ささやんの天邪鬼 座右の迷言

世にはばかる名言をまな板にのせて、迷言を吐くエッセイ風のブログです。

人間の尊厳とは何か

2017-06-18 12:04:45 | 日記
テレビ番組「カンブリア宮殿」を観た。「初台リハビリテーションセン
ター」の紹介を行なっていた。「初台リハビリテーションセンター」とい
えば、巨人軍の長嶋監督や、サッカー日本代表の監督だったオシム監督が
入っていたことで知られる。そういう有名なリハビリ施設の紹介であるし、
私自身がリハビリの訓練を欠かせない状態にあることもあって、「ここで
はどんなことをやっているのかな?」と興味にそそられ、テレビのスイッ
チを入れたのである。

意外だったのは、この施設が広大で、スタッフの人数が多いいことだった。
私は限られたセレブだけが入れる、もっとこぢんまりした施設だと思って
いたのだが、そうではなく、この施設は一般のフツーの人でも入所可能だ
ということだった。実際、テレビの映像には、多数の入所者たちの姿と、
彼らのリハビリに携わる多数のスタッフの姿が映し出された。比喩を使っ
て言えば、この施設は私の予断とは違い、赤坂の高級料亭風ではなく、
「和民」や「笑笑」といった大衆居酒屋に近い施設だった。

広々として清潔そうな室内で、フツーの人たちが取り組むリハビリ訓練
は、私が回復期のリハビリ病院で経験したそれと、さほど違わなかった。
私の期待には反したが、リハビリ訓練に王道はない、ということなのだ
ろう。

番組の後半では、MCの村上龍と、この施設の創設者である石川氏との対
談が流された。「リハビリの根底にあるのは、人間の尊厳の回復という
考え方なのです」という石川氏の発言が妙に心に残った。よく分からな
かったが、面白い考え方だと思ったのだ。いや、面白い考え方だと思っ
たが、よく解らなかった、と言ったほうが適切かも知れない。

石川氏の発言が私によく呑み込めなかったのは、「人間の尊厳」という生
煮えの言葉が使われていたからである。「人間の尊厳」とは、一体どうい
うことなのだろう? とりあえずグーグルに「リハビリ 人間の尊厳」と
入力して、ググってみた。

ググってみて、解ったこと。それは、「人間の尊厳」というこの言葉を
「人間らしさ」という言葉に置き換えれば、石川氏の発言の真意に近づけ
そうだということである。リハビリの根本的目的は「人間らしさ」の回復
にある、−−石川氏はそう言いたかったに違いない。たしかに、寝たきり
の状態でいるのは、(アフリカに生息するという)ナマケモノみたいで、
ちっとも人間らしくない。そういうことなのだろう。

けれども、ではどういう状態が「人間らしい」のかというと、その見方は、
人によって異なる。アリストテレスのように、理性を持ち、これを駆使する
ことが「人間らしい」と見れば、認知症や、高次脳機能障害に罹った人たち
は、「ちっとも人間らしくない」ということになるだろう。

また、これもアリストテレスの見方だが、社会的であることが「人間らし
い」と見れば、私のように社交嫌いで引きこもりがちの生き物は「ちっと
も人間らしくない」ということになるだろう。

さあさあ、これではいけません、「人間らしさ」を取り戻しましょう、と
いうことで、人前に連れ出されたりしたら、私は戸惑い、激しくこれに抵
抗するに違いない。病前の私だって、−−脳卒中に罹る前だって、私は人前
に出るのが好きではなく、そういうことが苦手な性格だったのだ。持って
生まれたこの性格を矯正することが人の道にかなうことだ、と勝手に決め
つけられても、それはありがた迷惑、余計なお世話と言うもの、困るんだ
よなあ。

「人間らしさ」という発想にはこういった問題があるので、石川氏は「人
間の尊厳」という言葉を使ったのだろう。それでも、そういう鵺(ぬえ)の
ような言葉を使ったとしても、問題はちっともクリアできないと、私はそ
う思うのである。
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