夕螺の一言日記

毎日心に浮かんだことなどを書いてみたいと思います。。。(2014年3月13日開設)

2017年 6月10日(土)「暴言は言論の自由か」

2017年06月10日 21時51分03秒 | 「思うこと」
BBCニュースに差別暴言と乗客死傷、容疑者は法廷で怒鳴り続けという記事があった。
通勤電車の中でイスラムの少女に差別的暴言吐き、それを制止しようとした乗客3人を死傷させた疑いがあるという。
法廷では
「お前らはテロと言うが、自分にとっては愛国だ」、「アメリカの敵に死を」などと怒鳴った。さらに、「言論の自由だ。俺たちの自由がいやならこの国を出て行け。アンティファに死を」と叫んだ。「アンティファ」とは「anti-fascist」の略で、「反ファシスト運動」を意味する略語 (太字は上記サイトより引用)
などと怒鳴ったという。
イスラムの少女に差別的暴言を言うこと、これは「言論の自由だ。俺たちの自由がいやならこの国を出て行け。」というが、暴言は言論に値するだろうか?
街を歩いていたら、いきなり何の身に覚えもないのに「お前は馬鹿だ」と怒鳴られ、なぜそんな暴言を言うんだ」と聞き返したら「俺の言論の自由だ」といわれた。。。。こんなバカげたことはないでしょう。暴言でもいったもの勝ちなどという社会は通用しないでしょう。
暴言とそれを言論の自由とする背景には、互いに話し合ったり時には激論するするものが欠けてしまっていて、互いに怒鳴り合うことだけしか残らない。まだ力の互角である者同士なら怒鳴り合えるが、少女では無抵抗でしょう。無抵抗の者に対する言葉の投げ付けが暴言でもあります。
「バカ」「バカバカ」「バカバカバカ・・・・」子供の喧嘩である。
言論というからにはその中身に質の違いはありながらも、力の違いを抜きに、互いに話し合ったり時には激論するするものです。発言の中身が間違っているかいないかは別として討論から正しさを見つけ合うのが言論です。
ですから暴言というのは言論に値しないのです。
暴言を言論だとか自由だとか、そしてそれを阻止したら言論弾圧だとか、自由を妨害するものだとかといった言動は間違っているのです。
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