中野みどりの紬きもの塾

染織家中野みどりが「紬きもの塾」を開講しました。このブログはその記録を中心に着物、工芸、自然を綴ります。

第8期「紬きもの塾」終了しました

2017年01月27日 | 紬きもの塾’16
第8期の紬きもの塾が終了しました。
みなさん熱心に通ってくださいました。遠方からの参加の方も休まずに来てくださいました。お一人病気を抱えている方が1回お休みされましたが最終回には元気に顔を見せてくれました。


最終回も盛りだくさんの内容で、衿芯に半衿を先に付けておくやり方や半幅帯の角出し風の実習もしました。着物の寸法の確認やまた紬塾が目指すものについて復習しました。
茶話会(打ち上げ^^*)も楽しくてあっという間に時間が過ぎました。

紬塾のベースにあるのは「自然」です。自分の生き方や環境に照らし合わせて命ある着物をどう着ていくか、自分らしい自然な着姿を探り、高めいく。
ただ、本質を見極めながらもあまりタイトに難しく考えすぎずに一歩づつ自分の歩みで進めばよいのです。

この一年、気持ちよく10回の講座を開くことができました。みなさんの思いやり、ご協力のおかげです。
終わって寂しいと言ってくださる方もありますが、またいつでもご連絡下さい。
時々は当ブログも覗いて下さい。展示会なども気軽にいらして下さい。
本当にありがとうございました。\(^o^)/

以下は16年度の紬塾に参加してくださった方々のレポートです。
「紬塾」を振り返り、自分と向き合いそれぞれの言葉で綴って下さいました。
かなり長いですが、お時間ある時にゆっくり読んで頂ければと思います。

次期紬塾受講を検討されている方は参考にお読み下さい。
17年度の紬塾詳細は3月初旬にお知らせ予定です。

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美しいって?という疑問からスタートした私の「紬きもの塾」。たくさん大切なことに気づかせて頂きました。
今は新たなスタート地点に立ち、晴れ晴れとした思いと同時に引き締まる思いが交差しています。
先生が「○○な人もいますが・・」と話される○○な人がいつも私にあてはまり、「草木で染めて紬を織っています」というのは名ばかりで表面的な色やデザインや技法を追いかけ回していたから「美しい」にたどり着けなかったし、蚕がくれた糸、草木の色・・その命を頂くということにきちんと向き合えていなかったから命を生かすという視点に欠け自分本位な染織だったことを強く思います。
更に道理に敵ってこそ堅牢で確かな力のある布が生まれることも染織実習で実感できました。
自然への畏敬と感謝、衣食住、全ての生活に心を砕き、立ち止まり、丁寧に暮らすことが織ること、着ること、人との関わり、全てに通じるということにも気づかせて頂きました。その先に「美しい」が見えてくるように思い始めています。
まだまだ中身が追い付かない私ですが、先生の美しい着物や帯は私にとって大きな指針となってくれそうな気がしています。
先生がおっしゃるように紬の着物を着尽くし、更にたくさんのことを感じ学んでいこうと思います。ありがとうございました。 N.T

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「着物が好きで、着物について何でも知りたくて、布を織らせてもらえる・・と応募した紬塾でした。
しかし、そこはただ糸を引いて、紡いで、染めて、織るだけの場所ではありませんでした。
幸田文さんの『きもの』を読んで感じたことを話し合い、着物を通してモノとのかかわりを考え直す場。
上質とは何かを考え、上質なものを長く、大事に着ることを学ぶ場。
自然に感謝して、糸から布を作る営みを知る場。
着物を着ることは一律ではなく、それぞれだけれども、自分はどう着たいのかを考える場。
着物が好きな仲間と出会える場。
私は24歳で母を亡くし、着物好きだった母なのに着物については何も教わらず・・でした。
すでに母と共に生きた時間より、いない時間の方が長くなり、いざ着物が着たくなった時教えてくれる人はいない状態でした。
紬塾は母が生きていたら、きっとこうして教えてくれたに違いないと思うことも多く、とても懐かしく、濃密な時間でした。
子どもの頃の風景を思い出していくような時間。
着物を通じてこのような時間や学びの場を持てたことがただただうれしく、紬塾を開いてくださった中野先生には心から感謝申し上げます。
ありがとうございました。 K.A

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「吉野格子 帯」のキーワードで画像検索をかけて、素敵な帯の画像を見つけ、その作者である中野みどり先生のブログに辿りついたことが、私がこの紬塾を知るきっかけでした。

2,3年前より「丁寧な生活をしたい」と思って、生活の中の優先順位を組み変えつつあった私は、ブログから窺える中野先生の暮らしに対する考え方に共感し、実践しているということにとても感銘を受けました。着物は好きで4,5年ほど前から祖母の着物などを自己流の着付けで着ていましたが、食べることは命をいただくことだという意識は持っていても、着るものに関しては自然素材の方が良いとは思うものの、自然とのつながりについてそれほど強い意識は持っていませんでした。

「糸を見ることが大切。自然界の植物で染めた色(上手に引き出せた場合)には似合わない色は存在しない。自然な色は健康的で美しく気品がある。」等など、作り手である中野先生から語られる「着物」は、材料となる糸(繭)や、桜、柿など染めの原料となる植物の言葉を代弁しているようで、着物を着るということは命をまとうことなのだと、理解しました。

また、「糸について」のお話の中で、絹糸の断面は三角でプリズムとなって光を乱反射することにより光沢が現れるとのことでしたが、このことは私にとって新鮮な知識でした。

「染めについて」も、同じ植物でも季節によって色が違ってくること、
媒染によっても染め上がる色が全く違ってくることを、実際に染めた糸を見せていただきながらお聞きするお話は、とても興味深かったです。私は着物を選ぶ時は、着た時の着心地と色柄(そして値段)で選んでいましたが、着物になる前の布、染料、糸、繭と遡っていろいろな知識を教えていただき、着物に対する距離感がぐっと近づいたように感じました。

更に、手で紬ぎ、草木で染めた、手織りの布の力が、人に生きるエネルギーを与えてくれるのだということを、参加者のおひとりの経験からリアルに感じ、自然の包容力の大きさ、強さを教えられたように思います。

着方については、「こうでなければいけないというルールはない」と先生にはっきりおっしゃっていただいて、とても気が楽になった一方、お仕着せの着付けの型ではなく、自分らしくあること、内面が反映されること、自分自身を磨き続ける必要があること、とおっしゃる言葉に、それはまさに生きざまが反映されるということで、感性を研ぎ澄まし、心配りを怠るな、ということと受け止めました。

私にとって紬塾は糸や着物の知識を教えていただくだけではなく、生きていく上での精神性、人生への向き合い方を考える場所で、まさに小説「きもの」の中に入ったような10カ月でした。

仕事場でもあるご自宅で、制作の手を止めて紬塾を開催してくださり、実際に糸や着物を見て、手で触れて、お話を聞くというとても貴重な機会を提供してくださった中野先生に心から感謝申し上げます。
また、一緒に学んだ皆さんおひとりおひとりが、その方らしい着物との関わり方をお持ちのように見受けられ、とても刺激を受けました。ご一緒した皆さんにもお礼を申し上げたいです。ありがとうございます。

素敵な吉野格子の帯は手に入りませんでしたが、きっと自分が内面的に成長し、その品格が備わった時に、私の手元にやってきてくれるのだろうと思い、その時を楽しみに待つことにします。 O.M

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私は草木染や機織りに興味があり紬きもの塾に申し込みました。
実際の内容は、染織にとどまらず着物を実際に着る上での取り合わせや着付け方法、糸や素材についてと実践的な内容でした。
同時に自分の考え方や生活スタイルを見直すことが出来た学びとなりました。

印象に残っている先生の言葉は「次の世代も使えるものをもつ」です。
毎回感想を発表した「きもの」(幸田文)の形見分けの場面の話では「形見で分けたくなるようなものをもつ」との先生の説明がありました。ちょうど一昨年に他界した祖母の残した服やバックなどの膨大なもののを整理していたこともあり、「次の世代も使える形見分けの出来るものをもつ」という言葉は私にとても響きました。着物に限らず日常生活のすべてにおいてものを選ぶことに慎重になりました。安いから買うのではなく多少高くとも素材が良く長く使えるものを選ぶようになりました。

着物をとことん着る事例を通して、着物は染め直したり仕立て直したりすることが出来ることや昔では布一枚も大切に最後まで使ったことを学びました。「とことん使う事例」を各自の生活のなかで探してくるという課題があり、自分の生活になかなかその事例がないことに驚いたことを覚えています。それ以来ものを捨てる前に最後まで使い切ったかどうか、何かに再利用できるかどうかと問うようになりました。結果として以前よりも毎日の生活が丁寧になりました。

紬きもの塾を通し、紬の着物の製作工程や手仕事の現状、着る側の現状を垣間見ることが出来ました。最後の先生のまとめのなかで「自分は着物をどう着たいのか」という言葉がありました。この大きな問いについて、私はこれから考えていこうと思います。
貴重な学びの機会を与えてくださった中野先生、共に学んだ参加者の皆さま、ありがとうございました。 H.Y

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昨年4月からの紬塾が終わってしまって、今は大変淋しい気持ちでいます。
紬塾に行くことが、仕事でも遊びでもない生活のアクセントになっていたようにも思います。

4月に紬塾が始まる直前、中野先生が体調を崩されました。日程はそのままで始まったのですが、先生は過労で入院されていたとうかがって、びっくりしました。
そんなに忙しい体で紬塾をなさっていることがわかって、自分が先生からどれだけのものを受け取れるのか心配でした。
先生の教えてくださったことの何分の一かわかりませんが、以下に私の紬塾でのレポートを記載します。

私は今回の紬塾では実習は参加しませんでしたので、全部で6回の講座を受講しました。
レポートを書くにあたりノートを見直したところ、先生のお話は色についてのことが多く、
あらためて先生は織る人であり、染める人なのだったということに気づきました。何を今さらですが、私には糸を染めるということの大切さがよくわかっていなかったようです、こちらは来期に実習に参加を希望しているので、宿題にします。

初回に先生から「紬塾では、本当に美しいものは何かを一年かけて探す」とお話がありました。
美しいものをなぜ美しいと思うのか -その理由、それを見る力、選択する力を養う。
そしてそれを大切にし、とことん無駄なく使って次に伝える。それを各回のテーマの中で学びました。

毎回課題図書として、幸田文の「きもの」を読みました。
4月から何度となく目を通しているうちに、この本にはまさに物をよく見て、選ぶ。そして選んだものを大切にしながら使い切ることが当たり前だった時代のことが着物というものを通して書かれているように思いました。
その時代の人なら誰にもできたわけではないとも思いました。それができたのは、やはりるつ子のおばあさんのように「美しいものを見分けて選べる力」があった人だったのではないでしょうか。
いつかそのような智恵を身に着けられたらと思います。
この先も読み返せる本と再会する機会が得られて、とてもうれしいです。

それから麻の伊達締めを縫ったり、半衿を三河芯につけて長襦袢に縫うやり方を教えていただきました。この麻の伊達締めの回では、本当の運針を初めて教わりました。先生はそのことに驚いていらっしゃいましたが、今まであのような運針を教わったことはなかったので、とてもありがたかったです。ときどき晒に運針をしてみています。全然きれいな針目にならないのですが、練習をしていきたいです。

着物の仕立て方、自分で洗える長襦袢の作り方、小物の合わせ方など、具体的に教えていただいたことも、とても有益でした。

その中で私が何より心に残っているのは、繭から糸を引いたことです。お湯に浸かった繭から、目に見えないかと思うくらいの細い糸が1本出てきて、それを手繰っていくことに夢中になりました。
繭から引いた糸はきらきらして、とても美しかった。ずっと続けていたかったです。
それにつけてもその細い糸を何本かでまとめて、糸にすること。その糸で布を織ること。いったい誰が考えたのかと思わずにいられませんでした。
先生は蚕の糸には蚕が糸を吐いた時にできるウェーブがある、それを残しておくことが着心地につながる、とおっしゃいました。先生は糸をよくご覧になっているからこそ、そのことに気づかれたのだと思いますが、誰でもがわかることではないと思います。
先生の織った布はきらきらと美しく、体に当てるとドレープができてまた光沢があり、影になったところとコントラストができていくら見ても見飽きることがないものですが、それは蚕の作った糸を生かして織っているからなのだということがわかりました。
美しいものは美しくある理由がある、のだということを忘れずにいようと思います。ただきれいだなぁ、で終わらせずに、どうしてこんなにきれいなんだろう?と考えることが、これからの私にとって大事なことのように思います。

この紬塾を受講したのも、中野先生の展示会にうかがって布を見せていただいているうちに、何か惹きつけられるものがあったからですが、こんなに深く教えていただいて感謝の気持ちでいっぱいです。少しづつでも、実践していきたいと思います。
それから、一緒に学んだ方たちにも恵まれて、大変に楽しかったです。ありがとうございました。
着物が好き、ということがこんなに人を繋ぐのだなぁと感じています。これからもどうぞお付き合いください。

最後にもう一つ忘れられない先生から教えていただいた「炭酸塩はたんぱく質の汚れを落とす」ということ。なぜ忘れられないかは書きませんが、大変に実際的なお話だということを記して、私のレポートを終わりにいたします。 U.E

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第9回紬きもの塾―― 自然で楽な着方とマイサイズ

2016年12月19日 | 紬きもの塾’16
紬塾はいつものように終盤に入ってから着物の着方についての学びになります。
今期の方は全員が自分で着ることが出来るので、仮紐を使わない帯結の話だけサクッとで良いかと思っていましたが、、、けっこう大変でした~。(^。^#;)
やはり補正具や紐やゴム付きの帯板など、なくても済むものを使っていて、体型的に補正の必要のある方はそれでもいいのですが、判で押したようなシワひとつない着方はかえって着姿を老けさせ、布や着姿を生き生きしたものにしないのです。

日常に着物姿を見かけることもなくなり、雑誌のモデルさんの撮影用の着付けが手本になってしまいましたが、補正下着でシワのない着方にこだわるより、自分にあった寸法で仕立てた着物をスッキリ着ることのほうが賢明かと思います。

ある和裁士さんは「着付けや所作を身につけ、短く作って長く使う」と言っておられます。名言ですね!
特に真綿系の紬の単衣などは身幅が大きめサイズですと、裾捌きも悪くなりますし、大島などのように滑る素材は腰紐をウエストで使うほうが着崩れしにくいですが、真綿系は腰骨で短めでもよいです。
また、単衣か袷かによっても若干の身幅などの違いも出てくると思います。

真綿系紬着物は紐やゴムベルト、補正下着などを使わずともその人なりの体型で楽に着るのが基本と思います。年代やその方が醸し出す雰囲気や、また時に応じてキリッとしたりゆったりしたり、それが出来るのが着物です。
また多少寸法の合わない着物も着方である程度はカバーできるのも着物の利点です。

裄の長さも今は妙に長くなっていますが、洋服の袖丈を図るように直線で捉えますと長すぎます。
袖の中で肘が曲がるわけですから腕に沿わせた筒状の洋服とは全く違います。
体は痩せているのに裄だけにこだわり長くすると肩幅や袖幅をギリギリ出すようなことになり、上身頃の、だぶつきが出て着る時にその処理に手間取ります。
上記の和裁士さんは衣紋を抜くことで背中から袖口までバイアスが生まれ、肩周りや袖を長使え、またバイアスが生じることで身に沿い体型もスッキリ見せるとおっしゃってます。
繰越を大きくするより衣紋を抜いた着方をするほうが背から袖にかけバイアスが生じ肩周りも布がなじむわけです。

呉服屋さんに仕立てを40代半ばで頼んだ時に「中年になったら繰越は大きい方がいい」と言われ、5分から7分にしてしまいました。肩の厚みもありませんし5分で良かったのだと今は思います。5分にこれから戻していこうと思っていますが、長襦袢の兼ね合いもありますので悩ましいです。。。

和裁は小幅(着尺巾)のバイアスをうまく利用して人の体に沿うような知恵も潜ませていたのですね。四角い風呂敷が四隅を結ぶだけでいろいろな形のものを包めるのはバイアス利用の知恵です。

布を織る立場から言いますと、私は太めの節の多い糸を使って織っていますが、タテ・ヨコ密度のバランスを考慮した地厚だけれど柔らかく、それでいてバイアスがきれいに出るようにしています。
紬は固くて突っ張リ肩がこる、という方もおられますが、たぶんバランスの悪い布なのだと思います。素材感を観ることも重要です。

せっかく着やすく織られた布が仕立ての寸法などで着にくいというのは残念なことです。
“着物を着る”ということは着方や和裁、小幅の特性を無視した寸法ではない、賢いマイサイズを知らないといけないということだと思います。
サイズだけにとどまらず、奥の深いことで二年や三年で到達できることではないですね。

新しく作る時や仕立直しの時にはサイズを見直すチャンスですので、自分の着やすい着物を着た着姿写真と寸法表を自分で測って作り、照らし合わせるのが良いと思います。
私も自分の着物の寸法を総点検したいと思っています。
一応マイサイズで作りながら、着にくい、胸や衿のあたりに大きなシワやたるみがでる、うまく畳めないのがあります。。(-_-;)

帯の長さもマイサイズがあります。
とても細身の方が既成の帯を持て余していたのですが、全通柄であれば単に長さを詰めることができますし、自分に合う帯の長さ、巾を知ることも大事です。

とことん着ていくことを考えている仕立てには布の命を生かす知恵、合理があります。
それを生かしつつ自分の着物サイズと着方を磨きたいと思います。
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次回年明け1月は紬塾最終回です。受講者のかたは今までのことを振り返り、わからないことなど質問や感想もまとめておいて下さい。
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第8回紬きもの塾―取り合わせの美

2016年11月02日 | 紬きもの塾’16


紬塾も終盤になり、ようやく着物を着る話になってきました。
みなさんからも質問なども多く、時間延長で盛り上がりました。

今回は着物(八掛)や帯、小物(帯締、帯揚げ)、襦袢、羽織(羽裏、羽織紐)、コート、その他の小物について一つずつ私の見解や、世間的に言われていることなどを話しました。
紬の取り合わせは、ただ色合わせや柄合わせにとどまるのではなく、質感やものが持つ力を合わせることも大切で、単なるカラーコーディネートではないという、そんな話にも及びました。

取り合わせワークショップも行いました。
2反の着尺と紬帯、染帯、銀糸の入った織帯
など6本を用意し、いつ、どこで、どんな目的、心情で着るのかを想像してもらい、2パターンを相談したりせずに、一人で考えてもらいました。帯揚げ、帯締ももちろん合わせます。

あとから結果を各自発表してもらいましたが、一組も同じ組み合わせはなく、いかに人の見方や考え方が僅かな選択肢の中からでも違う組み合わせになるのかがよくわかります。
誰かの真似っ子でもなく、色彩学的な刷り込みでもなく、とてもその方らしさも感じられる素敵な取り合わせでした。
みなさんため息や驚き、歓声などが上がりました。
自分では選ばないけれど、こういうのも素敵!と刺激を受けます。

こじんまりとまとめるのもよいですが、時にはちょっと冒険もいいですね。
ユニフォームのような統制された取り合わせは息苦しいです。
紬はおしゃれ着で、基本的なことさえ抑えれば自由です。

ただ大切なことは、違う色や柄、素材を合わせながらもちぐはぐや、めちゃくちゃにならないためにはどんなものでも上質なものを選ぶことが良いと思います。
ある一定以上のクオリティが保たれたもの同士を選ぶという力を自分の中にも持ちたいです。

そして何より取り合わせで最も大事な「着る人」。
自分に合わなければなりませんが、人生合わないものに遭遇することも度々です。(~_~;)
大枚投じながら似合わないものを買ってしまうことはありますよね。あるいは譲り受けた着物の色が合わないとか。そんな時のカバーの仕方も話しました。

20年以上前ですが、パーソナルカラーの診断を受けたことがあります。
ピンクとか黄色とか赤、青…の色の違いではなく、色相による違いを見ます。
例えばピンクといっても黄色味を含む、青味を含むで全く違ってきます。
それを春、夏、秋、冬とカテゴリーに分けられていて、その人の肌の色や髪の毛の色、瞳の色、他にも顔立ちや人柄までもトータルで見ていきます。

私の似合う色は青みを含むビビッドカラーの冬で次に柔らかな黄色味を含むペールトーンの春が続きます。強い黄色味を含む秋が一番似合わないカラーになります。

この日着ていた「草紅葉」と題した自作の着物は(上の画像)私に残念ながら似合わない黄茶で秋の色です。
そこで白汚し地に藍の縞帯、ネイビーブルーの帯揚げ、薄紫の帯締で冬や春の色を合わせカバーしてみました。この着物をきるときの羽織も似合う色を選んであります。

また似合う似合わないだけではなく、秋には秋の色も着たいですから取り合わせで乗り越えれば良いと思います。
取り合わせの世界も本当に深くて、年齢とともにもちろん変化し、時代の感覚も加わり、とどまることはありません。
でも日本に四季がある限り自然の影響を受けながら着物を着ることは変わらないでしょう。
似合わない色さえ取り合わせで着こなしていく――。洒落着は自分を発見し、磨くことのできるツール。
紬らしい風合いの良い着物を選ぶ目を養い、心地よく自分らしく、そして周りの人の目も楽しませ、和ませるなら最高です。一生をかけて磨いていきたいと思います。

今月末から取り合わせを中心にした「紬の会'16―冬の装い」を開催します。詳細は後日お知らせします。





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第7回紬きもの塾――布を織る

2016年10月27日 | 紬きもの塾’16
今期も4名の染織実習コースの方が4回目で紬の小さな布を織り上げました。
4回の実習の各回を振り返ってもらいました。
みなさんの素直な気持ちや感動が伝わってくるレポートです。
長文もありますが、ぜひお読み下さい。

初心者だからテキトーな素材や指導の仕方ではなく、私がしている同じレベルの道具や素材を使い、織物の基本である糸と向き合い、道具の扱い方から大事なことは何かを一人ひとりが気づきながら進められるようにしています。
それぞれデザインなど四人四様ですが、ふっくら風合いの良い、紬らしい布が生まれました。
紬といっても糸の味わいや堅牢さのことよりも中途半端な作為や自己表現系の気持ちの悪いものも多い中、糸や色と、また限られた時間内で真摯に向き合った、私が見てもそれぞれに美しく、ずうっと見ていたいような布が生まれました。みなさんはどう思われますでしょうか?

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[真綿から糸を紡ぎ、糸を草木で染め、糊を付けて設計し、手織りをする。
文字で書くと一行だけれども、その過程は発見と驚きの連続である。
行間にこそ味わいがある。
昔、くず繭と言われた真綿が高級品になり、手紡ぎの糸が最高級品となった
訳は糸をつむいでみて初めてわかる。
均一に糸を引きだし、つむぐのは至難の業。集中力と技術が必要である。
大変難しい。わずか真綿2枚、28mの糸を紡ぐのに2時間以上。私の
糸は細くなったり、太くなったり・・着物や帯の長さを紡ぐのには経験と技術
が不可欠である。
先生のお宅の庭の木を切って、細かく砕き植物から色をいただく。
まさに植物の命をいただく。春・夏・秋・冬と同じ木でも出る色が変わる。
自然の素晴らしさ、色の美しさを知るのは驚きであり、心が震える。
自分の手でつむいだ糸を自分で枝を切った植物で染める。
28mの柿の木で染めたベージュの糸を管に巻き、杼に入れた時に神聖な気持ち
になった。
先生が使っている機を使わせていただく贅沢な時間。
実際に織り始めると考えていた設計通りには行かなかったけれど、集中して機と向き合い、糸が布になっていく感覚、実感にこの時間がいつまでも続けばいいのに・・とさえ思った。
わずか3寸の味のある布。けれども、とっても愛おしい。
着物を愛する私にとってこの経験は大変貴重だった。
本物を知る、本物に触れる。
またひとつ違った視点を持って着物に向き合える気がしている。
貴重な時間と場所を提供してくださった先生に心から感謝して、これからも着物を着ていきたいと思っている。 K.A]

<講評>「私は不器用だから」とおっしゃられていましたが指示に従って進むにつれ、後半は私がそばで見ていなくても自分の力で織り進んでいきました。これだけできれば十分です。
コントラストのある色糸を選ばれ、スッキリしたモダンなデザインです。

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[『繭からひく糸と真綿からつむぐ糸。初めて真綿からつむぐ糸は、太くて立派な糸が出来ました。
桜の木、柿の木を煮出して、染色。優しい色に染まって感激です。
煮出す時間で、色が変わるのも、同じ色が出ないのも個性で楽しい。鉄とアルミで違う色に一瞬で変わるのも手品みたいでした。
設計図を書くのに単位が良く解らず、四苦八苦。
初めての機織りは、あっちを気にすると、ひとつ忘れる―と、中々頭と身体の動きが一致せず、大変でした。
出来上がりは、とっても優しく、ずっと見ていても飽きなく、嬉しかったです。見る角度で、表情が変わり、可愛く思えました。また、やってみたいです。
とても手間がかかる事、大切な物である事、実感しました。
持ってる着物大切に着ていこうと思います。素敵な時間をありがとうございました。』 S.Y ]




<講評>随分シンプルな設計で、色も自分の糸ともう1色のみ。どんな布になるのかしら?と楽しみに傍らで見ていましたが、ご覧のような柔らかな優しい雰囲気の布になりました。糸も確かに立派でした!!

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[実習では真綿から糸を紡ぎ染めて織る過程を大まかに経験することが出来ました。
実習全体を通して印象に残っていることは材料も水も媒染材も限りあるモノであり無駄にせずに必要な分を使うという先生の姿勢でした。
染める布や糸の分量に対して必要な分量の木の枝を準備して刻んだこと。
染めの作業で使う水もためすすぎで良いところとそうでないところの指示があったこと。
織りで糸を継ぎ足す際に糸を無駄にせず足すこと。
材料や資源に向き合う基本的な姿勢を学びました。
実際に素材に触れてその感触や色を見るという経験も貴重でした。
角真綿からの糸紡ぎは初めての経験で指が思うように動きませんでしたが糸が出来る様を感触で知るとこが出来ました。
染めでは直前に切った柿や桜の枝から仕上がりの色が出てくるまでの楽しみがありました。
織りでも糸の色の組み合わせや太さの違いで出てくる風合いは想像以上でした。この実習を通してどの工程もさらに深めていきたいという意欲を持つことが出来ました。先生の技術、また貴重な材料をふんだんに取り入れての学びに感謝しています。H.Y]

<講評>こちらもシンプルなデザインですが真ん中の濃いピンクが効いています。
一越一越細かく地糸と色糸を混ぜるデザインでしたが耳もとてもきれいです。

杼の置き方を意識すると耳糸がきちっと絡み合います。みなさんメジャー通りに織るだけで精一杯なのですが、私が傍について「はい上、はい今度は下」\(^o^)_と最初は指示を出していましたが、そのうち全員の方が自分でできるようになりました。着尺は特に耳が大事です。

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[4回の染織実習は、毎回、学びの多い有意義な時間だったと同時に、先生の着物が見る人の心をうつ理由を解き明かすドキュメントのようにも感じました。

1回目は糸をつむぎました。
それまで製糸した糸を見て好みの糸を選ぶ範疇に留まっていた私は、蚕が一心不乱に休むことなく首を振り糸を吐き続けて繭を作り、それが節のない生糸や節のある紬糸になるというお話を伺い、単なる糸ではなく生命が宿る糸として再認識することになりました。
そして、真綿から糸口を見つけてつむぐと次々と絡み合い、最後まで一本の糸に繋がっていくことを知り、蚕の営みに感嘆しました。
また、つむいだ糸が4人全く違う表情となりました。「糸の表情が景色をつくる」という先生の言葉を実感するのは最後の織り実習に託されました。
2回目は紡いだ糸と帯揚げの染色です。
庭の桜の小枝と柿の葉を全体を見ながら木の成長を促すようにあっち、こっちと切り、更に切り口を斜めにした細かいチップにし、持っている色を最大限生かすようにして煮出しました。
この染色で強く心に残ったことがあります。紡いだ糸を柿の無媒染で染めましたがとても淡い色合いでした。しみじみときれいだなと見入りましたが、ふと顧みると、いつもの私は、もう少しもう少しと濃く染めることを考えていたように思いました。この微妙な色を感じとれる感覚を胸に刻みたいと強く思いました。
また、帯揚げを桜の鉄媒染で染めましたが、鉄は吸収しやすくムラになりやすいからと先生は全身でのめり込むように布を動かし、その勢いに圧倒されました。
干す時もしっかり広げて空気酸化を促し自然光の中で色がさえわたっていくことを教えて下さいました。
草木染めへの畏敬の念を隅々に感じ、五感と身体全体で染める姿を見るにつけ、草木から色の命を頂くという本当の意味がわかったような気がしました。
3回目は糸の糊付けと織物設計です。糊は糸の状態によって固さを変えるということです。
経糸に節のある糸を使う難しさを糊付けの試行錯誤でのり越えてこられた先生のこだわりを垣間見た気がしました。
4回目はいよいよ織物実習です。
経糸に節のある糸を使って織るのは初めてで、途中で大きなかたまりの節が出るたびに先生に助けを求めました。
節を個性的な我が子をあやすように、上手に生かして織り進めていくように思え、難しいけど楽しいと感じました。
また、経糸がこすれてダメージを受けるのを防ぐ踏木の踏み方や杼の置く位置、緯糸の接ぎ方などを教わりました。一つひとつ無駄なく道理に適ったやり方に感心するばかりでした。
更に織物設計図に従って織りつつも本数や太さを変えたり、撚りの強弱で違う表情をつくったり、同系色の濃淡の違う糸をもう一本添わせることで奥行きを出したりしながら全体の景色をつくっていくという繊細な織り方も実際に教わりました。相当高度な技だと思うのですが、私ももっと深く掘り下げ、美しさに敏感になって織物に向き合っていきたいと強く思いました。

毎回、細やかに惜しみなく教えて下さることに胸が熱くなりました。
そして心をうつ作品は作家の感性に頼るところからは生まれない、なまやさしいものではないことを強く感じた染織実習でした。N.T]

<講評>この方は絹の染織経験のある方です。いろいろ悩みながら制作されているようですが、今回の経験から大事なことを掴んだように思います。最後の一行を肝に銘じてほしいです。
これからは創ること、着ることの両輪で確かなものにしていって下さい。







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第6回紬きもの塾―― 織物設計

2016年10月03日 | 紬きもの塾’16


染織コースの次の最終回の機織りに備えて織物設計をしました。
他には緯糸の糊付け、管巻きです。

まず糊付けからしました。
真綿の糸は毛羽立ちがあり、そのままでは使えません。布海苔と生麩を合わせた糊を工房では作っています。布海苔は乾いても柔らかく、正麩は固いです。程良い加減に合わせます。天気によっても濃度を変えたり、糸質でも分けたりしています。良い織物を織るにはとても重要な仕事です。
ただ、固くつければ良いのではなく、糸巻きができるぎりぎりに付けます。後で湯通しの時、糊が落としやすいからです。
また風合いを出す上でも糊付けした糸をテーブルなどで打ちつけ、ウェーブを
出してから乾燥させると風合い良く織ることができます。これも皆さんにもやってもらいました。

続いて、織物設計です。
私は普段の設計では糸の重さで必要量の計算をします。長さで設計することはよほどギリギリの糸量の時以外しないのですが、みなさんがつむいだ糸はほんの僅かですので綛周と回転数で全長を出し、織り幅で割り何越し分使えるかを割り出しました。
まずその計算からはじめ、次は自分の糸は使い切るデザインにして下さいという課題でデザインをしてもらいました。糸の制約をデザインの軸にするわけです。

今年の4人の方はみなさん呑み込みが早く、(ホントです~!^^)デザインも比較的すんなり決まっていきました。
上の画像は各自使う予定の他の糸を選び織りに備え確保したものです。
どんな布に織りあがるのでしょう。。

緯糸の管巻きの指導。固すぎず緩すぎない紡錘形に巻きます。
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第5回紬きもの塾――  桜、柿で染める

2016年09月06日 | 紬きもの塾’16


桜が黄葉を始める中、真綿から自分で紬いだ糸と帯揚げ、半衿などを工房の柿の小枝と桜の枝葉などを使い染をしました。
今まで7月下旬が染の回でしたが、昨年から9月にしました。


2016年9月3日の時点で桜は黄葉を始め、柿は少し青みが抜けつつありますが、まだ青い実をつけています。

染め上がった色は7月よりも共に黄色味が抜け、赤味のふわっとした生き生きした色が染まりました。

草木の生の状態の染は刻々と変化していきます。
みなさんも染液に入れたすぐと時間の経過とともに色を変えていくことに歓声が上がります。

植物自体の変化と染め手の創意工夫で色相は無数に生まれます。
「あの色が欲しい、この色が欲しい」という囚われの狭い世界ではなく、どんな色が生まれてくるのかという発見と喜びがあります。

参加者から「草木染は無限なんですね」という言葉も聞かれました。

もちろん草木で染めることは簡単ではなく、媒染剤の使い方や、染め方、時間の経過の関係、堅牢性もあり、経験、熟練も必要です。同じ色を大量に染めるのも難しい点もあります。お手軽なものではありませんが、一人の人間が手織りで仕事していくぐらいの量は身近な植物で充分に染めていくことができます。

桜、梅、柿、ヤマモモなど、無媒染でも淡い色でしたら半衿や帯揚げ(絹でしたら)を染めることもできます。
工房では直径35cmほどのステンレスボールを使っていますが、帯揚げ1枚まででしたら家庭用の23cm~30cmぐらいのボールや鍋があればムラを作らず染めることができます。染材は被染物の同量~倍あれば十分です。染液はヒタヒタからかぶるくらいのほうがムラになりません。絶えず布を動かしていなければなりませんが。

今回はアシスタントがおりませんで、4時間半の時間内でなんとか染め上げなければならず、指導、指示だけで手一杯で写真を撮れなかったのですが、受講者が撮った以下の写真(余裕ですね。。。^^;)を共有させてもらいました。
       
染め上がった帯揚げは、みなさん実際に着物に取り合わせて紬塾へもしてきてくださるそうです。楽しみにしています。


左が桜、右が柿。匂いは桜のほうが強いです。細かくチップを作ってくれましたが、なるべく断面が大きくなるようにします。
少し太い枝の場合は樹皮と材を分けて使うこともあります。色相はかなり違います。
ところで足も面白い!^^


桜の鉄媒染。まだ濡れた状態ですので、乾くと色の濃度は半減します。洗濯ばさみはもう少し端にしてほしかったです。^^:
奥の糸は柿の無媒染2工程。半衿の写真はありませんが、古くなった半衿を染めたものもこんな感じに染まっていました。


こちらは桜のアルミ媒染。もう少し早い時期ですと黄色系になります。

身近な植物を観察したり、時に小枝で染をしてみると良いのではないでしょうか?
色もいいですが、煮出しの匂いもいいですよ。
自然の観察と気付き、創意工夫は生きる喜びです!

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第4回紬きもの塾ー真綿から糸をつむぐ

2016年07月16日 | 紬きもの塾’16


本日は染織コースの方が糸つむぎをしました。
本当にわずかな「真綿(2.4g)を1時間半以内でつむぐ」を課題としました。
そして着尺用の2~3倍の太さを目標にしました。一定につむぐのが一番難しい太さです。
全員が時間内につむぎ終えました。


やや!?太細のあるタイプの糸。


こちらは一定の太さをキープした糸。

4名の方の指導を順番につきっきりでしていると時々「あ~っ↓」と私がため息をついてしまうときがあります。

現代の暮らしは何でもタイマーやらお任せコースのスイッチポン!ですから、単純な道具を使いこなす訓練をしていないので、勘というか、全体と細部を同時に見渡し、瞬時に察知するようなことが少し弱いように思います。

ただ、終わりかけるころにはみなさんコツをつかみ始めましたが・・・

この糸は次回9月に染め、11月によこ糸として使います。どんな風合いの布になるのでしょう・・^_^



午前中に塾の準備をしながら、ヘンプのシーツや肌襦袢、ステテコ、蚊帳生地汗取りなど曇り空の中で洗濯をしましたが、やはり乾きが早く、この時期は麻に限ります。ラミー麻の長襦袢も炭酸塩で洗いサッパリしました。麻は抗菌性もありますし、毎回洗う必要はありません。水も無駄にしたくはないですから。汗だけの洗いには炭酸塩(絹には不向き)はすすぎも楽で本当にオススメです!!

糸つむぎ終了後には汗取りのバイアスに縫うやり方の説明もしました。
前回のヘンプの伊達巻の運針で力がついたようで、汗取りに挑戦する人も出てきました!

紬塾でなぜ運針?なぜヘンプ?と思う方もあるかもしれませんが、みんな一つながりのものと思います。

今日は参加していなかった方ですが、前回の運針の宿題を自宅でされた方がメールをくださいました。
写真と共に一部ご紹介します。

「教えていだだいた麻の伊達締めですが、家に帰ってから2日がかりで
3回やり直し、無事完成しました! 写真を添付させて頂きます。



もっと運針したいなと思い、古い着物を解いたものがあったので、
袷の時期の襦袢用の替え袖を縫ってみました。なかなか真っ直ぐには
縫えませんが、練習したらスピードは速くなりそうです。



前回の先生のお話にあった、着物をコートなど別の用途に着回すこと、
古くなった布を小さく切ってヒモや風呂敷にすることなど、私の祖母や
親の世代まではわりと普通に行われていたことだったのかもしれません。
他の方からお話があった、ハタキや、先生がおっしゃっていた布団や
座布団のがわなど、実家にはたくさん使い回しているものがあったなと
思い出しました。その知恵と技術を受け継げていないのが残念です。」


みなさん本当に真摯な姿勢で紬塾に参加して下さりとてもうれしく思います。
私もため息ついてないで頑張りま~す! 








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第3回紬きもの塾 「とことん着尽くす・麻の伊達じめを縫う」

2016年06月13日 | 紬きもの塾’16

先週末は紬塾が行われました。
「とことん着尽くす・麻の伊達じめを縫う」として、着物の更生や、その実例を見てもらったり、日常の暮らしの中でもものを大事にしていくことなど、みなさんが普段気をつけていることなどにも話し合いました。

上の画像の手にとっているものは、母が戦争中に、亡くなったおばが織った着物地から上着に作ったものです。
食べるものは田舎で土地がありましたのでなんとか自給できましたが、布が手に入らず本当に困ったといってました。
緑色の紙風船の柄の風呂敷は母が小学校の時に父親に買ってもらい着ていた銘仙の着物から作ったものです。
父親が早くに亡くなり、母にとっては数少ない父親の思い出に繋がる着物だったのでしょう。
銘仙は弱いから擦り切れるとは言っていましたが、この古い着物を80すぎで亡くなるまで、こうして風呂敷の形にして置いてありました。他にも座布団側や、枕、腰紐などにもして使い切りました。

着物の小幅は接ぎ合わせることで、大きな風呂敷にもしていけます。二幅、三幅、四幅など、布団を包むものも古布を利用してせっせと縫っていました。
広幅で買えば安いのですが、小幅を接ぎ合わせていく合理性もいいものだと思います。
接ぎ目には縫い代を二目落としにして、落ち着かせてあります。日本の知恵、美意識、手業が感じられます。
小幅は正座での仕事において扱いやすいですし、広幅から型紙で作る着物とは全く文化が違いますね。

真ん中にある毛糸の編み物は、古毛糸を繋ぎ合わせ、2本取りにして、孫のおくるみや、ひざ掛け用に編んだものです。私たちにも編んでくれたセーター等、解いて、カセにして、洗って、また毛糸玉にして編んだものです。

紐も腰紐に使えそうな生地や、布団をベランダで干す時にくくり付けるためにたくさん作っていました。プラスチックの布団バサミを使えば簡単なのにです。

奥にあるビニール袋に入ったものは裂き織り用に母が布団側などを裂いて残してくれていたものです。自分の仕事で手一杯で、裂き織りに専念する時間がもてず、たくさん置いたままになっていますが、いつの日か敷物にでもしたいです。

何でも使えるものを使い切ることが気持ちが良かったようです。
擦り切れるまで使う喜びが感じられました。
とにかく古い布を大事にした人でした。
でも新しく買うときにはよいものを選ぶ人でした。

布だけでなく、水や電気、ガスなども大事に使いたいものです。
これから特に活躍する炭酸塩のお洗濯についても説明しました。すすぎが楽です。


恒例になりました麻の伊達締めを縫う時間です。
今期の方にはヘンプの端切れを利用してもらいました。
広幅のハギレですので、二人ひと組になって、地の目を通してハサミを入れ、生地を半分にしていきました。
地の目が通っていると、縫い上がりが綺麗です。

一見できそう・・・

そして運針の時間です。
前回皆さんに「運針はできますか?」と尋ねると、和裁をしている方もいますし、まんざらでもなさそうな感じでしたので、今回は楽勝!と思っていました。
しかし、、、^^;汗だくになりました。
どなたかの、いい汗ではない・・というつぶやきも聞こえてきました。

和裁教室でもあまり運針には力を入れてないようですね。
布を針ですくっているやり方で、あれは運針ではないですね。

いろいろ縫わなくてもいいので、基本縫いをみっちりやると、あとは応用だと思うのですが。。。

来年は作戦を変える決意をいたしました!




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第2回紬きもの塾「糸の力、色の神秘」

2016年05月22日 | 紬きもの塾’16
                                        ある一時期(20年ほど前)の桜で染めた糸を見てもらいました。

昨日は紬塾の2回目でした。

まずは繭を成す蚕の糸の根源的力を知ってもらうためのワークショップなどを行ないました。

春繭だから、生繭だから、節糸だからいいということではなく、それらをどのように生かせるかを見極められるかが重要。

そのあとは身近な植物に潜んでいる色の神秘に触れてもらいました。
自然は何を語っているのか・・身近な植物の多くが、黄色系、赤系を宿しています。
どちらに傾いているかはいろいろな条件で様々です。

桜は何色を見せてくれるのか、私は“何色”と語る言葉を持ちません。
既存の色名や、数値化された色に興味はありません。

見ているみなさんにも「これらは何色といえばいいですか?」と聞いてみましたが返事はありません。
ただ、「ワー、綺麗・・・」と、その美しさに魅入られているようではありました。

経と緯が織り成す色も固定されたものではなく、季節によって、光線によって変化して見えるものです。

何パーセントの染材や媒染剤、何分の煮出しも固定されたものではありません。
自分が発見、気づいていくものです。状態をよく観ることです。いい状態を見極めること。

染め上がった糸をどう生かし布にできるか――も自然との関わりの中で生まれてくるものです。
自分がどこまで固定された囚われや雑念から自由で、自然体でいられるかが良い染め、よい織物を生み出せるかにかかっていると思うのです。




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第8期「紬きもの塾’16」開講しました!

2016年04月23日 | 紬きもの塾’16


今期も6名の方と来年1月まで紬織やきものにまつわるさまざまなことを一緒に学んでいきます。

今期の方々は着物を着ることにある程度慣れている方が多いのですが、もっと布のことを知りたい、紬になぜ魅かれるかを探求していきたい、美しいものはなんなのだろう?と自問する方など、ただきものを着たいだけではないもう一歩深く踏み込んでいきたい方が多いようです。
紬塾にピッタリ!の方たちです。

上の写真は、私の紬のサンプル布を皆さんに見てもらいました。
経糸をまずよく見ること、布の厚みや質感を触ってもらいました。鋭い質問もなどもありました。

自然な生きた色合いに「きれい・・・」とみなさんつぶやかれ、ふわ~っと放心した状態のようになります。
もっとカラフルなもの、華やかなものが世の中にはたくさんあると思うのですが、こんな地味な?ものになぜ魅入られるのでしょう。これからその核心に迫っていきたいと思います。
それは特別なものでもなく、自分の身近に、自分の中に宿っているものかもしれません。


横から見ると少しやせたように見える‥ ^ヮ^v


今日は私は梅染の刺し子織りの単衣紬に陶画更紗の帯を締めました。
小物は枇杷染の淡いピンクの帯揚げ、薄紫の平唐組の帯締めを使いました。

時間ぎりぎりまで目一杯話をしました。今期も充実した会になりそうです!
よろしくお付き合いのほどお願いいたします。
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