ささやんの天邪鬼 座右の迷言

世にはばかる名言をまな板にのせて、迷言を吐くエッセイ風のブログです。

原発事故 責任を問う理由

2017-03-20 16:23:52 | 日記
きょうの読売新聞の社説は、《福島避難者判決 争いの長期化が憂慮さ
れる》というもの。この社説も、朝日や産経のそれと同様、原発事故を
めぐる前橋地裁の判決をテーマに論じている。この問題を取り上げた社
説としては後発であるだけに、独自性を出そうとした努力がうかがわれ
る。努力の甲斐があってか、実際、他社の論説とは一味違った風味を出
している。

読売のこの社説は、前橋地裁の判決が原発事故の、その特徴を「侵害さ
れる法益が極めて重要で、被害者が広範に及ぶ」ものと捉え、「原発事
故の特殊性を重視した判断」を示した、と見なす点で印象的である。

前橋地裁は国に対して、「規制権限の適切な行使による発生防止が期待
されていた」にもかかわらず行使を怠った、と批判したが、それは、こ
の原発事故が広範かつ深刻なものだという認識が(先に)あってのこと
ではないか。広範かつ深刻な事故を起こしたという事の重大性を考慮し
重視したため、その結果責任を追及すべしとする論理上の要請から、前
橋地裁は「事故を予見できた」と判断し、この判断を、国の責任を判定
する(後付けの)理由としてを持ちだしたのではないか。

この論説を読みながら、そんなことを考えさせられた。

多様な意見を呼び起こすのが問題提起の意味であるとしたら、読売の社
説は問題提起の論説として大いに示唆に富んでいる。
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