夕螺の一言日記

毎日心に浮かんだことなどを書いてみたいと思います。。。(2014年3月13日開設)

「6月14日という日」

2017年06月14日 07時54分21秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2004年】
娘がハムスターのレオ君が死に寂しくてしかたないみたいです。熱帯魚の水槽フィルターをペットショップに買いに行ったのですが、かわいいメスのハムスターを発見。娘は買いたいようでした。まだ子供ですごくかわいい顔をしていました。小さなハムスターでも顔つきは違います。ハハハ・・・美人ハムスター・・・・
川上さんの「物語が、始まる」をまとめようと思ったのですが、眠くなって昼寝をしてしまいました。金曜日頃にはまとめたいと思います。
夏生さんのつれづれノート12、読み返してもおもしろい!!13巻が楽しみです。

21日夏至から僕の「つれづれノート」も夏になりますよぉ。。。。

【2005年】
久しぶりに家族全員で外食。
駅に皆で待ち合わせをして飲み屋さんへ行きました。
外食産業もいろいろありますが、僕が思うには飲み屋さんが一番だと思います。僕たち夫婦は酒が飲めるし、子供たちにとっては様々な食い物がある。これほど便利な店はないです。
まだ子供たちが小さい頃、やはり飲み屋さんに行ったのですが、そのメニューの多さに子供たちもびっくりしてました。しかし、その飲み屋さんで子供の担任の先生に会ってしまったのは誤算でしたが。。。
今日飲み屋さんは少し高めでした。1万円以上支払って帰ってきました。でも料理はおいしかったです。

【2006年】
(記事なし)

【2007年】
東京も入梅です。
しっとりと小雨が降り始めました。
新潮社にある夏生さんの「無辺世界」ページに感想を書いてみました。といってもhぴゃブログに書いた感想の抜粋ですが(1000文字以内なので抜粋)。。。。こういう改まったページへの感想ははじめて書いてみたのですが、どのように活用されるのでしょうか?まぁ、夏生さんへの応援あるいはファンレターのようなもんかなと思い書いて見ました。また「月夜にひろった氷」を読み終わったときにでも書こうかなと思います。
そういえば、「月夜にひろった氷」の表紙写真がまだでませんなぁ。
スーパーに梅がたくさん出ていました。梅酒もいいですが今年は梅干に挑戦!!
失敗したらもったいないので、今年はまず1キロほどにします。スーパーにある梅干は、健康志向から減塩梅干ばかりです。昔ながらの塩のきつい梅干が食いたいと思いネットで調べてみ見ました。市販のものは塩がきつくてもせいぜい10%ぐらいですが、今日調べたサイトのものは18%。。。おいしそうです。妻は血圧が高めなので食べないと思いますから僕がちびりちびりと食べたいと思います。
そういえば、今日から入梅ですが、梅干の土用干しというのはできるだろうか?
まだ熟していない青いものがあるので、明後日ごろまで待って漬けて見たいと思います。
容器は以前使った梅酒用の広口ビンにしようと思ったのですが、すごく汚い。。。。なんか、梅干にカビが生えそう。容器などは35度の焼酎で消毒をするらしいのですが、なんだかあまりにもビンが汚いので心配になりました。買ってこようと思います。
夕方少し出かけるので夕食は遅くなりそうなので、ソーメンにでもしようかと思います。

【2008年】
(記事なし)

【2009年】
(記事なし)

【2010年】
電車に座り本を読んでいた
ターミナル駅に着いたら
たくさんの乗客が降りたり乗ったり
僕の斜前にばあ様が乗ってきた
また本に目を落としたが
ふとばあ様のバッグに目が留まった
逆立っていたのである
ウロコが。。。。。
蛇かトカゲか。。。。
だいぶ使い古した
革のバッグのウロコが
逆立っていたのである
僕はこういうのを見るともうだめ。。。。
僕の皮膚も逆立って。。。いや
体中に鳥肌が立つのである
見るのをやめようとすればするほど
目が逆立ったウロコを見てしまう
我慢できなくなって席を立った。。。。

惑星探査機「はやぶさ」が地球に帰ってきましたね。
小惑星「いとかわ」まで約20億kmの距離を2年がかりで行き、帰りはさまざまなトラブルの中20億km寄り道というのか(笑)さまよいながらかえってきた。往復60億kmを7年がかりで。
行きの20億kmを2年がかりぐらいで行ったわけですから。。。。
1年で10億km・・・・・・1日約274万km・・・・・・時速約11万4千km
(あってるかな?計算。。。。ハハハ桁の大きい計算は苦手)
ものすごいスピードで宇宙の中を。それでも太陽系ですからなぁ。
360度というのか平面の360度ではない球の中という正真正銘の360度どこを向いても宇宙が広がる中を。。。。もう上も下もないでしょうなぁ。。。。重力もないし3次元の座標軸というのでしょうか?その中を一人ぼっちで。怖いでしょうなぁ。。。。
宇宙船に乗っていたら宇宙船自体が上を向いているのか下を向いているのかわからないわけでして。振り返っても地球が見えないで。
地球にいる速度や時間間隔は通用しない世界。もちろん朝や昼や夜もない。僕が乗っていたら気が狂ってしまうかもしれない。でも、宇宙空間はきれいかなとも思うのですが、移動自体は太陽系を出ないわけですからそんなに大きな風景の移り変わりもないでしょうなぁ。。。土星がだんだん近づいてくる。。。。。うん・・・
でもすごいもんですね・・・・はやぶさ
地球からの指示がなくても自動制御できるらしい。。。遠くまで行ってしまうと地球からの指令が届くまで何分もかかり、はやぶさからのお返事も何分もかかる。それをやらなくてもはやぶさは自分で考えていくわけですから。この自動制御があったおかげでエンジンが壊れたり迷子になったりしても地球に帰ってきたわけですよね?
こんなはやぶさ計画が危ないらしいですなぁ。。。はやぶさ2号はないかもしれない。これも事業仕分けですか?17億ぐらいの金の節約?なんか日本という国が淋しくなる。。。。。

【2011年】
CD屋さんへ寄ってみたらビートルズの『A HARD DAY'S NIGHT』が目に留まりましたので買ってしまいました。ビートルズはわが青春です。
小学校の6年生ごろだったか?初めて聴いて衝撃を受けて以来のファンです。
東京の小さな町の映画館でもロードショウーが終わってしばらくすると映画で見ることもできました。
ビートルズによって「自由」という言葉を覚えたと思います。中学で自由がどうのといっていたのは僕ぐらい(笑)
東京公演はテレビで。心臓が止まるくらい興奮しました。
その後、衛星放送が始まりその式典というべき世界をつなぐ映像でビートルズがイギリスから「愛こそすべて」を送ってきました。やはり興奮しました。このころから「愛」や『平和』を考えました。
うん。。。。やはり我が青春です。
素晴らしいアーティストとの出会い、これも偶然といえば偶然ですが、この偶然が何か僕の中にあるものとリンクするものがあったのだと思います。たしかにビートルズは音楽家ですからそのうったえるものはその音楽という中にあります。音楽という範囲に。その中に僕も音楽という中に「自由」だとか「平和」を見つけたのです。
もっと心の中の重要なものは、その後の漱石との出会いまで。これもまた偶然といえば偶然で、教科書とそれを教える国語の先生でした。
人は偶然の中に出会うべきものを見つけているのかもしれません。偶然は何かないと出会いとはならない。この「何か」を探す旅の途上。死ぬまで。。。。。

【2012年】
昨夜は時間がなかったのでレシピ(ほどではない(笑))忘れないうちに。。。。。
細い切干大根を水で戻りて絞っておきます。
シラタキを茹でてあく抜きをして適当な長さに切っておきます。
油揚げ2枚ほどを短冊に切っておきます。
合わせるタレを作っておきます。お湯・砂糖・酒・塩麹・スープの素・醤油少々。
桜エビ(乾燥したもの)
切り干し大根とシラタキそして油揚げをゴマ油でよく炒めていきます。塩コショウをして(コショウは多めです)油揚げが少し焦げ目がつくまでさらに炒めます。そこに先ほどのテレとサクラエビを入れてを入れて水分がなくなるまで炒めたら出来上がり。
味と食感は、どこか焼きビーフン風。。。。。。おいしかったです。

【2013年】
はじめにツイッターから
政治的に正しくないメディアをめざして http://agora-web.jp/archives/1541951.html … ヨーロッパに資本主義が広がりその理念は自由や平等・民主主義だったが、その当時の実態から見ればこれらの理念はきれいごと。しかしこのきれいごとが今では少しは実現された。きれいごと批判は資本主義の昔帰り
(返信)いや、人はだいたいにおいて決めた通りにはならない中にいたのです。決めた!というのもあんがい成り行きの中の洗濯選択だったりします。その範囲において「決める」のです。
決めることも大切ですが、その決めたことの理念を持ち続けることが大切なのです。もちろん検証しながら。現実がこうだからきれいごとな理念は捨てるべきというのは決めたことの検証無き無明さなのです。
自由や平等そして民主主義という理念で資本主義の方向が「決まった」というのも封建制の殻が経済的にどうにも邪魔になったからで、その資本主義の理念が封建制を倒すことにもなった。資本主義を決めて自由や平等・民主主義という理念を持ち続けられたのはなぜでしょう。
「成り行き」と言っては無責任ですが、封建制を否定するという封建制の中においての「法則性」と言ってもいいでしょう。ですから封建制に帰らずに資本主義を守るにはこの理念が大切なのであり持ち続けてきたわけです。
もちろん資本主義がこの理念どおりの社会の実態をすぐに作り上げたかといえば理念とはかけ離れた実体だったわけです。しかしこの理念を持ち続けた中に今の社会があるわけです。もちろんそこには社会主義という資本主義を否定する理念が生まれたわけで、その理念に対抗するためにも自由や平等・民主主義という理念を持ち続けざるを得なかったという面もあるでしょう。
ですから自由や平等・民主主義という理念を持ち続けることは大切なのです。
資本主義がこの理念を捨てることは資本主義ではなくなるという事です。あるいは社会の実態としての資本主義の先祖がえりなのです。
自由や平等・民主主義という理念は単なる理念ではなくて資本主義が続き発展していく上において経済や政治になくてはならないものなのです。
封建制での濃度から国民を自由にして労働者をつくらねば資本主義は成り立たなかった。資本主義が生まれる条件からして自由な国民が必要だったわけです。今でもそうでしょう。自由な経済関係においての労働者の存在を規制するような資本主義の方向性がはじまると先進国の経済特に日本の経済におけるデフレといった矛盾を引き起こします。格差という不平等が生まれます。経済的格差の容認は民主主義を否定していきます。資本主義は今でも自由や平等・民主主義の発展が経済発展とともに進まなければ成り立たないのです。
ですから理念を持ち続けましょう。これが本来の国を愛するという国民の立場です。
それが社会民主主義という理念を産みます。ある意味経済的には資本主義と社会主義の中間的なものとなりますが、中間的なものとしての資本主義の最高段階となるわけです。その中に自由や平等・民主主義という理念も達成されるでしょう。

【2014年】
「頑張る人が報われる社会をつくる」このことばは1月に総理が語った言葉である(ヤフーニュース)。
「格差が固定しないと同時に誰もが何度でもチャンスがあるということが重要で、頑張る人が報われる社会をつくっていかなければならない」
「労使間で非正規雇用の方々の雇用改善に向けた十分な議論が行われ、賃金上昇が幅広く実現することを期待している」
(消費増税分は)「すべて社会保障の充実と安定化にあてる」
(上記リンクサイトから引用)
内閣府は「働けるうちはいつまでも働きた」として「団塊の世代は就労意識が高いことから、就労を希望する人が活躍できる環境の整備を図る必要がある。」と分析する。しかし65歳までの団塊の世代の生活実態(老後の蓄えなど)を見ると
「高齢期への経済的な備えについて、「十分だと思う」「最低限はあると思う」と答えた人は23.3%、「少し足りないと思う」「かなり足りないと思う」と答えた人が66.9%でした。」(NHKニュース)
「働きたい」や「働く意識が高い」というのは老後の生活がままならないから働きたいという言葉になるのでしょう。ましてやこれから基礎年金支給が68歳あるいは70歳にするといった考え方が出ているのですから65歳はもちろん70歳まで働かざるを得ないでしょう。生活ができないから「働きたい」であり、働く意識は政治が作り出しているのです。「すべて社会保障の充実と安定化にあてる」とは言われるが実態は成長路線の中では抑えられていくでしょう。
安倍総理の「頑張る人が報われる社会をつくる」という美しい言葉は生活ができないから70歳まで働きたいという人を指すのです。この美しい言葉には裏には残酷性の言葉を秘めているんです。
昨日書いた「政府は賃上げを抑えようとしている」もそうですが、「労使間で非正規雇用の方々の雇用改善に向けた十分な議論が行われ、賃金上昇が幅広く実現することを期待している」という美しい言葉の裏には実際には実質賃金の低下があり、今後残業代ゼロや限定正社員という制度が待ち構えている。これも「頑張る人が報われる社会をつくる」という美しい言葉の残酷性でしょう。
経済だけではなくて政治全般を見ても積極的平和主義という「平和主義」の美しい言葉の裏に集団的自衛権という残酷性が潜んでいます。
そういえば第一次安倍政権の時の「美しい国日本」という言葉を思い出します。この内閣は挫折をしましたが、今の政権において「美しい日本」という裏側にどんな残酷性が潜んでいるかが見えてきているのではないでしょうか。

【2015年】
(記事なし)

【2016年】
(記事なし)

【2017年】
来週の水曜日21日が夏至ですね。
太陽の恵みが多い時期に梅雨なんて。。。。と、毎年思うのですが、これが日本の四季。
日本でサマー タイムが盛り上がらないのもわかります。
やっと梅雨明けかと思うとすぐに8月上旬は立秋。
なぜ俳句はこの季節分けをするのでしょうか?節季というものがありますからそれに沿うのでしょうが。
冷たいビールを飲みながら枝豆をつまんで「秋だなぁ。。。」と思う人はそうはいない。
しとしとと降る雨の中、アジサイを見て「夏だなぁ。。。」と思う人はそうはいない。
残暑や梅雨というのも一つの四季のようになっているのかもしれない。

「経済学が無視をする貨幣の回転(3)」の続きです。
企業の生産性向上は、揺りやすくより安く生産して競争企業に勝つことを目的にする経済法則です。間違ってはいけないことは、今の日本のように賃金を減らして利益を拡大するという搾取強化が生産性向上ではないことを抑えなければならない。生産性の向上も搾取強化も商品価格を安くしますから勘違いをします。
生産性の向上により商品を安く生産すると、競争企業より大きな利益を得られます。同時にその利益を少し削って競争企業よりも安く販売すれば市場を独占することができます。各競争企業はこれを目的に激しい競争を行います。するとその産業で生産する商品価格は下がっていくのが経済法則となります。
商品価格と書きましたが、正確には商品価値です。商品価値の低下が経済法則ならば、今問題となっている商品価格が下がり続けるという一面から見たデフレというのもまた経済法則なのです。では、なぜこのデフレという経済法則が経済矛盾となってしまうのかという矛盾が出てきます。
デフレというのは正確には「デフレ不況」です。同時に商品価格が下がり続けるというだけの現象は「デフレ」という言葉を使うことに間違いがあるのです。「デフレ」とは「商品価値の低下」という言葉がふさわしい。すると、商品価値の低下は経済法則で、「デフレ不況」とは商品価値の低下とは違うものに
商品価値の低下は経済法則でありこれを防ぐことはできない。一方デフレ不況は商品価値の低下という経済法則に適応できない状態ということになり、ここに矛盾が現れるのです。
商品価値の低下という物価の下落というものは経済法則ですからこれを人為的に変えることはできないのです。できるとすればデフレの真逆にあるインフレです。しかしこのインフレも基本的には貨幣価値の低下を招きますから商品価値を変更するものではありません。今の先進国はこの間違った経済学に支配る
さらに現在の経済学は、単純に見ると景気の好循環はインフレになる。だからインフレが起きれば経済の好循環が生まれるというひどい経済理論を産んでしまいました。そしてインフレは貨幣量の増加であるとして商品市場に、日本でいえばアベノミクスと日銀の量的緩和により貨幣量を増やそうとします。
貨幣量の増加→インフレ→経済の好循環という逆立ちをした経済理論によって経済が動かされます。これは先のツイートにも書いたように、「デフレ不況」からの脱却ではなくて、単なる商品価格が下がり続けるという一面だけをとらえた意味でのデフレ対策という過ちを犯します。結果デフレ不況脱却はない。
デフレ不況からなの脱却がないわけですから、増加した貨幣は企業利益としてため込まれ、金融市場に流れる。そして銀行は当座預金が増え続ける。この濁った池のようなどんよりとした不活発な経済は眠り続けることとなる。ここから法則どおり貨幣量の増加では経済は古典回転せず失敗は必然的となる。
現在の経済学は以上のようにあまりにも幼稚なものであることがわかる。もし、貨幣量の増加により企業利益と金融市場の利益を目的とした経済学ならば、それは国民に対しての詐欺的ペテン経済学に落ちぶれるだろう。
商品価値の低下はインフレを抑えながら商品価格を低下させるのが経済法則である。これにより国民が受け取る富の増大(この富は価値ではなくて使用価値になるが)すなわち豊かな生活の条件をつくる。同時に必要労働力量もまた生産性向上により減少する傾向を産む。これは労働時間の短縮を行う条件である
社会はより安い商品と労働時間の短縮に向けて発展をするでしょう。この法則性を経済学は解明しなければならないのです。
すでに富裕層や企業利益の配分としての不労所得層は。成り立たなくなっているのです。社会への寄生はできません。増々安くなる商品価格と生産量。これを消費するのは労働者です。そしてそこから波及する企業の設備投資です。銀行の貸し出しです。国の財政政策です。社会保障が中心とならざるを得ない。
ここで重要なのが、貨幣の回転です。国民生活、企業、国家に貨幣は回転し続けてその回転速度を大きくすることによりデフレ不況からの脱却は可能でしょう。同時に政治はさらに自由や民主主義を拡大して貨幣の回転を促進しなければならない。共謀罪が経済まで委縮される心配が出始めている。
現在の日本は経済も政治も委縮させているに過ぎない。これは世界的な競争に負けることを意味する。
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