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子宮移植は臓器移植か。

2014-11-30 | 医療・社会

先日、スウェーデンで子宮移植を受けた女性が出産したというニュースが世界に衝撃を与えました。早産だったようですが、母子ともに健康とのこと。

この発表で子宮移植を推進する動きが強まるでしょう。

 

子宮移植は現在の私の直接の研究テーマではありませんが、生殖医療との関係で、情報をチェックし、自分の中で議論は行っています。

結論から申し上げると、第三者が関わる生殖医療と同様、子宮移植は人を生殖の道具として利用する技術であろう、との考えを持っています。反対の立場にいるわけです。

 

反対の立場にあるための、大きな理由は2つ。

・「QOL(quality of life)向上」言説への疑問

・「子宮移植=臓器移植」言説への疑問

 

この2つを見ていく前に、一般的に挙げられる子宮移植の問題点を考えていきます。

1. ドナー確保の問題

想定されるドナー(提供者)は、主に親族女性であろうと思われます。特にレシピエント(臓器提供を受ける者)の母親を想定しているのではないでしょうか。あるいは母親以外の近しい親族女性に声がかかる可能性もあります。通常の生体間臓器移植でも言えることですが、子宮を提供しなければならない、という圧力がドナー候補として挙げられる女性にかかるでしょう。

親族に子宮を提供できる女性がいない場合。友人知人で提供してくれる人がいる場合もあるでしょう。全く誰も見つからないという場合には、心停止/脳死した女性からの提供を待つことになるのでしょう。しかし、日本のように通常の臓器ドナーも慢性的に不足している状態では現実的ではありません。

 

2. 医学的な問題

子宮のドナーが見つかり移植を受けたとしても、免疫抑制剤を服用しなければなりません。これが胎児へどのような影響があるのか、まだよくわかっていません。子供の健康に本当に何の影響もないのか懸念する声が上がっています。

また生体間移植の場合、ドナーの身体的リスクが存在します。レシピエント本人の生命に関わる臓器ではないのに、ドナーは摘出手術を受ける必要があります。医療は絶対ではありません。子宮摘出時にドナーが死亡してしまう可能性がゼロではありません。

レシピエント自身の身体的リスクもあります。生命に関わらない臓器の移植を受けるために、手術を受けるというリスクが存在します。また移植を受けたことによって、身体的なQOLが低下する可能性はないのか、と個人的に疑問に思っています。

 

では最初に挙げた、子宮移植への私の疑問を整理してみます。

疑問1:「QOL(quality of life)向上」言説

子宮移植は、「不妊治療の一環」だと考える人もいるでしょう。なぜなら「わが子をその手に抱く」という希望を持たせるからです。子宮がないために、自分の子どもを永遠に持てない絶対不妊という状態が、女性の精神的なQOLを著しく低下させている要因だと仮定します。その仮定に従えば、子宮移植を受けることによって女性のQOLは向上します。

絶対不妊という状態から抜け出し、妊娠・出産することができるかもしれません。

では、精神的なQOLを向上させるためならば、何をしてもいいのでしょうか?これは第三者が関わる生殖医療にも関わる視点だと思います。

子供を持つことができないのは、子供を望む全ての人にとっては不幸な事実です。しかし、それは残酷かもしれませんが、事実以外の何物でもないのです。

一人ひとり顔や性格が違うように、病気になる遺伝的リスクが異なるように、子供を持てないということは、ある意味で「個性」です。

 

第三者が関わる生殖医療の問題は、個人の選択がそのまま個人の幸福に結びつかない点です。新たな生命を生み出すということは、生まれる子供に個人(親になりたい人)の選択の責任を無理やり共有させることです。そこに子供の意思は存在しません。もともと存在しない子供に、意思を述べる機会など存在しないのです。

 

QOLの話に戻ります。子宮移植は、個人の精神的なQOLを向上させるという目的のために、他者を生殖の道具として利用することに他なりません。ドナーが承諾しているのだから、関係ないという議論は成立しないように思われます。当事者同士が納得していれば、何をしてもいいのか、と問われれば、即答できる人はいないはずです。子宮移植に関わらず、何事も当事者同士が良ければ問題ない、とはひどく楽観的な考えだからです。

健康なドナーの体から、生命維持に関係のない子宮という臓器を摘出するという行為それ自体が、人を生殖の道具として利用することです。QOL向上のため、とは圧倒的マイノリティである絶対不妊の人にとっては十分すぎる理由でしょうが、社会的合意を得るためには不十分だと考えられます。

 

疑問2:「子宮移植=臓器移植」言説

「子宮移植は臓器移植だから実施しても問題ない」と言われたら、違和感を覚えませんか。臓器移植は、病に苦しむ人や移植を受けないと長く生きられない人のためにあるものだと思います。では子宮移植はどうでしょうか。生まれつき子宮がない、事故や病気で子宮を摘出してしまった…彼女たちの中には精神的に大きな苦痛を抱いて生きる人もたくさんいるかもしれませんが、子宮がなくても生きていけます。子宮が存在しないことは、生命に直結しないのです。

まず臓器移植と子宮移植を比較してみます。

 

・臓器移植:生命あるいは身体機能の維持・改善しうる技術。

 

・子宮移植:生命にかかわらず、その目的はあくまで妊娠・出産である技術。

 

こんな感じでしょうか。

 

臓器移植について補足します。

臓器移植には、

1.生命に関わるもの。

2.生命には関わらないが、移植を受けることによってQOLが大きく改善するもの。

があります。

 

2に関して、例えば眼(正確には角膜)や腎臓は、移植されなくてもただちに死に至るわけではなく、むしろQOLの向上という意味合いが強いと考えられます。目が見えなかった人が多少でも見えるようになる、とか人工透析が必要だったのにしなくて済むようになるとか。QOLの観点からすると、移植する意義はかなり大きいでしょう。

 

では子宮は?

何のQOLを向上させるのでしょうか?子供を生むことができるかもしれないという希望を持たせて、個人の精神的な欲求を満たすものでしかないのではないでしょうか。

言うなれば、子供を産めないという状態からの脱却を図る技術。これは暗に、女性は子宮があってしかるべきで、子供を産むべきであるという価値観を再生産するもののように感じています。

技術があれば、何をしても良いわけではないと思います。子宮移植を実施する医師や実施しようとしている医師が皆「女性は子供を産むべき」だと考えているわけではないでしょう。むしろ、子供を永遠に諦めざるを得ない女性(やカップル)に幸せになってほしいと思っているのだと想像します。しかし、何をしても女性は子供を産むべきであるという考えを、気づかないうちに広めているとしたら、それはとても大きな問題だと思います。

子宮移植はドナー・レシピエント共に生命に関わらない臓器を摘出・移植します。その医学的リスクが、「子供を得るため」という大義名分のために正当化されることに違和感を覚えます。だから「子宮移植は臓器移植である」という言葉を詭弁とまでは言いませんが、ものすごく誤解を生む言葉だと感じます。

命に関わらない子宮移植のために、摘出する必要のない女性から摘出し、妊娠出産するために移植を受ける女性がいる。子宮移植は、現在ではまだまだ研究段階とはいえ、広く社会に浸透したらどうなるのでしょうか?生活のために子宮を売ろうとする女性が出現しないとも限りません。現に、代理出産は妊娠出産で命を落とす可能性があっても、金銭のために引き受ける女性がいるのです。商業的代理出産が行われている国では、その多くは経済的に貧しいため、お金のためにやっているという現実があります。自国内で行うにしても、発展途上国で行うにしても、女性たちの体を搾取していることに間違いはありません。どんなきれいごとを並べても、人を、女性を、生殖の道具として利用しているに過ぎないのです。

子宮移植はそうならない、と言いきれる人がいるでしょうか?「子宮移植は臓器移植だから、困っている人(患者)を助けるだけだ」「子宮を売ろうなどと考える女性がいるわけがない」、もしそのようにはっきり言える人がいるとしたら、世界を全く知らない人なのだと思います。

お金のために自分の配偶子(精子や卵子)を売る人間がいる。お金のために代理出産を引き受ける女性がいる。それはすべて真実です。レシピエントの生命に関わらず、QOL向上の根拠も薄い子宮移植を「臓器移植だから問題ない」と判断するのは時期尚早ではないでしょうか。

 

長くなったのでとりあえず、締めに入ります。

生殖技術や臓器移植などの医療技術は、何でも無制限に、自由に行っていいというものではありません。もちろん、その技術の利用そのものに反対する考えの人々もいるでしょう。私は技術を利用することに全面的に反対するわけではありません。もし技術それ自体を否定したら、人は医療技術を使うべきでなく、すべてありのままに受け入れろ、ということになってしまいます。しかし、世の中を見ればわかると思いますが、「自然」とか「ありのまま」に社会が回っているわけではありません。それは医療だけではありません。私たちは原始社会で生きているわけではないのですから。

必要なのは、どこで線を引くか、許容されうるのはどういう条件下なのか、深い議論を重ねた上で、しっかりと見極めることだと思います。

第三者が関わる生殖医療と共に、個人的には(現時点では)子宮移植も「認められない」の線を引きたいところです。子宮移植はどのような展開を見せるのか、今後も注目していきたいと思います。

 

 

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映画『子宮に沈める』(2013)から母親によるネグレクト(育児放棄)を考えてみる

2014-11-29 | 医療・社会

2013年公開の映画『子宮に沈める』(緒方貴臣監督)が昨年ものすごく気になっていたのですが、心身共に余裕がなくつらい状況にあったので、観に行くことができませんでした。いつか絶対に観なければと思っていたところ、先日新宿K’シネマにて1週間限定の特別上演をやるという情報を入手。予定がかなりきつきつだったのですが、偶然空いた時間に観に行くことができました。

皆さん覚えていらっしゃるでしょうか?2010年7月頃に発覚した、大阪2児遺棄事件(大阪2児放置死事件)を。この映画は、その事件をきっかけに制作されたものです。この事件は若い母親が離婚後シングルマザーとして2児を育てていたものの、育児放棄するに至り、自宅マンションに子供たちを放置し、死亡させたというものです。若い母親が風俗嬢として働いていたこと、ホスト通いをしていたことなどが当時センセーショナルに報道され、個人的な印象だと、かなり偏った情報だけがメディアから流されていた気がします。実際の事件について触れる前に、少し映画の感想を述べることにします。

あらすじはすでに多くの方がブログなどで書かれていますし、基の事件が有名なだけに結末は大体想像がつくかと思いますので(実際の事件とは違うラストですけど。)その辺は省略します。

 

印象に残ったシーン

・姉が幼い弟のために粉ミルクを作ろうとしているところ。

・(姉が)缶詰を包丁で開けようとするところ。

・映らないテレビの電源をつけ、動かなくなった弟に姉がハッピーバースデーを歌う。

・食べ物を探してゴミを漁る。マヨネーズを吸う。

 

印象に残るシーンはたくさんありましたが、やはり子供たちの行動が特に記憶に残る。涙なしには観ることができません…。こんな小さな子供たちが…と思うと、本当につらい気持ちになります。

 

映画の全体を通して、ほとんど音がなく、淡々と進んでいきます。途中、ハエの音がすごく効果的で、非常に印象に残ります。その音が多くを語っていますね。

 

映画館では、予告から突然、何の合図(?)もなく本編が始まったので、最初のシーンの意味がよくわからなかったのですが、最後につながるのか、と気づきました。それにしても、母親がマンションに戻ってくるラストのほうは、母親の行動が強烈すぎて、途中の涙が吹っ飛んでしまいました!映画として、かなり攻めたというか、テーマに絡めてそう来たか!と。

観終わって、ただ疲れる。悲しい。つらい。そんな気分になるので、今後観たいと思う方は、心が元気なときに観てくださいね。

 

『子宮に沈める』というタイトル自体で、当初かなり批判もあったようですが、私はむしろとても印象的なタイトルを良く思いついたな、と感心しました。タイトルから監督の意図が伝わってきます。もともとメッセージ性が強い社会派の映画が好きです。この映画はとても良くできていると思います。敢えて難しいテーマで映画を作ろうとする監督の心意気を尊敬します。

皆さん想像できるように、この映画には救いがないです。映画としては、観ることを躊躇う部類のテーマ。でも母親によるネグレクト(育児放棄)を考える上で、とても参考・勉強になると思います。

 

では、この映画のきっかけとなった大阪2児遺棄事件を、映画の内容に触れつつ、考えていきたいと思います。

映画の中で、あの母親はたしかに「子供たちを愛していた」。また「完璧な母親」だったと思います。子供がいない私ですが、今後もし子供を授かったとしても、こんなに料理をしたりできないなと思うほどに、「完璧な母親」でした。そして、すれ違う夫に対しても、「良き妻」であろうとしたのだと思います。帰らぬ夫のための夕食もきちんと用意して、子供たちに愛情を注いで育児をする女性でした。彼女本人が「完璧な母親」であろうとしたのか、社会がそれを期待していたのか、判断するのはなかなか難しいですね。

映画では夫が外に女を作り、離婚するに至ったようです。離婚後、幼い子どもたちとの新生活をスタートさせた母親は、最初は頑張って「完璧な母親」になろうとしていました。しかし、生活苦や孤独が彼女を追い詰めていきます。だんだんと生活が荒んでいき、育児放棄につながっていきます。

実際の事件でも、結婚している間はとても良い母親だったようです。離婚するときに、子供を引き取ることになり、3人での新生活が始まって映画のように少しずつ壊れていったのでしょう。

 

ここでまず伝えたいのは、私は事件の母親がしたことを擁護する気は全くないということです。当時子供たちに対する責任があったのは、母親です。子供たちを生かすも、殺すも、母親次第だったわけです。ですから、子供たちが(ネグレクトによって)死ななければならなかったことは、法律的には母親の罪だと思います。道徳的にも、許されるものではないでしょう。閉じ込められ、お腹を空かせて死んでいった子供たちを思うと、本当に涙しか出ません。どうして、あんなに可愛い、小さい子供たちを死に至らしめる行動を取れたのか、疑問と憤りを感じます。

しかし、事件発覚後の過熱報道やその後の裁判での求刑・判決(※2013年、懲役30年が確定)を追うと、なぜこの母親だけが責められなければならなかったのか、非常に疑問に感じます。

直接的には、子供たちの死は母親に責任があります。しかし、周りに子供たちを救える大人はいたはずです。父親やその親(子供にとっては祖父母)など、子供に手を差し伸べることができる人間は間違いなく存在した。事件についての本を以前読みましたが、離婚時、母親が子供を引きとって育てることは、周囲から当たり前のこととして扱われたようです。周囲が、女性に「母性」を押し付け、子供に対する責任を放棄したのだと、私は感じました。女性は「産める性」として「母性」を当たり前のように期待され、あるいは押し付けられ、何かが起こると社会全体がその「母性」に全ての責任を押し付けているのだと思います。女性は「完璧な母親であるに違いない」「女性には母性があるから母親としてしっかりしなければならない」といった考えは社会の幻想であり、子供を持つ女性を追い詰める誤った価値観でしかありません。

子供は母親だけで生まれてくるわけではありません。必ずその父親がいます。大阪の事件の報道で思ったことですが、母親は盛大にバッシングされても、その父親や家族はあまり非難されていなかったようですね。先ほど触れた「母性」とそれがあるに違いない(と社会が期待する)母親にすべてを押し付けていたと感じます。

大阪の事件のような育児放棄(ネグレクト)を含む児童虐待を、母親だけのせいにして断罪するのは簡単なことです。でもそれは問題の本質を見てはいないですし、また問題の解決にもなりません。子供たちは守られなければなりません。そのためにも、社会がもっと目を向けるべきです。なぜそうなってしまったのかを冷静に考え、分析し、解決策を探ることが求められるでしょう。

映画の母親は若く結婚して子供を生み、離婚し、子供と共に社会に放り出されました。職歴も学歴もなく、2児を育てなければならないのは非常に厳しい状況だったと思います。大阪の事件の母親も、同様です。彼女たちには頼れる家族や友人も存在せず、孤立していったと思われます。そういう母親が助けを求められるように、何より子供たちを守れるように、社会が支援すべきです。

 

事件や映画の母親のようにはならない、と断言できる人間がいるでしょうか?私は断言できません。もし現在小さな子供を抱えて離婚、あるいは死別してシングルマザーになってしまったときに、彼女たちのような状況に陥るのではないかとむしろ不安に思います。未婚既婚、子あり子なしに関わらず「自分はそういう状況になるわけがない」とか「自分は子供たちを虐待なんてしない」など考えている人の方が危険だと思います。それは「母性」のある女性だけに限りません。

 

こうして私が書いている間にも、同じような児童虐待が起こっていると思います。全ての子供たちが幸せに暮らせるように、二度と悲しい事件が起こらないように、私たちは考え、何か行動しなくてはいけないと強く思います。

 

大阪の事件で亡くなった幼い子どもたちのご冥福をお祈りするとともに、児童虐待で命を落とす子供が一人でも減るように、願います。

 

参考:

厚生労働省 児童虐待の定義と現状

http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kodomo/kodomo_kosodate/dv/about.html

 

母親を子宮に沈める社会 ――大阪二児遺棄事件をもう一度考えるために

映画『子宮に沈める』 緒方貴臣×角間惇一郎

http://synodos.jp/info/5804

 

映画『子宮に沈める』公式サイト

http://sunkintothewomb.paranoidkitchen.com/

 

興味がある方への参考図書:

杉山春『ルポ 虐待: 大阪二児置き去り死事件 』(2013年:ちくま新書) 

 

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台湾旅行2014(3)お土産コレクション

2014-11-24 | 海外旅行

台湾のお土産といえば、これだ!

我的美麗日記

日本でも「私のきれい日記」として販売されています。

 

私の大好きな、かなりおススメのフェイスマスクです。友達みんなに薦めたマスク。

http://www.beautydiary.com.tw/jp/index.html

今回の旅は、これを大量ゲットするために行ったと言っても過言ではない(笑)日本で未発売の香りもたくさんあるので!(日本で発売している香りも間違えて買ってしまいましたが…)

このマスクはすごいんです。保湿力が半端ない。冬に20分以上顔に乗せていても、まだシートは潤っているくらいです。お肌もちもちになります。

発売当初はマツキヨなどに普通においてあったのですが、最近あまりフェイスマスクコーナーで見かけない…。ものすごく優秀なのに。

効果は高く、日本でも超お手頃価格なのに、店頭で最近見ないのが残念です。

 

台湾では友達と自分のお土産用にと思って、大量に買ってきましたが、本当はもっと買いたかった(笑)スーツケースが小さくて…。次は大きなスーツケースを持っていくしかない!

 

別のフェイスマスクも買ってみました。耳までかけられるタイプ。でも私は顔が大きくて厳しかったです…。

定番のお茶(台湾茶)。いろいろな種類を買ってみました。

 

面白いのはこちら。これなんだと思います?

 

 

 

正解は…

 

 

 

 

 

ワインボトルカバーです!面白いでしょ?

 

お土産探しも楽しい、台湾。

もし困ったらとりあえず、女性はフェイスマスクを買っておこう!

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台湾旅行2014(2)また行きたいわん

2014-11-24 | 海外旅行

台湾と言えば、やっぱりこういうものも食べなくてはね!

2日目、お土産を買いに来た永康街でふらっとお昼に入ったお店。ガイドブック(ことりっぷ)にも載ってました。永康街高記というお店でした。

 

2日目のメインイベントは、九份(きゅうふん)へ行くこと。2人とも行ったことがなかったので、とりあえず行っておくべきスポットかな、と思って。自力で行くのは厳しいかなと思ったので、日本で事前に半日バスツアーを申し込んでおきました。バスで連れて行ってくれるので、楽ちん安心。九份(きゅうふん)は金鉱があった街だそうです。

こんな像があったよ。金鉱の街って感じですね。

(後ろ姿なので、載せさせて頂きました。)

夜になると雰囲気がいいのですが、良い写真がなかったので、行ったことがない方は是非行ってみて下さいね。でも一度行けばいいかな…。

こちらは有名なお茶屋さん。『千と千尋の神隠し』のモデルになったとかならないとか。

せっかくなので中国茶のお作法を教えてもらって、飲んでみました。ちなみに値段はけっこう高い。他の物価を考えるとぼったくり?と思うほど高かったです。観光地だから仕方ないか…。

九份(きゅうふん)の謎の巨大猫ちゃん。なぜそこに?

 

2日目も別の夜市へ繰り出す。ちなみに駅から方向がわからなくてガイドブックを見ていたら、後ろから自転車で颯爽と現れたおじさん!けっこう流暢な雰囲気の英語で「どこ行きたいの?」と声をかけてくれた。地図を指さすと、親切に道を教えてくれました。そして、また颯爽と自転車で去って行った!おじさん、なんてカッコイイんだ!

おじさんのおかげで無事に夜市に着きました。

結局屋台ではなく、近くのお店で夕ご飯。日本語ができる店員のおばさまが優しく対応してくれました。おススメのものを頂きました。ものすごいボリューム!

ホテルへの帰り道、街中にけっこうある?ジュースバーみたいなお店でタピオカミルクティーを買っちゃう。お腹いっぱいなのに、バカだ…でも美味しい!

タピオカミルクティーだけではないけれど、この種の飲み物はものすごく安い。日本人からすると、びっくりするくらいに安い。そして量が多い。この値段でこんなにたくさん飲んでいいの?と思うくらいに量が多いです。たしかこれも30か35元くらいでした。

袋に入れてくれる。MRTは車内飲食全面禁止のようなので、そのためかな?電車で移動する際、むき出しで持っているとマズイよね。飲食が見つかると、罰金が科されることがあるそうです。

ホテルに帰ってもりもり飲みます。お腹が破裂しそう(笑)でもタピオカミルクティーはやはり美味しい。大好きです。タピオカ好きにはたまらないよ、安くて美味しいよ~。

 

最終日は龍山寺。台北最大のパワースポット。ホテルから歩いて行けました。台北花園大酒店、やはり良い立地でした。

ちゃんとお線香を購入してお参りします。日本語世代と思しき年配の方が、日本語でお参りの仕方を丁寧に教えてくれました。ボランティアスタッフさんのようです。自分がお参りしてる姿はかなりぎこちなかったと思います。慣れない動きでなかなか難しい。でも心が大切だ!

そういえば、羽田から台北に着いたときに、入国審査のところにもボランティアの年配の方が何人かいました。皆さん日本語世代の方のようです。入国カードをちゃんと記入しているかをチェックしたり、日本語で案内してくれました。心強いですね。

 

最終日は龍山寺以外にも行ったところがあります。その中で一番印象に残っているのは、地元の果物屋さん?でマンゴーをむいてもらって食べたこと(笑)マンゴーを忘れられない友達が突撃してました。私たちは中国語はできないし、お店のおじさまおばさまは日本語も英語もできないし、すごいジェスチャーとフィーリングでコミュニケーションを取ってました。言葉が通じないけれど、優しい方々で心が温かくなりました。おじさまは少しだけ知っている日本語の単語を言ってくれたり、お互い何とかコミュニケーションを取ろうとしていました。何か外国に旅に来たぞ!という感じのとても良い思い出です。言葉は通じなかったですが、皆さん日本や日本人に親近感を抱いて下さっているような雰囲気は伝わってきました。とてもありがたいですね。素敵な写真を撮ったのですが、ここで載せられないのが残念です。素敵な台湾旅の思い出。

今回の旅では、日本人だとわかると親切に声をかけて下さる方もいました。駅でガイドブックを見ていたら、ほとんど日本語はわからないようでしたが、知っている日本語を使いたい?雰囲気のおじさまが乗換場所などを案内してくれたこともあります。日本人や日本語に親しみを抱いてくださっているのだな、と嬉しくなりました。またMRTの駅構内で、券売機と路線図の前で私たちが話していたら、日本語で「お手伝いしましょうか?」と綺麗な女性駅員さんが優しく声をかけてくれました。(相手が日本人でなくても、そういう人はきっと親切で優しいのだと思いますが。)

台湾の人々ってとても温かくて親切で優しい。もちろん、そうじゃない人もいましたけどね(笑)

また台湾に来るぞー!という気分になった旅でした。まだ台湾の魅力の少しの部分にしか触れていないですからね、また絶対に行きます。

 

帰国時、台北松山空港で謎のロボット君が見送ってくれました。君は誰だ?

いまさらですが、台湾(台北)に行く時は絶対羽田空港~台北松山空港の路線が良いです。初めての台湾の時は、申し込みがぎりぎりでフライトアレンジできず成田~台北桃園空港でした。桃園空港から台北市内は離れているので、時間がもったいなかったです。

私は台北松山空港に降り立ったとき、日本の地方空港に来たような錯覚に陥りました。それくらい、馴染みがある雰囲気というか、安心感がありました。小さい空港ですが、市内に近いので絶対におススメです。

 

最後に、私が感じたのは台湾はなぜかわからないけれど居心地が良いということです。漢字が日本語の旧字体に近いからでしょうか。発音できないけれど、何となく読める。何となく意味がわかる(ものもある)。この安心感は重要かもしれません。外国で言葉がわからないとそれだけで不安度が高まるものです。台湾は不安度がそれほど高くないのは、漢字のおかげかも。漢字文化圏の心強さ。それから、街の雰囲気が何だか懐かしい。日本人が落ち着くような懐かしさがあるような気がします。この懐かしさが、居心地の良さにつながっているのでしょうか。個人的には、人々の外見が似ているアジアの国にいること自体が、かなり居心地が良い理由のひとつだと思っています。話さなければ、台湾人に見えるようです。ヨーロッパで感じる「おまえはよそ者」視線は、ほとんどありません。台湾では目立たないどころか同化しているので(笑)

旅はやはり食事が美味しくて、居心地が良い国がいい!

 

 

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台湾旅行2014(1)思い立ったが台湾吉日

2014-11-24 | 海外旅行

今年7月、今所属している大学の友達と台湾旅行に行ってきました。2泊3日。それぞれ台湾訪問は2度目。

私の中で、台湾は「日本から近くて近い国」。勝手ながら、昔から台湾に親近感を抱いております。(政治的なことをここでは述べません。台湾への思いはけっこう熱い。でも、政治的なことは言えない…。難しいな。)

しかし、2年ほど前に初めて台湾旅行した際は(海外が初めての妹と一緒だったので)めったにしない団体ツアーに申し込んだおかげで、いまいち台湾の魅力を感じられずに帰国したという思い出があります。今度こそ台湾の魅力を感じてくるぞ!という思いがずっと強くあって、ついに今年7月再び台湾に行くチャンスを掴んだのでした。

実はバリ島か台湾のどちらに行くか悩んでいたのですが、日程と予算の関係でバリ島を断念。待て次回。結論から言うと、台湾にして良かった!近いよー!美味しいよー!台湾良いよー!

今回はJTBのぺらっぺらの安っちい(見た目)チラシのセールからツアーをチョイス。ツアーといっても、あれです。現地で空港からホテルの往復送迎がついていて、あとは自由行動という、ちょっと安心かつ気楽なツアー。でもこのJTBのぺらぺらパンフのセールツアー、けっこう充実している。フライトアレンジもかなり自由にできたので、我々に最適なちょうどよい時間のフライトを選びました。

1度目の台湾旅行のときに、ホテルが微妙すぎたので、このJTBのセールツアーでは一番上のAグレードホテルを選択。ホテルは選べなかったのですが、JTBのAグレードホテルなら大丈夫だろう。

航空会社はチャイナエアライン。チャイナエア、昔乗った時は機体がぼろくて、(日本から出発する便なのに)機内食が最高にマズイという印象だったのですが、今回は大丈夫でした。機内食が普通になってた(笑)これなら次に台湾に行くときもチャイナエアラインで行けそうです。

ホテルは台北花園大酒店(タイペイガーデンホテル)でした。MRT板南線・西門駅からは徒歩10分くらい。MRT小南門線・小南門駅から徒歩3分くらいでしょうか。暗くなってからは、一番近い小南門駅をよく使った気がしますが、昼間なら西門駅まで歩いた方が便利かもしれません。まあ、どこに行きたいかによりますが。最初地図で見た時は、街の中心ではないし、移動とか大変かな?と少し不安だったのですが、そんなことはなかったです。東京の感覚で行くと、台北自体がそんなに大きい街ではないので、全然問題ない立地です。中正紀念堂や龍山寺などが近いですよ。

さて、着いてすることと言えば、まずホテルの部屋チェック!これ、恒例にします。ホテルをかなり重視しますので。ホテル(宿)は重要だ。

勝手に決まった台北花園大酒店(タイペイガーデンホテル)ですが、綺麗で良かったです。平日に行ったからでしょうか、たぶん、アップグレードされている気がしました(わーい)。女子2人にかなり広いお部屋。

トイレも綺麗。臭くない。パリとは違う(笑)感動して激写。

そういえば、基本的に台湾ではトイレに紙を流してはいけないんですよね。たしか。ちゃんとゴミ箱に捨てましょう。

 

バスルームは…

シャワーブースと湯船があります。

湯船が少し使いづらかったけど、ナイよりも良い。しっかり浸かってリラックスしました。やはり湯船は重要です。日本人だもん!

 

洗面台も十分なスペース。

飲料水もちゃんと置かれている~。

アメニティもけっこうしっかり。しつこいけど、パリと違う!

それにしても、ベットが広い。豪華だ。ダブルが2つ。女子2人ですが(笑)

そして、忘れてはいけない、重要なポイント!ケトル(ポット)とお茶類☆

はあ、やはり安心しますねぇ。お茶だよ、お茶。日本人だもん、アジア人だもん。ホテルの部屋でゆっくりお茶とか飲みたいですよ。パリが6月で、翌月には台湾だったから、このお茶セットの存在が心にしみる。

 

初めて台湾に行った時のホテルでは、「日本語スタッフあり」だったけど実際はほとんど通じなくて、英語で通してましたが、この台北花園大酒店(タイペイガーデンホテル)のスタッフは皆さん日本語がお上手です。頭が下がります。本来は私たちが中国語(台湾華語)を話すべきなのですが、「二―ハオ」と「謝謝」くらいしか使えない中国語歴数か月の私。ごめんなさい…。日本人だとわかると日本語で話して下さるものだから、ご厚意に甘えまくりのダメな日本人…。

初日は夕方に台北着だったので、どう過ごそうかと思っていたのですが、ここはやはり夜市に行くしかない!ホテルでちょっと休憩してから出かけても、時間ばっちりです。

台湾の電車、初体験。駅は広くて清潔です。

私たちは電車移動の際は毎回切符を買っていました。切符というか、コイン?トークンといいます。これを改札でピッとタッチ。出る時には回収されます。

 

台北の夜市と言えば、まず士林夜市!初めてなのでドキドキわくわく。屋台からの良い香りがすごい。あの雑多な雰囲気、けっこう好きです(笑)

それにしても、夜市の良い写真があまりなかった。。。

フードコートの入り口。熱気がすごいですよ!

途中で発見したもの。えび釣りって…(笑)思い切り日本語だし!私たちはやりませんでしたが、やった方が良かったかな?次回は勇気を出して挑戦したいと思います。

友達目当てのマンゴーかき氷。思ったより大きくてびっくりしましたが、軽いのでけっこうぺろっと食べれちゃう。2人でシェアしました。

夏はマンゴーです。台湾に行ったらマンゴーを目指せ☆

夜市では気になるものがありすぎて、目移りします。でも勇気がなくて、思ったより食べられなかった気がします。安くて美味しそうなものがたくさんあるのに!士林夜市は広いので、また今度台湾に来たら絶対に行こう。

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