陽気ゆさん見たいゆえから

 










          中山みき様を  たずねて

月日  人衆の模樣するなり

2017-03-14 22:15:10 |  エッセイ
おふでさき十号です。

 4~11で歌った、月日飛び出て、「体内入り込む」ことで「心澄ます」ことのできた「にほんの者」の先道は16~40に展開される。
 そして、16~24では、「かんろだいづとめ」を一年ほど続けた、田の修理を終う6月頃のこと、みき様に降った「天の与え」が「大和は偉い豊年」と言って如何なる難、どの様な難しやまいでも逃れる、助かることのできる「おさづけ」として、一人一人に授かると歌っている。

 25からは、「かんろだいづとめなるのは」と言って、つとめ人衆の話をする。このことは先にみかぐらうた八下り目「石も立木もないかいな」と歌っているが、ここではその石、立木の数に言及する。
  一寸したるつとめなるとハをもうなよ 三十六人にんがほしいで 十 26
   一寸したるつとめなるとは思うなよ 36人人がほしいで
  このだいをこしらゑよとてたんへに 月日人ぢうのもよふするなり 十 29
   この台を拵えようとてだんだんに 月日人衆の模樣するなり
 「人」も数に入れて「つとめ人衆」として使っている語は、おふでさきに20箇所ほどあって、その三分の一近くをこの26~38に集中させることで、かんろだいづとめに必要なつとめ人衆の数と役割の振り分けを明示する。

 31~35は、「この道」の話を語る挿入文となっていて、83の「にんそく社」連れて出ることの意味する所をここで伝えている ― 手振りつけて、世界中でかんろだいづとめが確かにできるようになるなら、月々つとめの完成も現実のものとなる。そして、自ずと「天の与え」が授かるのだが、「欲」、エゴが強ければ、とてもそこへ辿りつくのは容易ではない ― こういう内容で、ここはどちらかというとみかぐらうた九下り目を解説する。

 30の「つとめ人衆」を語る本文は、「取り次ぎの人」に頼むという言い方をして、取り次ぎが、誠で取り組むなら、その真実に月日が働くと歌って、36の歌から、その模樣を展開させる。
  この人ぢうどこにあるやらしろまいな 月日みわけてみなひきよせる 十 36
   この人衆何処にあるやら知ろまいな 月日見分けてみな引き寄せる
 八下り目では、ここを「山の中へと入り込んで、石も立木も見ておいた」と歌っている。月日は見抜き見通しです。我身思案の「思考」のエゴの心を澄ましたなら、誰彼ということなく、「山の中」、世界中の何処にいても、みなつとめ人衆として引き寄せよう! 

  だんへと人ぢうそろふたそのゆへで しんぢつをみてやくわりをする 十 38
   だんだんと人衆揃ったその故で 真実を見て役割をする
 八下り目では、「この木切ろうかあの石と思えど神の胸しだい」 ― かんろだいづとめは、この世と人類創生を再現する。そこでは独立するものは何もなく、全てがつながり合い調和をとることで、全ての生命が永遠に生き続ける姿が見える。そのためにかぐらづとめを演じる10人は、それぞれが異なった手振りをすることで、一人一人は創造者であると宣言しつつも、横とのつながりはしっかり確保しているのです。
 かんろだいづとめは、このように一人一人が多様な信念を持っていて、その多様性があればこそ、完璧な調和のバランスが保たれていることを知らせているのです。

   これさいか早くしっかり揃たなら、どんな事でも出来ん事なし


     七つの海は 繋がっている……
     呼吸と空は 繋がっている……
     空と宇宙は 繋がっている……
     貴方と宇宙の境い目は?一人に一つ 多次元の宇宙
                        k-zerostyle


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