ささやんの天邪鬼 座右の迷言

世にはばかる名言をまな板にのせて、迷言を吐くエッセイ風のブログです。

アイヒマンの義家は

2017-06-15 11:39:53 | 日記
人生長く生きていると、いろいろと面白いことに出会えるものだ。たとえ
ば、きのうテレビのニュース番組で見た、義家弘介の変貌ぶり。これは哀
れを通り越して、滑稽と言うしかない。

文科省副大臣の義家は、加計学園問題に関する国会審議で、次のように答
弁した。「非公知の行政運営上のプロセスを上司の許可なく外部に流出さ
せることは、国家公務員法(違反)になる可能性がある」。
お役所言葉を分かりやすい言葉に言い換えれば、「『総理のご意向』文書
が存在する、と告発した文科省内部の職員がいれば、そいつを何としても
探し出して、国家公務員法違反の咎で処分するつもりだ」ということであ
る。義家文科省副大臣は、(臭いものに蓋をして、独裁化へと突き進む)
安倍政権の、その歯車のような手先としてふるまったことになる。

そのことの何が滑稽なのか。

義家は「ヤンキー先生」の別称で知られる。若いころはヤンキー(不良少
年)だったようだ。ヤンキーの特徴は、「力への意志」の現れとも言うべ
き暴力(ヴァイオレンス)が過剰なあまり、あらゆる規範を、−−とくに
社会規範を、ついつい逸脱してしまう点にある。そう私は理解している。

それが今はどうだろう。巨大な「力への意志」の権化と化した安倍政権
の、そのちっぽけな手先になり果て、型通りの受け答えしかできない、型
破りとはほど遠い、面白みのない中年男になり下がってしまっている。そ
の姿を見て、私は、ハンナ・アーレントが描いたアイヒマンの「陳腐さ」
を思い起こしたのだ。

『イエルサレムのアイヒマン―−悪の陳腐さについての報告』の中で、
アーレントは次のように書いている。

彼は愚かではなかった。完全な無思想性―――これは愚かさとは決して同
じではない―――、それが彼をあの時代の最大の犯罪者の一人にした素因
だったのだ。このことが〈陳腐〉であり、それのみか滑稽であるとして
も、またいかに努力してもアイヒマンから悪魔的な底の知れなさを引き出
すことは不可能だとしても、これは決してありふれたことではない。

アイヒマンはナチス親衛隊の幹部として、多数のユダヤ人をガス室に送り
込んだ人物である。

そういえば義家のボスである安倍首相は、(独裁者の象徴とも言える)ナ
チス総統ヒトラーによく似ていると言われた。チョビ髭面のその写真まで
もがネット上に出回ったこともあったっけなあ・・・。
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