勇敢な女は、美しい。

Dr.norikoのブログ。自分らしく、楽しく、人生を生きる。一度きりの人生だもの。

自信がある人は、変に自分を着飾らない

2017-09-21 | 勇敢な生き方のためのヒント
こんにちは、勇敢な女・ノリコです。

先日ある女性と「身なりで人を判断すること」の良し悪しについて、少し話した。

ある種の職業の人は、仕事上だけならまだしも、プライベートでも「身なりで人を判断する」らしい。もちろんポジティブな意味ではない。

相手がどんな仕事をしていて、どれくらいの年収があるのかも知らないのに、休日や平日の朝に子どもを遊ばせていたパパ(=その女性の旦那さん)の服装を見て「足元を見た」らしい。明らかに下に見られていい気分になる人はいないだろう。

しかもそのご家庭は、そんな無礼な態度を取られて足元を見られるようなご家庭じゃないんだけどね…。その女性は、一見そんな風に見えないけれど、かなりのバリキャリだし。


「いい格好」をしている人が偉い、丁寧に扱うべき。そんな風に考える人間の器の小ささを感じる。
(そもそも、たとえ自分より収入が低かったとしても、それは相手を見下していい理由にはならない。)

もちろん社会生活をしている上で、TPOはわきまえるべきだと思うし、ある種の場所でドレスコードを守るのは最低限のマナーだろう。

しかし、子どもを遊ばせているパパの服装を見て、バカにするって…どっちがおバカなんだか。


そんな話をしていて思い出した。うちも以前に夫が銀行で適当に扱われてさすがに怒っていたわ。住宅ローンを組む時。夫は服装だけなら完全に職業不詳で、何なら日雇いの労働者ですか?という風貌と格好なのだけど、実際はそれなりに収入もあるし社会的に意義のある仕事もしている。格好でバカにされるのは失礼極まりない。普段温厚な夫もそれは怒るだろう。

まあ、ボロボロのリュックを背負っているのがいけなかったとは思うけど。笑


余談だが、もう亡くなっているけれど、私の大叔父はボロボロの小銭入れ(かそれに近いかなり小さめのお財布)に何万円も諭吉先生を折りたたんで持っていた。その大叔父は、妹にランドセルを買ってくれたのだけど、支払いのときに側で見ていた私もびっくりした記憶がある。母の話によると、いつも10万以上入れていたのではないか。ボロボロの小銭入れに(決してお金持ちではなかったはずだが)。街行く人々は、誰も大叔父がそんなお金を常に携えているのは思わなかっただろう。服装や持ち物で、人のお財布事情は計れない。


実際ものすごくお金を稼いでいる人でも、プライベートの普段着はヨレヨレのユニクロを着ていて、妙に安心したことがある。

最初の「子どもを遊ばせていたときに服装で足元を見られたパパ」の奥様が言っていたことに全力で同意したい。

「自信のある人は、変に着飾ったりしない」。


自信がある人は、無駄に服装や装飾品で自分をきらびやかに見せようとはしないのだ。だって、そんなことをしなくても自信があるから。他人から見えるところだけ着飾っても意味がないことをよく知っているからだと思う。

それに、自分に自信のある人は相手の服装を見ていきなりバカにするなんてことをしない。ましてや、子どもを遊ばせている時のプライベートの服装で相手を下に見るなんて、そんな愚かなことはしない。


そういえば、昔の知人男性は無駄に見えるところにお金をかけていた記憶がある。高いジーンズを履いたり。父親からもらったロレックスを嬉しそうにつけて眺めてたっけ。自分はただの学生のくせにね。自分に自信がない男だったから、高いものを身に着けていると自信がついたように感じていたのだろう。

高いもので着飾ればエライと思ってしまうような人々とは、ちょっと仲良くできないかも。

見えるところだけきらびやかで中身がなかったら、ただのハリボテだよ。
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「歳を取ると生き方は、顔に出る」

2017-08-10 | 勇敢な生き方のためのヒント

こんにちは、勇敢な女・ノリコです。

 

私は子どもの頃、機嫌が悪くなるとよく頬をふくらませていて「フグ!」と親に言われていました(笑)

 

そんな私に母が昔から言っていたことがあります。

「若い頃はいいけれど、歳を取ると顔に出ちゃうから気を付けなさい」

と。

フグの顔になるわけはありませんが、要は「生き方が顔に出ちゃうよ」ということです。

 

私、頑固なのですが自分で納得したことは大変素直に受け止め行動する人間でして、この母の言葉はずっと心に留めてあります。

 

以前、何回か「若さ」についての記事を書きました。

主に「女性の若さ」についてでしたが、この母の言葉

「歳を取ると生き方は、顔に出る」

は、「若さ」にも少し関係があります。

 

おおむね20代としておきましょうか、若い時はまだ若さでカバーできると思います。

その人がどんなにひどい人間でも、中身がなくても、「まだ若いから」「若くて経験が少ないから」で大目に見てもらえることもあるでしょう。

でも30代くらいからは、本当に顔に出てしまう。

その人の性格の悪さや深みのなさ…

今まで若さで何とか隠すことができていたものは、その若さがなくなるともうどうしようもありません。

 

怒っていれば怒った顔に。

不幸な顔をしていれば不幸な顔に。

他人をひがんでいればひがんだ顔に。

 

以前の記事の補足のような内容になりますが、「若さ」にメリットがあるなら

「(悪い意味で)顔に出てしまう生き方をごまかすことができること」

なのかも。

 

顔は自分で作るものだ、と身にしみます。

その人の生き方が如実に顔に表れるから。

 

笑っていれば笑った顔に。

優しい顔をしていれば優しい顔に。

他人のことを思いやれば、思いやりのある顔に。

 

 

生き方とは、ライフスタイル・価値観・思想・性格…などすべて。

 

もちろん30代からでも自分の顔は自分で作れると思います。

人生が80年だとすると、私もまだまだ自分の顔を作ることができる時期にあると思います。

 

日々、謙虚に。

日々、学んで。

周囲の人への感謝を忘れずに。

そういう顔を作っていきたいですね。

 

 

 

…しかし、


あふれ出る勇敢さは、もう隠せない!w

 

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とりあえず、行動する。

2017-08-08 | 勇敢な生き方のためのヒント
こんにちは、勇敢な女・ノリコです^ ^


悩むくらいなら、とりあえず行動する。


悩んでいる時間はもったいない。


行動しないと、何も変わらないから。



誰かが何かしてくれるのを待っていたら、大切なチャンスも逃してしまうかもしれない。

とりあえず自分から動いてみる。

何事においても、行動しなかったら何も変わりません。

変わりたいなら、何か欲しいものがあるなら、まず行動です。


これ、不妊治療にも言えます(笑)

決めたら悩まない。行動する。進む!


(…あ、変なものに惑わされて間違った道を選ばないように注意して下さいね!)


ちなみに私は今も通う都内有名不妊専門クリニックの初診予約を取るために(転院するために)、


スイス旅行中に日本に国際電話をかけましたよw


しかも、その電話で予約できるのは「体外受精説明会」の予約のみ!

(※体外受精説明会に参加すると、体外受精希望者は優先で初診予約を入れてくれるというシステム。説明会に参加せず普通に初診予約をすると、その当時でも半年以上は待たなければいけなかった!)

もちろんスイスと日本は時差があるから、大変ですよ。。

説明会の予約開始時刻(日本時間)に、すぐに電話できるように夜中だったか朝方に目覚ましをかけて一度起きました(ホント眠い…)

無事に説明会の予約を取れ、後日説明会に参加し優先的に初診予約を入れてもらい、転院しました。

結果、息子をこの手に抱くことができました。


この「転院先の不妊専門クリニックに初診予約を取る」という出来事だけでも、「自分が行動しないと先に繋がらない」とお分かりいただけると思います。

生殖に関しては、悩んで行動しないことが1番の問題です。

何度も書いていますが、生物としての時間は決して元には戻らないのです。


例に挙げた不妊治療だとわかりやすいかもしれませんが、どんなことでも「行動する」のが大切だと常日頃感じてます。


会いたい人に連絡する
趣味の講座に参加する
食べたいものを買いに行く

なんでも、行動しないと始まらない。

最初は勇気がいるかもしれないけれど、悩む時間はもったいないので、一歩踏み出してみよう。
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「女の市場価値」に意味があるのか?

2017-07-18 | 勇敢な生き方のためのヒント
‪こんにちは、勇敢な女・ノリコです。

最近、女性の年齢や外見(メイクやファッション)に関して、世間ではいろいろ騒がれている。いわゆる「炎上」する企業が増えている印象である。

詳しく目を通してはいないが、一番新しいところだと、女性の年齢にまつわる炎上だろうか。

「女の市場価値」。

ほう。

何それ、美味しいの?


以前にも書いたが、日本には女性は「若ければいい」「若い方がいい」という価値観が存在しているようだ。男女ともに。男性だけでなく、女性すらもそのような価値観を持っている人が多いようなのが驚くべきことである。


だから「27歳と33歳の女性、どっちがいいの?」といった類の、非常にくだらない問いかけがなされる。

そもそも何をもって「よし」とするのか、謎である。若ければいいのであれば、迷わず27歳の女性と答えるのだろう。しかし、なぜ「若い方がいい」のか、詳しく言及されることは少ない気がする。

確かに生殖年齢を考えるなら、より若い方がいいかもしれない。

もっと正確に表現するのなら「女性の年齢が若いほうが妊娠しやすく、子どもを出産できる可能性が高くなる」から「若い方が望ましい」だろうか?

男女ともに、そこまで生殖に熱意を持っているのならば男性が「若い女性がいい」と言うのも、女性自身が「若くないと(生物としての)価値が下がる」と思い込むのも、本人の自由である。

しかし、問題はそれほど単純ではないようだ。生殖や生物学的な長所が強調されているわけではないようだからだ。

なぜだかよくわからないけれど「女は若い方がいい」。これは個人の価値観であれば問題ない。誰一人同じ人間はいないように、価値観は人それぞれ。そのように考える人々もいることは否定しない。

問題なのは、個人の自由な価値観にすぎない考えが、さも社会の「当たり前」であるかのような言説が飛び交うことである。


最近は大企業、それも女性向けの商品を扱うような会社の広告が「炎上」するのを目にする回数が増えた気がする。愉快ではないのであまり真剣に見ないようにしているが、それでも目に入ってくるくらい、多い。

極めて個人的な見解を述べよう。

27歳だろうが33歳だろうが、さらに若い女性だろうが、あるいは40過ぎていようが60過ぎであろうが、魅力的ではない人はたくさんいる。むしろ、若さだけを武器にしようとしている女性ほど魅力的に見えない。彼女たちに「若さ」以外の武器がないからだ。

もし「市場価値」という愉快ではないワードを使って表現するのなら、若かろうが中年だろうが高齢者だろうが「女性としての市場価値が低い」人は残念ながらたくさんいるだろう。

一方、何歳であっても魅力的で、人間として尊敬できる人もたくさんいる。女性として、人として、成長しようと努力している人は何歳であっても魅力的だと私は思う。内面を磨き、知識や教養を身に付けている人の方が(あるいは身につけようとしている人の方が)、若さだけを強調する人より輝いている。いや、比較するまでもない。

私自身も年齢で「価値が低い」なんて思われたくもない。今よりももっと若い時は、反省だらけの人生だった。今思うととても恥ずかしく、周りの人に迷惑をかけまくっていたなぁと思うことがよくある。

だから10代や20代の時の自分のほうが今より「市場価値」が高いなんて全く思わない。意識するのは生殖年齢だけだ。それも「価値」という概念で測ったこともない。あくまで「生物として生殖を意識するなら若い方が有利だろう」くらいだ。

(このブログでは何回も言及しているが、生殖は個人差が大きい。若くても妊娠しにくい人もいる。夫婦の組み合わせにもよるだろう。だからあくまで1つの参考程度に過ぎない)


若い頃の反省を踏まえた上で、またライフステージが変わるたび、人生の転機が訪れるたびに、自分自身は成長しているに違いないと思っている。そういう意味では20代の時の私より今の方がちょっとだけ深みを増しているのではないか?と思いたくもなる。不妊をはじめ、さらに多くのことを経験して自分の視野が広がったという意識を持っているし、27歳の自分と比べて価値が低いかと言われたら迷わずNoと答えたい。

「女は若いほうがいい」「女は若ければいい」、そんな価値観の押し付けには断固Noを突き付けよう。


私は女だが、もし自分が男であっても、若さだけを武器にしていて中身のない女とは話したくない。だって、人間としてつまらないから。

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自分が苦しい時、誰かを祝えないのは当たり前

2017-06-17 | 勇敢な生き方のためのヒント

こんにちは、勇敢な女・ノリコです。

 

今回は、

・不妊治療で苦しい思いをされている方

・流産・死産を経験された方

を主に想定して書きたいと思います。

 

結論から述べますね。

 

上記のような理由でつらい思いをしているときに、無理して友人や知人を祝わなくてもいいのですよ!!

 

 

不妊治療でつらいとき、友人が出産したという連絡をもらった…

流産や死産を経験して、まだ心も体もつらい時期に、友人が授かり婚(できちゃった結婚)するという知らせを受けた…

 

こういうようなことが、あると思います。

自分が生殖年齢まっただ中だと、同じくらいの年齢の友人知人に妊娠・出産ラッシュが起きてもおかしくありません。

 

多くの人々は真面目で、友人思いだと思います。

だから、

「自分がつらくても結婚や出産祝いを送らなきゃ…おめでとうって言わなきゃ…」

なんて思って、余計苦しい思いをする人も多いのではないでしょうか?

自分がつらい状況にあることを相手に言えないまま、何とか笑顔で祝福しなければ…そう考えて苦しくなってしまう人も多いのでは。

 

でも、

無理をしないで。

全部話すことはありません。話したくないなら詳細を話す必要はありません。

大切な友人ならば、理解してくれるでしょう。

 

「いま、私はつらい状況にあってあなたを心からお祝いしてあげられない。

心からお祝いできるまで、待ってほしい」

そう伝えてください。

 

つらい経験をしているあなたが、涙を隠して、無理矢理お祝いしても全く意味がありません。

それは「お祝い」ではなく、もはやただの「慣習」です。

ただの「やらなければならないこと」の一つになってしまっています。

 

心からお祝いできるときに、自分の心が落ち着いたときに、精一杯お祝いすればいいのです。

「すぐにお祝いしないとおかしいから…」

「世間体が…」

「友達に悪いから…」

そんなことは思い込みです。

あなたがすぐにお祝いしなかったからといって、関係が切れてしまう友人などもともと本当の友人ではありません。

 

事情がわからないと相手はショックを受けるかもしれません。

だから、簡単に理由は説明する。

そして、時が来たら心から祝福する。

 

それでいいと思います。

 

自分が本当に苦しいときに、誰かを心から祝えないのは当然です。

素直に祝福できない自分を責めないで下さいね。

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