ささやんの天邪鬼 座右の迷言

世にはばかる名言をまな板にのせて、迷言を吐くエッセイ風のブログです。

韓国 あの少女をどうする

2017-01-12 14:56:14 | 日記
ネット上のサイト「リテラ」に掲載された記事《安倍政権の駐韓大使引
き揚げは「表現の自由」への弾圧だ! 慰安婦少女像は“反日の象徴”では
なかった》を読んだ。「なんだこれは!」と、言いがたい不快感にとら
われた。なんとしても反論をしなければ、と思ったものの、即座には有
効な反論が思いつかない。だから余計に腹立たしい。

腹立ちまぎれに、(先日、朝日新聞に掲載された)鷲田清一氏の「折々
のことば」を思い出した。「お前は常に自分が正しいと思っているだろ
う。しかし正しいことを言うときは人を傷つけるということを知ってお
け」という竹下登元首相の言葉が紹介されていた(1月10日)。実感とし
て、「そうだ!」と首肯できる言葉である。まだ現役だった頃のことだ
が、会議の席で延々と正論を吐き続ける一部の「困った人」に、どれだ
け不快な思いをさせられたことか。

「リテラ」の記事も、言ってみれば正論である。だがこれは、人を不快
にさせる質の、アグレッシブな毒を込めた正論である。
その論理は単純で、要約すると以下のような構成になっている。
(1)釜山の日本総領事館前に設置されたいわゆる「少女像」は、国民の
権利としての「表現の自由」に基づいた、韓国国民の意思の表現であ
る。
(2)したがって、まっとうな国家なら,この「少女像」を強制的に撤去
するようなことはしないし、そんなことは許されない。
(3)日本政府は、韓国政府に「少女像」の撤去を迫ることで、韓国を「な
らず者国家」としてふるまうよう、不当な要求をしている。
(4)そもそも「少女像」は「反日の象徴」ではないし、この像の撤去は日
韓合意の条件を記した文言には書かれていない。

いかがだろうか。(本ブログで数日前にアップした)「少女像」問題に
関する私の見解は、以下のとおりである。
(1)「少女像」の撤去は、日韓合意の条件である。
(2)「少女像」を撤去しない韓国政府は、合意の条件を履行していな
い。
(3)他国との約束を履行できない国家は、まともな国家ではない。
(4)まともな国家とは言えない国家を相手に、協議や交渉を継続するこ
とはできない。

以上である。「リテラ」の記事に対する私の反論も、こうした見解に
のっとってなすべきだが、反撃の接点が見つからないのが、なんとも
もどかしい。

とりあえず反論を始めよう。私は(1)「少女像」の撤去は日韓合意の条
件である、と考えるが、これに対して「リテラ」の記事は、(3)「少女
像」の撤去は、日韓合意の条件を記した文言には書かれていない、と主
張する。事実はどうなのか。

「リテラ」の記事によれば、韓国外務省のホームページには、「可能な
対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて、適切に解決され
るよう努力する」と書かれているという。なるほどここには「少女像」
という言葉はひとことも明示されていない。けれども、だからといっ
て、この文言が「少女像」の撤去についてまったく言及していないと主
張するとしたら、それは牽強付会というものだろう。

これまでに行われてきた日韓の交渉は、「和解」の条件をめぐる交渉で
あり、メインテーマは「どういう条件なら、韓国は慰安婦問題で日本を
非難する従来の態度を改めるのか」であった。しかし問題の「少女像」
こそ、「慰安婦問題で日本を非難する」従来の態度の表明にほかならな
いのである。

「リテラ」の記事は、こうした反論を予想していたかのように、問題
の「少女像」は反日の象徴ではなく、「反戦の意思一般の芸術的表現」
なのだと強弁する。だとしたら、なぜ韓国の市民団体は、このモニュ
メントをことさらこれ見よがしに日本の総領事館前に設置するのか。
日本総領事館前からの像の撤去を頑なに拒む態度そのものが、「日本を
非難する従来の態度」の表明にほかならないのではないか。

このように考えてくると、問題は、「国民の意思の表現を、国家は封じ
ることができるのかどうか」という根本的な問いに行きつく。どういう
言動も「表現の自由」に基づく権利の行使であれば、それを阻止するこ
とは許されないのだろうか。国家がそれをすることは許されないという
のなら、市民を無差別的に殺戮するようなテロ行為をあおる、過激で扇
動的な言動が再三なされても、国家はこれに対していっさい対抗措置を
とれないことになる。それで問題はないのだろうか。

(まっとうな市民感覚を持った)読者諸賢のコメントを待ちたい。


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5 コメント

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Unknown (omg05)
2017-01-12 19:49:24
あくまでこちらの論理ですが、

日本国憲法第十二条
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

第十三条
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

となっていて、表現の自由も無制限ではありません。

少女像設置の自由は(かりにあったとしても)ヘイトスピーチの自由と同レベルの自由でしょう。

「リテラ」の記事など相手にせず、ウィーン条約締結国には条約を守る義務がありますよ、少女像の設置は条約に違反していますよ、表現の自由などと言っても無駄な抵抗ですよ、と言い続ければよいのではないでしょうか。

待ってました (ささやん)
2017-01-12 20:25:55
omg05さん、コメントありがとうございました。お待ちしていました。「リテラ」の記事は本気で腹を立てているわけではなく、半分以上は、ネタとして利用するために、反論の材料として使っているだけです。ご心配なく。
さて、omg05さんの論駁ですが、韓国の良識ある市民代表を気取る「リテラ」の記者に言わせれば、「少女像の設置は反戦意思の表明であって、これ自体はなんら公共の福祉に反するものではない。むしろ公共の福祉に資するものである」ということになるでしょう。頭の体操ですので、あまりムキにならないでいただきたいのですが、この「良識ある」韓国市民側からの反論に、omg05さんなら、どう再反論しますか?
Unknown (omg05)
2017-01-12 20:42:49
あなた方は少女像を日本大使館前、領事館前に設置していますね。それが何を意味するかは、それを毎日見る人々の受け取り方により決まりますよ。あなたの意図により決まるわけではありません。これは国際的に広く受け入れられている(もしくは、受け入れはじめている)考えです。反戦意思の表明はよいことです。韓国大統領府の前に設置すればより効果的ではありませんか。-などという反論が考えられますね。この相手には反論より他のやり方で対応するのが賢明と思います。
有難うございました (ささやん)
2017-01-12 20:57:32
omg05さん、コメント有難うございました。「賢明な対応」について、もっと意見を交わしたいところですが、これからテレビを観ます。10時からは「嫌われる勇気」ですね。楽しみですが、他番組とのバッティングが痛いところです。
Unknown (k)
2017-01-13 00:10:56
「表現の自由」は国家の保護のもとに成立するわけですから、「表現の自由」が有害であると判断されれば、別の権利の保護や義務を持ち出して(たとえば、「治安を維持する」義務とか)「表現の自由」を制約することはできるのではないでしょうか。

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