名や道路名、距離そして地名や道路の看板など相当注意深く観察していたんでしょうね。この観察を繰り返しているうちに感というものがついてきたのでしょう。
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