ささやんの天邪鬼 座右の迷言

世にはばかる名言をまな板にのせて、迷言を吐くエッセイ風のブログです。

船員逮捕! 北の国から

2017-12-09 12:13:05 | 日記
北朝鮮からの漂着木造船。こう聞いただけで、「ああ、あの船のことか」と、
テレビのニュースで見た、おんぼろ小船の映像を思い浮かべる人は多いだろ
う。そして(私も含めてだが)人々は、「松前小島」という無人島で、漁業者
のために造られた避難小屋の映像を思い浮かべるだろう。北朝鮮船籍らしい不
審船が見つかったという事実と、近くの無人島で避難小屋が荒らされ、テレ
ビ、バイク、冷蔵庫、炊飯器、発電機などの備品が無くなったという事実が、
テレビのニュースではセットで報道されている。これを見た視聴者は、当然、
この2つの事実を結びつけ、「不審船の船員が、無人の小屋で窃盗を働いたに
違いない」と考える。

けさテレビを見ていて、北海道警が不審船の船員たちを窃盗の容疑で逮捕した
ことを知った。視聴者の(というより、ニュース番組製作者の)推測は当たっ
ていたことになる。このニュースに接したとき、視聴者の反応は大きく2つに
別れるだろう。「ああ、やっぱり。朝鮮人は品性に欠け、平気で盗みを働く奴
らだ。けしからん!」、「ああ、やっぱり。朝鮮人は何でもする奴らだ。恐ろ
しい!」いずれにしても、彼らを見る我々の目は、悪感情にとらわれている。

私自身のことを書かねばならない。船員逮捕の報に接したとき、私は複雑な思
いにとらわれた。上記の悪感情が私をとらえなかったと言えば、嘘になる。
「北朝鮮」という言葉を聞いて負のイメージを抱くのは、このところ何度か行
われた核実験や、ミサイル発射の報道が頭の奥にあるからだろう。「北朝鮮は
恐ろしい。とてつもない脅威だ」という意識が、私を含む大方の日本人の、そ
の頭の底にすり込まれている。

だが、けさ船員逮捕の報に接したとき、私をとらえたのは、それだけではな
かった。「大変だったんだろうなあ」、「可哀そうだよなあ」と、憐憫に似た
感情が、私の中に湧いてきたのである。これは自分でも意外だった。顧みれ
ば、私は決して慈悲心に富む性分ではない。どちらかといえば利己心に富むほ
うだと自覚している。自分ファースト、自分が可愛いのだ。

その私がなぜ、北朝鮮の船員逮捕!と聞き、憐憫に似た感情を抱いたのか。自
分の気持ちを分析してみて、私はけさ、起床すると同時に、あるブログに目を
通したことを思い出した。「ゴマメのばーば」さんが毎朝アップするブログで、
午前7時前にはアップされるから、起床と同時にこのブログに目を通すのが私
の日課になってしまっている。きょうはきのう12月8日の翌日ということで、
ガダルカナル島での熾烈な戦闘のことが取りあげられていた。12月8日とい
えば、真珠湾攻撃によって太平洋戦争の火蓋が切られた日である。太平洋戦争
の末期にあたる1942年、ソロモン諸島のガダルカナル島は「餓島」と化し、
3万人もの兵士たちが飢えとマラリアで命を落としたという。

この記事をアップした「ゴマメのばーば」さんは、「餓島」の惨状に北朝鮮漂
着船の、その船員たちの飢えの窮状を重ね合わせ、彼らの平安のために祈りを
捧げていた。この記事を読んだ私が、北朝鮮の船員逮捕!の報を受けて、そこ
に「餓島」の惨状を重ね合わせたのは、当然といえば当然の成り行きである。

この事件の続報を、私はまだテレビで見ていない。ワイドショーのMCやコメ
ンテイターがどんな色の感情でこの事件を脚色するか、それを見たいと思って
いる。
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