遊名人壱實

まさかのものがまさかなものを作る意外性の面白さに溺れ狂っています。今後手遊びの作品を紹介したいと思います。

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No.92 亡びゆく木造校舎 亀岡文化祭2

2017年01月29日 | 趣味工芸
 平成4年町内の昭和29年建築の歌仙小学校の閉校に伴い父兄より木造校舎模型の制作を頼まれた。明治9年開校以来幾重もの歴史を築いてきた小学校も寂しくも卒業生15名在校生を含む66名を最後に160年の歴史に校庭の満開の大きな桜とともに幕を閉じた。制作も最後に差し掛かったころNHK松山より電話、まさかの取材依頼、断ることは全くなし、即「OK」よ。生まれて初めてテレビカメラを向けられた時、いつもの自分でないことに気づく。滅茶苦茶状態だった。取材は制作の様子から贈呈式まで一週間密着取材の結果、放映されたのは3月20日奇しくも妻の誕生日だった。朝の番組『列島モーニング』で奇跡の《3分14秒》の全国のお茶の間に向けての夢のような放映だった。放送からしばらくして小学校を訪ねた。大きな桜の木は切り倒されていた、児童が集まっていた「なんでさくら切るん、何悪いことをしたん」と涙ながらに訴えた言葉に深く胸を打たれた。
   大事件私の顔が流れてる
      全国の茶の間に流れてる


 平成3年⒑月、秋晴れの石鎚国定公園氷見二千石原~面河渓谷をドライブ、美川村にさしかかった時、目に飛び込んだのは木造校舎ではないか。ここは東川川と面河川の合流地点≪仕七川小学校≫。何年も前から何十回となく通ったこの道なのに今まで目にすることがなかったが木造校舎に興味を持ち始めるとなぜか向うから飛び込んでくる、だから不思議。即取材、校舎は大正15年、現存では県内最古の木造校舎だ。冬の厳しい自然環境に耐えるかのような重厚な二重柱や長い廊下など、楽しみ、屋根には無数の雪止めが、簡単そうで意外と難しかった雪止め、何とか出来たって感。
 寄贈の日、校長室では全校生徒の前での式典を望まれていたが≪上がり性≫の私、快く辞退、代わりにと新聞取材の児童と一緒に校庭でカシャ。翌朝の新聞には白髪の老人が子供たちと一緒に笑顔で載っていた。
   峡谷美面河の川に育まれ
       純真無垢な仕七川っ子


 さて、最後の6校目は何故か島根県松江の朝日小学校、偶然知り合った出雲市の女性に連絡すると「今ある」と、では出掛けようと、遠路松江まで出かけた。さすが遠いと感じながら走った瀬戸大橋から米子道、中海、宍道湖と・・・。
 校舎は松江の町中にあり、でっかい。頑丈な外観、中央と左右、三か所の階段、とにかくすべてがビッグ、雪止め瓦。作り甲斐があるというものだ。入念に取材、写真は百枚以上撮った記憶がある。制作は全てこの頭の中。順調に進む。完成したのは半年が経過していた。
 寄贈のため再び松江へ、校長室には総勢15名もの報道人には吃驚、校長先生曰く「是非、全校生徒の前で」ここでも快く辞退。とにかくすごいの言葉以外見当たらなかった。ビッグ。
   小京都櫓聳える朝日小
       松江の町に威風堂々


            

 文化祭当日、私は会場にいることはできなかったが、多くの人に懐かしく見てもらったようだった。特に関心を持ったのが《亀岡小学校設計図》のようだったらしい、図面を手に取りじっくりと見る人、図面を見ながらうなずいたり
「そうじゃ、ここがわし等の教室じゃったのう」などと、当時を思い出していたとの話に大々満足の亀岡文化祭だった。

         





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1 コメント

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木造校舎模型 (まゆ)
2017-01-30 17:05:49
お疲れ様でした〜😇✨💕

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