ささやんの天邪鬼 座右の迷言

世にはばかる名言をまな板にのせて、迷言を吐くエッセイ風のブログです。

最小不幸社会のために

2016-10-11 15:15:09 | 日記
きょうは新聞の休刊日である。紙面の活字に目を通す代わりに、
タブレットでネット上の記事を読む。これに普段より多くの時間
を費やした。その中で特に印象に残ったのは、
(1)「介護の縮小 場当たり改革は通用せぬ」(産経ニュー
ス10月10日)と、
(2)「角栄ブームに違和感を持つ人たちへ――「反田中」を貫い
た、元総理の証言 ―― 【後編】」(現代ビジネス10月5日)
である。

(1)は、安倍政権が介護保険制度を「施設介護」から「在宅介護
」へとシフトをする政策をかかげながら、「在宅介護」のサービ
スを縮小しようとしている点を指摘し、批判している。

私事で恐縮であるが、私は脳卒中の後遺症で要介護の認定を受
け、介護保険のサービスを受けている身なので、産経新聞のこの
社説を読んで、他人事ではないと、身につまされる思いがした。

産経新聞といえば、自民党のシンパだと思っていたのだが、政権
べったりではないことが分かり、自分の思い込みを改めるととも
に、その政権批判に胸のすく思いがした。

自民党政権の側からすれば、「要介護度が軽く、在宅介護の対象
になる人や、その家族は、少数に過ぎない。この人たちへのサー
ビスを削ったって選挙には関係ない、どうせ票田にはならないの
だから」ということなのだろう。しかし少数であれば、この不幸
な人たちのサービスを削らなくても、国の財政の負担にはならな
いはずだ。

「無視できる不幸は、できるだけ無視する」のではなく、「不幸
を最小にする」という姿勢で政権に臨むことが望まれる、そう思
う。

こんなことを思ったのは、(2)の記事を読んで、菅直人元首相が
その昔、市民運動家時代にスローガンにしていた「最大多数の最
小不幸のために」という言葉を思い出したからである。

このインタビュー記事は、「反田中角栄」という視点から、菅直
人に、これまでの政治活動の内実を語らせようというものであ
る。
「最大多数の最大幸福」というベンサム張りのスローガンと、こ
れに対するアンチテーゼとしての「最大多数の最小不幸」。
その切り口に斬新なものを感じるとともに、「最大多数の最大幸
福」が大量生産・大量消費社会を前提した田中角栄の政策を言い
表す理念でもあるという見方に、目から鱗が落ちる思いがした。

新聞休刊日は、かえって有意義なのかも知れない。
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