夕螺の一言日記

毎日心に浮かんだことなどを書いてみたいと思います。。。(2014年3月13日開設)

「5月16日という日」

2017年05月16日 08時12分26秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2004年】
(記事なし)

【2005年】
朝は寒くて日中日が出ると暑いくらい。体調を崩さないようにしなくっちゃ。
ううう。。。。またご飯の後寝てしまった。
掲示板で子供の頃の納豆卵かけご飯の話をしていたら、なぜかお腹の薬「越後の毒消し」を思い出しました。何も生卵にあたった思い出があるわけではないのですが。。。
無味無臭の薄い黄緑色をした薬で、噛むと何だか小麦粉の玉をかんだ感じでした。大きさは、銀玉鉄砲の弾ほどです。
お袋がすぐにこの薬を出してくれるのですがイヤだったです。
富山の置き薬のような薬だったのか、薬局では売っていなかったように記憶してます。

【2006年】
用事があり車で出かけてきました。
幹線道路はいつも渋滞なので抜け道です。こういうときはカーナビが便利で、目的地に向って横道に入ります。一方通行路も表示されますので助かります。
でも。。。時々目的地から遠ざかるような道を選んだりして・・・・ハハハ、カーナビを使っても方向音痴は直りません。
気温は、そうは高くないようですが、湿度が高くて蒸します。
夜中に布団を剥いで寝ていて寒くて目が覚めます。風邪には気をつけたいと思います。息子や娘が風邪気味なのか?咳が出ています。他の風邪の症状がないので風邪なのか何なのかわからない。そういえば、電車の中でも咳をしている人を時々見ますが、まだアレルギーが出ているのか?湿度が高いわりにはアレルギーもしつこいものです。

【2007年】
(記事なし)

【2008年】
(記事なし)

【2009年】
(記事なし)

【2010年】
久しぶりに立ち読みというものをしました。
ESSE6月号。。。。。夏生さんのインタビュー記事があったもので。
1ページの記事でそうは字数も多くないので、何が書いてあるのかと少し読んでいたら気付いたら全部読んでいた。。。(笑)
いつも行き本を買ってはポイントカードの点数を貯めている僕ですから初めての立ち読みは許してくれるかな。。。。
そういえば、僕は子供の頃から立ち読みというのが苦手でほとんどしたことがありません。もちろん買いたい本があるとどんな中身かは拾い読みをしますが、立ち読みという範疇ではないと思います。そもそも雑誌というものをほとんど読まないので、立ち読みをする必要性もないわけでして、本は買って手元においておかないときがすまないですから。
そういえば、コンビニの立ち読み姿はなじみになっていますね。
どこかで読んだか聞いたかしたのですが、コンビにもこの立ち読みの客というのをあまり毛嫌いしないそうです。雑誌などは入り口近くの外から見えるところにおいてある。そこで立ち読みをする人が多いと、外から見た場合客がたくさん入っているコンビニ!といった効果がでるそうです。がらっとしたコンビにより立ち読み客でもいたほうが華やかですからなぁ。。。外から店内がよく見えるコーヒーショップやレストランは若い女性を外からよく見える席に案内するというのも聞いたことがありますが、たしかに美しい御美足(この字でしたっけ?)が並ぶとつい目が向いてしまいますからなぁ。。。華やかですし。。。
立ち読み客も文化ですなぁ。。。。。。そしてあんがいおしゃれな感覚も今の社会にはあるのでしょうか?ちなみに僕は本屋の雑誌コーナーで立ち読みをする方を見るのは嫌いではありません。楽しんで読んでいますし、、、、、

孤独の中に生きよう
一人で生きよう
それは心の孤独
でも今の僕の立場では
自由になる条件
もっと好きになっていく条件

【2011年】
日常と非日常はまるで違った世界という印象を受ける。「非」というのは強い言葉である。
しかし日常と非日常とはそんなに隔たりがあるのだろうか?
今回の地震と津波による被災や亡くなった方あるいは原発事故での被害を受けた方は、たしかに大きな災害ティ外に会われたのだから地震や原発は非日常な出来事だった。
しかしここでまず、非日常も日常も生きているからこそ眼前に現れるのである。こう書いては冷たくとらえられると思いますが、亡くなった方はこの日常も非日常も途切れてしまったのです。ですから悲劇なのです。しかし生き残った方は、3.11以前の暮らしから大きく変化した、いや苦しい生活を強いられるわけですからその意味では3.11以後は非日常ともいえるのですが、しかし3.11以前には戻れない(いつの日か復旧はあっても)。非日常的出来事は、一瞬のうちに過ぎ去ってしまい残るのは新たな世界での日常ということになります。非日常的とはやはり非日常的出来事といえます。生きるというのは非日常的出来事というその人にとっては偶然の変化があるものの一度変化をしてしまえばそこから日常が始まるわけです。偶然の出来事の中で生きたならそこからは新たな生きていくことが始まります。
非日常的な出来事は偶然ですから(勘違いをしてもらってはいけませんが、原発事故は人材で以前から心配されていたのですから全くの偶然ではないのですが、やはり地震や津波という偶然に事故という必然が具現化されて偶然となる)日常的にどこにもゴロゴロと存在をしているわけです。大小は別にして。
新たな日常は始まるのです。
被災された方々も生きることから日常を送らざるを得ないのです。3.11以前に比べてその後は非日常ではないかという人がいるかもしれませんが、そうではなくて3.11という非日常的出来事が過ぎた後に新たな日常が始まっているのです。生きていくのです。生きていきましょう。新たな日常の中に。まずはここからです。食べて寝て。。。。。3.11以前という過去の日常には戻れません。しかし、今の日常から未来の日常は生み出すことはできます。これは生きるということ自体の時間の流れは未来にしか存在をしないということです。
未来にもたくさんの非日常的な出来事が現れます。その偶然を通して未来に日常が新たな形で現れる。
ずっと同じように日常を繰り返すのです。
日常を見つめましょう。日常を見つめると未来への時間の流れの中に何を作らねばならないかが生きるということから見えてきます。福島のお母さんたちが子供を放射能から守るためにいろいろと学んだりどうしようかと話し合いの場を持つ。これは日常を見たときの生きることとしてみている。こうした行為は日常にはない非日常的出来事に違いありません。この非日常的出来事を投資手答えが見つかるならば未来には違う日常が現れてくるでしょう。こうしたことは何もデモに行けとかいろいろ体を動かせということだけではありません。日常を生きて日常を通して生きることを考えるという非日常的なことをやろうということです。

【2012年】
(記事なし)

【2013年】
漱石「私の個人主義」http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/772_33100.html … 「自己本位」を利己主義と勘違いする漱石論も多いようです。「自己本位」あるいは「個人主義」は排外主義を排除するものである。個人対個人だけではなくて社会すべてのものに対する相互的な自己本位。それは民主主義を土台とするでしょう。
(ツイッターより)
漱石は英文学を学ぶためにイギリスに留学をする。日本人もイギリス人と同じように英文学を理解できると生活を切り詰め精神をすり減らして勉強したようだ。しかしそこで挫折する「漱石が狂った」と言われるほど悩む。やはり英文学は英国人のものであり日本人がいくら「勉強」してもかなわない。漱石は「文学論」の構想を持って帰国する。
漱石は英文学を理解することではなくて文学自体を理解しなければならないと考えたのではないか?どこの木ににも文学はある。その歴史において長年積み上げたに文学がある。それぞれの国においてその文学を理解するにはその国の人々にしか理解できないものがあるだろう。しかしそうすると文学とは何か?普遍的な文学というものの本質があるのかもしれないと?あんがい文学論は科学的な分析なのかもしれない。
漱石は妻の実家の苦境の中に帰国して生活も相当苦しかったようである。後には漱石自身も幼いころに要旨に出された相手からの養育費を請求される。漱石は朝日新聞の行為もあり大学の教授を辞めて文筆に入る。同時に漱石の一面は思想家でもある。もちろんこの小説家と思想家は一体のものである。そんな漱石の見つけたものが自己本位であり個人主義だったのだろう。その後の則天去私も含めて漱石の精神状態も安定する。
英文学は日本人では完璧には理解できない。もちろん知識としての英文学は大学で教えるほどに理解はしているが。漱石は小説家として日本の中でその文学の一翼を担う。日本文学も発展をしている。その日本文学は日本人である漱石が理解できる文学である。長い日本の歴史の中で受け継がれてきた様々な思想なども含めて。この文学の中にも日本人としての自己本位や個人主義が貫かれるでしょう。それは西洋化した明治の中において日本人を忘れないようにとした漱石もいる。これは漱石の明治の社会への批判ともなる。急激な西洋化は形ばかりをまねた西洋化であり、長い年月を要して作り上げてきた西洋思想をやはり急激に吸収しようとした。そして金の力の大きくなる社会。その中に明治の社会の脆弱さを見る。「こころ」の明治の社会への批判は痛烈である。もちろん「吾輩は猫である」や「坊っちゃん」という初期の作品からそれは現れている。この社会にもやはり日本独自の歴史の中で培われたものがあるはずで西洋の文化や思想を鵜呑みにするだけではだめだという意味においての自己本位あるいは個人主義があっただろう。
この日本の歴史から培われた文化や思想がどのようにゆっくりと発展した西洋思想を受け入れていくかが日本人が必要とするものだったはずである。しかし先にも書いたように表面的な鵜呑みにした西洋化が。
しかし漱石は単なる古い社会を賛美する思想家ではない。
自己本位や個人主義自体が西洋で生まれた日本人にはなかったあるいは日本には当時でも足りなかった思想自体なのである。
社会と個人の関係。これも含めて自己本位あるいは個人主義は明治の社会ともぶつかるでしょう。
自分の考えなどを一つの柱として発展させる。自己を確立する。その事故は社会の中で自由に活動するという個人主義。そのかわりこの自己本位や個人主義は他の人々も持つべきであり、その今日協調の中に社会はあるべき。自己を大切にすることは他人の自己も大切にする。これが漱石の自己本位や個人主義の中身である。
ですから漱石が「自由」や「民主主義」という言葉を使わなかったとしてもその中身においての自己本位や個人主義なのである。
この西洋思想を日本人の骨や肉にしていく。。。。それには時間がかかる。
この中には排外的な思想はない。
漱石は日露戦争にもそうは熱くならなかった(「三四郎」や「草枕」)。日本が影響力を強める中国人にもある意味の尊敬(日本は多くのことを中国から学んだという歴史)を持つ。その意味でも漱石は排外的なことは嫌ったのではないか?それはやはり漱石自身が日本人として自己本位・個人主義を持つならロシア人や中国人にも同じ平等な自己本位・個人主義がありそれを認め合うという事でしょう。
日本文化を大切にしてそこに誇りを持つ。これは他の国々の文化や誇りを大切にするという事である。
自己本位や個人主義と「協調」などといったものはある意味矛盾するようだが、この協調などがない自己本位や個人主義はある意味嘘があるわけです。だから矛盾する。他人・他国の自己本位そして個人主義を大切にするから日本人の自己本位や個人主義も貫ける。
ですから排外的なものを日本の文化だとしてしまうと日本は孤立をしてしまうわけです。もちろん他国も。

【2014年】
ベトナムで反中国デモが行われているが、一部か?その反中国の動きが暴徒化しているようである。外国あるいは内政面での反政府運動もそのためのデモなどが行われてそれが暴徒化するケースが多いのではないか?
仮に力による政府打倒が成功してもその後どういう政府を作り上げるかとなるとまた混乱をしてうまくいかなければまた反政府的なデモなどに変化をして一部は暴徒化をする。反中国にしてもその後どういった政策や対処が必要かが見えなくなる。
結局は暴徒化する運動には欠陥があるわけです。
昔の労働運動にラダイト運動というのがあった。機械などの破壊をしても何も変わらないものなのです。中身には少し違いがあるかもしれませんが、暴徒化する中での破壊からも何も生まれません。
しかもこの暴徒化というのはひとつの無政府的な運動で、「自由」などという言葉に結びつきやすい。刹那的な誤った自由の行動か。。。。
間違いがあるとわかっていてもあんがいこの無政府的な心というものは出てくるものです。政権交代や既成の社会システムを壊すとか、国民間の感情的なぶつかり合いとか、自由な行動なのですがそこには無政府的なまずは破壊をというものが先立つことがあります。そのことだけで国民が選挙などでどっと動くとか。。。。

まずは今日のツイートから
段階団塊の世代の定年も含めた労働力の高齢化。一昔前まではこの高齢者はひどいときには窓際族あるいは仕事もやらない年寄りと邪魔にされた。同時にこの高齢者が辞めないから若い人の賃金も上がらないと。。。しかしこの高齢者が労働市場からいなくなって若い人にとってどうよい方向に向かった?
バブル崩壊までは女性の社会進出の必要性が言われて女性たちは結婚(出産)をとるか仕事を取るかで悩まされた。仕事をとって勝ち組になったらやはり結婚して勝ち組になったりと右往左往させられた。。。しかし女性にとって仕事と結婚(出産)の両立ができるシステムができただろうか?
このような実態の中で労働力不足が必然的に現れた。その必然性とは景気がよくなったからということではなくて昔から言われていた高齢化・少子化の社会に対しての社会の役割をないがしろにしてきたことにある。これは若い人の低賃金化という労働をないがしろにしてきたことと一致をする
ここに来てまた高齢者や女性の労働力の必要性が言われはじめた。短期的な雇用そして低賃金の労働者を増やすということである。これでも足りずに外国人労働者あるいは移民が言われる。3K職場に外国人労働者という苦い経験を日本は持っている。現役労働者に何がもたらされるか?
労働力不足は賃上げの起爆剤となる。それはすでに現実化している。ならば労働力を増やせば賃上げ傾向はなくだろう。。。。と。企業にとっては賃金はコストでしかない。

産業予備軍というのは労働力人口から離れた資本主義独特な失業者や半失業者を言う。
急速な生産性の向上(より少ない労働力でより多くの商品を生産する)の中から生まれる失業者や半失業者である。
ここでいう半失業者とは、上のツイートの中身にある女性労働力がその典型でしょう。女性の生涯賃金がなぜ低いのかは継続した労働が結婚や出産あるいは介護などによって中断されることにある。継続した労働が困難な中にその労働は低く評価される。そして不安定雇用であるパートなどにつかざるを得ないからである。この継続した労働が社会システム上出来上がっていること自体が半失業者となる。
またこれまで年金法の改悪が行われて年金支給年齢が上がっている中で高齢者の労働が不可避となっている。しかしこの労働はやはり定年制度により継続した労働をシステム上困難にしているし継続した労働の職種しだいでは高齢のために労働できない環境を伴う。この意味において高齢者の労働力も半失業者に含まれるだろう。
外国人労働者は何年かすれば帰国せざるを得ないわけでやはりこれも半失業者となる。
今では正社員の減少により若い労働力も不安定雇用に置かれており経済界からは雇用の規制緩和が言われ解雇の自由化が出てきそうである。このような若い人たちの不安定雇用も半失業者の仲間に入れさせ荒れる。
失業者に加えられるのは職を求めていなくてはならない。ニートなどといわれる人や就職をあきらめた人たちは失業者にも含まれない。
最近は失業率が低下をしたといわれているが、その分半失業者が増大をしているといえるだろう。
ここが重要である。
こう見てくると今の社会はやはり産業予備軍が増大をしており、部分的な労働力不足を補う役割をさせられている。
本来産業予備軍は経済が発展する中で生産性の向上だけでは間に合わない中に失業者を職につけて人手不足での賃金の値上がりを抑えるためにある。しかし今の資本主義は本来の生産性の向上による利益獲得ができにくい環境となってしまった。競争力をつければ利益が上がる産業はある意味性賛成の向上が必要な産業だが、こうした産業が見つからずに投資は伸び悩んでいる。生産性は落ちていく。一方では労働力の再生産すらできない(少子化問題もその典型)社会が定着をする。資本主義の萎縮する経済の中での相対的な労働力不足が現れる。
これは経済の発展の中での人手不足よりもいっそう深刻な問題なのである。
半失業者を増加しながらその産業予備軍を雇用し続ける。これは何を意味するか?勤労国民の貧困化である。さらに労働力の再生産は難しくなるだろう。

【2015年】
(記事なし)

【2016年】
(記事なし)

【2017年】
冷戦当時、自由主義か計画経済かの競争があった。
ソビエト東欧の崩壊により自由主義の勝利かと思われたが、ここにきて中国が台頭してきた。
ここではソビエトや東欧の計画経済の失敗がどこにあったかは見ないが、中国がこの間5か年計画を積み重ねてきた。そしてそれは国民間はともかく共産党内において対立も含めて討議を重ねてきたことは確かでしょう。
この中国の5か年計画も計画経済の一つとしてみたとき、中国の台頭は計画経済の見直しの材料になるのではないか。
中国は文化大革命の教条的な計画経済を清算し、自由主義経済を導入しながらもその経済発展をばねにした計画経済を築いてきたとみるのが正しいと思う。
鄧 小平から市場経済が導入され、その後もこの市場経済を利用しながら5か年計画をゆっくりと時には急速に進めてきた。これは市場経済においても計画経済の必要性が証明されたとみることができる。
そして習主席になってから一帯一路計画とアジアインフラ投資銀行が思った以上の国際的な賛同を得て現実化した。
中国の権力闘争は多く報道をされる。
しかしこの権力闘争と見えるぐらいの討議があるということでもある。
激しく深い討議から一つの計画経済が生まれる。これが今の中国でしょう。
もちろん日本やアメリカにも計画性がないというわけではない。
しかし同時に先進国は場当たり的な対処方法を用いる。アベノミクスというものもこれにあたるでしょう。ノーベル賞を受賞した経済理論が場当たり的に採用される。安倍自民党に激しい討議があるのか?中国の独裁性が言われるが、安倍自民とはこれ以上の独裁制を示し始めている。
中国の5か年計画には格差の是正と全体的な緩やかな豊かさを入れている。場当たり的なアベノミクスは格差を広げるしかなくなっている。

gooお題「母の日は何を贈りましたか?」
娘と買い物に行ったら、娘が「母の日にこれ贈る」といいた。
きれいに包装されて「お母さんありがとう」の文字が書かれたメッセージカードもついていた。
「いいんじゃない」と答えて娘の後からレジへ。
すると、なぜか、僕が金を払うことに。。。。ウウウ
そういえば、子供たちが小さいころから、母の日だからと「これ、お母さんにあげれば?」といって買ってあげていたっけ。。。。。。いまだにこの習慣が残ってしまった。
そういえば、息子は息子でプレゼントをあげていたけど、なぜか僕にも?
妻に後から聞いたのですが、父の日は面倒だから一緒に買ってきたと。。。。。
まぁ、うれしいことに変わりはないのですが、父親というのはついでなのでしょうか。
ジャンル:
その他
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