遊爺雑記帳

ブログを始めてはや○年。三日坊主にしては長続きしています。平和で美しい日本が滅びることがないことを願ってやみません。

北方領土交渉 ロシア側から診ると

2016-10-19 23:58:58 | ロシア全般
 10月19日は、日本と旧ソ連が国交回復した1956年の「日ソ共同宣言」署名から60周年の日なのですね。
 12月のプーチン大統領の来日で、「新たなアプローチ」の具体化があるのか、それはどのような内容なのかと注目されていますね。
 読売が、この首脳会談での展望を、3人の識者が語った記事を載せていました。下斗米伸夫法政大教授は、両国の政権が安定していることから、「四つの島の行方は会談後、明らかになるだろう。段階的に時間はかかっても、平和条約調印のドラマチックなページが開かれるだろう。そこまでの大きな里程標が、会談で示されるのではないか。」と、期待する内容を述べておられますが、他のお二人は、ロシア側からの視線で、厳しい現実を語っておられます。
 

北方領土交渉の行方 (10/19 読売朝刊 )

歯舞・色丹も厳しい 新潟県立大教授 袴田茂樹氏

 
私は今月ロシアを訪ね、北方領土問題を巡る日露両国の温度差にがくぜんとした。日本では12月のプーチン大統領来日に向け、楽観的な、何らかの前進への期待感があるが、ロシアで会った親日的なロシア人専門家は「たとえ歯舞・色丹2島を日本に引き渡すとしても、100年か200年以上先だ」
と厳しい見方をしていた。
 私が一番気になるのは、
プーチン氏の近年の厳しい発言が日本でほとんど報じられていない
ことだ。
 プーチン氏は2012年に、一部外国メディアとの会見で
「(日ソ共同宣言には歯舞・色丹の)2島がいかなる条件の下に引き渡されるか、その後どちらの国の主権下に置かれるかについて書かれていない」と驚くべきことを言った歯舞・色丹の引き渡しが、日本に返還することでは必ずしもなく、ロシアが主権を保持する可能性があるということ
だ。
 14年にも同じフレーズを述べ、先月の日露首脳会談直後に中国で行ったロシア人記者向けの会見でも同じ発言を繰り返した。
プーチン氏の態度は硬い

 
領土問題解決の条件は三つ
ある。両国に強力で安定した政権があること、首脳間に信頼関係が存在すること、そして、ロシアにとってもプラスだという認識をロシアが持つ状況になるこ
とだ。ただ、3番目の条件については、
平和条約を結べば日本のロシアへの関心が失われ、経済協力などの提案がなくなるとすれば、条約締結はロシアにとって逆効果
だ。だから「話し合いを続けよう」となる。平和条約は日本という馬の前にぶら下げたニンジンだ。
 
12月の日露首脳会談で、領土問題が動くことはないだろう。会談結果は、日本側に期待を持たせ、玉虫色の解釈ができる形で発表
されるのではないか。
 いわゆる「2島先行返還論」が、「条約締結前にロシアが歯舞・色丹を日本に返し、国後・択捉の帰属が決まった後に締結する」ということなら、私は大賛成だ。だが、日ソ共同宣言は「条約締結後に歯舞・色丹を引き渡す」としており、
条約を締結しないでロシアが日本に歯舞・色丹を引き渡すことはありえない

 中間条約を結ぶ考え方もあるが、ロシアが日ソ共同宣言に沿って交渉するとしている以上、平和条約なしに歯舞・色丹を渡すはずがない。(歯舞・色丹の返還と国後・択捉の帰属を分離して協議する)「並行協議」も、論理的に成り立つかどうか非常に疑問だ。
 北方領土問題は日露だけの問題ではない。
国家主権の侵害に日本がどう対応するかが国際的にも間われている
。  (編集委員福元竜哉)


「4島」固執 1島も得ず ロシア科学アカデミー 極東研究所上級研究員 ビクトル・クジミンコフ氏

 プーチン大統領は、安倍首相を過去にとらわれず戦略的な構想を持つ指導者と評価し、交渉できる相手とみている。
領土交渉は今後1年で解決するような簡単な問題ではないが、安倍政権が続く間に何らかの形で進展する可能性はある

 プーチン氏は1956年の日ソ共同宣言が領土問題の解決の基本になるとの姿勢で一貫している。両国議会が批准した「共同宣言」には法的効力があるからだ。
 日露双方に受け入れ可能な解決案としては歯舞と色丹の2島を引き渡した後、国後と択捉を含めた4島で共同経済活動を進めることが考えられる。
 ただし
プーチン氏は歯舞と色丹について「どういう状況で引き渡すかについては『共同宣言』には何も書いていない」と発言し逃げ道も残している2島の主権、管轄権をどうするのかについてはあいまいなままだ

 
日本側は国後、択捉の2島も領土交渉に絡めたいようだが、ロシアは到底応じられない。「共同宣言」は国後、択捉について何も触れていない。
ロシアはこの2島の開発にかなりの額の投資をしてきたしロシア人の住民も定着している。
 歯舞、色丹の引き渡し問題と国後、択捉の帰属問題を分けて話し合う「並行協議」という考え方もある。しかしこの方法で今後、国後と択捉についての交渉を始めたとしても、これまでのように不毛な議論が続くだけで意味はない。
 
プーチン氏はロシア国内に向け、「共同宣言」が歯舞、色丹の引き渡しを明記していることを説明していない。2島の引き渡しに加え「共同宣言」に何も書かれていない国後、択捉についても譲歩するとなれば「自国の領土なのになぜ日本に渡さなければいけないのか」と、ロシア国民も強く反発する。

 ロシアはウクライナ南部クリミア半島を編入し米国などと対立を深めている。そうした状況の中でロシアが日本だけに譲歩することはできない。
 歯舞、色丹の2島が戻るだけでも日本には漁業分野でのメリットが広がる。だが
日本が4島返還に固執すれば、いつまでたっても一つの島も手に入れることができないだろう。
 「共同宣言」に署名した60年前に戦争状態に終止符を打ったのに、これから「平和条約」を結ぶ必要があるだろうか。いまだに日本とロシアの間で戦争が続いているような誤解を与えてしまう。日露が結ぶ条約は「国境画定条約」や「親善条約」などの名称にしたほうがいい。 (モスクワ花田吉雄)

 あくまでも両国が批准している、1956年の「日ソ共同宣言」が領土問題の解決の基本になるという基本姿勢で、しかも、その2島でさえも、引き渡しの条件やどちらに主権があるのか明確でないとプーチン大統領は語っているとのことで、危ういとふっかけているのですね。交渉事ですから、譲歩する前提を自国に有利な線引きするのは当然ですし、その手管は世界でもトップクラスのプーチン大統領です。大きな国益が得られるなら、なんとか2島を返還しましょう(返還ではなく譲渡との報道もある)という作戦ですね。
 それどころか、歯舞・色丹の主権については共同宣言では触れられておらず、主権はロシアが継続して所有するとも。従って、共同宣言で触れられていない国後・択捉は論外。日本が4島返還に固執すれば、いつまでたっても一つの島も手に入れることができないとまで。。

 過去の両国の長い交渉のなかで、「日ソ共同宣言」が存在し、両国が批准したものであることは事実です。しかし、その後も交渉が続けられ、プーチン大統領は、2001年の「イルクーツク声明」で、東京宣言(領土問題を、北方四島の島名を列挙。日ソ間のすべての国際約束が、日露間で引き続き適用されることを確認)に基づいて四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結すべきことを再確認したとし署名していますし、2003年の「日露行動計画」でも、「日ソ共同宣言、東京宣言、イルクーツク声明及びその他の諸合意が、四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結」と採択されています。つまり、日ソ共同宣言以後、両国の交渉が進められ、両国間の首脳の間で内容は変化・進展してて、プーチン大統領自身も進展に参加しているのです。
 これを、いっきに「日ソ共同宣言」に線をさかのぼり、しかも、2島でさえも危ういというのは、明らかに両国首脳間での約束違反です。
 そこまでさかのぼるなら、「共同宣言」ではなく「条約」として交わされた、1905年の「ポーツマス条約」(樺太の南半分と千島列島が日本領)までさかのぼって交渉をしようと日本側も線を移動すべきです。

 台所が苦しく、日本の支援が欲しいのはロシアです。日本が焦る必要はありません。その為にも、安倍首相の任期延長(=日本の政権の長期安定化)が望まれます。長期安定政権なので急がないと、足元を見られることなく、じっくり交渉すれば、支援を急ぐロシアが譲歩せざるを得なくなるのは、エリツィン時代の、「クラスノヤルスク合意」「川名合意」で4島返還実現に迫った時の再来がありえます。我慢調べのチキンレースなのです。

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北方領土交渉経緯

■日ソ共同宣言
1956年10月19日 鳩山首相とソ連のブルガーニン首相がモスクワで署名
 北方領土問題は、まず国交回復を先行させ、平和条約締結後にソ連が歯舞群島と色丹島を引き渡すという前提で、改めて平和条約の交渉を行うという合意

■日ソ共同声明(1991年)
 1991年4月海部総理とゴルバチョフ大統領により署名された。
 北方四島が、平和条約において解決されるべき領土問題の対象であることが初めて確認された。
 日ソ両国は引き続き平和条約締結交渉を行い、条約締結後にソ連は日本へ歯舞群島と色丹島を引き渡す。

■東京宣言(1993年)
 1993年10月、細川総理とエリツィン大統領により署名された。
 領土問題を、北方四島の島名を列挙して、その帰属に関する問題と位置づけるとともに、領土問題解決のための交渉指針が示された。
 また、日ソ間のすべての国際約束が、日露間で引き続き適用されることを確認した。

■クラスノヤルスク合意(1997年)
 1997年11月、橋本総理とエリツィン大統領の間で、東京宣言に基づき、2000年までに平和条約を締結するよう全力を尽くすことで一致。

■川奈合意(1998年)
 1998年4月、橋本総理とエリツィン大統領の間で、平和条約に関し、東京宣言に基づいて四島の帰属の問題を解決することを内容とし、21世紀に向けた日露の友好協力に関する原則等を盛り込むことで一致。

■イルクーツク声明(2001年)
 2001年3月、森総理とプーチン大統領により署名された。
 日ソ共同宣言が交渉プロセスの出発点を設定した基本的な法的文書であることを確認した。その上で、東京宣言に基づいて四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結すべきことを再確認した。

■日露行動計画(2003年)
 2003年1月、小泉総理とプーチン大統領により採択された。日ソ共同宣言、東京宣言、イルクーツク声明及びその他の諸合意が、四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結し、両国関係を完全に正常化することを目的とした交渉における基礎と認識し、交渉を加速することを確認した。

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 この花の名前は、セリバヒエンソウ


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ソ連が満洲に侵攻した夏 (文春文庫)
誰がメドベージェフを不法入国させたのか-国賊たちの北方領土外交





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