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歎息(たんそく)

2007-02-19 18:34:31 | Weblog
俊男は苦い顏で其後を見送ツてゐて、「俺(おれ)は何を此樣(こん)なにプリ/\憤(おこ)ツてゐるんだ。何を?………自分ながら譯の解(わか)らんことを謂(い)ツたもんぢやないか。これも虚弱から來る生理的作用かな。」
と思ツて、また頽然(ぐつたり)考込む。
薄暗いやうな空に午砲(ドン)が籠(こも)ツて響いた。
「成程お午(ひる)だ。」と呟(つぶや)き、「近(ちか)の腹の減(へ)ツたのが當前で、俺(おれ)の方が病的なんだ。一體俺の體は何故(なぜ)此樣(こん)なに弱いのだらう。」
俊男の頭の中には今、自分が病身の爲に家庭に於ける種々(さま/″\)なる出來事を思出した。思出すと其(それ)が大概(たいがい)自分の病身といふに基因(きゐん)してゐる。
「俺は何故(なぜ)此樣(こん)なに體が弱いのだらう。」と倩々(つく/″\)と歎息(たんそく)する。
「一體俺(おれ)は何(ど)うして何樣(こん)なに意固地(いこぢ)なんだらう。俺が惡く意固地だから、家が何時(いつ)もごたすた[#「ごたすた」に傍点]してゐる。成程俺は妻(さい)を虐(いび)り過ぎる………其(そ)ンなら妻が憎(にく)いのかといふに然(さ)うでもない。豈夫(まさか)に追(お)ン出す氣も無いのだから確(たしか)に然(さ)うでない。雖然(けれども)妻に對して一種の反抗心を持ツてゐるのは事實だ………此反抗心は弱者が強者に對する嫉妬(しつと)なんだから、勢(いきほひ)憎惡(ぞうを)の念が起る………所詮(つまり)俺(おれ)は妻が憎いのでなくツて、妻の強壯な體を憎むでゐるのだ。」
俊男(としを)は見るともなく自(おのづ)と庭(には)に蔓(はびこ)ツた叢(くさむら)に眼を移して力なささうに頽然(ぐつたり)と倚子(いす)に凭(もた)れた。
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哲学

2007-01-03 08:16:14 | Weblog
 人間は到底枯燥したるものにあらず。宇宙は到底無味の者にあらず。一輪の花も詳(つまびらか)に之を察すれば、万古の思あるべし。造化は常久不変なれども、之に対する人間の心は千々に異なるなり。
 造化は不変なり、然れども之に対する人間の心の異なるに因(よ)つて、造化も亦た其趣を変ゆるなり。仏教的厭世詩家の観たる造化は、悉(こと/″\)く無常的厭世的なり。基督教的楽天詩家の観たる造化は、悉く有望的楽天的なり、彼を非とし、此を是とするは余が今日の題目にあらず。夫れ斯の如く変化なき造化を、斯の如く変化ある者とするもの、果して人間の心なりとせば、吾人豈(あに)人間の心を研究することを苟且(かりそめ)にして可ならんや。
 造化(ネーチユア)は人間を支配す、然れども人間も亦た造化を支配す、人間の中に存する自由の精神は造化に黙従するを肯(がへん)ぜざるなり。造化の権(ちから)は大なり、然れども人間の自由も亦た大なり。人間豈に造化に帰合するのみを以て満足することを得べけんや。然れども造化も亦た宇宙の精神の一発表なり、神の形の象顕なり、その中に至大至粋の美を籠(こ)むることあるは疑ふべからざる事実なり、之に対して人間の心が自からに畏敬の念を発し、自からに精神的の経験を生ずるは、豈不当なることならんや、此塲合に於て、吾人と雖(いへども)、聊(いさゝ)か万有的趣味を持たざるにあらず。
 人間果して生命を持てる者なりや、生命といふは、この五十年の人生を指して言ふにあらざるなり、謂ふ所の生命の泉源なるものは、果して吾人々類の享有する者なりや。この疑問は人の常に思ひ至るところにして、而して人の常に軽んずる所なり、五十年の事を経綸するは、到底五十年の事を経綸せざるに若(し)かざるなり、明日あるを知らずして今日の事を計るは、到底真に今日の事を計るものにあらざるなり、五十年の人生の為に五十年の計を為すは、如何(いか)に其計の大に、密に、妙に、精にあるとも、到底其計なきに若かざるなり。二十五年を労作に費し、他の二十五年を逸楽に費やすとせば、極めて面白き方寸なるべし、人間の多数は斯の如き夢を見て、消光するなり、然れども実際世界は決して斯の如き夢想を容るゝの余地を備へず。我が心われに告ぐるに、五十年の人生の外はすべて夢なりといふを以てせば、我は寧(むし)ろ勤労を廃し、事業を廃し、逸楽晏眠を以て残生を送るべきのみ。
 吾人は人間に生命ある事を信ずる者なり。今日の思想界は仏教思想と耶教思想との間に於ける競争なりと云ふより、寧ろ生命思想と不生命思想との戦争なりと云ふを可とす。吾人が思想界に向つて微力を献ぜんと欲することは、耶蘇教の用語を以て仏教の用語を奪はんとするにあらず、耶蘇教の文明(外部の)を以て仏教の文明を仆(たふ)さんとするにあらず、耶蘇教の智識を以て仏教の智識を破らんとするにあらず、吾人は生命思想を以て不生命思想を滅せんとするものなり、彼の用語の如き、彼の文明の如き、彼の学芸の如き、是等外部の物は、自然の陶汰を以て自然の進化を経べきなり、吾人の関する所爰(こゝ)にあらず、生命と不生命、之れ即ち東西思想の大衝突なり。
 つら/\明治世界の思想界に於て、新領地を開拓したる耶教一派の先輩の事業の跡を尋ぬるに、宗教上の言葉にて、謂ふ所の生命の木なるものを人間の心の中に植ゑ付けたる外に、彼等は何の事業をか成さんや。洋服を着用し、高帽子を冠ることは思想界の人を労せずして、自然に之を為すなり。凡(およ)そ外部の文明を補益することは、何ぞ思想界の達士を煩(わづら)はすことを要せんや。外部の文明は内部の文明の反影なり、而して東西二大文明の要素は、生命を教ふるの宗教あると、生命を教ふる宗教なきとの差異あるのみ。優勝劣敗の由つて起るところ、茲(こゝ)に存せずんばあらざるなり。平民的道徳の率先者も、社会改良の先覚者も、政治的自由の唱道者も、誰か斯民に生命を教ふる者ならざらんや、誰れか斯民に明日あるを知らしむる者にあらざらんや。誰か斯民に数々(さく/\)々(せき/\)として今日にのみ之れ控捉せらるゝを警醒するものにあらざらんや。宗教としての宗教、彼れ何物ぞや、哲学としての哲学、彼れ何物ぞや、宗教を説かざるも生命を説かば、既に立派なる宗教にあらずや、哲学を談ぜざるも生命を談ぜば、既に立派なる哲学にあらずや、生命を知らずして信仰を知る者ありや、信仰を知らずして道徳を知る者ありや、生命を教ふるの外に、道徳なるものゝ泉源ありや、凡そ生命を教ふる者は、既に功利派にあらざるなり、凡そ生命を伝ふる者は、既に瞹眛派(あいまいは)にあらざるなり、凡そ生命を知るものは、既に高蹈派にあらざるなり、危言流行の今日、世人自から惑ふこと勿(なか)らんことを願ふなり。
 吾人をして去(さつ)て文芸上に於ける生命の動機を論ぜしめよ。
 文芸は宗教若(もし)くは哲学の如く正面より生命を説くを要せざるなり、又た能はざるなり。文芸は思想と美術とを抱合したる者にして、思想ありとも美術なくんば既に文芸にあらず、美術ありとも思想なくんば既に文芸にあらず、華文妙辞のみにては文芸の上乗に達し難く、左(さ)りとて思想のみにては決して文芸といふこと能はざるなり、此点に於て吾人は非文学党の非文学見に同意すること能はず。先覚者は知らず、末派のポジチビズムに於て、文学をポジチーブの事業とするの余りに、清教徒の誤謬を繰返さんとするに至らんことを恐るゝなり。
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早朝

2006-10-29 14:36:54 | Weblog
大して金儲けには関係はないが、『織留』の中にある猫の蚤取(のみとり)法や、咽喉(のど)にささった釣針を外ずす法なども独創的巧智の例として挙げたものと見られる。
 それはとにかく西鶴のオリジナリティーの尊重の中にも、西鶴の中の科学的な要素の一つを認めることが出来るかと思われる。
 次には、『桜陰比事』に最も明白に現われている西鶴の「探偵趣味」とも称すべきものが、これもまたある意味では西鶴の中の科学者の面貌を露出したものと云われるであろう。尤もこの短篇探偵小説における判官の方法は甚だしく直観的要素の勝ったもので解析的論理的な要素には乏しいと云わねばならないが、しかし現代科学の研究法の中にも実はこの直観的要素が極めて重要なものであって、これなしには科学の本質的な進歩はほとんど不可能であるということはよく知られたことである。とにかくそういう見方から西鶴の探偵趣味とその方法を観察するのも一興であろう。
 例えば殺人罪を犯した浪人の一団の隠れ家の見当をつけるのに、目隠しされてそこへ連れて行かれた医者がその家で聞いたという琵琶(びわ)の音や、ある特定の日に早朝の街道に聞こえた人通りの声などを手掛りとして、先ず作業仮説を立て、次にそのヴェリフィケーションを遂行して、結局真相をつき止めるという行き方は、科学の方法と一脈の相通ずる所があると云われる。また例えば山伏の橙汁の炙出(あぶりだ)しと見当をつけてから、それを検証するために検査実験を行って詐術を実証観破するのも同様である。「十夜の半弓(はんきゅう)」「善悪ふたつの取物」「人の刃物を出しおくれ」などにも同じような筆法が見られる。
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閑散

2006-08-12 19:26:30 | Weblog
 私は去る一九二一年(大正十年)の春以来、応用化学の本場である仏蘭西(フランス)の巴里(パリー)ドーフィン街四十番地の古ぼけた裏屋敷の二階に下宿住居(ずまい)をして、忠実な男女二人の助手と三人で「化学分析応用……特に有機、毒物、酒類」という小さな広告を時々新聞に出している者であるが、その助手の一人で語学の達者なミキ・ミキオという青年が、この頃色んな探偵事件に引っぱり出され初めて、焙(い)り麦みたように家(うち)の仕事をすっぽかすようになった。おかげで私はすっかり仕事が閑散になったので、その暇つぶしに、私が警視庁の第一捜査課長を辞職して、日本を去るに至った、その失敗の思い出話として、この事件を書いて見る気になったものである。
 一つは日本でも……と云ったら叱られるかも知れないが、近来探偵小説が非常な流行を極めていると聞いたので、私のような老骨の経験談でも興味を感ずる人があるかも知れないと思って書かしてもらうので、決して商売の広告や、主義思想の宣伝でない事は前以(もっ)て十分にお断りして、この拙(まず)い一文を読んで下さる「探偵好き」の方々に、深甚の敬意を表しておきたいと思う。
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決勝トーナメント進出の国決まる

2006-06-21 22:46:53 | Weblog
決勝トーナメント進出の国決まる

決勝トーナメント進出の国決まる

決勝トーナメント進出の国決まる


決勝トーナメント進出の国決まる


           にほ~~ん
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なかなか見つからない現実

2006-04-01 20:20:46 | Weblog
自分が有用だと思っていた情報をメモするようにはしているのであるが、どこにそれをメモしたか忘れてしまうことが、おおい。今も、忘れてしまっているので一生懸命探しているで有るが見つからない・・・・
そんなこんなしているうちに、このサイトに着たのでログインして、今の心境を書いてみた。みんなにはそんなことはないのだろうか?
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定説

2006-02-18 16:21:21 | Weblog
定説手白の猿は、後の創作類では、かなり重要な位置に居るけれども、説経には極めて軽い役に使はれてゐる。動物報恩説話の外には、山王のつかはしめとなつた理由を見せたに止まつてゐる様である。かういふ動物が、此民譚に現れたのは、勿論日吉の猿部屋に関係があるので、手首ばかり白い猿を、神猿とするなどいふ信仰もあつたと思はれるのである。山姥狂言の中にも、手白の猿を出した物があつた。今日さう言ふ芝居絵を見ても、別に手に特徴はない。結局別に語原を持つものに違ひない。
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継母雲居ノ前

2006-02-18 16:20:43 | Weblog
併し乙若が性空の手から移つて来た話を思ふと、数度の変形として、或は、愛護・皇慶の関係は、成り立つかも知れぬ。川村杳樹氏(実は柳田国男先生)が提供せられた沢山の難題問答(郷土研究四の七)の例の中、陸前赤沼長老阪で、西行に舌を捲かした松下童子が、山王権現の化身であつたと言ふ話も、多少根本の山王に痕跡のあつたものとすれば、まへの関係は一層深くなるのだが、数点の類似だけでは、愛護・皇慶の交渉はむつかしい。
継母雲居ノ前は、合邦个辻の玉手御前の性格を既に胚胎してゐるので「女筆始」其他の様な純然たる悪玉でなく、寧、薄雪物語の様な艶書を書くあはれ知る女となつてゐる。中将姫・しんとく丸の継母とは、類型を異にして、恋の遺恨といふ、新しい創造がまじつてゐる様である。
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志田義秀氏

2006-02-18 16:20:03 | Weblog
此呪ひを志田義秀氏は叡山の不実柿(ミナラガキ)と関係あるものと観察して居られるやうだ。皇慶甫(はじ)めて叡山に登つた時、水飲(ミヅノミ)・不実柿(ミナラガキ)などの地で「実のなるのにみなら柿とは如何。湯を呑むのに水飲とは如何」と言ふませた、併し子供らしいへりくつ問答を試みた、と言ふ話のある地で、皇慶の呪ひによつて、不実柿になつたとは見えぬ。
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言語精霊(コトダマ)

2006-02-18 16:19:07 | Weblog
大体石芋民譚は、宗教家の伝記に伴ふものが多い様だが、古くは慳貪と慈悲とを対照にした富士・筑波式の話であつた。其善い片方を落したのが石芋民譚で、対照的にならずに、善い方だけの離れたのもある。宗教家は精霊を使ふ者と考へられて居た為に、精霊の復讐と言ふ風の考へが、一転して石芋民譚となるのであらう。古く言語精霊(コトダマ)の活動と考へられたのろひが、役霊の考へに移つたのは、大部分陰陽家の職神・仏家の護法天童・護法童子の思想の助勢がある様である。役霊・護法の活動は、使役者には都合はよいが、他人には迷惑を与へる事が多い。使役者の嫉妬・邪視が役霊の活動を促す。護法童子に名をつけたのが、乙護法である。伝教大師にも、性空上人にも、同名の護法があつた。性空から其甥比叡の皇慶に移つたのを乙若とも言うて居る。三井寺の尼護法は鬼子母神ともなつて居る。女の護法神だから言ふのだが、或は「乙」と同じく、其名であつたのかも知れぬ。若の名の「愛」と言ふのも、護法の名で、護或は若は其護法なることを示してゐると考へられぬでもない。愛護ノ若を護法童子の変形とすれば、桃・麻の呪ひの意味は、徹底する様である。
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