夕螺の一言日記

毎日心に浮かんだことなどを書いてみたいと思います。。。(2014年3月13日開設)

「12月 8日という日」

2017年12月08日 14時53分51秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2003年】
PCに座り、後ろには熱帯魚の水槽があります。
いつもお魚さんがポチャンと跳ねる音が聞こえるのですが、この前は、そのポチャンの後の≪ドテッ≫っとという音が?
なんだろと思い振り返ったら熱帯魚が1匹飛び跳ねた瞬間外に飛び出してフローリングの上に寝ていました(笑)
もうぐったりとしていたので、もうだめかと思いましたが水槽に戻したら元気よく泳ぎ始めました。よかった、よかった。。。。ハハハ
サバの味噌煮を作りました・・・・我ながら、甘さといい味噌の加減といい、よくできました。

【2004年】
電車に乗ったら自宅から携帯に電話。携帯のマナーが問題化されているので出ないで保留にしました。関東の鉄道では、体の不自由な方やお年寄りの優先席は電源を切り、その他の席ではマナーモードです。たしかに心臓のペースメーカーをつけている方にとっては電磁波は怖いでしょう。また、車内ででかい声でしゃべっているのも周りとしては迷惑ですね。
飲食店でも携帯禁止というところもあります。
便利なものがたくさんできていますが、その弊害もあるということでしょう。
昨夜から寝床で漱石の「夢十夜」を少しづつ読みはじめました。
短編ですからすぐ読み終わると思いますが、一夜に一話づつぐらいのんびりと読みたいと思います。
本は、30年も昔に買った全集です。ずっと記憶の中では角川から出たものと思い込んでいたのですが、昨夜出版社を見たら集英社でした。表紙はきれいな布張りでだいぶ分厚い本です。定価は2000円から2500円ぐらい。30年前の2000円といったらだいぶ高い本です。
この全集は文学全集で漱石の作品だけを集めたものです。
そのすぐ後岩波より全集が出ました。こちらは作品はもちろん書簡や日記に至るまですべてが網羅されています。こちらも布張りの高い本でした。僕の宝です。
どちらの全集にも巻毎に解説がありますが、この解説だけで1冊の本ぐらいになります。昨夜は「夢十夜」の解説もぺらっと読みましたが、今興味のある百閒の「冥途」との関連も書かれてあり興味深いです。
漱石だけではないですが、好きになった作家は全集を買うのが一番だと思います。もちろん今も活躍している作家には全集はありませんが、少なくともすべての作品をそろえることをお薦めします。

【2005年】
(記事なし)

【2006年】
(記事なし)

【2007年】
(記事なし)

【2008年】
(記事なし)

【2009年】
(記事なし)

【2010年】ツイッターつぶやき
今日から夏生さんの

「その瞳の奥にある自由」を読み始めます

最近読書ペースが遅くなっている

もう少しペースをあげねば。。。。。

僕の読書時間は通勤の電車の中だけ

30分ほどの時間にぐっと集中します

家ではゆっくり読めないし。。。。。。

読みたい本がどんどん積まれていく

まぁ、これが今の読書時間ですから

しかたないかぁ。。。。。

本を読んでいると、

2ページほどで何かを考え込んでしまいます

うん、この考え込むというのが

読書では大切なことです

その意味ではこのペースもいいのかな

今日サマーボーンレコーズから

「夏生」レコードです

「ハイネ」がでます

予約してこよう。。。。。。

【2011年】ツイッターつぶやき
だいぶ前だが、今算盤の見直しが出ているらしい。そろばんの玉を動かしていけば自動的に答えが出るというものは算盤も計算機の一つだが、同じ計算機である電卓とはまるで違うもののように思われる。指でそろばんの玉を動かすことと指で数字を押すこととは違うのでしょう。算盤は繰り返し行うことで暗算力が付きますが電卓は暗算の力をつけないのではないでしょうか?算盤の暗算力が筆算にも役立ってきます。
この算盤と電卓の違いを想う時、今学校で普及されようとしている電子教材はどうなのでしょうか?
電子教材というのは楽しみながら学習できる面があり使い方によっては学力の向上にもつながる面があると思います。また教室での学習効率(先生から見た)も上がると思います。しかし子供たちは何かを失うような気がするのです。特に幼稚園や小学校あるいは中学校までの子供たちにとっては。
算盤と電卓の違いとしての手を動かして記憶したりすることが少なくなるのではないでしょうか?
僕も漢字の書き取りが苦手なのであまり大きなことは言えませんが、日本語は漢字文化で英語圏などのようにアルファベットの組み合わせで単語を書けるわけではない。アルファベットの組み合わせなら電子教材で打ち込んでも言葉は覚えられるという面はあると思うのですが、漢字となるとやはり難しいのではないでしょうか。日本語が平仮名やカタカナあるいはローマ字になればよいとは思うのですがそうはならないでしょう。ワープロを見ても外国ならタイプライターの延長線のものですが、日本は仮名やローマ字で入力をしてから返還させなければならない。この繰り返しを行っても漢字の読みはある程度訓練されるが書くとなるとそうはいかない。
手書きのディスプレイなどを使って漢字練習も考えられますが、やはり手書きとは少し違ったものがあるような気がします。
将来、また手書きによる教育の良さが見直されるのではないでしょうか?漢字の書き取りや筆算を何度も繰り返すようなあるいは面白い教材を何度も繰り返して書き写すようなそんな、皆で音読をするような昔の寺小屋方式がどこかに残らないとだめなような気がします。
電子教材の良いところは、パソコンでのインターネットのように百科事典にもなるしきれいな写真や動画を見ながら学習できることかと思います。その中で調べる楽しさや文章だけでは理解できにくいものが理解可能になると思います。このような良い面を伸ばさないと。。。ただし教科書そのものが電子版になっては大変です。落書きができなくなるでしょう。。。。あハハハ。手垢だ付いたり汚くなったり、線をひいたりその感覚が大切なわけでして、これは本というものと一緒で電子版では味わえない何かを持っているのです。

【2012年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2013年】ツイッターつぶやき
安倍総理は秘密保護法が成立した後に「嵐が去った」とその心境らしきものを吐露したらしい。
しかしこの秘密保護法は国外も含めその法案の中身の欠陥を指摘され、法案を審議する国会にすら国民の納得を得ていない。朝日新聞世論調査によれば、国会の論議が十分なされたかという問いに76%が十分ではないと答えている。
安倍政権においてはこの秘密保護法だけではなくて国民生活の悪化につながる政策がまさに矢継ぎ早に進められている。社会保障や経済においての国民不在と労働の軽視が続く。
今の安倍政権には「ねじれの解消=数の力」という政治哲学の欠陥がありそこからのオゴリが出ている。
安倍政権への「期待」は薄れてきているでしょう。
この期待への失望感がある中で、「嵐が過ぎ去った」という安倍総理の言葉は国民の心に何をもたらすでしょうか?
憤りはもちろんため息をつきながらの失望感そしてこれらがひどくなれば軽蔑感へもつながりかねないでしょう。
もう一度思い起こしてほしいです。政権を取り戻した自民党は国民から維持を受けたわけではないといったような安倍総理ご自身の言葉を。
今後消費増税が実施されますし悪性の通貨安からの物価高が起こるでしょう。経済も株・金融バブルと国民生活の低下からのデフレ圧力が同時に起こるスタグフレーション的な経済矛盾に陥るでしょう。
社会は自粛と萎縮社会となる。
この日本には自己満足的な「日本はすばらしい」といったものが出てきますが、それがどこまで国民生活の実態からの心を支えられるでしょうか?

【2014年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2015年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2016年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2017年】ツイッターつぶやき
ブレーカがいきなり落ちた。
いつものように電気は使っていたのに。。。。
おかしいなぁ?と思いながらブレーカを元に戻したら
また子のブレーカが一つ落ちた。
風呂に入ったらシャワーから水しか出ない。
給湯スイッチを入れ忘れていたのかな?
妻に聞いたら入ってるよと。。。。。
水ばかりがしばらくで続けた。
誰のいたずらかな♪


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