夕螺の一言日記

毎日心に浮かんだことなどを書いてみたいと思います。。。(2014年3月13日開設)

「4月18日という日」

2017年04月18日 08時09分18秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2004年】
イラクでの人質の方々が解放されました。やはりほっとしました。人質とされていたときは大変だったろうと思います。
しかしこれから帰国されてからも同じ大変さを味合うのではないかと思います。
政府は自己責任をいい、世論の中には自業自得という意見も多くなっています。
救出の費用が税金から支払われることの疑問も出ています。
確かにジャーナリストもビジネスとしていっている面がありますから(女性の人質の方のようにボランティアという方もいますが)自己責任はある程度必要でしょう。
しかしもうひとつの側面として、政府や大きなマスコミ機関が国民に知らせない部分を個人のジャーナリストが知らせてくれている面があります。劣化ウラン弾の問題やイラクの何の罪もない人々がどのくらい死んでいるのかなど。
人質の方への自己責任やイラクへの渡航禁止を言うのなら、政府はその責任においてすべてを国民に公表しなければならないし、大きなマスコミ機関は独自の取材をしなければならないでしょう。
救出費用についても、たしかに税金からですから批判もわかります。しかし一方では、今回の自衛隊派遣では370億円かかっているようです。もしこれから数年自衛隊を派遣した場合この負担をどうするのでしょうか。やはり税金からです。
たしかに個人と自衛隊という国の責任として行っているものとでは違いがあるのですが、これからいつの日か民間人がたくさんイラクに行く日が来ると思います。そのとき突発的な誘拐などもあるかもしれません。そのときに自己責任や企業責任として片付けられるのか。まあ、企業の社員が誘拐されたら今回のように自己責任は言われなかったのでしょうが、なぜジャーナリストやNGOならばそれを言われるのかが疑問です。官は保護、民は自己責任、これでは変です。
アメリカでは、ニューヨークのテロ事件をめぐって、調査委員会のようなものが開かれているようです。僕はアメリカのイラク政策は間違いだったと思うのですが、このような委員会のようにアメリカには自己批判をする民主主義がまだ残っていると思っています。日本にこのような自己批判をする民主主義があるのかと思うときがあります。
帰国するだろう人質だった方々が帰国後針のムシロに座らせられないように、これからもイラク問題に発言できるように願います。

【2005年】
(記事なし)

【2006年】
1週間前から、なんとなく両耳がぼぁっとした(気圧の変化で耳がおかしくなるような)感じがあったのですが、今朝はひどかったので耳鼻科に行きました。
どうも耳から喉や鼻に通じる管が炎症を起こして細くなっているようでした。
とりあえず今週分の薬をもらってきました。
しかし。。。。この耳鼻科・・・
いつも行く耳鼻科が休みだったので行ったのですが、おせいじにも立派とはいえない町の医者という感じでした。いつも行く耳鼻科も同じなのですが。。。。
先生はじいちゃん先生でなんとなくだいじょうぶかなという感じでした。
でも、そのじいちゃん先生、気に入りました!
だいたいどこの医者に行ってもタバコを吸うかと聞かれてやめたほうがいいと言われるので、耳鼻咽喉科ということもありまた言われるものと思っていたら何も言われませんでした。言われないどころか、僕のあとは患者もいないこともありそのじいちゃん先生は診療室でタバコを吸いはじめた(笑)
頼もしい先生です!
今はこういう町医者らしいというのか、豪快な先生がいなくなりました。
もらった薬を夜飲んだのですが、なんとなく効いたようですからしばらく通ってみます。
ということで今日はスポーツジムはお休みしました。体脂肪率(内臓脂肪率)も心配ですが、耳がうっとうしいとジムどころではありませんからね。。。

【2007年】
朝おきたら薄日が射していたので車でちょっと出かけました。
群馬県の妙義山に桜の里という桜の名所があります。
残念ながらまだ3分咲きぐらいでした。だいぶ山を登ったところにあるので遅いようでした。2年ほど前に言ったときも5分咲でしたが、里のほうは桜が盛んに散っていました。今年は里のほうはもう葉が出ていましたが山のうえは桜が遅い。暖冬で里のほうは早く咲き、山は寒さが続いたのかもしれません。そういえば、3がつに入ってから葉関東も寒さが戻りましたからねぇ。。。
仕方がないのでやはり桜がきれいな甘楽町に。こちらもやはりもうだいぶ葉が出ていました。それでも花びらがちらちらと散りきれいでした。名残の桜。。。。
山々には少し若葉が出てきてところどころに山の桜が咲き、パッチワークのようにきれいでした。
観光物産店で「ふるさと定職」というのを食べました。桃太郎ご飯?キビが入ったご飯でした。
うどんやコロッケ、酢の物、刺身こんにゃくとボリュームがありましたよ。
お土産の酒饅頭と蕗を買ってきました。
蕗はきんぴらにしました。
また詳しくは「ぶらり旅」のほうへそのうちに書きます。
晴れた日が少ないです。洗濯物が乾きません。。。うううう

【2008年】
昨夜からつよい雨風。
午後には風はやみましたがまだ小雨が残っています。
強い風と雨で桜の花の咲いた後のガクの部分がすべて落ち若葉がきれいです。
聖火リレーは、ナチスドイツからはじまり国威を見せ付けるためなのだからたいしたものではないというような意見が出ているようだ。
でも、聖火リレーが戦後再開をされたのはロンドン。

【2009年】
(記事なし)

【2010年】
夏生さんの「僕のとてもわがままな奥さん」(幻冬舎文庫)を読み終わりました。
なんだか身につまされますなぁ(笑)
座布団亭主の僕としては。。。。同類のジュン君の姿に涙しました。
座布団亭主。。。。その涙はあたたかい。
はい、座布団亭主とは、尻に敷かれる亭主のことであります。
日本男児という男からはかけ離れたもう一つの人種としての亭主であります。しかしこの座布団亭主というのは、欧米でよく言われる家事や育児の分担をする先進的な亭主ということともいえます。社会民主主義的な亭主であります。しかし情けないことに座布団亭主はそんなイデオロギーから来るわけではなくて、影の部分である恐妻から来るわけでして、また悲しいことに家事や育児が好きになってしまった亭主でもあります。いや、好きにさせられてしまったのか、飼いならされてしまったのか。。。。そうだからこそ座布団亭主の所以であります。
座布団亭主も悪いところばかりではない。たまに愛というお日様に干されてぬくぬくとほんの少しの心地よさに安堵するつかの間の幸せもあるわけです。だからジュン君の幸せもある。また座布団亭主は、日々の重圧に耐えかねて自分の世界を持ちます。浮気ではないほんの少しの温かさにほっとするジュン君、ナオミさんの声も聞こえない本の世界に入り込むジュン君。ささやかな散歩とたこ焼き屋のオヤジだったか?とのふれあい。だからジュン君の幸せもある。
ナオミさんはわがままですなぁ。。。
でも、悪妻ではありますが、ちゃんとそれなりにその愛情という陽射しでジュン座布団を干していますね。だからまた座り心地よく尻に敷けるわけです。
割れ鍋にとじ蓋。。。。
まぁ、こういってはおしまいですが、この作品のテーマは、愛という心地よい陽射しとぬくもりでしょうね。
だからあたたかい愛という陽射しとそれを受ける座布団亭主との絶妙な信頼関係がなくなり、干してもらえない座布団がひんやりとしたり、陽射しを嫌がるようになったらおしまいということになりますね。
この作品を含め、「カイル森」「つれづれノート17」(角川文庫)は、「愛三部作」ですなぁ。。。。ずっと詩に込めてきた「愛」そして「銀色夏生の視点」前後の「愛」その具体化と愛についての集大成でしょうか?
まだ「つれづれノート」が四分の一ほど残っていますので急ぎ読みたいと思います。また三部作を通した感想も出るかと思います。
そして夏生さんの愛についての仕上げは。。。。。。詩集で完結されねばと思うのですが。。。。
急ぎ感想にかえて。。。。。

【2011年】
自粛という言葉が流れていた。
国民はどんな意識にあったのだろうか?地震や津波での被災者への思いもあっただろうが、しかし阪神淡路大震災時のときとは明らかに違いがあったのではないか?福島原発の水蒸気爆発後の一連の放射能不安の高まりと原発への不信や恐怖感が広がったが、今の人の心に及ぼす暗いものそれが自粛というようなものに見えていたのかもしれない。地震や津波だけの災害だけならこうも心を暗くするものは少なかったと思う。
地震直後から被災地の悲惨さが映し出され、原発事故が明らかになりそして水蒸気爆発と放射能の拡散が報道されはじめる。テレビコマーシャルはガン検診や人の心を扱うようなものが繰り返し流される。被災地の悲惨さと原発事故の重大さの映像とコマーシャルの心に刷り込むような繰り返し。昔、コマーシャルの一つとして一瞬飲料を流すことにより視聴者がその飲料を飲みたくなるというものが問題になったが、被災や被害の繰り返される映像とやはり繰り返される一連のコマーシャルは人の心を大きく変えてしまっただろうと思う。
今も3月15日以後の放射能汚染の分布がはっきりわからない状況である。15日は福祉ま福島でも茨城でも東京でも広範囲において放射性物質とその放射線量の数値の増加が観測されている。それはその時点で国民は知っていただろうか?あるいは注意深く情報を集めれば知ることはできたのかもしれないが(報道にあった屋外に出ないで屋内にいることということが福島県のことなのか東京でもということなのかはわからないまま)国民の多くは何の警戒もせずにいた。情報は急に現れた。東京の水道水からの放射線と乳児への摂取制限そして福島の野菜そして関東にまでその影響が野菜に出てくる。23日だったか、雨による放射性物質の降下があったがそれ自体はわからないうちに水道水や野菜の汚染が知らされる。国は「今すぐに」人体に影響を及ぼさないと安全を連呼する。マスコミは国が安全といっているのに消費者が野菜を買わないのを風評被害だとかたずける。
ここに国民の国への信頼も揺らぐ状態が出たのではないか?
情報を知らない不安とそして情報を知らされれているのかという不安。。。そこに人の心だけが扱われる不安。このようなものが自粛といった形に写るのかもしれない。経済的自粛はやめようと呼びかけられているが、心の中にある不安という形の「自粛」はなくならないだろう。

【2012年】
(記事なし)

【2013年】
昨日書いた「生活保護と憲法」では、生活保護を受ける健常者は「ささやかな楽しみ」は言語道断で自助努力しろといった記事への疑問でしたが、これは読みようによっては「甘えるな」とも受け取ることができるものでした。今夜の疑問を感じた記事はアゴラにあった「『甘やかして、世界に勝てるか』が結局すべてでは?」です。ここでは「甘えるな」が露骨です。
この記事はユニクロの柳井会長のインタビュー記事を元に書かれた記事の要約に始まります。この柳井会長のインタビュー記事は、御断りをしておきますが会員でない僕は全文読めないのでアゴラに書かれた「要旨」とそこからの記事の考え方に対する疑問となります。
まずはこの言葉です。(以下、太文字はこの記事からの引用です)
「国内市場は今後も縮小を続けるので、生き残りを考えるのであれば企業は海外に出て行くしかない。」
国内市場はこれまでも縮小を続けて、今後も縮小を続けるとありますがなぜ国内市場は縮小を続けていくのでしょうか?
原因は少子化社会の矛盾が噴出して人口は減る一方で高齢化社会になっており労働人口も絶対的にも相対的にも減っていく。といったものもあるでしょうし、経済のグローバル化もあるでしょう。しかしそれに輪をかけて日本は世界で唯一のデフレ経済と言われてその原因は下がり続ける賃金にあります。最も消費を支えた団塊の世代が定年を迎えて低賃金の再就職などに入っていく。若い労働人口の世代は失業も深刻で低賃金化は派遣法などによる不安定な就労条件に置かれている。女性の労働力はあてにされますが、子育て支援もままならない状態で、企業もそれを支える条件整備は遅れている。年金は60歳から65歳までの無年金層(世代)をつくりだそうとしている。こう見ると国内消費が増える条件があるのでしょうか?
企業は勤労国民に「甘えるな」と言いたいようですが、これまで企業が競争に勝つために労働者を低賃金においてきた社会のゆがみに原因があるわけです。今後はさらに解雇規制の緩和が必要だとか早期定年制だと国内消費を減らす要件をつくるのは国と企業でしょう。これに不平を言うのは「甘え」でしょうか?企業の莫大な利益の後ろに貧困層が増えていく。甘えというのは低賃金でしか企業利益を出すという事しかできない企業側にあるわけです。そして利益は今のアベノミクスを見ても資金は投資に流れていますし、労働者の賃金に反映させようとはしない。反映させるにしても企業利益の分配は株主優先となる。それでも余れば賃上げもといった状態ではないでしょうか?
ですから
「率直にいって、日本のサラリーマンは未だに現実を直視していないし、その結果、危機感が足りないといわざるを得ない。」
というのはこのままではインフレどころかデフレと消費の減少が続かざるを得ないという認識を国や企業は「直視」する必要があるわけです。危機感がないわけです。
そこで企業は生産段階でも海外に出て市場(商品販路)を海外に求めるわけです。その競争に労働者は今の労働賃金実態そしてそれ以下でも甘えずに協力をしろという論理でしょう。まけたら今の電気関連の労働者のようになるぞと。しかし競争に勝っても、というより競争は勝つという面では果てしのないもです。その勝った恩恵が労働者には回らないでしょう。永遠に労働者は企業の競争のためにこれでもかと労働条件や賃金を切り下げられる競争に巻き込まれるわけです。

よく洗った茄子のヘタを切り取り縦半分に切ります。茄子の実の部分をスプーンで取ります。皮の部分は薄い塩水につけておきます。
茄子の実の部分とウインナー、高菜漬けを小さめに切り、バターでさっといためます。
炒めた具を茄子の皮の部分の詰めてから生クリーム(なければ牛乳)を少しかけて明太子を乗せます。その上にケチャップかピザソースをかけてとろけるチーズを乗せます。最後にパン粉を少し散らしてスピードオーブンで焼けば出来上がり。味付けは高菜漬けと明太子の塩分で十分です。
家族に好評でした。。。。。

【2014年】
グーバーウォークというのをはじめてみました。
なんか、かわいいですなぁ。。。。
今日のアクセスとか見れるようですね。さて、ブログ分析はどうなんでしょ?
楽しみながらブログを運営するというのも大切だと思います。
楽しんでこそ更新もやる気が出ますからね。

もちろんブログの更新は僕の表現ですからこれからも考えたことを書き綴って生きたいと思います。

【2015年】
日銀の責任は物価上昇2%(生鮮食料や消費税の影響を除いた)を達成することにありますからそれを達成できることに自信を持つことともなります。しかし物価上昇それも生鮮食料や消費増税の影響を除いたものが2%ですから国民の実感としては2%を超える悪性の物価高になるわけです。
この間のぼっか上昇については日銀の量的緩和による円安での物価上昇に依拠したものがあったのではないかと思いますが、この為替による物価上昇もまた悪性の物価上昇でした。
ですから現在の物価上昇というのは為替によるものと消費増税によるものという悪性の物価高が中心で本来の景気回復といわれる中での消費の拡大からのインフレ傾向として物価が上がった現実はあるのでしょうか?もちろん物価が上がれば商品が売れた量が同じでも動く金は多いのですからそれが景気回復だと見えることもあるでしょうが。国民生活の実態からすればやはり景気回復とは見えないのではないでしょうか。
消費増税からの物価は上がり、日銀は2%を目標に新たな緩和も辞さない。。。。
国民生活には2%以上の物価高が押し寄せてくる。
すでに消費増税による駆け込み需要の反動が現れており財布の中身という現実と節約をせざるを得ないという意識は相互に作用をして消費を抑える傾向を作るでしょう。
もちろん日銀はその責任から物価上昇に向けて突っ走るわけですし突っ走る自信を持っているということでしょう。
しかしこれでは国民生活はたまったものではありません。
もちろんこの国民生活の低下はもろに経済全般に作用していくことでしょう。2%以上の物価高が行われてもその中でデフレの圧力は高まっていくことでしょう。

【2016年】
(記事なし)

【20016年】
(記事なし)

【2017年】
核兵器禁止交渉決議を採択 日本は反対 (毎日新聞)
核兵器禁止条約に向けた核兵器禁止交渉決議が123か国の賛成で採択された。
採決は賛成・反対・棄権にわかられる。
賛成は決議案提出国、非核兵器保有国そしてアメリカなど核保有国から核開発でたたかれているイランと北朝鮮が入っている。
反対は、アメリカ、ロシア、イギリス、などの核兵器保有国とその核の傘の元にある日本、ドイツ、韓国など。
棄権は核兵器を保有しているが中国やインド、パキスタンなど。
この賛成・反対・棄権の国々の意思表示をそのままに受け取るならば、イランや北朝鮮は本来なら核兵器は必要ない体制をつくりたいと思っているのでしょう。逆に日本は核の傘に入り核兵器の使用を否定しないことになる。
現在北朝鮮の核実験やミサイルの危機が叫ばれているが、アメリカはもちろん日本は核兵器禁止条約に向けては賛成をせずに、力による外交を目指している。その外交相手が北朝鮮であり中国です。
中国・インド・パキスタンは危棄権すからアメリカや日本とは距離を置いていることとなる。
アジアの平和を考えた場合、上の構図からアメリカと日本、韓国が平和を脅かされているというものは通用しないといえる。
核保有国が将来に向けた核兵器禁止を願わないならば、今後も多くの国において核開発が進むでしょう。その中に日本も入るかもしれない。
北朝鮮とアメリカの危機の中身は何でしょうか?
北朝鮮は核実験と核兵器の開発をしている。今のところ他の国を核攻撃する意思は示していない。アメリカはこの核実験と核兵器の実験をすれば攻撃するという。そこで北朝鮮は実験を武力で押さえつけるならばアメリカや日本の米軍基地を攻撃すると。ここで危機を作り出している国がどこの国なのかがわかるでしょう。
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